第10話「不自然」
20019年もよろしくお願い致します。
「妙に魔力濃度の濃い場所だな」
「そうね。魔結晶ができてるなんて、相当よ」
湿った地面を歩きながら、細く長く続く洞窟の壁面を眺める。
ゴツゴツとした岩肌に時折光る、小さな薄紫色の透明な結晶は、空気中を漂う濃度の高い魔力が凝固してできた結晶だ。それ単体でも魔法の触媒になるほどの魔力を秘めていて、当然の様に錬金用の素材にもなるらしい。ルナは時折、扱いやすそうな大きさのものを見つけては摘み取り、懐に入れていた。
そんな希少な魔結晶が頻繁に目にとまるだけあって、洞窟内の魔力濃度は地上のそれを大きく凌駕している。妖精の眼を通せば、辺り一面がチカチカと輝いて、まともに視界も確保できない。
このときばかりは、夜目の利く影妖精で良かったと思えるというものだ。
「これ、どこまで続いてるんだ?」
「さあ。何かが住んでる形跡もないし、全く分かんないわ。こんな洞窟があんな平原のど真ん中に自然発生するとは中々考えられないけど」
ルナもこの洞窟についてはさっぱり分からないらしく、首を捻る。
それでも、素直に登って地上へ戻ることができない以上、奥へと進むしかない。
「トランク置いてきたのは失敗だったかなぁ」
ルナは工房の前に置いてきたトランクに、悔しそうに歯がみした。
確かに、あのトランクがあれば数日は優に生活することができるだろう。見たところ極々普通のトランクだというのに、どのような収納術を会得しているのか、あれは無限に物が湧き出してくる。
「錬金杖と魔結晶があればなんとかならないか?」
「難しいわねぇ。工具と潤滑油はあるけど、肝心の歯車がないんだもの」
一応、必要最低限の物は彼女もベルトに吊っているらしい。しかし、それでは到底脱出できるほどの技を使うことはできないのか、彼女は残念そうに言った。
「地面を変形させて階段作ったりとか、そういうこともできないのか」
「地形を変えるっていうのは中々骨が折れる仕事なのよ。何せ区切りがないから、大地全体を相手にするようなものだしね」
「魔力溜りを均したようには?」
「あれは魔力溜りだからできたのよ。無限に近いエネルギーを、あっちが肩代わりしてくれるからね」
錬金術も万能というわけではないらしく、細々とした制約が色々とあるらしい。
どうにもならない膠着状態は、水の中で藻掻いているような感じだ。
「それより、クロの魔法でなんとかなったりしないの?」
「なんとかって?」
「地面を喰って削るとかさ」
「……」
押し黙った俺に、ルナが首を傾げる。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「いや、その発想はなかったなって、思って」
「……は?」
考えてみれば簡単なことだ。確かに彼女の言うとおり、俺が地面を削って道を作れば良いんだ。蝕む影は削る対象の硬度によって多少魔力量が増減するが、魔力の満ちたこの空間ならいくらでも補給できる。
どうしてこんな初歩的なことに気が付かなかったんだ!
「クロ君?」
「ひっ!?」
凍てつくような声が頭上から浴びせられる。恐る恐る振り向けば、絶対零度の青い瞳がこちらを射抜いていた。
「よろしくね?」
「はひっ」
一ミリも優しさを感じない氷の笑みに震え上がりながら、俺はすぐさまルナの胸ポケットから飛び出す。転がるようにして着地する直前で幻翅を展開し、ホバリングをする。そのまま、手を突き出して、魔法を展開。影ならいくらでもある。ここは陽の光も届かぬ地の底だ。
地面が微かに波打ったかと思うと、漆黒の影は灰色に変色する。全てを蝕む貪欲な影となり、それは滲むようにして周囲を侵食していく。ゴツゴツとした凹凸のある地面を平らに均し、ルナが歩きやすいように加工していく。背後から感じる視線に急かされるようにして、俺はありったけの魔力をつぎ込んだ。
「……あれっ」
「どうしたの?」
突如として現れた違和感に、思わず声を上げる。
呼びかけるルナの声を放って、魔力を籠める。しかし、不可思議なことに魔力は穴の開いたバケツに入れたように手応えもなく消費され、灰色の影は侵食をやめる。
「おかしい。魔法がどこかで無効化されてる」
「なんですって?」
俺の言葉にルナが眉を顰める。彼女は懐から魔力計測器を取り出し、画面を睨む。そうして、驚愕の表情を浮かべて目を見開いた。
「クロ、魔力が満ちているのはこの空間だけ。少し地面を掘ると途端に魔力が消失しているわ!」
「これは自然現象じゃないな。人為的な物だ」
「ああもう! これだけ魔力に溢れてたら計測器は無意味だと思って出さなかったのが仇になったわね!」
ルナは外套の裾を握りしめて唸る。先入観に囚われすぎていたのは、俺も同じだ。
「ここは人為的に作られた魔力溜りだ。何かがある」
「……そういうことね。クロ、魔法はもういいわ。ポケットに戻りなさい」
ルナの硬い声に従い、俺は魔法を収めてポケットに戻る。彼女は大きく何度か深呼吸を繰り返し、興奮を落ち着かせる。
「予定変更よ。今から奥へと進むわ」
「賛成。ここにはどうも、何か隠されているみたいだ」
やる気に満ちたルナの声。
俺は白い外套から首だけを出して頷いた。
目指すのは洞窟の先。そこに何が待ち受けているのかも分からないが、俺たちには進む必要がある。
「アレシュギア開拓団団長として、こんな怪しげな場所は無視できないわ。隅から隅まで暴ききって、どうせなら全部活用しちゃうわよ」
「随分過激な発言だな!? 敵性生物がいなけりゃいいけどなぁ……」
笑みを深めて堂々と野盗のような発言をする主人に、思わず声を上げる。
これほどの不自然な施設だ。その上、巧妙に隠されている。この細い洞窟の先に、何が居ても可笑しくはない。せめて俺だけは油断しないように気を引き締めて行かなければ。
「それじゃ、洞窟探検に出発よ!」
数分前とは打って変わって楽しげな声で、ルナは手を上げて鬨の声を発した。
そうして、俺たちは小さな魔法の明かりを頼りに洞窟の奥へと足を踏み出したのだった。




