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第8話「ミイラ取り」

 東の空が徐々に燃え尽きた灰のように白くなる。

 滲み出す太陽の頭頂が、アレシュギアの広大な大地を照らしあげる。

 指示だけを残されたマッドゴーレム達は眠りもせず、夜通し大地を踏みしめていた。森へと伐採に出かけていたルビー隊とトパーズ隊も順調に作業をこなし、工房の前には山のように積み上げられた丸太があった。

 ポーチの段差に座り込み、その様子をぼんやりと見ていた俺は、キィ、と静かに扉が開く音を聞いた。

 振り返ると、しっかりと外套を着込み、硬い表情をしたルナがトランクを持って立っている。


「……まだ子供は寝る時間だぞ」

「私はもう二十歳よ」


 俺の冗談に、ルナはそっけなく返す。顔には隠せない疲労が見える。どうやら、一睡もしていないらしい。昨日までは見なかった装備品が、彼女の外套を膨らませているのが分かる。

 彼女は俺を一瞥もせず、ポーチを降りる。

 俺は幻翅を展開して、彼女の肩に乗る。


「クロはここに残ってなさい」

「嫌だ。ミイラ取りがミイラになる可能性だってあるんだ」

「拠点を任せられるのはお前だけなのよ」

「マッドゴーレム達に任せればいい」

「戻りなさい!」


 ルナは立ち止まり、歯を剥いて激高する。

 俺は努めて平静を保ち、逆に彼女を見返す。


「俺は、お前の助手だ。お前と共にいるって約束したんだ」

「……っ! ……勝手にしなさい」


 強情さでは、俺に軍配が上がったらしい。

 彼女は渋々、俺を肩に乗せたまま歩き始めた。


「命令、エメラルド隊は作業を一時中断。拠点周辺の警備・防衛に務めなさい。万が一襲撃があった場合は、自壊してでも阻止しなさい」


 魔力を込めてルナが命令を下す。

 黙々と地面を踏んでいたゴーレム達が一斉に動き出し、工房の周辺をぐるりと囲んで直立した。


「なるべく早く帰るわよ」

「了解。それはいいけど、手立てはあるのか?」

「私が無策で出掛けるとでも?」


 そう言って、ルナは外套の内側をごそごそとまさぐる。そうして取り出したのは、平たい板に丸いガラス板が埋め込まれた魔導具だ。ガラス板の中には等間隔でグリッドがあり、中心に青い光点が一つ、手前側に赤い光点がいくつか表示されている。


「これが魔力探知計?」


 ルナは頷く。

 中心の青がルナを、手前――青点から見れば後ろ――にある赤点がマッドゴーレム達を表しているようだ。これを使えば、現在行方不明になっているクレイも効率よく捜索することができる。


「とはいえ、クレイの出発した方向くらいしか知らないから、結局調べるのは虱潰しになるんだけどね」


 歯痒い思いを隠さず、ルナは言った。


「でも、大丈夫」


 しかし、彼女はまた表情を変え、今度は何か企むような顔になる。おもむろに杖を構えると、ポケットから赤く輝く石を取り出す。


「『二重付与(デュアルエンチャント)』『魔力増幅(マジックブースト)』『限界突破(アンリミテッド)』――」


 言葉を重ねるたびに、手のひらに乗せられた赤い欠片が砕け散る。濃密な魔力が放出され、彼女の身体にまとわりつく。魔力溜まりなど比ではない、おおよそ人が持ち得て良い量の魔力ではない。


「お、おいルナ。何をして」

「火を活性の元素(エーテル)。生命を燃やし、輝きを与える、栄華の象徴。これは火の元素を凝縮した魔法石。これを使えば、人間の限界すら越えられる。――『術式付与(スペルエンチャント)身体強化(フィジカルブースト)』『術式付与(スペルエンチャント)脚力超強化エクストラレッグブースト』」


 囂々と燃えさかる炎のように荒ぶる魔力が、怒濤の如き勢いで彼女の全身へと流れ込む。


「やめろルナ! 魔力で身体が壊れるぞ!」

「大丈夫」


 制止する俺の声に静かに返し、彼女は身じろぎ一つせず、全ての魔力を一身に受け止める。瀑布の様な魔力の流れは、彼女の器を越えてなお圧縮され、無理矢理に潜り込む。ビキビキと白い肌に赤黒い血管が浮かぶ。爪の間から血が流れ出す。明らかにそれは、人智の領域を越えている。


