第14話「帰還」
その後、俺たちは万一まだ遺跡の機能が生きていることを危惧して、足早に亀裂から脱出した。俺の蝕む影を使えば、呆気なく崖を削って階段状にできたのは幸いだ。しかしなぜこんな簡単な事がすぐに思いつかなかったのか、それだけが精神的に俺を苦しめた。
「よし、クレイも異常は無さそうね。魔力も少し休んだら全快するはずよ」
錬金杖片手にクレイの機体を点検していたルナは、一通り確認し終えたのか安心したように白い歯を零した。
クレイは彼女を危険な目に遭わせたことを悔いているのか、しょんぼりと肩を落としている。どんどんと人間臭い仕草を覚えるのは、一体どこから情報を得ているんだろうか。
「とりあえず、あの遺跡は当面近づかないこと。最低でも戦力を確保してからね」
辟易とした様子でルナが言う。
確かに、またあんな地底で激戦を繰り広げるのは御免だ。
「賛成。とりあえず一旦工房に帰るか?」
「そうしましょ。……ん、どうしたの?」
一息つき、帰路へと就こうとしたルナの袖を、クレイが引っ張る。彼女が不思議そうに振り返ると、クレイは自分の胸に手を当てた。ぽんぽんと、任せろとばかりに叩くその行動の意味が分からず、俺とルナが揃って首を傾げる。
そんな俺たちの目の前で、クレイはおもむろに胸の装甲に指を掛け、がぱりと剥がす。突飛な行動に、俺たちは目を剥いて飛び上がる。
「ちょちょ、クレイなにしてるの!?」
「自壊機能とかあるのか? 聞いてないんだが!」
「私も知らないわよ! ……うん? これは!」
焦る俺たちの前に、クレイは胸の中から何かを取りだして差し出す。
それは折りたたまれた紙だった。
ルナが受け取り、丁寧に広げる。そこに描かれていたのは、周辺の地形。それは、クレイが記した地図だった。
「クレイ、ちゃんと任務を遂行してからあの遺跡に向かったのね! 優秀だわ! ……けどそんな胸に収納スペースなんて付けた覚えがないんだけど」
感激しながらも訝しむルナに、クレイは両手を振って何かを伝える。発声器官がないから何を言いたいのかが分からないが……。
「なんですって!? 自分で自分を改造したの!?」
「なんでお前は分かるんだよ」
驚くルナに俺が驚く。
作成者とゴーレムの間には、何か特別な繋がりでもあるんだろうか……。それにしてはクレイの動きは意味をくみ取って貰おうと必死なものだ。単純にルナの能力なんだろうか。
「なあ、つまりどういうことだ?」
「あの子、自分の身体を改造したのよ。遺跡に危険がありそうなことを事前に察知して、両手が空くように内部機構を整理して中に収納スペースを作ったんだって。それのお陰で遺跡の機械類にも内部の地図を強奪されることがなくて良かったって」
「お前すごいな」
スラスラと詳細を語るルナに、素直に感心する。彼女の後ろではクレイがうむうむと頷いているのが見える。よくジェスチャーだけでそれだけの情報を得たもんだ。
「うんうん。凄く詳細に描かれてる。作図の情報を入れた甲斐があったわね」
「作図の情報ってなんだ?」
「地図を描いたり図形を描いたりする基礎的な知識をクレイにインプットしておいたのよ。叡智の結晶っていう色んな分野の知識を詰めた結晶を使ってね」
「そんな便利なものが……。それも錬金術で作るのか?」
「錬金術と死霊術の応用ね。亡くなった地図職人の記憶から生成するの」
こともなげに言うルナ。どうやらこの時代では死霊術も禁忌ではなくなっているらしい。
「これ作るのを専門にしてる錬金術師もいるのよ。ていうか、私もそこで買ったんだけど」
「自分で作ったりしないのか」
「結構な高等技術だからね。私はそっちの方の分野はからきしなのよ」
少し恥ずかしそうに舌の先を見せて、ルナが言った。自称天才錬金術師な彼女の専門分野はあくまで錬金術に限られるらしい。その叡智の結晶を作る術を身につけるには死霊術の才能もいるため、極一握りの多才な錬金術師しか自前で入手することは叶わないのだとか。
「無事に地図も手に入ったことだし、帰りましょうか」
「帰りはゆっくり行くんだろ?」
「ええ。流石にクレイは運べないし、急ぐ理由もないからね」
そんなわけで俺たちは今度こそ拠点に向かって歩き出す。
