第17話「幹部会議」
「えー、それでは第一回、二回? ま、いいや。とりあえず幹部会議を始めたいと思います」
「いえー」
「(ぱちぱち)」
翌朝のことである。
マッドゴーレム達が夜も昼も関係なく作業を進めている間に、俺とルナとクレイは工房のキッチンに集まっていた。
正座で床に座るクレイと、その肩に腰を下ろす俺を前に、ルナはむんと胸を張って仁王立ちをしている。彼女の背後には、急拵えのボードが立てられており、そこには何枚かの紙が張り付けられていた。
幹部会議などと大層な名を冠していながら、その実なんとも可愛らしい集会である。
「そこ、なんか不服そうね? 言いたいことあるならどうぞ」
「別にないよ。強いて言うなら俺が何で幹部なのか分からんってことくらいだ」
「だって、クロを外したら私とクレイだけになるじゃない」
「それって実質一人なのでは?」
クレイはあくまで人形。制作者たるルナの意見には絶対忠実なイエスマン。確かに俺がいないと、たった一人で頷くだけの人形に話しかける可愛そうな子になる。
「あだだだっ!?」
「妙な事考えない! さっさと始めるわよ!」
なんでこいつは俺の考えが……。
「それじゃ、まずは現状の整理からね。拠点となる工房ができたことで、本格的な練金も行えるようになったわ。それによって道具類はまあまあ充実してきてる。クロが見つけてきてくれた鉄も良い働きしてくれてるわ」
ルナは練金杖で一枚の紙を指し示しながら言う。
粗雑な羊皮紙に黒鉛で描かれているのは、このあたりの簡略的な地図だ。拠点である工房を示す四角を中心にして、川、製材所、整地済みの範囲が描かれている。
「整地も十分な広さが確保できたわ。エメラルド隊にはそろそろ次の指示を与える予定よ」
「木材調達もかなり進んでるよな。資材置き場の丸太はそろそろ全部板になるぞ」
朝、会議が始まる前にさらっと視察してきた。その時で既に残り数本の丸太が寂しげに置かれているだけだった。それも今頃はゴーレム達によって運ばれているはずだ。
「それも心得てるわ。だから、ゴーレム達三班全員、新しいことしてもらうつもり」
「具体的には?」
「エメラルド隊には農地の作成をしてもらおうかなって。現状、食べ物が必要なのは私だけだけど、残りに余裕がある訳じゃないからね。それにゆくゆくはもっと人が多くなる予定だし」
「確かに食料は問題だな。一朝一夕に用意できるもんでもないし」
「ある程度生育が早くて育てやすい種を持ってきたけど、早めに着手できるならしたいわね。それと平行して、当面の食事も集めないと。これは狩りと収穫になるけど、流石にゴーレム達にはちょっと荷が重いわ……」
「なら俺が行けばいいんだろ?」
期待の籠もった目に応えると、彼女はうれしそうに頷く。
「頼れる助手でお姉さんうれしいわ。もちろん、私も一緒に行くからね」
「え゛っ」
「何よ、えって」
思わず飛び出た言葉に慌てて口を押さえるも時既に遅し。じっとりとした目で睨まれ、渋々弁明に移る。
「いや、ルナは現場で監督した方がいいんじゃ」
「そこはクレイに任せるから大丈夫よ」
クレイが任せろとばかりにぽんと胸を叩く。無理しなくていいんだぞ。
「……それに、ルナはどっちかっていうと頭脳職だろ? 狩りなんてハードな」
「あら、ハンティングは貴族の嗜みよ? それに私、うじうじ机に向かってるより走ってる方が頭が回るの」
「脳筋か」
「なんですって?」
「なんでもない!」
地獄耳かよ。
ともあれ、そんなこんなで俺とルナは仲良く二人で狩りに出かけることになった。
「それで、残りのトパーズ隊とルビー隊はどうするんだ?」
