第12話「トラップ」
ルナの灯光の淡い光が部屋の中を照らす。それなりに広い空間の中には、ごちゃごちゃと正体不明の機械類が置かれ、そのどれもが分厚い埃を被っていた。床や壁は廊下と同じ、白い石材でできているが、それらも機械から伸びるコードや配管などに隠れて殆ど見えない。
「この様子だと、やっぱり遺跡みたいね。それに、これは……」
「どうした。何か心あたりがあるのか?」
「逆になんでお前がピンと来てないのかが分かんないわよ」
俺がポケットの中から尋ねると、ルナは眉を顰めて唇を尖らせる。
俺は首を傾げ、再度部屋の中を眺める。何を示しているのかも分からない計器類、鉄の箱、無造作に絡まるコード。どれもこれも、見たことがない。
とんと見当が付かず黙り込む俺を見て、ルナは仕方なさそうにため息をついた。
「ここ、クロが閉じ込められてた遺跡と同じ雰囲気がするわ」
「ほんとか!?」
「なんで気が付かないのよ!」
「いや、だって俺はずっとあのガラス瓶の中にいたから……」
髪を揺らしてぷりぷりと怒るルナに、俺は情けなく反論する。
何も分からないまま気が付いたら誘拐されていて、その後はずっとあの狭い世界しか知らなかったのだ。あの部屋の外の事など、なにも知らない。
「まあいいわ。クロのいた遺跡よりは技術力も上がって、多少発展してるみたいだし」
壁際の機械に積もった埃を指で拭いながらルナが言う。
「それならあの魔力の詰まった洞窟も分かるわね」
「どういうことだ?」
「あれはお前の代わりなのよ」
「……つまりは魔力源ってことだな」
妖精から無理やり魔力を奪い取る卑劣な技術が採用されていなかったのは、幸いと言えるだろう。どちらの方が効率が良いのかは知らないが、倫理的な判断があったことを願う。
「それじゃあ、この機械類はまだ生きてるのか?」
「供給源があるのと起動するかどうかはまた別の問題ね。そもそも私にその辺の知識はないし」
「そうか……」
淡い期待を込めて尋ねてみれば、あっけなく一蹴される。まあ、機械を動かしてどんなことになるかも分からない状況じゃあ、気軽にスイッチを押すのも躊躇われるしな。
「それよりルナ、気付いてるか?」
「え、どうしたのよ」
「床に積もってる埃、そこに足跡がある」
「……ほんとだ!」
ポケットの中から腕を出して床を指す。夜目の利く俺の目には、この部屋も昼間のように明るく見える。それだけに、分厚く積もった埃の上に続く足跡は、入ったときにまず一番に目に付いた。
「これ、人間じゃないよな?」
足跡は楕円形で、似てはいるが人間のものでは無い。かといって、俺の知る亜人の足跡のどれにも該当しない。ただそれは点々と続き、部屋の奥へと進んでいた。
「これ、クレイの足跡だわ」
「何!?」
信じられない、とルナが言う。
彼女はしゃがみ込んでじっくりと観察し、その上で確信を持って頷いた。
「間違い無い。この足跡はクレイの物だわ。あの子もここを通ったのよ!」
「そうか。それなら俺たちもこれを辿れば」
「クレイと合流できる!」
興奮して彼女は立ち上がる。急な上昇に目を回しそうになったが、歯を食いしばって耐えた。
彼女はぎゅっと錬金杖を握ると、気炎を上げて足跡に続いた。
「クレイもあの亀裂に落ちたのね。暗かったから分からなかったわ」
「足跡が付くような地面でもなかったしな。埃のお陰だ」
横たわる機械類を乗り越えながら、俺たちは部屋を奥へと進む。ガラクタが散乱して圧迫感があるが、随分と広い部屋らしい。暗闇の中を照らしても、中々壁へと辿り着かない。俺の目を通しても、延々と部屋は奥へと伸びており、また機械類に阻まれて全貌が分からない。
「しかし歩きにくいわね。もうちょっと整理してくれてたら良かったのに」
「今はもう滅亡した文明なんだろ? いざ終わるって時に落ち着いて整理なんてできなかったんだろ」
「何が原因で滅んじゃったのかしらねぇ」
太い鉄のパイプを飛び越えながら、ルナが思いを馳せる。
魔法技術も科学技術も、あらゆる分野でこの遺跡のあった時代は現代を遙かに凌駕していたらしい。学者の名付けた長ったらしい名称はあまり使われず、専ら古代文明とだけ呼ばれる時代だ。原因も過程も不明のまま、歴史のあるページで一瞬にしてその繁栄が失われた時代。僅かに残る手がかりは、こうして各地に散逸する古びた遺跡だけだと言う。
「この遺跡のことも報告しないとね。そうしたら学院から学者団が乗り込んでくるわよ」
少し笑って彼女は言った。
