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第4話「影魔法」

 鳥の目線を持つことができれば、周囲の状況はよく分かる。

 アレシュギアは丸い湖を中心にして広がる、薄い草に覆われた原野だ。遙か南方に見えるラグディーナ山脈から川は流れ、湖で一度休んでから北へと更に流れていく。森は山脈の麓に広がるのみで、大部分を構成しているのは殺風景な草の絨毯だ。希に細い木や岩が一つ二つ、ぽつぽつと点在している他に目印となるようなものすら無い。緑には溢れているが、生命の輝きに乏しい土地だ。


「ぱっと見た感じだと、人が暮らすには向かなそうな土地だな」


 鬱蒼と茂る密林や、極寒の地なんかで人間は暮らしていけないが、これほどに何にも無い土地もまた、人間は暮らせない。食料となる動物もおらず、住居となる木も無い。待っているのは恐らく餓えと絶望だけだろう。


「それでもまあ、あの錬金術があれば大丈夫なんだろうかね」


 俺が囚われていた数百年の間に、随分と人間は賢くなったらしい。

 ルナの使ったあの見事な技は、俺の知っている錬金術よりも遙かに強力で役に立ちそうだった。

 となれば、忠実な助手たる俺は主人の命令に従って、条件に合う土地を探すのみだ。

 虹色に輝く半透明の翅を震わせて、俺は空を駆ける。持ち前のスピードを活かして、猛烈な勢いで滑る。

 龍脈は、ラグディーナの真下に沿うようにして流れているらしい。いや、正確に言えば龍脈を辿るようにしてあの巨山が形作られたんだろう。その山の足下から、細い魔力の流れがいくつか伸びているのが見えた。

 精霊の目を介せば、魔力の流れは青い光となって見える。それを頼りに、細い糸の縺れている場所を探し出す。


「魔力溜りか。確かにいくつかあるな」


 ざっと湖を一周してみた所、ルナの眼鏡に適いそうな魔力溜りが、周辺に何カ所か見つかった。

 一つは山脈から湖へと水が流れ込む上流地域。もう一つは逆に湖から流れ出す下流地域。最後に、その丁度中間あたりにある中流地域だった。

 それらの場所を記憶して、一先ず俺は主人の下に戻る。場所の選択は、彼女がする方が適任だろう。


「ルナー。湖の周りに三カ所見つけたぞ」

「おお? でかしたわ! さすがは妖精ね」


 俺が戻ると、彼女はせっせと湖の周囲の砂をかき集めて白い煉瓦へと錬成していた。随分と数は集まっているようで、隣には不自然に抉れた穴と、それなりに大きな山ができている。

 俺は速度を落としながら落下して、彼女の肩に着地する。白い外套はしっかりとした革でできていて、それなりに勢いが付いていても安定していた。


「湖の流入するところと、流出するところ。あとはその中央だな」

「ふむふむ。それなら、やっぱり上流のところの方が良いかな」


 俺が指でおおよその方向を指し示すと、ルナは何度か頷いて少し悩み、割合すぐに判断を下す。


「中々判断が速いな」


 少し驚いて言うと、彼女はにっと笑う。


「私、賢いからね!」


 清い程の断言に、俺は一周回って納得する。確かにこれくらい思い切りが良くなければ、こんな辺境の地に一人で来ようとはしなかっただろう。

 そこまで考えて、はたと気付く。

 たしか、そもそも、俺と彼女が出会ったのも偶然のはずだ。となれば、本来ならば彼女は本当に一人でこの地を開拓するつもりだったのか。仕組みは分からないが、不死身らしいし、それが彼女の精神にもかなり影響を与えているのだろうか。


