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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
三幕 白鳥の殺伐とした湖
13/50

3-3

「まーふつつかな娘ですけど、ほんとよろしくお願いしますね」

 母親はあっさり断言した。




 まっぴるまのレストランで鉄治は寝言を高らかに宣言した後、何を思ったか鉄治のお母さんがよく行く宝石屋とか言うところに私を連行した。

 上質な石に、ミセスぽくない可愛いデザイン。そして冗談ではすまされない価格。

 鉄治が選んだのは私の誕生石であるエメラルドをあしらったものだ。日常使いには不向きだが、メリケンサックの代わりにはなりそうなデカイ石が付いている。

「鉄治!こんなのつける機会ないわよ!」

「いいっていいって、どうせ形だけのものだから」


 さくっと大枚はたいて鉄治は惜しげもない。

「だって」

「どうせ今すぐどうってわけじゃないし」

 そうして鉄治は相変わらずのあの笑顔で、山本家へと乗り込んだのだった。喜んで迎えた母親と能天気に世間話をしたあと、いやあ、やっぱり夏は花火ですよね!、と、ばかりに鉄治は言った。

「ところで、千代子さんと結婚を前提にお付き合いしたいと思っているのですが」

 それに対する母親の答えが、あれだ。




「あのさ、母親なんだから、もうちょっと心配したらどう?」

 鉄治が満面の笑顔で帰ったあと、母親に私は詰め寄った。

「普通、まだ早いとかいうもんじゃない?」

 きちんと結い上げた髪、自分で毎朝着付けている着物。母親はそれを一筋も崩さずに笑顔を湛えて私を見つめた。

「好きな人がいて、結婚したいというのに、早いもなにもないでしょう、千代子ちゃん。ママがパパと結婚したのだって十六歳だったのよー。パパは二十六歳でねー。結納の日に初めて会ったの」

 どこからどうみても立派な政略結婚だ。博物館に収蔵しておいた方がいい。


「で、でも時代が違うし」

「鉄治君だったら、いつの時代だってかっこいいと思うわ」

 確かにそれは同意せざるを得ないが。

「それに」

 母親は深いため息を付いた。

「うち、正直言って娘は供給過多なのよ……」

 私は俗にいう恥じかきっ子というやつで、上とはかなり年齢の離れた末っ子だ。母親は能天気だし、どことなく童顔だからわからないが、すでに六十近いのだ。


 そして家族構成は、父と母と。

 長女、39歳、大学準教授。数年前まで海外の研究機関にいた。未婚。

 次女、36歳、国税庁にお勤めのキャリア。未婚。

 三女、33歳、製薬会社研究員、とった特許は数知れず。未婚。

 四女、30歳、旅人。最近消息不明だが、時々絵葉書が届くので生きているらしい。多分未婚。

 で、私というわけである。よく産む気になったな……。


 ちなみに四女以外、みんな実家住まいだ。なのに、誰も山本家の関連企業にいない。そりゃ父親も私に期待するというものだろう、が。

「うちの娘には結婚できない呪いでもかかっているのかしら」

 誰がなんのためにかけたんだ。そもそも「マトモな恋愛しない」呪い、の方が表現的には正しくないか?

「もう上の三人は、結婚しない気満々だっていうのは最近の若い人の気持ちがわからないパパとママにもなんとなくわかるのよ。四人目にいたっては、国に帰ってくるかも怪しいし。なんで女の子が五人もいて、誰も結婚しないのかしら」

「さ、さあ」

 母親は、不満げだ。


「だからね、千代子ちゃんにはとっとと誰かいい人と結婚して欲しかったの。だからあんなに紹介もしてもらったし、許婚だってつくる気満々だったのに、千代子ちゃんはまるでその気がないしで」

「いや、義務教育中に許婚はどうかと……」

 ていうか、山本家の跡継ぎ問題に端を発したお家事情かと思っていたが、もしかして単に、母親の「娘の花嫁すがたが見たいのよう、見せてくれなきゃ泣いちゃうー!」という願望からのあの見合い&許婚ラッシュだったのだろうか。

 やりかねん。父親は年の離れた妻が、自分の娘達の何倍も可愛くてたまらん人間だから、母親の言うことなら、全力を尽くしかねない。そのせいかー!


「もういっそ、生まれたときから誰かを考えておけばよかったって、ママとっても反省していたの。どうせなら十人ぐらい候補を用意しておけばよかった」

 何そのはた迷惑な逆ハー。もちろん鬼畜眼鏡から熱血少年までみんなキャラが立っていて乙女の萌えはオールカバーなんだろうな?


