第7話「帰還せず」
どれくらいの時が経っただろう。
気が付けば、随分と広い範囲が茶色く平たい地面をむき出しにして、その外縁では何体ものマッドゴーレム達が、腰を曲げて黙々と作業に従事していた。
遠くに見える工房の玄関では、ルナがポーチに座って退屈そうに空を眺めている。
太陽はもう随分と傾き、ゴーレム達の足下に伸びる影も長く伸びている。
俺は幻影空間にまた土が溜まったのを確認すると、幻翅飛行で主人の下へと飛翔した。
「はいよ、新しい土だ」
「うむうむ。じゃあ工房まで運んじゃってー」
ルナの前には、マッドゴーレム達がかき集めた土もある。
俺は幻影空間にそれらも詰め込んで、ルナの背中を追った。
「とりあえず、これくらい作っておけばいいかな」
俺が掻きだした土を陣の周りに配置しながら、ルナが言う。
ゴーレムは既に五十体ほど生産されていた。確かに、これだけあれば当分は大丈夫だろう。
「それじゃあ今作業中のゴーレムも停止させるのか?」
「ううん。今度は均した地面をひたすら踏み固めて貰うわ」
「人間だと発狂しそうな作業だな……」
あの広い土地を、小さな足の裏だけで踏み固めるとは。飽きも疲れも知らないゴーレムにしかできない芸当だろう。だからこそ、ゴーレムの有効活用とも言える訳だが。
「ほい完成。それじゃあ一旦作業中の子達も集めましょうか」
そう言って、ルナは新たに作成したマッドゴーレム三体と共に工房を出た。
彼女はポーチに立つと、両手を口に当てて大きく息を吸い込む。
「めいれぇぇえええい! 作業従事中のゴーレム一号以下五十二号まで、全機体集合、整列!」
「うわあっ!?」
何も考えず彼女の肩に座っていた俺は、突然の空気を震わせる大声に驚き、危うく転がり落ちるところだった。
すんでの所で外套の襟に掴まり、反抗の意味を込めて視線を向ける。
「あ、驚いた? ごめんごめん」
俺の鋭い視線に気が付いたルナは、恥ずかしそうに笑みを浮かべて頭の後ろに手を当てた。
よくもまあこの細い身体で、あれほど大きな声が出せるものだ。まるで天然の拡声器だ。
「今度から大声出すときは前もって言ってくれ。心臓が破裂しそうだったぞ」
「ごめんね。以後気をつけまーす」
反省してるのかしてないのか、いまいち分からない口調でルナは答える。
俺はため息をついて、また彼女の肩に腰を下ろした。
そうしている間にも、作業中だったゴーレム達が工房の前に集まってくる。一応番号順に並んでいるらしいが、全く同じ見た目な為殆ど見分けが付かない。強いて言うなら、番号が若い方が泥や傷が多いくらいだろうか。
「よしよし、これでゴーレム全部集まったわね」
一糸乱れぬ動きで整列したマッドゴーレムを眺めて、ルナは満足そうに言った。
真っ正面から見れば一体にしか見えないくらいぴったりと重なるゴーレム達は、まるで軍隊の屈強な兵士のようにも見える。これは確かに、凄く壮観だな。
「全部で五十五体になったのか?」
「そうね。新入り合わせて五十五体。これだけあれば、開発も楽になるわ」
最後尾に並ぶ真新しい三体までを見て、ルナは頷く。これだけあれば、一つと言わず二つ三つの作業も並行して行うことも可能だろう。
ルナも同じ事を考えていたようで、彼女は早速ゴーレム達を分割する。
「命令、一号から二十号までは整地した地面を踏み固めなさい。二十一号から四十号は森に行って木を伐採し、四十一号から五十五号はそれをここまで運んできなさい」
彼女の命令を聞くや否や、ゴーレム達はビシリと揃って敬礼する。そうして、すぐに三つの部隊に分かれて行動を始めた。
「クレイよりも正確な指示とは言え、これだけの命令で動くなら十分賢いよな」
「何言ってるの。これから追加で細かい指示も与えていくのよ」
感心する俺をよそに、ルナは早速範囲指定のピンを立て直していく。いきなり広い範囲を踏み固めるのも良いが、多少は分割して優先順位を決めるらしい。結局、工房の前に広がる、全体の三分の一ほどの面積を彼女は再指定した。
「命令、一号から二十号……うざったいわね」
そうして再度詳細な命令を下そうとして、彼女は顔を顰める。そうして、少し考えた後、再度口を開いた。
「命名、一号から二十号はエメラルド隊。二十一号から四十号はルビー隊、四十一号から五十五号はトパーズ隊と以下呼称する。エメラルド隊は指定範囲を追加指示があるまで往復して踏み固めなさい。ルビー隊は北方の森に出発し、木材の伐採を行いなさい。トパーズ隊はルビー隊に随行し、伐採された木材を現在地点まで運搬しなさい。……ふぅ」
一息にそこまで命令を下し、彼女は大きく深呼吸する。一気に喋ったから酸欠になったんだろう。彼女のより詳細な命令を受けて、移動を始めていたゴーレム達はよりキビキビと動き出す。命令が詳細になればなるほど、行動も迅速になっていくんだろうか。
「あー、疲れるわね!」
「そりゃあれだけ喋るとな」
「それだけじゃなくて。遠隔命令は魔力を消費するのよ」
