第3話「錬金術と土人形」
「目下の所の目標は、主要施設の建築と、初期拠点防衛施設の設置ね。それを次の飛竜便がやって来る一ヶ月後までにやっちゃうわよ」
「待て待て待て! ほんとに俺とお前だけなのか!? 普通、開拓っていうのはもっと沢山人を集めて、開拓団を結成してやるもんだろ!?」
早速トランクに付けられた錠を外し始めるルナ。俺は彼女の外套の裾を引っ張って叫ぶ。
「昔はそうだったし、今もそういうのはあるわよ」
「じゃあなんで今回は二人だけなんだ!」
「アレシュギアの立地が問題なのよ。ライデン王国の首都はあの山を挟んだ向こう側だもの。大勢の人間で移動しようとしたら、極寒の山越えよ。半分以上が死ぬしかないわね」
ルナは煩わしそうにトランクの縁を叩き、南の方角に聳える灰色の尾根を指さした。
俺たちが飛竜に乗って越えた山。あれはラグディーナ山脈と言って、この大陸を南北で二分する峻険な山嶺だ。雲を貫き、天に迫らんとする鋭い尾根は、確かに越えるのも非現実的だ。
「それなら、飛竜便を使えば……」
「竜乗りが何人いると思ってるのよ。そんなにホイホイ使えるものじゃないの。只でさえ一ヶ月後まで予約が一杯だったのよ」
「ぐぅ」
馬鹿を見るような青い瞳が痛い。
俺はついぞ何も言い返すことができず、黙って彼女がトランクを開くのを見守るしかなかった。
俺が大人しくなったのをいいことに、彼女は手際よくトランクから用途不明の道具類を取りだして地面に並べる。
それは袋に詰まった乾燥させた葉っぱだったり、何かの鉱石だったり、種類も多岐に及ぶ。共通点と言えば、それら全てから濃い魔力の匂いがすることだ。
「まあ、別にライデンの王様も考えなしに私をここへ送り込んだわけじゃ無いわ」
分厚い色つきのガラス瓶を並べながら、ルナが言った。瓶の中には何かの液体が入っているようだ。
「クロ、私の職業を言ってみなさい」
唐突に彼女は振り返ると、ぴしりと指を伸ばして俺を見る。
突然の事に戸惑いながらも、俺は口を開く。
「え、錬金術師……だろ?」
その答えは、一先ず彼女を満足させたらしい。
ルナは一つ頷くと、トランクの中から長い杖を取り出す。細い木でできたそれは、両端を精緻な台座で飾られた、金色と銀色の宝玉が光っていた。
彼女はまず、銀玉の先で、湖の辺の砂地に大きな円を描く。更に金玉に変えて、円の中に五芒星を描く。
「錬金術師は万物の調和を整える。火・水・空気・土の四元素のバランスを操作して、物質を異なる物へと変化させる事もできる。硫黄と水銀は、もっとも単純で基礎的な錬金の門。私たちはそれを用いて、物質を昇華させる」
歌うようにルナは言葉を紡ぐ。単純な図形の集まりが、見る間に複雑な模様を表す。古代の文字が縁を彩り、星の頂点にいくつもの魔法素材が配置される。魔力を見ることができる俺は、その円を中心にして、魔力の流れが制御されていくのをはっきりと見ていた。
「錬金術は万能で、それを操る錬金術師は超能よ。ある者はたった一人で万軍を討ち滅ぼし、またある者は海を割った。だからね――」
ルナが俺を見る。青い瞳は好奇心に煌めき、艶めいた唇は喜びに震えている。
彼女は杖を振って、大きく円を描く。
「――私もこれくらいならできるのよ」
すとん、と杖の先が円の中心に触れる。
途端に調和の取れていた魔力の流れが急激に変化する。曲がりくねり、止まり、動き、消え、現れ、明滅を繰り返す。それはまるで難解なパズルを高速で解いていくような、ある種の自明な摂理のようなものを覚えさせる。
ぐるぐると渦を巻き、魔力が圧縮される。もはや妖精の眼を介することなく、それは青い波となって可視化する。魔力の流れに呼応するようにして、陣に配置された魔法素材が混じり合っていく。一つ、また一つと渦に巻き込まれるたびに、渦は緑や赤や黄に色を変えていく。やがてそれは陣の下にある細かな砂も取り込み始め、どろどろと溶け合う。
「おい、これは何をしてるんだ!?」
風の吹きすさぶ中で、ルナに尋ねる。
しかし彼女はぱちりとウインクを返し、そのまま見守ることを促す。
その間にも状況は変化する。巻き上がる砂は密度を増し、粘度を持つ。どろりとした半固体となり、次第に体積を増していく。
「まさか……」
ぐねぐねと蠢き、次第に形作る。それはルナと同じほどの高さにまで達する。
