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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
三幕 白鳥の殺伐とした湖
11/50

3-1

 サツキさん、とにこにこしながら圭之進は今日もご機嫌麗しい。

 その前で、私は高級中華料理をがつがつ食べまくっている。高校生は女子だって大飯食らうのだ。


 今日も、ということでわかるように、圭之進に会うのはすでに三回目だ。相変わらずハリウッドの悪役みたいなガタイと面構えだけど、微妙に表情の変化がわかるようになってきた。最初は髭面で、なんだこのグリズリーと思った相手だけど、髭を落として髪の毛を綺麗に解かしたらツキノワグマ程度には見た目が変わった。それに外見が怖いだけで、ものすごい性質が温厚らしい。そういう恐竜たしか図鑑に載っていた。


「サツキさん、デザートは何にしましょう」

「杏仁豆腐かマンゴープリンかで迷うところだね」

「じゃあ一つずとって分け合うというのでどうでしょう」

「ナイス」

 私はにぃっと笑った。


 最初は丁寧に話はしていたものの、敬語の崩壊はあっという間だった。なんというか、圭之進は敬語を使わせない相手なのだ。圭之進本人は私に対して丁寧に話しているのだけど、私がぞんざいな口調でも気にならないみたいだった。

 ら く ち ん 。


「ここのデザートはなかなかのものらしいですよ」

 前回もそうだったんだけど、圭之進はおいしい店を調べて私に提案してくる。いきつけなのかなと思いきやなんだか行きなれているという感じではなくて、雑誌に載っているから行ってみるという感じで、ものすごくたどたどしい。

 お金に不自由している感じもないのだけど、使いなれている感じもしないのが不思議ちゃんだ。

「圭之進は、何しているの?」

「え?」

「仕事」

 そういえば聞いたことないし、芽依も知っている様子はなかったなあと私は今更なことを尋ねてみた。


 一瞬だけ、圭之進の目が泳ぐ。

「し、仕事はですね、デザイン関係です」

 私は普段から鉄治の陰湿に付き合っているせいか、人の嘘を見抜くのがわりと得意だ。なので、圭之進のそのごまかしなど一瞬で見破れる。まあ圭之進が嘘をつくのが極端に下手っぽいというのもあるのだけど。

 なんだよ、デザイン関連って。

 素人相手に説明をはしょるにしたって、もうちょっと言いようがある。ものすごーくうそ臭い。


「あ、あの、サツキさんがは大学生なんですよね。どうですか、学校生活は」

「まあまあ」

 圭之進のあからさまに話をそらそうという魂胆みえみえのその発言に、私はにっこりと笑って答えた。後ろ暗いなのは確かにお互い様だ。私だって大学というものがどうなのかというのよくわからないのだから。

 神の救いだったのは、その時デザートが運ばれてきたことだ。


 なんとなくお互いの詳しいプライベートは尋ねないという暗黙の了解が出来つつあった。なので私達の話は、もっぱら映画や音楽などのあたりさわりない話に終始している。宗教と野球の話は食事の席で持ち出すなというけれど、私と圭之進の間で最高にマナー違反なのはむしろお互いのプライベートだ。

 仕事大変でさあ、とか、もう受験勉強やってらんない、などが、漏れたら都市壊滅級のレベルEだ。

 半分ずつデザートを食べて、皿を交換する。


 なんていうか、圭之進といると楽だ。デザートの味見なんて、鉄治とはしたことない。まあ圭之進の場合、鉄治よりは芽依と一緒の時の気楽さに似ているのだけど。

 杏仁豆腐は神だけど、マンゴープリンはいまいちだったという結論に二人で落ち着く。そうすると圭之進は、私にさっと杏仁豆腐をさしだすのだ。

「俺はどんなマンゴープリンも好きなんです」

 なんてにこやかに笑って。


「でも、サツキさんのその食いっぷりには惚れそうです」

「へ?」

「コースを完食して、さらにふかひれラーメン追加ってなかないい食いっぷりです」

「あ、あああ、すみません。ごちそうになるのに」

「いいえ、そんなんじゃなくて」

 圭之進は慌てて説明する。


「ほら、SNSで話をしていたときに病弱だと伺っていたので。食も細いのかなあって勝手に俺が思っていたんです」

 そ、そうだった。芽依はいつも小鳥くらいしか食べないのに。替え玉がこんなに自分のオリジナリティだしてどうするよ、私。でも、私、昔から健康優良児で、小中高といままでトータルで病欠一週間くらいしかないくらいだし、しかもそれは階段から転んで骨折したときの休みで、厳密には病欠とは言わないような気がする。


 だけど私、今日昼は委員会で忙しくてろくに食べられなくて、なのに夕方部活やってから速攻寮に戻って着替えて、駅のお手洗いで化粧して待ち合わせ場所にきたから、腹が減っていたんだようー。