平坦で見晴らしの良いアレシュギアの大地では、遠くにある建物もすぐに見つける事ができるから帰り道を探すのも楽だ。
「クレイには他にも知識を入れてるのか?」
ルナの胸ポケットに収まった俺は、ふと気になって尋ねる。
彼女はふるふると首を振って、思案顔になる。
「ううん。まだ一つだけ。他に便利そうなのをいくつか見繕ってきたんだけど、まだ必要に迫られてはないからね」
叡智の結晶を投入できる数は、ゴーレムの品質によって左右されるらしい。例えば、マッドゴーレムは安価で低品質なため、一つも埋め込むことはできない。かなり搭載する負担は大きいようで、最上位に匹敵するほどのクレイでも三つが限界とのことだった。
「換装するのも中々手間が掛かるし、あとの二スロットはじっくり考えるわ」
「そうか。上手くやれば万能なクレイになると思ったんだが」
「ま、世の中そう上手くは行かないわね。そもそも叡智の結晶もかなり高価だし、使い捨てだし」
「そう気軽には使えないってことか。奥の手ってやつだな」
ルナが頷く。気軽に使えない代わりに、使えばそれだけでプロフェッショナルを一人作り出すことができるようになるアイテムだ。しかも元々ゴーレムであるため、無限に働き続けることができる。優れた兵士の技術を詰めた叡智の結晶などを使えば、それだけで永遠に戦い続けることができる最強の護衛ができるのだ。
そう考えれば、中々にめちゃくちゃなアイテムだな。
ちらりとクレイの方をのぞき見ると、あちらも視線に気が付いたのか、少し誇らしげに胸を張った。
すらりとした細いシルエットは、槍やレイピアなんかが似合いそうだ。目にもとまらぬ敏捷性で敵を翻弄し、蜂のように急所を狙う軽戦士というのは中々に格好良い。
今回で魔力貯蓄をかなり減らしたため道が遠のいたが、俺もいつか格好いい剣士というものになって見たいものだ。
「ルナは剣、使えるか?」
「え、何よ突然。一応昔習ってたことはあるから、人並みには使えるけど」
ルナは突然の質問に驚きながらも答える。
見た目と違って実は良家のお嬢様だったりするんだろうか。
「今失礼な事考えなかった?」
「そ、そんなわけないだろ……」
じっとりとした目で射抜かれ背筋が冷える。なんで俺の考えてる事が分かるんだ……。
「エンペドクレス家は代々錬金術師を輩出してきた貴族よ。で、貴族なら多少の武芸は心得ていて当然っていう風潮のせいで小さい頃から家庭教師が付いてたのよ」
「おおう、それはそれで大変そうだな……」
うんざりとした顔で事情を語るルナ。
「ライデン語にベルト語、エルペシア語。数学、薬学、魔法各種。礼儀作法、舞踏、着付け、会話術。もちろん錬金術も。多いときは二十人くらい家庭教師がいたわよ」
「家庭教師の相手してるだけで社交術が学べそうだ」
「実際、作り笑いとお世辞は凄く上手くなった自信があるわ。とりあえず幼少期に色々やらされて、そこから見込みのある分野だけ深めていったの。その結果が天才錬金術師ルナちゃんよ」
天才を自称する上にちゃん付けか……。
「いだっ!?」
「なんか失礼なこと考えてたでしょ」
「まだ言ってなあだだだだ!?」
「ふんっ!」
ルナが頬を膨らませて俺の頭をぎりぎりと摘まむ。幼い頃から武芸を習っていただけあって、細い指に似合わない怪力だ。頭蓋骨が割れそうになった俺は、慌ててギブアップする。
「し、死ぬかと……」
「こんなもんで死ぬわけないでしょ」
ぷいっとそっぽを向くルナ。相当ご立腹らしい。
俺は荒い息を整える。
「ほら、もうすぐ着くわよ」
「ん、意外に早いな」
「そりゃお前は歩いてないものね!」
気が付けば随分拠点も近づいていた。どうやらかなり話に熱中していたらしい。
半日ほど空けた拠点の前は、命令に忠実なゴーレム達によって硬く踏みならされた地面が広がっている。その上には、見上げんばかりの丸太の山が積み上がっていた。
「……ちょっとこれはやり過ぎじゃないか?」
「止めるの忘れてたわね」
森一つ持ってきたかと思うほどの木材の量に、俺たちは絶句する。
隣では早速クレイがやる気を見せている。
どうやら、仕事はまだまだ山積みらしかった。