「ルビー隊は湖の調査をしてもらうわ。もしかしたら魚が穫れるかもしれないからね。トパーズ隊には建物を作ってもらう。と言っても厩舎だけどね」
「厩舎? 馬なんかいたか?」
「馬じゃないわ。ゴーレム達のよ」
「ええ……」
どうやらルナは、マッドゴーレム達が休める屋根を用意しようという考えらしかった。それにしても厩舎とは、あまりにもあんまりな呼び方だ。
「……せめてゴーレム寮とかにしないか?」
「え? まあ、別に名前なんてなんでも良いけど……」
どうやら知らない間に俺は随分とゴーレム達に情を抱いていたらしい。ルナは特にこだわりがある様子でもなく、俺の提案をすんなりと受け入れた。
ふと俺が隣を見上げると、クレイは真っ白な能面で、特にこれと言った反応も見えなかった。これがゴーレムにとっては普通の扱いなんだろうか。
「それじゃ、エメラルド隊は農地の開墾。ルビー隊は湖の調査。トパーズ隊は厩舎もとい寮の建設。クレイはゴーレム達の監督。私とクロは狩りに出かけるわよ」
ボードに貼られた一枚の紙、『やってることリスト』と題されたそれに、ルナはそれぞれの行動を書き連ねる。
そうして、クレイの額に触れて指示を出した。
「よし、これでゴーレム達は大丈夫ね」
「前にクレイはゴーレムのリーダーにはしないって言ってなかったか?」
「仕方ないでしょ。今は物資が足りないんだもの。とりあえず、今回の狩りでついでに何かしら魔法触媒も集められたらいいんだけど」
ルナとしてはそちらの方が急務らしい。
彼女は外套を羽織り、ベルトにナイフやら小瓶やらを装着していく。
「その外套、狩りをするなら動きにくくないか?」
「んー、まあ動きやすいとは言えないわね」
彼女の準備する姿をぼんやりと見ながら、ふと言葉をこぼす。
ルナは外套の裾を持ち上げて頷く。
「けど、これ色々特別なのよね。雪獣の外套って言うんだけど、頑丈だし魔力との親和性も高いし」
「へえ。魔獣の素材なのか。通りでなんか光ってると」
白いから分かりにくいが、妖精の目を介せばぼんやりと外套が光っているのが分かる。てっきりルナの魔力が漏れ出ているからだと思っていたが、どうやら外套それ自体に魔力が宿っているらしい。
彼女は自慢げに鼻を鳴らして、雪獣の外套の機能を説明し始める。
「保温性が高いんだけど、蒸れにくい。しかも外気に関係なく適温を保つからぶっちゃけ夏でも着れる。防塵防風防水撥水防刃頑丈お手入れいらず! もう何年も着てるから愛着もあるのよね」
「それはまた……、随分と高性能だな」
「そうなのよ。ま、デメリットとしては常に微妙に魔力吸われるんだけど」
「呪いの装備じゃねーか!」
最後の最後に強烈なデメリットである。
魔力が吸われるというのは、簡単に言えば命が削られるということだ。妖精は元より人間も魔力は生命維持に大きな役割を果たす。その上魔法などの便利で強力な技の行使も魔力に依存している。錬金術師となればなおさらそれは回避しなければならないものだ。
「いいのいいの。どうせ魔力なんて無限に出てくるんだし」
「……不死か」
「そうそう。いくら奪われたところで生産量が圧倒的に上回ってるのよ」
とんでもないことを、彼女は気軽に言ってのける。未だにルナの不死の絡繰は分からないが、彼女は随分と上手く付き合っているらしい。
「ま、私の事なんてどうでもいいわ」
さっさと出発しましょ、と彼女は杖を構えて楽しげに言う。
俺は小さくため息をつくと、彼女の外套の胸ポケットに飛び込む。いつの間にか、そこは俺の特等席になってしまったらしい。
「それじゃあ楽しい狩りにれっつ・ごー!」
溌剌な声を上げ、彼女は元気よく拠点を発った。




