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第5話「拠点設営」

「このあたりだな」

「ほんと? じゃあ拠点はここね」


 魔力溜りを直接感知することのできないルナの代わりに、俺が目となって案内する。

 ラグディーナ山脈から湧き出た水が、湖へと流れ込む場所。その左岸に、細かく絡まり合う魔力溜りが見える。


「川の側は危なくないか?」

「ゆくゆくはちゃんと護岸工事もするわ。でも、とりあえず今は工房の建設が最優先」


 そう言って、ルナは胸ポケットから俺を降ろす。

 俺は魔力溜りの丁度中央まで歩いて、より正確な場所を示した。


「ここが丁度真ん中だな」

「ありがとう。それじゃあそこにしましょ」


 そう言って、ルナはトランクを開く。取りだしたのは、薄い黄土色の液体が入った瓶だ。


「それは?」

「土の元素(エーテル)よ。四大元素の一つ」


 説明しながら、ルナは瓶を開栓し、中身を魔力溜りに振りかける。


「土は調和の属性。荒くムラのある流れを整える」


 地面へと落ちた土の元素は、瞬く間に染みこむ。それは彼女の言葉通り、荒く飛び散っていた魔力溜りを均一化していく。


「面白い。こんなこともできるのか」


 ムラがなくなった魔力溜りを見て、俺は感心する。確かにこうすれば効率的に魔力を抽出することもできるだろう。


「ふふん。これくら私に掛かればお茶の子さいさいなのよ!」


 ルナは金銀の杖を振って、得意げに鼻を鳴らした。

 褒めるとすぐに調子に乗るタイプだな。


「それじゃ、クロ。幻影空間から煉瓦を出して頂戴」

「ああそうか。じゃあトランク持ち上げてくれ」


 ルナが俺の指示を受けてトランクを持ち上げる。

 太陽が高くなりすぎて、普通では口も開けないほどに影が小さかったからだ。トランクを持ち上げれば、その真下に影ができる。俺はそれに手を翳して、幻影空間の口を開いた。


「これ、取り出すときはどうするの?」

「取り出せるのは俺だけだな」


 幻影空間の中に物を入れるのは、誰にだってできる。ただ口を目がけて放り投げるだけで良い。

 しかしそれが取り出すとなると途端に難しくなる。口は影のある地面、つまりは空間の天辺にしか開くことができないからだ。

 壁でもあって、そこに影を作ることができればその限りでもないのだが、とある事情により生物が中に入ると十中八九何かしら問題が出る。となれば、内容物を取り出せるのは空間そのものを制御できる俺だけとなる。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」