「ほんと、女の子ってちょっとしか食べなかったりするから、たくさん食べてもらえると楽しいです」

 それは他の女の前ではあまり言わないほうがいいと思うよ圭之進。

「でも、サツキさんはお酒は飲まないんですね」

「あ、飲めない体質なんで」

「そうかなあ、絶対一升とかいけそうだけど」

 まあなんとなくいけるんじゃないかという気はするけど、世の中には未成年として越えてはいけない川がだな。

 とりあえず私につきあっているのかなんでだかわからないけど、圭之進も酒を飲まないまま食事は終了した。




 店の入り口で待っていると、支払いを終えた圭之進が出てきた。妙に表情が固い。

「圭之進?」

「え?」

 どこか上の空になっていた彼が慌てて返事をするけど、様子がやっぱりおかしい。

「どうかした」

「いいえ大丈夫です」

 店の前で圭之進はタクシーを止めた。この店は味はいいのだけど、駅から離れていて地の利が悪いので、知る人ぞ知るということになっている。来るときは二人で駅からタクシーできたけれど、帰りは前回と同じように圭之進は私だけタクシーに乗せた。


「じゃあ」

 圭之進は紳士らしい穏やかな笑みを浮かべた。次の瞬間には大振りのナイフの刃を舐めまわして「ここを通れると思っているのか?」くらい言いそうに見える外見なのは確かに彼の不幸だ。とりあえず三白眼をなんとかしたらどうだろう。ほら最近では女子用に黒目が大きく見えるカラコン売っているし。法で規制される前に早く。

「いつもすみません」

「いいえ、こちらこそ、付き合ってもらえて嬉しいです」

 あ、あの、と圭之進は歯切れ悪い言葉を発した。


「あの、次はいつ会えますか」

 嫌な感じがした。

「また、そのうちに」

 有無を言わさぬ笑顔でそういうと、私はタクシーに出てもらった。


 やべえ、やべえよ!

 私は振り返ることも出来ず、冷たい自分に気がつきながらタクシーの座席に座っていた。

 なんていうか……圭之進、私のことを好きになっていないか?

 サツキではなく、サツキとして目の前に居る私を。

 もちろんその気持ちに至るまでには、芽依と圭之進がやり取りしていた長い付き合いがあるのだろうけど、今、彼が好意を抱きつつあるのは、サツキと名乗る私だ。

 これまずい展開だ。もっと余裕はあると思っていたけれど、私はとっとと撤収して、芽依と早々バトンタッチするべきなのかもしれない。


 今までの芽依とのメール。

 サツキとは似つかぬ私。

 どちらに圭之進が重きを置いているのかわからないけど、それでも混乱させないために私は早くいなくなろう。もう次の時には待ち合わせには芽依に言ってもらったほうがいいかもしれない。「サツキはトリニダート・トバコに急な移民になりました」くらいな超展開で、視聴者置いてぼり覚悟。

 だから、今日もこのまま圭之進の好意に甘えてとっとと帰ったほうがいいと言うことは気が付いて至るのだけど。


 でも。

「運転手さん、ちょっとやっぱりさっきの店に引き返してください」

 驚く運転手さんだけど、それでも無駄のない動きで車を反転させた。

 なんか、さっき、圭之進の顔色がおかしかったから。もともとそんなにポーカーフェイスが得意でない彼だけど、さっきはあきらかに動揺していた。

 来た道をそのまま引き返してしまった私は、店を通り過ぎ、駅までの長い道のりの途中で圭之進を見つけた。

「圭之進」

「サツキさん?」

 私はタクシー代を払うとそれを降りた。


「なんであんた歩いているわけ」

 この雨の中。駅まで軽く四十分はかかるのに。

「それよりなんでサツキさんは戻ってきたんですか」

「そんなことはどうでもよいわ!」

 私は歩道の真ん中で圭之進に詰め寄った。

「圭之進だってすぐにタクシーに乗ると思ったから」

「実は」

 詰め寄られた圭之進は、しまっている店のシャッターに背中をぶつけながら言った。


「カードを家に忘れてしまいまして」

「は?」

「クレジットカードです。で、食事代はなんとか手持ちで払えたのですが、自分のタクシー代がないんです。レジで、五円一円まで駆使して払うことになって恥ずかしかったんです。でもサツキさんのタクシー代はこちらで持ちたいですし」

 なにそれ。もうドジっ子萌えとかいうレベルじゃない。

「そんなわけで、家まで歩こうかと」

「駅じゃなくて家!?」

「電車代がありません」

 何時間かかると思っているんだ……。


 けれど、圭之進はけろりとしている。心配しているのは私のことだけだ。

「なぜそれを黙っているの!」

「だってかっこ悪いじゃないですか」

「そういう問題じゃねーえ!」

 私は圭之進の頭に手の平を打ちつけた。ジャンプの手間も惜しまない。

「私だって、タクシー代くらい持っているんだから、困っているなら言え!」

「いや、それは沽券に関わります」

「沽券もへったくれもあるか」


 私はほら、と言って歩き始めた。こんなことならタクシーを降りずに圭之進を引きずり込んだ方が話が早かった。しかもタクシー全然通らないし。

 私は圭之進と一緒に駅までの長い道のりを歩くことになった。圭之進は恐縮していたけれど、なんだか怒る気もうせて、普通に世間話しながらの夜道だった。


 どう考えても、見捨ててタクシーで帰るべきだったということは、わかっていたのだけど。

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