古代文明はその殆どが謎で塗り固められており、そのヴェールを剥がんと躍起になっている学者達も多いらしい。そう言った一種の狂人にとっては、まさに宝の山なのだろう。
実際、彼らによって復元された技術が広く使われていることも多いらしい。
「ルナもそういうのに興味があるのか?」
「ないと言ったら嘘になるけど、熱心って程でもないわね」
「じゃあなんで俺のいた遺跡なんかに?」
「あれは龍脈を辿って言ったら偶然見つけたから入っただけよ。龍脈の上には貴重な魔法触媒があるから、それを集めてたついでね」
ついでで助けられたらしい俺は、感謝して良いのやら呆れた方が良いのやら、反応に困る。
「お陰で目当ての触媒も手に入ったし、優秀な助手もできた。万々歳ね」
「そりゃどーも」
天井からたれるコードを避けて屈みながらルナが言う。
そうきっぱりと言い切られると、なんとも気恥ずかしい。
「っと、ここが一番奥みたいだな」
そんな取り留めも無い話をしながら進んでいくと、ようやく部屋の一番奥に辿り着く。一際巨大な機械がいくつも並び、壁面にはガラスの一枚板が嵌まっている。相変わらず周囲を取り囲むのは鉄の山だ。
「けど妙ね。クレイの足跡はここで消えてるわ」
「ほんとだな。どこに行ったんだ……?」
クレイの足跡を追って進んできた俺たちだったが、そこからぷつりと手がかりが途切れてしまう。足跡は引き返すでも進むでもなく、そこからどこにも伸びていない。
しかし周囲に見覚えのある真っ白なゴーレムは見えず、二人揃って首を捻る。
「ルナ、魔力探知計はどうだ?」
「あ、忘れてたわ」
舌の先を出して誤魔化しながらルナは懐からガラス板を取り出す。魔力の詰まった洞窟から抜けた今なら、正常に使えるはずだ。
「うん。使える。近くに洞窟の反応もある。……あっ!」
じっくりと光で照らしながら探知機を見ていたルナが、唐突に声を上げる。
「どうした?」
「クレイを見つけた。けどダメ、早くこの部屋出るわよ!」
「どういうことだ」
「説明は後!」
ルナは焦燥に駆られながらすぐさま反転する。そうして、猛然と駆け出す。胸ポケットに収まっている俺は、振り落とされないように縁を掴んで必死に揺れに耐える。
パイプを飛び越え、コードを潜り、機械の箱を蹴飛ばして来た道を戻る。新たに光を二つ生み出され、先行して道を照らす。
「あーもう! 古代文明はどこも虫唾が走る趣味してるわね! 滅んで当然よ!」
ルナは吐き捨てるように悪態をつきながら部屋の扉を目指す。
状況を理解できていない俺にはさっぱりだが、どうやら随分と差し迫っているらしい。
「クレイは何処にいたんだ!」
「下よ! 下にいた!」
「下って、部屋の下か?」
「ええ。そこに閉じ込められて、魔力を吸われてたわ!」
「それって……」
「クロと同じって事よ!」
ルナが叫ぶ。
それをかき消すように、甲高い機械の駆動音が響いた。
「何だこれは!?」
「起動したのよ。この部屋が!」
速度を緩めず、ルナが喋る。
パン! と破裂する音と共に、急に室内が明るく照らされる。ぼやける視界の中で確認すると、どうやら天井の照明が起動したらしい。
「この部屋、まだ生きてるのか!」
「そうみたいね。遺跡だと思わせて油断させておいて、人を誘うんだわ」
鉄の筐体に手を付き、飛び越える。
外套がはためく。
「チッ、なんでこの部屋が乱雑なのかも分かっちゃったわね」
「障害物競走みたいだな」
「命を賭けた障害物競走なんて御免よ!」
「それもそうだ。『蝕む影』!」
灰色の影が機械を飲み込む。僅かでも影があれば、それだけで十分だ。
彼女の進路を先行させて、道を均す。
「光源が強すぎる。大きい物だけ退けるぞ」
「十分。ありがとね」
後ろから破砕音が響く。
「なんだ!?」
「ああもう。でっかいアームがこっちに来てる!」
胸ポケットに収まった俺は後方が見えない。
彼女の話に依れば、どうやら追ってが来ているらしい。
スクラップを圧搾するような、金属の歪む音が迫る。どうやら俺たちも捕まればスクラップになるらしい。
「扉はまだか?」
「もうちょっと!」
ダン! と床を蹴ってルナが飛ぶ。
処理しきれなかった鉄の山を軽々と飛び越える。
入り口が見える。飛び越え、走り、くぐり抜け、猛烈な勢いで逃げる。アームの駆動音はいつの間にか三つにまで増えている。
「着いた!」
彼女の指先が扉に辿り着く。爪の先が冷たい石材に触れ――
「そんな……!」
無慈悲に扉が閉じられる。




