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第16話「鉄」

「……んぅ」

「お、やっと起きたな」


 もぞりと毛布が動き、ルナが上半身を起こす。

 寝ぼけ眼を擦りつつ、彼女はあたりを見渡し、窓を見て硬直した。

 窓の外に見えるのは、代わり映えしない広々とした荒野の風景。沈みつつある太陽の、オレンジ色の光によって染め上げられた、どこか懐かしい記憶を想起させるような景色である。


「い、今何時……?」

「丁度五時だな」

「……何時間寝てた?」

「五時間くらいだな」


 簡単な質疑応答の後、再度ルナは動きを止める。

 しばしの沈黙の後、錆び付いたブリキの人形のようなぎこちない動きで、彼女は頭を俺の方へと向けた。その顔に浮かぶのは、驚愕。そして、明確な怒り。


「なんで起こしてくれなかったのよぉぉぉおお!!」

「ぎゃふっ!? だ、だってあんまり気持ちよさそうに寝てるもんだから」

「一時間で起こしてって言ったよね!」

「それは聞いてないぞ!?」


 幻翅を展開して逃亡を計るも、想像を越える敏捷性によってあっけなく捕まえられ、尋問にかかる。ガクガクと全身をシェイクされ、世界が揺れる。たまらず俺は彼女の指をぺしぺしと叩いて降参の意を示すのだった。


「うぅ……。私としたことが、現場監督失格ね」

「それだけ疲れてたって事だろ。これに懲りたら日頃からちゃんと休息は取っておくんだな」

「むぅ、正論だけにムカつくわね」

「なんで!?」


 ぎゅっと握力が強まり、全身を圧迫する。いくら妖精が頑丈だからといって痛くないわけじゃないのに!

 彼女はぼんやりと窓の外を見ていた。そこでは、相変わらず一定の動きで作業を進めるマッドゴーレム達の姿が見える。そんな彼らに指示を下しているのは、妙に張り切った様子のクレイだ。


「ルナが寝てるのを見てから、クレイが全体の指揮を取ってくれてるんだ。俺の指示は聞いてくれないからなぁ」

「そっか。やっぱりあの子を作っておいて良かったわ」


 自分が不在の間でも、クレイが代役に立ったおかげで作業は滞りなく進んでいる。それを認めた彼女の横顔は、安心したような、少し悔しそうな表情を浮かべていた。


「で、クロは何してたの?」

「俺はお前の子守をだな――」


 嘘です。だからその鬼のような表情は止めてください。


「……資材集める為にちょっと遠出してた」


 今度は嘘は言ってない。


「そう。――それじゃあ、残りの道具も作っちゃうわよ」


 ルナは俺を解放すると、立ち上がり、乱雑にめくれた毛布を畳んで隅に置く。そうして軽く間接をほぐすと、早速工房へ向かった。

 俺もそれについて行き、集めた石材を幻影空間から取り出す。


「石材はこれで足りるか?」

「ええ、十分」

「そっか。じゃあこれって使えるか?」


 満足そうに頷くルナの前に、俺は一つの黒い石を掲げる。俺の頭ほどのサイズだが、彼女にとっては拳よりも小さい。しかし、それを見て彼女は驚いたように口を開けた。


「こ、これ、鉄鉱石じゃない! どこで見つけたのよ!?」

「ちょっと遠出した時にな。ある程度集めておいたんだが」

「流石は私の助手ね! これでもっといい道具も作れるわ! あとであった場所も教えてよね?」


 興奮するルナに確かな満足感を覚えつつ、俺は残りの鉄鉱石を取りだして山にする。運び出せば出すほど彼女の表情が明るく輝くのは、見ていて心地良い。


「それじゃ、とりあえず精錬だけしちゃいましょ。陣を描くからその中に入れてくれる?」

「ほいほい。お任せあれ」


 張り切ってルナが陣を描く。その周りに配置するのは、赤い液体と無色の液体が入った二種類の瓶。聞けば火の元素と風の元素らしい。


「じゃ、やるわよ」


 陣の中央に山を作る鉄鉱石を睨んで、ルナが杖をふるう。魔力の渦が巻き上がり、瓶に入った液体を混ぜ上げる。薄いオレンジ色の渦は熱を持ち、中央の石を溶かす。どろどろの溶岩のようになるまで攪拌し、粘度を増していく。


「ほいっ!」


 楽しげな表情のルナ。彼女はそこへ更に小さな水色の小瓶を投げ入れる。それは瞬く間に渦の中へと広がり、浸食していく。水色に押し出されるようにして、渦の周囲に細かな黒っぽい欠片が飛び散る。渦は段々と勢いをなくし、落ち着いていく。


「これで完成ね」


 むふん、と満足げにルナが鼻を鳴らす。

 魔力の渦が減衰し、霧散した後に残ったのは、金属光沢を放つ歪な球状の物体。それと、陣の外側にはじき出された黒い欠片だ。


「これ、純鉄?」

「強度を増すためにある程度は不純物が混じってるけど、九割方は鉄よ。その周りのは全部不純物ね」

「……錬金術ってなんでもありだな」


 呆れた俺の声に、彼女は誇らしげである。


「これだけ万能だと、他の職人もいらないな」

「おっと、それは間違いよ。確かに錬金術は万能だし、私は天才だけどね」


 思わず飛び出した俺の言葉に、ルナは反論する。

 しかし言葉の端々が妙に鼻につくな。


「やっぱり鉄の扱いは鍛冶師の方が上手いし、道具作りはやっぱり専門の人の方が細やかな気が回る。私が作れるのは、あくまで最低限実用に耐える程度のもの。粗製濫造って言い方はあんまりしたくないんだけどね」

「まあ、練金陣に放り込んでぱぱっと杖振るだけだもんな。精密なものは作れないか」

「作ろうと思って作れないことはないけど、そこまでする意味がないもの」


 餅は餅屋というものだ。

 納得して頷くと、彼女はよろしいと俺を小突いた。


「ルナは何でこうすぐに手が出るかな」

「他の人にはしないわよ」

「じゃあ俺にもしないでくれると助かるんだが……」


 そんな俺の訴えを無視して、彼女は出来上がった鉄の塊を脇に避ける。そうして、作りかけだった鉈の残りを手早く錬成した。


「ほら、いつまでも不貞腐れてないで、これ配ってきて頂戴」

「別に不貞腐れてなんかない。ていうか、ゴーレムは俺の指示聞かないだろ」

「そっか。それも面倒ねぇ……。後でお前にサブ権限付与しておくわ」

「そんな便利な事できるんだったら早めにやっといてくれよ!」


 彼女は忘れてたとシンプルかつ酷い理由を答え、すたすたと歩き出す。俺は慌てて鉈を仕舞うと、彼女の背中を追って飛び上がった。

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