第11話「穴の先」
暗闇に満たされた洞窟は、ルナの身長よりも少しだけ天井が高い。そのおかげで、進行速度はそれなりに早かった。有り余る魔力を贅沢に使って、俺が足下を整備しながら進んでいるというのも、大きな要因のひとつにはなるだろう。
「しかし、これは何処まで続いてるんだ?」
「魔力測定器を見た感じだと、まだまだ先は長そうよ。洞窟の細長い形でくっきり魔力反応が見えるわ」
外套のポケットから顔を出して俺がぼやくと、ルナは手に持ったガラスの板を見せていった。その言葉通り、現在地を示す青い点の周りはすべて真っ赤に染まり、洞窟と同じ大きさの円柱状になっている。
「この洞窟の外壁より一定距離外へと掘ると、途端に魔力が吸われるんだよな」
「どういう技術か知らないけど、魔法使いや錬金術師にとっては悪魔の所業ね。魔法も何も使えないんじゃ、私たちなんてただのか弱いもやしっ子よ」
「今のルナ達の技術でも、こういうのはできないのか?」
俺の知っている時代ならともかく、技術の発展した現代ならどうかと彼女に訪ねる。ルナは柳眉を寄せて首を横に振った。
「多少抑制することならできるかも知れないけど、完璧に遮断するのは無理ね」
「そうなのか。それじゃあここは一体何なんだ」
「さてねえ。それを調べるためにも、奥へと行きたいんだけど……」
「奥へ続く道はあるのか?」
「計測器を見た感じだと無いのよね」
どうにもならないとルナは肩をすくめる。洞窟内に満ちた魔力はどこかへ流れ出している訳でもないらしい。流れを追って奥へと進む道を見つけるという案は儚く潰えた。
「魔力の閉じこめられた空間ねぇ。まるでタンクか貯蔵庫みたいだな」
「……貯蔵庫。そうね、言い得て妙だわ。たぶんここは地中に染み込んだ魔力を蓄積する場所なのよ。何らかの方法で魔力を逃さず捕らえ続けることで、長い時間をかけてこれほど濃密な魔力を蓄えたんだわ」
「そりゃあ何のために?」
「それが分かれば私はほんとの天才よ」
俺の問いを一蹴し、奥へと進み続けるルナ。俺は憮然とした表情で、蝕む影で地面を均し続けた。
そうして、
「あ、ここが最奥ね」
「行き止まりに着いちまったか」
俺たちはついに堅い岩壁に突き当たった。そこから向こうには一分の隙間もなく、奥へも左右へも行けそうにない。つまるところ、この不思議な洞窟の最終地点だ。
「むーん、なんだか釈然としないわねぇ」
「どうせなら謎も解き明かしたかったが、ここまでか?」
「にゅぅ、もやもやするわ」
半ば諦めている俺は、欠伸混じりで話しかける。ルナはどうしても諦めきれないらしく、魔法の光を放つ杖を片手に、壁面を穴があくほど念入りに見つめている。
夜目の利く俺が見ても特にこれと言ったものは見つからないのだ。ルナが見たところで何も見つかるわけがない。
「クロ! こ、ここ!」
「わぷっ!? どうした?」
ぼんやりと取り留めのないことを考えていると、突然頭をぐりぐりと指先で揺さぶられる。見上げると、興奮して青い瞳を輝かせるルナの顔が見えた。彼女は俺に一瞥もくれず、壁面の一点を見つめていた。
それに促されるようにして、俺も視線を動かす。そこにあるのは、ごつごつとした岩肌だ。歪な突起がいくつも飛び出し、細かな魔結晶の粒が光を放っている。何の変哲も……。
「……なんだこの突起」
一つだけ変哲があった。
小さな突起の中に埋もれるようにして、不自然なほど整った四角柱。大きさとしては一片が二センチほどの正方形。それが五センチほど壁から飛び出している。
「これ、絶対怪しいわよ! こんなのが自然にできる訳がないわ」
「どう考えても人工物だよなぁ」
昂揚して早口になるルナとは対象的に、俺は面倒くさそうな声色を隠せない。
どう見てもこれは、今すぐ押してくださいと言わんばかりの、いわゆる、スイッチと言う奴だ。こんな不自然なもの、どうせ押してもろくなことがない。ここはそっとしておいて大人しく地上に戻るべきだ。
「よし、ルナ。一度かえ」
「ぽちっとな」