俺たちの目の前で、それは形を整え、四肢と頭を拵える。
「錬金術は、生命も作り出せるのか」
「あはは。残念。流石にそこまではいかないわ。生命を一から錬成しようとするのは、コストが掛かりすぎるもの」
俺の言葉を、彼女は快活に笑い飛ばす。できないとは言わないあたり、この錬金術師はどうにも怪しい。
「これはゴーレム。仮初めの命を与えられ、主人の命令にのみ忠実に従う理想的な奴隷よ」
「ゴーレム……」
ルナの言葉を反芻する。
いつしか風は収まり、陣と魔法素材は消え去る。
俺たち二人の前には、白い磁器のように硬質な人型が立っていた。
身長はルナと同じくらい。妙に細い四肢の上に、真っ白な頭が乗っかっている。目や口に類するパーツはなく、ただ額のあたりに赤い石が一つだけ輝いていた。
「顔とかは、無いんだな」
「必要ないからね。命令を聞く聴覚と実行できる手足、あとは処理できるだけの頭があれば十分」
驚きすぎて、頓珍漢な感想しか出てこない。
ルナはそれに真面目に答えながら、一歩踏み出した。茫然と立ち尽くすゴーレムの、額の石に指先をつけて、命令する。
「命名、クレイ。命令、森林で木を切り出し、ここまで運んできなさい」
彼女の言葉に反応し、クレイと名付けられたゴーレムは早速動き出す。最初はぎこちない足取りだったが、数歩歩くうちに人間と遜色のないレベルにまで変化する。そうして、彼は遠くに見えるラグディーナ山脈の麓の森林まで駆けていった。
「随分曖昧な命令でも聞いてくれるんだな?」
その白い背中を追いながら、ルナに尋ねる。
すると彼女は誇らしげに鼻を鳴らして胸を反らせた。
「なんてたって私が作ったゴーレムだからね! それに色々高級な素材も使ったから、そんじょそこらのゴーレムとは格が違うわよ」
そんじょそこらのゴーレムとやらを俺は知らないのだが、あれは一般的なゴーレムとは一線を画すらしい。そんな高級品を単身で送り出して良いのかと聞けば、それくらい自分でなんとかすると、極めて放任主義的な答えが返ってくる。
「さて、これで一先ず木材の目処は付いたわね」
「それで、俺たちはどうするんだ?」
「まずは拠点の設置よ。何をするにも、寝泊まりできる場所がないと始まらないもの」
「で、それはどうやって作るんだ?」
「建材は私が用意するわ。組み立てる時もゴーレムを使う。だからクロは拠点にふさわしい場所を探しておいて」
杖でトンと地面を突いて、ルナが言う。
「助手としては断る理由もないが、俺に任せて大丈夫なのか? 自慢じゃないが、俺は人間の快適な住み家っていうものを知らないぞ」
妖精と人間では、背丈だけでなく生活様式も随分違う。その点も踏まえて、俺は正直に彼女に話した。
しかし彼女はうんうんと頷いて、それを受け入れる。
「それくらい織り込み済みよ。その上で、拠点の場所探しはクロにしかできないって断言するわ」
自信に満ちた彼女の言葉に、俺は首を傾げて先を促す。
「お前の妖精の眼を使って、魔力溜りを見つけて欲しいのよ」
妖精の眼。俺たち妖精が持つ目は、人間にとって少々特別だ。その能力は魔力を見ることができるということ。先ほどのルナの陣の上で渦巻く魔力も、一定の濃度に到達しなければ彼女も見えなかった。人間が見ることができないほどに微弱な魔力さえも、俺たち妖精の繊細な眼を捕らえる。
「魔力溜りねぇ」
魔力溜りとは、まあ、文字通りのものだ。世界に根を広げる龍脈からは、側根のように弱い魔力の流れが派生している。それが複雑に絡まり合い、滞留したものが魔力溜りだ。
「錬金術を使うに当たって、魔力溜りがあると色々便利なの。だからこの湖の周辺で魔力溜りがある場所をいくつか探してくれない?」
「そういうことか。分かったよ」
ルナの要請も理解することができた。
となれば、後はそれに従って業務を忠実にこなすだけだ。
「それじゃ、よろしくね」
ぽんぽんと指先で俺の頭を叩くルナ。
俺はそれを払いのけながら頷いた。
「じゃあ、行ってくる。――『幻翅飛行』」
そうして、俺は魔法で羽を展開し、ふわりと飛び立つ。
「おわ!? そんなことできるんだ?」
「妖精の基礎技能だぞ」
驚くルナを尻目に、高度を上げる。
流石に飛竜ほどの高さには登れないが、周辺を俯瞰するには十分だ。
広く視界を持って大体の目星を付け、俺は早速滑るように空を駆けた。