「……ルナも中々頑張るな」

「え? まあ、そうだね」


 知らず言葉が漏れ出したのか、ルナは首を傾げて頷いた。


「それじゃ、早速そっちに移動しようか」

「ゴーレム……。えっと、クレイを待たなくて良いのか?」

「ここから見える範囲でしょう? それに森から近くなるし、むしろ手間が省けてあの子も喜ぶわ」


 俺を肩から降ろしながら、ルナは楽観的に言った。

 彼女は足下に並べていた魔法素材をトランクにしまい、砂地に描いた陣を足で消す。


「それじゃあクロ、出番だよ」

「出番?」


 ルナが俺の名前を呼ぶ。きょとんとしていると、彼女はもどかしそうに言った。


「お前の力でこの煉瓦を運んで頂戴」

「ああ、そういうことか」


 その言葉でようやく意味が分かった。ついに、俺の真骨頂の出番という訳だ。


「そのために助手にしたようなもんなんだから! 影妖精にだけ使える魔法属性、影。話にしか聞いたことは無いけど、凄く便利なんでしょう」

「色々制約はあるがな。消費する魔力も多いし。まあ、『幻影空間』くらいなら使えるな」


 俺のような妖精は、一種類だけ特別な属性の魔法を使うことができる。火妖精ならば火炎、水妖精なら氷。そして影妖精は、影。俺は影を操り、影の中に入ることができた。

 『幻影空間』は、数多ある影属性魔法の中では最も基本的な魔法の一つだ。


「それじゃあルナ。そうだな……トランクを立てて影を作ってくれ」

「了解。こんな感じでいい?」


 ルナがトランクを移動させ、太陽と立ち向かうように配置する。もうすぐ昼という事もあってあまり大きな影はできないが、まあ、煉瓦くらいなら問題無いだろう。


「それじゃ行くぞ。『幻影空間(シークレットルーム)』」


 すっと体内の魔力が減るのが分かる。

 俺の言葉に呼応して、トランクの影が真っ黒に染まり、どろりと粘性を持つ。指先を突っ込めば、冷たい感触と共に突き抜ける。


「これで入る。容量も、これくらいなら余裕だろ」


 まだ魔力が回復しきっていないため、全盛期ほどの容量はない。それでも彼女が作り出した煉瓦くらいならば余裕で収まる程度の広さはある。

 『幻影空間』は、影を通じて俺の持つ個人的な異空間と接続する魔法だ。中は魔力の量に応じて大きさが変わるが、今でも小さめの小屋くらいの容量はある。物資を大量に輸送する際に便利な魔法だ。


「流石クロ! やっぱり凄く便利なのね」


 惜しみない賞賛を浴びせながら、ルナは早速煉瓦をトランクの影に放り込む。早くしなければ太陽が天頂まで昇り、入り口となっている影も消えてしまう。そのためルナは急いで煉瓦を運び込む。俺は体格的に煉瓦の一つも運ぶことは現実的では無いため、トランクの縁に座って休憩だ。


「なんだか、釈然としない」

「俺は空間の口を広げて待ってる。ルナは中に運び入れる。素晴らしい分業だな」


 額に汗をかきながらルナがふくれっ面でこちらを睨む。

 しかしできないものはできないのだ。物事には適材適所という至言がある。


「はい。これで最後よ」


 そう言って、ルナが煉瓦を放り込む。それなりに余裕のあった影も、かなり小さくなってしまった。ギリギリ間に合ったと言っていいだろう。


「それじゃあ閉じるぞ」

「うん。そしたら移動するわね」


 トランクから飛び降りて影に手を翳す。チャックを閉めるように手を横に薙ぐと、影はまた通常の物に戻った。

 それを見届けていると、ルナが俺の首根っこを掴んで持ち上げた。


「うわっ!? と、突然何なんだ!」

「お前の足じゃ遅いでしょ。こっちに入ってなさい」

「むぎゅっ!?」


 ルナはそう言って、俺を外套の胸ポケットに押し込む。飛竜に乗っている時にもこの中に入っていたが、随分と窮屈な場所だ。外見からではあまり分からないが、彼女はかなり着痩せするタイプらしい。


「『幻翅飛行』を使えばお前よりずっと早い!」

「まだ魔力回復しきってないって言ってたじゃない。節約できるとこはしとかないとね」

「むぎゅぎゅっ!?」


 俺の抵抗もあっけなく、半ば強制的に胸ポケットに抑えられる。すっぽりと顔まで押し込まれてしまうと、ぐっと彼女の香りが濃くなる。微かな甘い香りは、恐らく彼女が日頃扱っている魔法素材の匂いが染みついたものだ。

 俺は抵抗を諦め、とりあえず顔だけは出させて貰うことにした。まるでリスかネズミみたいなペットになった気分だ。自分で歩かずに済むのは別に良いが、揺れるのは悩み物だな。


「さ、張り切って拠点を作るわよー」


 そう言って、ルナはトランクを持って湖の側を歩き始めた。

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