 俺はルナにひらりと手を振って影の中に飛び込む。

 中の空間に自由に出入りできるのは、影妖精としての能力だ。


「それじゃ、どんどん出していくから気をつけろよ」

「え? 気をつけろって何を? きゃっ!?」


 俺の言葉に首を傾げたルナは、次の瞬間影から勢いよく飛び出してきた白い煉瓦に驚き後ずさる。


「び、びっくりした!」

「だから言っただろ。あ、トランク落とさないでくれよ、それがこっちに来たら影ができなくなる」

「そういうのあるんだったらもうちょっと丁寧にやってくれない!?」

「悪いが制御が効かないんだ」


 そう言って、俺は次々に白い煉瓦を射出する。

 何のことはない、俺が念動力の魔法を使って飛ばしているだけだ。ただ思考による操作というのは中々に繊細なもので、俺でも細かい制御はできない。


「ていうか、これだけ軽々運べるなら入れるのも手伝って頂戴よ!」

「魔力は温存しないとな」

「さっきと言ってること違うじゃない!」


 外から怨嗟の声が響くが、俺は己の仕事に専念する。

 幻影空間の中で山になっていた煉瓦を全て排出し終えたのは、それから十分ほど後のことだった。


「よし、これで最後だな」


 念動力で動かす煉瓦に乗って、俺も幻影空間から脱出する。

 白い煉瓦の側には、仏頂面でトランクを持ち上げるルナがいた。


「まあまあ、そんなに怒るなって」

「……怒ってない」


 怒ってるじゃないか。


「さっさと工房作っちゃうわよ!」


 ルナはどすんと地面にトランクを置き、中から追加で魔法素材を取り出す。

 そうして、杖の先を使って魔力溜りに間取り図のような図形を描き始めた。


「これは?」

「工房の設計図。欲しい部屋とかあったら追加するわよ」


 割と自由は効くらしいので、ひとまず自分用に小さな部屋を一つ描いて貰った。とは言っても妖精サイズなので、そんなに広い訳でも無い。ルナの寝室の一画を借りるだけだ。

 ルナはたまに俺に意見を求めながら、どんどんと線を書き足していく。どうやら立体である建物の要素全てを平面に落とし込んでいるのか、すでに線はどれがどれか判別できないほどに複雑だ。さっきクレイを作るときに見た図形や文字なんかも混ざり、更に難解になっていく。


「――よし、とりあえずこんなもんかしら」


 どれほどの時間が経っただろうか。日もそれなりに傾いたころ、ようやくルナが口を開く。黙々と作業に没頭していた彼女は、知らぬ間に額に流れる汗を拭い、外套を脱いだ。

 外套の下は、簡素な白い長袖シャツと丈夫そうな長いズボンだ。革のベルトを付けて、そこにもいくつか細い小瓶や魔法素材らしき物を吊っている。


「クレイもそろそろ来るかな?」


 ルナは外套を丁寧に畳んでトランクの上に置き、白い煉瓦を図形の周りに並べ始める。どうやら、素直に大工のまねごとをするつもりは毛頭ないらしい。

 やることもないので、俺も念動力を使って大まかな位置まで煉瓦を運ぶ。微調整はできないが、これくらいならなんとかなるものだ。

 そんな事をしていると、カシャカシャという足音と、何かを引き摺る音が聞こえる。

 音のする方向を見てみれば、やって来たのはクレイである。


「うわ!? なんだあれ?」


 俺はクレイを見て驚く。

 別にその白いのっぺらぼうに驚いた訳じゃない。クレイは、その細い身体のどこにそれほどの力があるのか、身長の何倍もある巨木を軽々と引き摺っていた。


「おお、良い木があったのね。場合に依っては追加で二、三本持ってきて貰おうかと思ったけど、杞憂だったみたいね」


 ルナは満足げに頷き、クレイに手を振る。

 見事任務を遂行したゴーレムは、嬉しそうに手を振って主人に応えた。

 ルナの指示を受けて、クレイが巨木を図形のすぐ隣に配置する。

 その間にルナ自身はトランクを開く。取り出すのは鉄のインゴットやガラス、他にも細々とした魔法素材である。彼女はそれらを煉瓦や巨木と共に、陣の周囲に配置した。


「それじゃ、やるわね」


 そう言って、ルナが図形の中央に立つ。杖の先端を地面に付けて、魔力を流す。図形は複雑な回路の様に魔力を流し、地中の魔力溜りと呼応する。クレイの時と同じ光が溢れ、周囲に配置された煉瓦と巨木がひとりでに動き出す。