疲労の色を濃く浮かべて、彼女は言う。
そう言えば、クレイへの命令などは額の石に触れてやっていた。それを介さず全体に向かって命令を下すのは、それなりにコストが掛かるらしい。
「早くフラグ機も作らないとなー」
憂鬱そうな表情で、ルナが言う。
「フラグ機っていうのは?」
「マッドゴーレムよりももうちょっと高性能な奴ね。命令を処理して、更に命令を配下に下すことができるの」
「監督とか、隊長みたいな感じか」
「そうそう。それがあれば、各隊長に指示を出すだけで良いからね」
クレイも勿論そういうことはできるのだが、アレは今のところ最も高性能な虎の子だ。ルナとしては、クレイはそういった業務よりも唯一無二の任務に集中させたいらしい。
「そう言えば、そろそろクレイも戻って来て良い頃合いなんじゃないか?」
オレンジがかってきた太陽を見て、ふと純白のゴーレムを思い出す。
クレイは今、ルナの指示を受けて白紙の地図とペンを持って周囲の探索に出かけているはずだ。指定された範囲もそれほど広くなかったため、もうすで帰って来ていてもいい時間だ。
「それもそうね。何か目新しいものでも見つけたのかしら」
若干帰りの遅いクレイを案じて、ルナが言う。俺が昼前に上空から周囲を見た限りではそんなに目を引く物もなかったはずだが、何か見落としていたり見えなかった物があったんだろうか。
「んー、魔力探知計も作っとくべきだったかしら」
「魔力を探知する計器……。要はゴーレムの現在地を確認するための機械か」
「そうそう。それがあればクレイの大体の活動も分かるんだけど……」
少し後悔が残るようで、彼女は苦虫を噛み潰したように言う。クレイは彼女がこの地で一番最初に作ったゴーレム。いわば彼女の子供のようなものだ。それをぬきにしても、クレイに使った高級な素材の数々を失うのは、生活基盤も形成できていない今の段階ではかなりの損害となる。
「ま、のんびり待ってたらそのうち帰ってくるだろ」
「そうだと良いんだけど……」
「クレイは優秀なんだろ? きっと地下遺跡でも見つけて踏破してる最中だろうさ」
「そんなの見つけてたら偵察中断して帰ってきてるわよ!」
俺の冗談に、ルナは思わず突っ込む。それだけで、緊張は少し解れたらしい。
「……熱いコーヒーでも入れましょうか」
そう言って、彼女は工房の中に戻る。
キッチンでトランクを開き、中からコーヒー豆の入った瓶とカップと、燃料棒を出す。石組みの竈の中に燃料棒を放り込んで、魔法で火を付けた。
「クロも飲む?」
「俺用のコップもないだろ」
「それもそっか」
俺は作業台の上に腰掛け、作業を見守る。
陶製のケトルで湯を沸かして、コーヒーを作る。特有の香りが、新築の工房に広がった。
彼女はカップにそれを移し、作業台にもたれかかった。
「……遅いわね」
「今夜の寝床の準備でもしながら待っとけばいいさ」
「今夜は寝袋よ。まだベッドも、ベッドの材料もないし」
それもそれで憂鬱だ、と彼女は苦笑する。少し余裕が出てきたようだ。
「コーヒーも淹れちゃったし、夕飯にしましょうか」
「お、それならご相伴に預かろう。それで献立はなんだ?」
「栄養クッキーよ」
「なんだその欠片も美味しく無さそうなネーミングは……」
ルナはトランクを漁り、銀紙に包まれたクッキーを取り出す。クッキーと言うよりも、固いパンとでも称した方が良さそうな、太い長方形の物体だ。当然、水分など一滴も含まれていないだろう。
「……これが今晩のメニュー?」
「だって、畑も牧場もないんだもの」
あっけらかんと言い放ち、ルナはクッキーを半分に折る。ぽろぽろと粒が零れるのも気にせずに、彼女はそれを口に放り込み、片方を俺に手渡した。
……すごくかたい。
「一つ、というか半分でいいのか?」
「十分お腹は膨れるわよ。栄養も大丈夫。それよりも、必要な道具類を揃えないと」
そういうと、彼女は指先を拭い、トランクとコーヒーカップを持って工房へと向かった。
残されたのは俺と、俺の背丈ほどあるクッキー。
「流石に食べきれないぞ、これ……」
茫然と立ち尽くし、俺は呟く。
仕方がないので腹一杯になるまで食べて、残りは幻影空間に放り込む。中はいくらでも小分けできるから、衛生面も安全だ。とはいっても妖精に衛生も何もないんだが。
そうして俺は、工房の外に出て、土を踏み固めるエメラルド隊のゴーレム達を眺めた。
うっすらと紫がかってきた空の下、影を細く長く伸ばしながら、無機質な労働者達は無言で動き続ける。人間であれば、一日で三回は発狂してそうなほどに単純で単調で、長い作業だ。
遠くに見える森の影では、他のゴーレム達が素手で木を切り倒しているのだろう。まだ伐採された木が運ばれてきてはいないが、それもじきにやって来る。
ぼーっと眺め続けていると、空には一番星が輝き始めた。気温も少しずつ下がっていく。
しかしその夜、ついにクレイは帰ってこなかった。