気晴らしにいかがでしょうか?
(ちくしょう、どいつもこいつもバカばっかりだ)
俺は芸人だ。お笑い芸人。
20年苦楽を共にした相方に今日解散を告げられた。
更には、唯一あったラジオのレギュラーが今週の収録で最終回だった。
これで、仕事はゼロになった。
その日は酒をたらふく飲んで、べろべろになって歓楽街を彷徨っていた。
その最中、外人の若者が街角でギターを弾きながら歌っているのを見つけた。
「おい、兄ちゃん。なかなか上手いじゃないか」
観客は俺だけ。
外人は拙い日本語で”アリガト、ゴザイマス”と言った。
俺は”いいぞぉ”とか声を上げて外人のすぐ前で座り込んで聴いてた。
外人が歌い終わって帰ろうとしてるところで、やぶれかぶれな俺は適当なことをそいつに言った。
「兄ちゃんさ、俺と漫才やらねえか?」
「マン、ザイ?」
外人は不思議そうにこちらを見ていた……
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「どうも、”ファンキージャパーニーズ”です」
「ジコショウカイするよ。ワタシ、ジャスティンだよー。そして、こっちは”気晴らし”だよー」
「小林だよ!小林!」
「オウ!ゴメンネ。でも、ワタシにとっては”気晴らし”みたいなものネ」
「何てことを言うねん」
ファンキージャパーニーズ は意外にもウケた。
結成半年で、深夜ではあるが全国のテレビにも呼ばれた。
謳い文句は”ベテラン芸人と素人外人が織りなす「でこぼこ漫才」”
「小林さん、今回はいけそうですね。」
同期や後輩の売れっ子芸人たちが、俺に期待を寄せる。
トークでも天然と拙い日本語で笑いを取ってくるジャスティンに、俺も手ごたえを感じていた。
(俺が、あの日拾ったのはどうやら金の卵だったみたいだ)
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「こいつね、生意気にも歌とか歌いよるんですよ」
「When I find myself in times of trouble Mother Mary comes to me~♪」
「ね、案外上手いでしょ。ほんで、何やその曲」
「シラナイノ?ビートルズがカイサン前にツクッタ曲なんだけど」
「なんや、縁起悪い曲やな。まさか、俺と解散したいってことか?」
「マ、マ、マサカ!ソンナ訳ナイジャナイ!」
「そんな訳ありそうやな!」
ジャスティンがyoutubeにupしていた曲が祖国のアメリカで大ヒットした。
何でもある有名なアーティストが彼の曲を聴いて良く思ったらしく、SNSでジャスティンの曲を発信した。
たちまち、ジャスティンは世界中の人気者となった。
それに伴い、人気の出てきた俺たちの初のワンマン漫才ライブは、瞬く間に完売御礼となった。
「凄いよ、キバラシ。僕たちダイニンキだよ」
「ああ、そうだな」
俺は複雑な気持ちだった。
俺たちの実力とは関係ない、ジャスティンだけが人気者になってしまったからだ。
漫才中もジャスティンに黄色い声を上げる女共には頭を悩まされた。
「ごめん、キバラシ。ボクのせいだ」
ジャスティンは漫才後、悲しそうに舞台袖で呟いた。
俺は”気にするな”とジャスティンの肩を叩いた。
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「よっしゃ!ジャスティン、今の気持ちを歌にしてみて」
「ガンバリたい ”あいかた”のぶんまで ギャラかせぐ」
「おい!それ”短歌”やないか。そっちちゃうわ」
「”川柳”ダカラ、これ」
「あ、ごめん……ってどっちでも一緒や!最近、日本に詳しくなってほんまに」
「アリガトウ 英語で言うと ハウアーユー」
「嘘つけ!”元気ですか”やろが。その顔で言ったら皆信じてまうやろ」
その後のジャスティンは一人でテレビに呼ばれたり、アメリカや日本各地の音楽ライブに呼ばれたりと、引っ張りだこだった。
俺も”ファンキージャパーニーズ”としてテレビに沢山出演したが、皆が求めるのはジャスティンだと分かっていたから、ほとんど目立つこともしなかった。
「小林君。ネタなんだけどさ……プロの放送作家の人に任せてもらえないかな」
事務所の社長から直接そんなことを言われて、俺は本気で平手をかまそうかと思った。
ジャスティンの頭をツッコミで殴るだけで、日本の文化を知らない外人からネットで叩かれたし、そのことを週刊誌やワイドショーが取り上げた。
ジャスティンと一緒に仕事をする機会も極端に減り、月に2,3度会うほどになった。