「すげえな……」


 本日二度目の錬金見学だ。

 俺とクレイは少し離れた場所に立ち、彼女の作業の様子を見守っていた。

 煉瓦が細かく砕ける。巨木もグルグルと旋回するうちに、形を失う。全ての色が混じり、やがて透明になっていく。荒れ狂う暴風の中心は、台風の目の様に穏やかで無風だった。

 まるでオーケストラを操る指揮者のように、ルナは軽やかに杖を振る。

 まるで破壊を逆再生したかのように、彼女の指先で綺麗な壁が、床が、構築されていく。


「……お前も嬉しそうだな」


 ふと隣を見てみれば、表情のない白いゴーレムが、どことなく誇らしげに彼女の様子を見ていた。少し見ない間に、随分人間味を持ち始めたらしい。


「さあ、出来上がりなさい。あるべき場所に収まりなさい。錬金術の家、神秘の場よ」


 外壁が白い石となる。太い木の柱に支えられ、頑丈な屋根が広がる。

 薄い無色のガラスが窓に嵌まり、床は滑らかに艶を出す。

 風が収まった頃、そこには小柄だが立派な家が建っていた。


「錬金術ってやつは、何でもありかよ」

「ふふん。凄いでしょ? まあ、万能ではないけどね」


 ガラスの嵌まったドアを開けて、ルナが得意げに笑みを浮かべて現れる。

 見たところかなりの魔力を消費しているようだが、それでも余裕の表情である。

 どうやら、彼女が手練の錬金術師というのは本当らしい。


「それじゃあ中を案内してあげるわ」


 そう言って、ルナが俺たちを手招きする。

 俺はクレイの肩まで幻翅飛行で登って、運んで貰う。

 一階建ての工房は、基本的には木材を多く使った構造になっていた。玄関から真ん中を貫くように廊下があり、それを囲むようにコの字で部屋が配置されている。


「玄関から見て右が私室、左がキッチンとリビングね」


 左右の壁にあるドアを開きながら、ルナが言う。右の部屋は壁にクローゼットらしい扉がある以外には何もない、殺風景な部屋だ。一応、俺の要望通り窓際に小さな扉が付いている。

 逆に左には白い煉瓦の流し台や作業スペースが設けられていて、キッチンとリビングを合わせた部屋になっていた。


「調度品はないんだな」

「流石にそこまでは組み込めないわ。それにそういうのは後で作ればいいし」


 それもそうだ。これだけの構造でも、元となった図形は随分と複雑だった。省ける部分は徹底的に省く方が効率もいい。


「それで、この一番奥の部屋が錬金工房よ」


 そう言って、ルナが廊下の突き当たりにあるドアを叩く。廊下に三枚あるドアの中で、もっとも重厚で大きな扉だ。縁を黒い鉄で補強され、のぞき穴もない。


「さあ、どうぞ」


 嬉しそうに笑みを零して、ルナが扉を開く。

 重そうな軋音と共に、ゆっくりと中が露わになる。そこは、これまでの木材を主にした部屋とは異なり、床も壁も石材で覆われた部屋だった。白い石材が使われているため、暗いとは感じないが、窓は最小限の小さなものだ。

 壁際には大きな暖炉があり、煙突が伸びている。また、本棚らしい空の棚と、作業スペースが作り付けられている。

 なかでも、一番に目を引くのは、銀色の線で描かれた丸い円。それは、部屋のど真ん中に異様な存在感で鎮座していた。


「凄いな……。これは」

「でしょでしょ? かなり本格的な工房にしたのよ」


 思わず零した言葉に、ルナは嬉しそうに頷く。どうやらここは、彼女もかなり気合いを入れて作り上げたらしい。


「この、真ん中の円は?」

「錬金術で使う陣の一番基本的な形よ。ここにどんどん描き足して、陣を作っていくの」


 そういえば、クレイを作ったときもこの家を作ったときも、最初に描かれたのは丸い円だった。最も基本の形で、最も頻繁に使う陣だから、元々床に描いておくんだろう。


「さあ、ちょっと小さいけれど、ここがこれから私たちの拠点になるわ」


 陣の前に立って、ルナが振り向く。

 俺とクレイは自然に背筋を伸ばして彼女の声を聞く。


「やることは山積みだけど、一先ず足場は固まった。ここからどんどん開拓を進めて行くわよ」


 彼女はそう言って、左腕を天井に掲げる。

 なんとなく、それに吊られる様にして俺とクレイも腕を掲げる。


「アレシュギア開拓団、本格始動よ!」

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