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第18話「狩り」

「この辺が木を採ってきた森か」

「そうね。ていうか、随分切ったわね……」


 俺とルナは拠点を離れ、二人で北に広がる森にやってきた。向こう側には遙かなラグディーナ山脈がそびえ立ち、森はその裾野から大地を覆うようにして広がっている。クレイやマッドゴーレム達が木材を集めたのもこの森で、辺りには切り株が点々と残っていた。


「これは、植樹もしていかないといけないわね。計画的に開発しないと、ここまで荒野になっちゃうわ」

「いくら広いとは言え、無限じゃないからな。俺もそれには賛成だ」


 無計画に乱伐を続けていれば、その内木々も枯渇する。そうすれば、待っているのは緩やかな破滅だけだ。まだ本格的な入植は行われていないが、だからこそ早い段階で対策を講じておくのは効果的だろう。


「木妖精がいれば、こういうのも楽なんだがな。そう言えば、俺以外の妖精っているのか?」


 木妖精は、木々や草花と親和性を持つ妖精だ。植物の成長を促進し、その効果も高める。彼らが住む森は豊かで、決して枯れることなく、常に豊穣が約束されている。


「んー、あんまり見ないわね。野良どころか契約してる妖精も、私はクロ以外ほとんど見たこと無いわ。知り合いが一人だけ、妖精と一緒に暮らしてるわね」

「そうか、随分減ったのか、人間との関わりを絶ったのか。どっちにしろ今は珍しいのか」

「そうねぇ。五十年くらい前はそれこそ魔法使い一人に妖精一人ってくらい契約してる子も多かったらしいけどね。最近、急激に減っちゃったんだって」

「急激にねぇ。俺はその間とっつかまってたから何も分からんな」


 ライデン王国の魔法使いたちも、それについては危惧しているらしい。しかし、原因が分からないことには対策のしようもなく、頭を抱えているのだとか。

 だからこそ、ルナは地下遺跡で俺を見つけることができて良かったと朗らかな笑みで言った。


「もし王国に帰ってたらみんなに自慢して回ってたわ!」

「絶対に止めてくれ……」


 誰がそんな面倒くさそうなことに好き好んで巻き込まれるか。

 飛竜便で直接ここまでやってこれて良かった。


「まあそれは残念だけど、別に良いわ。その代わり今後アレシュギアにやってくる人には精一杯自慢するから」

「それはもう何も変わらないのでは……?」


 気炎を上げてしようもない意気込みを見せる彼女に、俺はポケットの中で小さく脱力した。


「ほら、そろそろ森の中だろ。準備はいいのか?」


 気がつけば切り株地帯を抜けて、木漏れ日の降り注ぐ森の中である。

 ふかふかとした腐葉土の地面を踏みながら、ルナはまるでピクニックにやってきたように気楽な様子で進んでいた。どう見ても、ハンティングという雰囲気ではない。


「いいのいいの。まだこの辺には普通の動物しかいないみたいだし」

「普通の動物って……。まさかルナお前!」

「狙うは最高級食材兼希少魔法触媒の塊、魔獣よ!」


 危惧したことをきっぱりと言い切られ、俺は思わずうなだれる。

 魔獣というのは、普通の動物とは一線を画する特別な動物たちの総称だ。共通点は、体内のどこかに魔石と呼ばれる魔力を秘めた石を有して、人間や妖精と同じように魔法を扱うことだ。