そして、俺はだんだんと仕事がなく、暇になっていった。
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「えー、このところ寒くなった寒くなったとは申しますがね」
「そんなに言うほど寒くないじゃないですか、皆さん言い過ぎなんですよ」
「ちょっと会話に困ったら、”寒いねぇ”なんて言葉で間を繋いでる場合じゃないですよ」
「ホントに寒いっていうのは、外人の相方が大人気になって日本に殆どおらへんようなってもうた僕の方でしょ」
「財布も寒なってきたし」
「帰って来ーい、ジャスティーン!!僕の金ズルゥ!!」
暇になってしまった俺は”キバラシの独演会”なるものを始めた。
自虐ネタを主にしていたが、元々話術には自信があったので、案外ウケもよかった。
ジャスティンの人気は衰えることがなく、新曲を出す度に世界中が彼を褒め称えた。
独演会を終えて、楽屋に帰るとジャスティンがいた。
「キバラシ、すごい面白かったよ」
「ありがとな」
俺が素っ気ない態度で接していると、ジャスティンは嬉しそうにした。
「キバラシ、今度アメリカのテレビショーが”ファンキージャパニーズ”のネタを見たいって言ってきたよ。だから、来週アメリカでショーをやろう。”ギャクユニュー”ってやつだね」
「……いつまでも俺に付き合う必要ないぞ」
「何を言ってる?キバラシ。だって、オワライで天下取るって二人で誓っただろ」
「お前は本業の歌で天下を取ったじゃねぇか……もう、趣味のお笑いなんかやめちまえ」
俺がそう言うと、ジャスティンは怒った。
そして、俺の胸倉を掴んだ。
「キバラシ!お前が、言った!オワライで、フタリで、天下を取るって。真剣にそう言った。だから、オレ、オワライも真剣にやるって決めたんだ。オマエのユメはもうオレタチのユメだろ!」
俺はジャスティンの手を強く振り払った。
「いいんだよ……あの日誘ったのだって、酔っ払って、相方に逃げられて、そんで偶々歌が上手い外人に出会ったから……それでノリでコンビ組もうって言っただけだ。だから、全然真剣なんかじゃない。それに、俺はもう一人でも客を沸かせられる。今日の見てたろ?客入りも上々だし、お前なんか全然必要じゃなかったって、分かったわ。寧ろ、邪魔。お前が隣に居ると、女どもの悲鳴がうるせぇし、誰も俺たちのネタなんか聞いちゃいねぇ。皆お前のこと見たいだけだ。人気者を見に来てる。まるで動物園のパンダにでもなった気分だ。動物園のパンダはお前だけで十分だ。だから、もう俺に関わるな。”ファンキージャパニーズ”はもう解散だ。暫くはお前に棄てられた”クソ芸人”だって自虐ネタで食っていけるし、その後も俺の天才的な発想があれば幾らでも巻き返せる。だから、もうどっかいけ。事務所には俺から言っとくから」
俺はそう言って楽屋を飛び出した。
ジャスティンは追いかけてこなかった。
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「元相方の話なんですがね。まあ、最初は調子よくヒット曲をバンバン飛ばしてたんですがね」
「人の興味なんてものは直ぐに移ろうみたいで、最近では”てんで”話を聴かなくなったもんで」
「調子いいときに○○○なんてハリウッド女優に手を出したのもいけませんでしたなぁ」
「では今日はそんな彼のヒット曲”ワンダーミー”の替え歌で、”ワンワンだ、可愛い”をお送りします」
小さな劇場での出番を終える。
ジャスティンとコンビを解消して3年。何とか細々と食えるだけの収入を舞台仕事で得ている。
話術は得意だが、分かってた。俺くらいのレベルは五万といるのだ。
だから、最近は色々と模索してる内に、ギターで替え歌を歌う芸が気に入って、それを続けていた。
意外と自分にギターの才能があることには驚かされた。
何時間弾いてても飽きが来ないのだから、最初からこっちの道に進むべきだったのかもしれない。
出演者達との打ち上げの飲み会を終えると、俺は飲み足りず、歓楽街をふらついた。
寂しく一人で飲んでいるとジャスティンのことを偶に思い出す。
最近名前を聴かないが、彼は元気にしてるだろうか。
深夜の歓楽街の街角、シャッターの下りた店の前にギターを持って歌う外人を見かけた。
俺は彼が歌い終わると、大きな拍手をくれてやった。
恥ずかしそうに笑うそいつに、俺は言った。
「ジャスティン、今度はギターデュオで天下を取ろうぜ」
気晴らしにいかがでしょうか? -終-