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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
三幕 白鳥の殺伐とした湖
15/50

3-5

 そういうわけで、翌日セリカさんは、意気揚々と国を発った。

 空港にセリカさんを送る鉄治に付き合った私も、空港のテラスで、飛び立つ飛行機を見送っている。

 芽依は、車に酔っちゃうからと言って空港までいかず、学校で降りた。芽依の部活は吹奏楽部で、モニカの吹奏楽部といえば、なかなか大したものなのだ。

 天気は快晴。轟音と共に飛び立った飛行機が彼方に消えたあと、私は横の鉄治を見た。


「セリカさん、楽しそうだったわね」

「仕事好きだしなあ。それに、彼氏が一緒だしね」

「彼氏?」

「なんとかっていうプロデューサー。ただなあ、うちの母親は、今一つ男運がなくて……」

 鉄治はためいきをついた。ためいきつきたいのはこっちだ。

「というわけで、悪い夢的合宿のはじまりね」

「ひどい言い草だなあ。僕はわりと楽しみにしているんだけど」

 この間の弱音はどう考えても、泣き落としという戦術だったとしか思えないけろりとした顔で鉄治は言った。


「何が楽しみなのよ」

「そりゃあ、大好きな婚約者の千代子さんと一緒に毎日過ごせるんだから」

「そういう余計なお世辞はいいから」

 いい!お世辞最高!もっと言って!いっそ金払ってもいい!