 当然、その戦闘能力は高く、総じて気性が荒く好戦的。つまりかなり面倒くさい。


「なあ、まずは適当に野ウサギでも狩って今晩の夕食にでも――」

「何を腑抜けたこと言ってるのよ。天才錬金術師ルナ様の手に掛かれば、ドラゴンだって一網打尽よ!」

「認識が甘すぎるだろ!? ていうかこんな森でドラゴンが出たら一大事だろ!」


 ドラゴンなんて高位の魔獣、もはや天災の域だ。そんなものが出た日には拠点の移転、最悪アレシュギアからの撤退すら視野に入れなければならない。

 魔獣は人間と同じく魔法が扱える獣。その技量が人間以下と言うわけでは決してない。むしろ、人間よりも卓越した魔力を持つものの方が多いだろう。

 人間の長所は考えることができること、そして集団で協力することができることだ。


「ほら、やっぱり最初は小手調べって事で」


 俺は彼女を改心させようと、ポケットの中から悲痛に訴える。しかしにこにこと気の抜けた笑みを浮かべた彼女は俺の言葉など何処吹く風。ふんふんと鼻歌を奏でながら足取り軽く森の中を進む。


「ん、早速来たわよ」


 彼女の鼻歌が途切れる。打って変わって冷えた声が警戒を促す。

 慌てて周囲を確認すれば、妖精の眼が淡い輝きを捕らえた。木々の隙間、濃緑の葉の奥を見る。


「なっ」

「ふむふむ。イノシシかな? 序盤にはいいんじゃない?」

「馬鹿かお前は!? 突進でもされたら無傷じゃ済まないぞ!」


 気軽に言ってのける主人に怒りを込めて声を上げる。

 彼女はちらりとこちらを見下げ、微笑を浮かべる。青い瞳に怯えの色は無く、それどころか自信に満ちあふれていた。


「ま、見てなさい」


 そう言ってルナはそっと木陰に身を潜める。

 イノシシの方も異変に気がついたのか、しきりにフゴフゴと鼻先を動かして周囲を警戒している。

 ルナは杖を取り出し、水銀の方をイノシシへと向け、魔力を放出しはじめる。


「おい、魔獣に魔法は――」


 悪手だ。

 魔獣は体内に魔石を有している特性上、魔法に対する抵抗力も驚くほど高い。確かに抵抗力を越える量で飽和させれば突破できないこともないが、多大な魔力はリターンに見合わない。

 そこまで考え、俺はルナの眼が笑っているのを見た。


「お前、まさか」

「そのまさか」


 杖の先の銀球が輝く。

 膨大な魔力が蓄えられ、指向性をもって放出される。空間をねじ切り、空気を切り裂き、それは瞬く間にイノシシへと到達する。

 その道中で、魔力は純粋なエネルギーから仮初めの物質へと変化する。黒く、堅く、鋭い一本の槍となる。イノシシの横腹に突き刺さり、その分厚い毛皮を切り刻む。脂肪を抉り、肉を断つ。運動スピードと質量の暴力が、そこに展開されていた。


「人呼んで『土塊の槍(マッド・ランス)』ってとこね」

狂気(マッド)の間違いじゃないのか?」


 ふふん、と誇らしげなルナを見上げて、呆れる。

 哀れなイノシシは爆発四散……こそしなかったが、下腹部を盛大に抉り取られている。鮮血がまき散らされ、今もまだ止めどなく腐葉土へと流れ染み込んでいる。

 なによりエグいのは、まだ意識がありそうなところだ。なまじ生命力が高い野生の獣だ。内蔵をほぼすべて抉られているというのに荒い息を吹き出し、虚ろな目をこちらに向けている。


「……『黒き槍(シャドウランス)』」


 やるせない気持ちを胸に、俺は初歩的な攻撃魔法を展開する。照準の向かう先は、哀れな獣の頭脳。

 俺の手から飛び出した細く小さな槍は一直線に飛び、突き刺さり、突き抜ける。

 その一瞬で、イノシシの黒い瞳から生命の輝きは失われた。


「……ルナ」

「な、なによ」


 声を掛けると、彼女は戸惑ったようにこちらを見た。


「狩りは遊びじゃない。貴族の嗜みでもない。命を奪う行為は、ただそれだけだ。せめて敬意を持って、真剣にやってくれ」

「……うん。ごめんなさい」


 率直な言葉。

 ルナはしゅんと肩を縮め、小さくうつむいた。

 少しだけ、なぜ妖精たちが人間たちの前から姿を消したのか、分かった気がした。

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