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第9話「穴の底」

 …………。

 ……………………。

 こめかみをじくじくと刺激する疼痛が、離れていた意識を覚醒させる。

 どうにかこうにか目を開ける。周囲は真っ暗闇だ。俺が影妖精じゃなかったら、視界の確保もままならない。

 回らない思考を回し、直前の事を思い出す。


「……完全に俺の落ち度だな」


 俺があの魔力の光を見落とさなければ、落ちることはなかった。

 いくらルナの進む速度が速かったとはいえ、監視を任されたからには言い逃れはできない。


「っ! ルナ! 大丈夫か!」


 そこまで考えて、意識が一瞬で覚醒する。ルナの安否は分からない。俺はポケットから這い出て、ルナの顔まで移動する。俺が無事だったのは運が良かったからじゃない、咄嗟に彼女が背中を地面に向けて、クッションになったからだ。


「ルナ、ルナ!」


 ぺしぺしと彼女の頬を叩く。長い睫に彩られた瞼は、堅く閉じている。

 しかしまだ魔力は巡っている。体は暖かく、脈も安定している。掛けられた身体強化の魔法も生きている。


「おい、ルナ! 起きろ! おい!」

「……うるさい」


 ぺしぺし、ぺちぺちと、一心不乱に叩き続けていると、彼女の口が動く。そうして漏れ出したのは、寝起きのような不機嫌な声だった。


「良かった……。無事なんだな」

「なんとかね。私は不死身なのよ」

「理屈は知らんがそうみたいだな。……実際、あの高さから落ちて無事な人間は普通じゃない」


 そう言って、俺は上を見上げる。つられて顔をあげたルナは、うめき声を上げて表情をゆがめた。

 遙か上方に小さく見える光の粒があった。あれが、俺たちが間抜けに引っかかった落とし穴だ。


「これは、登るのも一苦労かもね」


 苦虫を噛み潰したような表情で、ルナが言う。確かに、あの高さを登るのは人間には不可能だろう。おまけに壁は反り返っており、余計に現実的ではない。穴の底には奥へと続く横穴が一つあるが、それも地上に続いている気配はなかった。


「一応、俺は幻翅飛行で行けるが」

「そういえばそうね。じゃあ私を運んで頂戴」

「無理に決まってるだろ!」

「なに? 私が太ってるって言いたいの?」

「もっと常識的な話をしてるんだ!」


 胡乱な目つきで返すルナに、俺は叫ぶ。どう考えても物理的に不可能だ。俺の何倍の体積があると思ってるのか。


「俺が飛んで拠点に帰って助けを呼ぼうか?」

「助けってゴーレムのこと? あれは私の命令しか聞かないわよ」

「むぅ……」



 俺の提案は、あっさりと却下される。ゴーレムは所有者の指示しか聞くことができないという、平時では心強いセキュリティシステムが搭載されている。今はただもどかしいだけだが。


「私がクロの幻影空間に入って、地上で出して貰うっていうのは?」

「入ったら漏れなく発狂するがいいか?」

「良い訳ないでしょ」


 ルナの考え出した案も、魔法の特性上不可。こいつ使えないな、といったような雰囲気がお互いに流れる。しかし意見を出さないことには八方ふさがりも良いところだ。どうにか脱出する方法はないものか……。


――キュゥ


「……うん? 何の音だ?」


 腕を組んで考え込んでいると、どこからか何かの鳴き声のようなものが聞こえた。穴の壁に反響して、うまく音源を特定できない。


「な、何も聞こえなかったわ。気のせいじゃ」


――キュゥゥ


「……」

「……」

「……なぁ」

「違うわよ!」


 俺が遠慮がちに声を掛けると、ルナは顔を赤くして叫ぶ。羽織った外套をぎゅっと握りしめ、ぷるぷると腕を振るわせている。

 俺は何も言わず、じっと彼女の目を見る。ルナの青い瞳は元気に泳ぎ、やがて観念したようにしょぼんと肩を落とした。


「昨日、栄養クッキー半分食べたきりなんだろ?」

「……コーヒーは飲んだわ」

「そんなもんで腹が膨れるか!」


 拗ねた子供のような顔で精一杯の反意を示す彼女を一蹴する。彼女も流石に分かっているのか、むすっとしてはいるがそれ以上の言葉は重ねなかった。

 俺は仕方なく、一つため息をつくと幻影空間の門を開く。中から引っ張り出してきたのは、昨日貰ったクッキーの残りだ。残りと言っても、俺が食べたのは一割にも満たない。


「クロ、残してたの?」

「自分の背丈よりも大きな食べ物なんて食べきれる訳ないだろ!」


 きょとんと不思議そうに首を傾げるルナに、思わず声を上げる。妙なところで考えが回らないと言うか、天然っぽいというか。

 俺は取り出したクッキーを持ち上げ、彼女の足下に立つ。


「とりあえず、食べとけ。水分はないから、そのつもりでな」

「水がないのはちょっと辛いわね」

「贅沢言うな」

「冗談よ。ありがたく頂くわね」


 そう言うと、ルナはクッキーを受け取り、小さく割る。小石くらいの大きさになったそれを口に放り込んで、おいしそうにもぐもぐと咀嚼した。小さな欠片を両手で持って頬張る姿は、ハムスターの様にも見える。そんな事を言ったら、命がいくらあっても足りないので絶対に言わないが。生憎俺は不死身じゃない。

 結局ルナは俺のあげた半分、元々の大きさの四分の一ほどを食べて、残りを俺に渡した。俺はそれをまた幻影空間の中に放り込む。

 腹が満たされて気力も沸いてきたのだろう。彼女の顔を見ると、見違えるように力が漲っていた。


「よし、こんなところでうだうだしてても仕方ないわ。とりあえず、奥へと進んでみましょうか」


 ぱちんと両頬を叩き、彼女は気合いを入れる。側に倒れていたトランクを拾い上げ、ついでに俺の首根っこを持って引っ張り上げる。


「ぐおぉ、だからそういう持ち方はやめてわぷっ!?」

「なんか言った?」


 俺を胸ポケットに詰め込み、ルナが聞き返す。俺は憮然とした表情で、なんでもないと答えた。どうせこの乱暴錬金術師は何度言っても聞く耳すら持たないだろう。

 そんな俺の様子を気にした様子もなく、彼女はとんとんと足先で地面をつつく。


「うん。地面もしっかりしてるわね」


 そう言って、彼女は錬金杖を取り出すと、金玉のついた方を掲げる。


「『灯光(ライト)』」


 呪文の発声と共に、金玉から強い光が発せられる。それは、人間であるルナの視界を確保するのに十分以上の物だ。彼女は明かりの量に満足げに頷く。


「それじゃあ地底探検と洒落込みましょうか」


 少し前まで空腹で元気を無くしていた彼女はどこへやら。打って変わって朗らかな笑みを浮かべると、ルナは早速細長く伸びる横穴へと足を踏み出した。

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