「……」
顔を上げる。
きょとんとした顔のルナと目が合う。
頭を下げる。
彼女の細い指が、しっかりと四角いスイッチを押し込んでいた。
どれほどの年月の間ここにあったものかは知らないが、とりあえず錆び付いている訳ではないらしい。
「って、アホか! 何を後先考えずに押してるんだ!」
「そんな、だって、スイッチを見つけたら押すのが礼儀でしょ!」
「スイッチに対する礼儀なんて犬にでも食わせちまえっ」
ガキン! と何かが外れる金属音がした。
口論を繰り広げていた俺たちは、水を打ったように静止する。
どこからか、カタカタカタと歯車のような物が回る音が聞こえる。シャフトが動く音が聞こえる。何かが擦れ、何かが動き、何かが打ち付けられる。次第に音は大きく、多く、複雑になり、一種の音楽のような物を奏でる。
俺たちは二人そろって息を飲み、周囲を見渡す。目に見える変化は何もない。けれど確かに、壁の中で何かが動き始めている。
「お、おい……」
「ごめん。ちょっと軽率だった」
今更言うのかよ。
しゅんとするルナに追撃する必要もないだろう。
俺は小さくため息をつくと、手の先に魔力を込める。
「……クロ?」
「起動させちまったもんは仕方ない。何が起こっても対応できるようにしとくぞ」
「うん、分かった」
臨機応変に対処できるように、まだ魔法は発動しない。最適な魔法を最短で構築するために、最低限の土台だけを作っておく。
ルナも杖を構え、背筋を伸ばす。腰のベルトから、何かの魔法触媒を取って握りしめた。
カラカラと絡繰が奏でる音楽は最高潮に達する。
俺たちが油断無く周囲を警戒する中で、目の前の壁が開く。
直角的な亀裂に沿って、ゆっくりと開く。洞窟の黒い壁面の向こう側が現れる。
ルナは咄嗟に口元を押さえ、反対側の壁際まで後ずさる。
壁は開き続け、その奥には長い廊下があった。それは洞窟のような荒廃したものではなく、なめらかな石材で覆われている。足下には淡い青色の光が点々と奥まで続き、長い廊下を照らしている。
「……これは」
「分からんな。むしろ余計に謎が深まった気がする」
「とりあえず、奥に進めばいいんでしょう? 幸い、酸素はあるみたいだわ」
杖の先を壁の先へと突きだしてルナが言う。空気は循環しているらしく、新鮮な酸素で満たされているらしい。
俺たちは視線を合わせると一つ頷く。
そうして、ルナは洞窟の先へと足を踏み出した。
「びっくりするくらい綺麗な床と壁ね」
「アレシュギアはほんとに無人なのか? なんか先住民が隠れ住んでるんじゃ」
「そんな報告は受けてないわ。そもそも地下に隠れ住む理由がないじゃない」
コツコツと小気味の良い靴音を響かせながら、ルナは長い廊下を歩く。
足下に明かりが続いているとはいえ、視界を確保するのに十分とは言い難い為、引き続き練金杖の先には魔法の光が点っている。
長く続く廊下は劣化している様子もなく、つい最近作られたように真新しい。それだけに、違和感が凄まじい。
ルナは難しい顔をして、廊下のあちこちに視線を向ける。
「むぅ。分かんないわね。とりあえずライデン王国にある建築様式ではないわ」
「じゃあ他の国のものとか」
「それも無いわね。見たこと無い様式、というか様式って言って良いのかしら」
上下左右を囲む石材は真っ白で、模様らしい模様もない。文化的な色が何もない、どこまでも無機質で無個性な風景が続いている。どこのどんな時代のどんな民族が作ったのかさえ明らかでない。
「あ、クロ! あそこ」
「……扉だな」
ルナが立ち止まり、指を指す。
その先には、壁や床と同じ素材で作られた、取っ手のない扉があった。
それは大きく押し開かれ、奥にある部屋へと続いてる。
部屋は廊下とは違って光源がないらしく、真っ暗だ。俺の視界では、動いている様子のない巨大な機械類がいくつも並んでいるのが見える。
「入るか?」
「とりあえず、そうした方が良い気がするわ」
そうして、ルナは恐る恐るその部屋へと足を踏み出した。