 いやそれはともかく、……そうだとしたら、私、率直にいってやることなすこと全てとばっちりじゃないか。

 そもそも上の姉共四人の誰かが、一般的な平均辺りで結婚していたら、母親の妄想も膨らまなかったわけだし。

 それがなければ私は嘘付いて鉄治と付き合うこともなかった。

 付き合っていなければ、今頃ノーストレスライフだったはずなのに。

 もしかして、貧乏くじ、というのでは……。


「でも、千代子ちゃんが、鉄治君っていういい相手を自力で見つけてきてくれてよかったわ」

 結果オーライなどと母親はご機嫌だ。

「で、でも鉄治でいいのかなって」

「いいに決まっているじゃない!」

 母親は睨みつけるような勢いで私を見つめる。

「何言っているの千代子ちゃん。あのお姉ちゃん達だって、今となっては浮いた話もないけれど、若い頃はそれなりにいろいろあったみたいなんだから。でもなんだかんだ言っている間に、段々出会いの機会も失われていったのよ。結婚してくださいと言われているうちが花なの。鉄治君なら、顔も綺麗だし、賢いし、お金にも好かれているみたいだし、あれで妥協しないと罰が当たるわよ!」

 姉どもめ……母親に要らぬトラウマを焼き付けやがった……。


「性格が……」

「五年も付き合ってまだわからないの?」

 わかりすぎているからいやなんだ。

「でも受験生なのに、彼氏のうちにひと夏まるまるいるなんておかしい。パパだって反対するって、普通なら」

「パパは大丈夫。私がなんとでも言っておくから」

「私、受験生だけど!」

「千代子ちゃんの成績なら、エスカレーター式のあの大学は楽々クリアでしょう?」

「でも鉄治のお母さんだって、いくら自分がいないとはいえ、嫌がると思う」

「セリカちゃんなら大丈夫よ。このあいだ、二人でランチ食べたとき『鉄治もとっとを千代子ちゃんを押し倒してくれればいいのに……』って言ってたから」

 ランチになんつー話をしているのだ。


「ということで、頑張ってきなさいね」

 なにを?

「もう別に大学生やりながら新妻でも、全然かまわないってママ思ってるから」

「私がかまうよ……」

「とにかく」

 母親は強くうなづく。

「出来ちゃった婚でもなんでもいいから、ママは娘の花嫁姿を見たいのよ!」




 どっと疲れた、と私は部屋のクーラーを入れた。

 鉄治の思い付きがあっというまに形を成していくのは、恐ろしいくらいだ。あいつ一体どんな超能力持っているんだ。もう世界征服していいから、私はそっとしておいてくれ。

 でも。

 私は、自分の指できらきらひかっている石を見た。


 鉄治のうちというのが変わった教育方針で「欲しいものは奪え」らしい。いや鉄治の発言なので、かなり意訳があると思うが。鉄治のうちはかなり裕福なようだが、小遣いは本当に必要最低限だと、昔鉄治が少し嘆いていた。

 そこで、こつこつコンビニでバイトなどして稼がないのが鉄治の鉄治らしいところで。

 なんか高校生のころは、写真やアフィリエイトで高校生とは思えぬ稼ぎをひねりだし、今は今で株だのなんだので手堅く(?)やっているらしい。

 多分、この指輪も彼にしてみたらそんなに負担でもないんだろう。


 鉄治にしてみれば、私を婚約者ですって言うための、小道具にすぎない。鉄治は私をどう思っているのかな。

 わずらわしくない人生を送るために相棒って思っているのかもしれない。私というストッパーがあるからこそ、鉄治は夏中、芽依と一緒にいられるわけだし。

 これで私が、親に反対されてもやりたいこととか、一緒にいたい好きな相手とか、そんなものでもあればいいんだろう。そうすれば、私も鉄治を隠れ蓑にして自由を享受できる。鉄治は私がそう思っていると考えているのかもしれない。

 私の目的が、鉄治でさえなければなあ。


 私は自分の携帯電話を開いた。少し考えて、字をうつ。

 テディとプラタナスだけが見られるクローズのボード。

 プラタナス<今日の模試は、結構できがよかったんだ。たまにはいいことがあるもんだ。テディは最近いいことがあったりした?>

 鉄治にとって、今日の出来事はどう映るのだろう。

 ……聞いてみたかったけど、やっぱりそれは書き込み決定の前に消去した。


 携帯を机の上に置いて私は手を窓に向けてみた。透明な緑の光が小さく床に落ちた。石の光はそれでも私を引き付ける。

 鉄治にとってどれほど意味があるものなのはわからないけれど、私にとってはやはり特別な何かだ。

 そのバランスの悪さがとてもおかしい。

 膠着に疲れているのに、それを崩すのが怖くてたまらない私にはあっているのかもしれないけど。

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