「くそ、無理矢理にでも止めてやる」

「大丈夫と言ってるでしょ!」


 魔法を展開し、力ずくで止めようとする俺を、彼女は鋭い声で一喝する。


「ちゃんと見なさい!」


 彼女が手をのばす。気が付けば、出血は止まり、浮かび上がった血管は見えなくなっていた。


「な、え……?」


 魔力は確かに彼女の中へと流れ込んだ。今でもその暴力的な光が、彼女の中から透けて見える。赤い炎のオーラを纏ったような彼女は、しかし限界を越えて崩壊しかけていた肉体を完全に取り戻していた。


「言ったでしょう。私は不死身なのよ」


 自らを嘲るように、彼女は悲しげに笑っていった。


「さあ、駆けるわよ」

「わぷっ!?」


 しかし、感傷に浸る間もなく、彼女は笑顔で空気を吹き飛ばす。肩に乗っていた俺をひっつかみ、乱暴に胸ポケットに入れる。結局俺の居場所はここか!

 彼女は杖をベルトに掛けて、魔力探知計をしまう。そうして手ぶらになると、矢をつがえた弓の様に体を曲げて、一瞬後、疾風となって大地を蹴る。


「ぐおあああああ!?」


 ドン、と顔面を打ち付ける風圧に、思わず悲鳴をあげる。一瞬で工房を突き放し、広大な大地を瞬く間に横切る。左右へ流れる景色は、幻翅飛行でも得られないほどの早さで切り替わる。重ね掛けに増幅、限界突破、あらゆる手段で壁を打ち破り、超人的な魔力で得た身体能力を余すことなく投入し、ルナは一陣の風となっていた。


「は、はや……」

「クロ! ちゃんと周り見てなさい! 付いて来るんだったら相応の働きはして貰うわよ!」



 少し怒ったような口調でルナが言う。

 負い目のある俺はおとなしく彼女の胸ポケットに収まり、周囲に魔力の光がないか妖精の目で探す。ただ広いだけの遮蔽物も何もない見通しの良い場所だ。何か変わったものがあればすぐに目に付く。


「しかし、何にもないな!」


 囂々と風を切って流れる景色を見ながら、俺は叫ぶ。

 どこまでも長閑な原風景だ。徐々に姿を表す太陽に照らされても、影の一つもできやしない。人も動物も、岩も木も何もない。こんなところで、クレイはどこへ消えたのだろうか。


「そろそろクレイに指示した範囲の縁のあたりよ」

「は!? もう五キロ走ったのか!?」


 ルナの言葉に俺は耳を疑う。まだ数分しか経っていないぞ?

 しかし彼女の言葉に偽りはないらしく、徐々に進路をカーブさせて、外周を回るルートへと切り替える。タタタ、と地面を蹴る足音が心地よい。


「何か目立つ物はある?」

「何にもないな。魔力も見えん」


 走ることと前方の確認だけに全神経を集中させているルナに変わり、俺は監視塔の役割を果たす。とは言っても、行けども行けども見えるのは草と空と雲だけだ。


「おかしいわね。ほんとにクレイはどこに行ったの?」


 ルナは眉を顰めて言う。確かに、これだけ見晴らしがよければ、奇襲という可能性も限りなく低いだろう。そもそも、あの高級ゴーレムにそういった手段が有効なのかも分からない。何せ俺はアイツの感覚器官を知らないからな。


「何者かに攫われたって可能性は?」

「もしもの時は自爆するようになってるわ。そうなったら同時に高濃度の魔力が拡散されるから、クロの目だと嫌でも目立つでしょうよ」

「それはまたおっかないな……」


 淡々と語るルナに、俺は怯える。もし誤作動でも起こして巻き込まれたら、ただでは済むまい。


「お願いだからそういう機構は定期的に整備しといてくれよ」

「大丈夫よ。最後の切り札なんだから」

「それならいいんだが……。――っ!? ルナ前!」


 そんな会話を交わしながら平野を走っていると、前方でかすかに立ち上る微弱な魔力の光を見つける。しかし微弱故に朝日と混じり、発見が少し遅れた。

 そして、その一瞬が命取りだ。風よりも早く疾駆していたルナが反応する前に、魔力の光は俺たちの眼前にまで接近してしまう。慌ててルナが踵を立て地面を抉りながら急停止するが、間に合わない。


「きゃぁあああっ!」


 彼女の絹を裂く様な悲鳴が響き渡る。

 ぽっかりと開いた亀裂。奥深く光すら届かない穴の底へ、俺たちは真っ逆様に落ちていった。

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