 鉄治の声で言われる好きという言葉に、内心やにさがりながら、私は冷たい顔を向けた。


「まさか、夏休み中変態相手にボランティアをやるとは思わなかったわ」

「指輪あげたじゃないか。ほとぼりさめたら売ればいい。バイト代」

「ほとぼりなんて冷めるの?」

「あ、そうか。僕としては千代子さんと結婚するのが一番都合がいいんだよなあ。ほとぼり冷めない方がいいんだ」

 私もあんたが山本千代子を好きになってくれたら一番都合いいんだけど。

 日差しも強く、私は目を細めた。察して鉄治は言う。


「そろそろ帰ろうか。ちょうどお昼になりそうだし、なにかおいしいものでも食べて帰ろう」

「奢りなさいよ?」

「もちろん」

 問題を先送りにして私は鉄治と空港内に戻った。駐車場へと向かう。海外に向かう人々か、空港内はけっこう人でごった返していた。

 その中をぬうようにして歩きながら鉄治は提案した。

「よかったら、八月に海の別荘にでも行かない?」

 がってん承知!と二つ返事で即答したい気持ちを抑えて私は薄く笑う。

「あら、どうしたの?まるで本当にお付き合いしているみたいな発言ね」

「ん、まあアピール兼ねて。もちろん芽依も一緒だけど」

 ……まったくお前にはがっかりさせられる。


 そうだろうよ、芽依のビキニ姿は最高だと思うよ、私も。しかしそこまであからさまに私をおまけ扱いするとはいい度胸だ。

「芽依は自分がお邪魔虫だと思うわよ?」

「じゃあ誰か、もう一人くらい芽依の友達連れて行けばいいかなあ」

「芽依の友達は大体が私の友達だもの。なんか変な四人組だわ」

「でもいいよ。婚約者ってことで紹介してよ。積極的にアピールしておいた方がいい」

「だから、結婚自体には、私はまだ賛成はしていない」

「専業主婦でいいし、浮気も許可だし、何が不満なんだ」

 お前が私を好きじゃないということだ、という根本的な事がなぜ通じない?!地球調査員ジョーンズだって日本のワビサビくらい知ってるぞ。


「ことごとく、よ」

「僕ってそんなに魅力ない?」

 傷ついた風に笑うなど、またひねりの効いた嫌がらせを覚えやがって……。審査員も全員高得点出しそうだ。

「そもそもニセ彼氏に対して思うことなどありません」

 鉄治は私の精一杯の虚勢に気がつかないまま、苦笑いした。

「ニセ、でもさ」

 悪びれない外道満開な笑顔で鉄治は言った。

 ああやっぱりかっこいいんだよなあ。気も回るしさ。これで私を好きになってくれさえすれば、婚姻届くらい今すぐ千枚くらいまとめて役所に出しにいくものを。


「ちょっとは恋人らしくしようよ」

 そして鉄治は私と手をつないだ。

「て、鉄治ぃ?」

 声がうっかり裏返ってしまう。

「いや、恋人っぽくするならまず手をつなぐところからではなかろうか、と」

 鉄治の繊細な顔立ちとは裏腹に、大きくて骨っぽい手は乾いていて温かい。

「な、なに、それは一体どこの少女マンガ出典よ」

 今すぐ、どこの首脳会談条約締結だというぐらい力強くがっちり鉄治の手を握り返したい私だけど、なんとうか照れと意地みたいなものがあって、力を入れられない。


「鉄治らしくもない」

「それなら一体なにが僕らしいのかな」

 鉄治は私の手を離さない。ほんと、涙が出るほど嬉しいけれど。でもそれも嘘なのかなと思うとやりきれない。

「多分、千代子さんのことだから、僕を外道とでも思っているんだろうなあ」

 それは太陽が東から昇るくらいの事実だ。私の思い込みではない。


「無理にラブホにでもご同行願えば僕らしい?」

「あのね、私相手にまで犯罪者になることないと思うけど」

「まあ千代子さんが相手じゃなあ」

 鉄治のその笑いの意味が良くわからない。なんだ、私じゃなんだというんだよ。ああ、やっぱり女と思われていないのだろうか……。

 がっくりきていた私だが、ふと、視線を感じた。

 誰かが。

 そう思ってフロアに目を走らせた私は、今この場で見つけることが大変まずい相手をみつけたのだった。

 そこにいたのは、圭之進。


 やばい。


 圭之進のほうが先に私には気が付いていたみたいで、じっと私を見ていた。そのせいでばっちり目があってしまう。

 そこでうろたえて慌てて目をそらしたり、圭之進の名を呟いて立ち止まったり。


 …………そういう素直さがあれば、きっと私と鉄治と芽依はこんなにも硬直した関係になっていなかった気がする。


 私はかちあった視線をゆっくり外した。

 圭之進など、道ゆく見知らぬ他人の一人に過ぎないという完璧な態度。興味も敵意もまったくない虚無のまま、私は目をそらす。

 そのぐらいばっくれることができなくて、鉄治につきあってなんていられるか!


 私は完全に圭之進を無視した。

 彼を背後に回し、私は歩き続けた。

「千代子さん?」

 けれど、やっぱり多少顔色は変わっていたようだ。聡い鉄治が怪訝そうに聞いてくる。

「何?」

「なんか、いきなり黙ってしまったけど、大丈夫?」

「べつに何も」

 私は先ほどまで鉄治に向けられていたような無害な笑顔を向ける。

「じゃあ、何か食べに行こうか」

 振り返ることもできないまま置いてきてしまった圭之進のことを思うと胸が痛んだ。彼も、私が……サツキが男と一緒にいたということは完全にわかっている。わかっているけど声をかけることができなかった気持ちがなんとなくわかった。


 やっぱり圭之進は、私を好きなんじゃないだろうか。

 正確には、サツキである千代子を。

 自分の好きな相手が、見知らぬ異性と親しげに歩いているのを見て、反射的に声をかけられる人間が一体どれくらいいるのだろう。


 圭之進のその純情に私は頭が下がる。たった一人だけとしか付き合ったことなんてないのに、その込み入った人間関係に、すっかり私はすれてしまったのだ。

 今、「圭之進?」と叫んで立ち止まれる人間だったらどんなに話は簡単だったか。もちろん今の、「気が付かなかったふり」だって、恒久的な解決ではない。ただ問題を先送りにしているだけだ。

 先送りにできない人間だったらよかったにな。

 フロアを変えて、ようやく私は振り返ることが出来た。もちろんそこに彼の姿はない。

 安心すると同時になぜか寂しかった。


 これ、芽依に言うべきかなあ。

 私は唯一の問題となることを考える。

 圭之進と実際に会うのは私でも、毎日ネットでやりとりしているのは芽依だ。今日のこの出来事は芽依も知っておくべきじゃないかと思う。

 でもきっと、圭之進は今日のことをメールで指摘したりはしないだろうなと思う。

 もし私が圭之進で、もし千代子のことを好きだったら、今日見たことの一番手っ取り早い解決は、見なかったことにする、だもん。

 もしも、ばかりの話だけど。


 だったら芽依はしばらくは知らないほうがいいような気がする。どちらにしてもしらばっくれるしかないわけだし。

 圭之進の存在さえ知らない鉄治は今のできごとに気が付いているはずもないし。

 圭之進も、私や芽依からまったくこの件に関しての反応がなければ、見間違いかと思うかもしれない。

 そうしよう、うん。

 私は圭之進の真摯さに付け込んでいる自分にちょっと嫌気がさしながらもそう決めた。

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