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6話 一章 高校生活一週間目(2)可愛い顔した厄介な訪問者の登場

「九条理樹! 桜羽沙羅のことで貴様に話がある!」


 ラブレターを受け取るという面倒な朝から始まった、三時間目の授業が終わり。授業の終了を告げた鐘と共に、壊されるのではないかという勢いで教室の扉が激しく開かれた。


 ひどい扉の開閉音に加え、一年五組の教室に飛び込んできたアルトの怒号も相当なものだった。

 教室に居た全員が驚いて目を向け、教材の片付けに入ろうとしていた歴史担当の教師、二十代後半の鈴木も、ふわふわとした癖毛に若白髪が目立つ髪を揺らせて、一体何事なのだろうという表情をする。


 教室の入り口に立っていたのは、やや華奢な体躯をした男子生徒だった。女子と男子の平均身長の間、といったくらいの背丈ほどで、目鼻立ちが整っていて目はキリリとしているものの、どこか随分と可愛らしくもある顔立ちをしていた。


 漆黒の髪は癖がなく、やや長めだ。髪型をいじれば女の子に見えそうな気もしたが、理樹にとってそんなことはどうでもよかった。

 今時の女子が好きそうなその中世的なイケメンを目にした時から、彼のテンションは地に沈んでいた。驚きは既に「面倒臭ぇ」というものに変わっている。


 無愛想なモテない男が、引き続き学年一の小動物系美少女に告白されているという現状については、早いうちに解決しなければとは思っていた。なぜなら、いずれ面倒で余計なことに巻き込まれるのではないか、という可能性を少し警戒していたからだ。


 突入してきた際の台詞の感じからすると、自分が沙羅に自分がアタックされ続けている現状を良くは思っておらず、敵対心を持たれているだろう可能性が浮かぶ。

 いずれこうなる可能性は推測していたものの、早い段階で現実になろうとは……と理樹は現実逃避したくなった。


 歴史担当の教師である鈴木が、不安そうな顔をその男子生徒へと向けてこう言った。


「あのな、青崎(あおざき)? 事情はなんとなく分かったけど、だからといってお前が桜羽のことで直接彼に突撃するのは、先生はどうかと思――」

「担任の癖に口を挟まないで頂きたい! 僕はやつに決闘を挑む!」

「君たちのクラスの担任だから口を挟むんだよ、しかも決闘とか物騒だからヤメテ」


 全く持ってその通りだ、と理樹は思った。


 鈴木たちの会話から察するに、どうやら彼は沙羅と同じクラスメイトの男子生徒であるらしい。話し合いだけだと思ったら、この訪問者は可愛い顔をして物理的な方法での解決に出るタイプの人間でもあるようだ。

 実に迷惑である。嬉しくもない告白のとばっちりなんてものは、受けたくはない。


 すると、その男子生徒を見ていたクラスメイトの女子の一部が、「あれって、一年生ですぐ風紀委員会入りした青崎さんじゃない?」と言った。


 この高校の風紀委員会は、顧問教師をおかず唯一在学生のみで構成されている。入学説明会にて、生徒会と同じく入会者が限られているとはざっと話を聞かされた。荒事を取り締まることも多いので、学力だけでなく体力と格闘技術面も重視されるという。


 入学早々に風紀委員会に所属したとなると、余程の逸材なのだろう。ただ喧嘩っ早いだけの気もするが、理樹としては、ますます面倒な予感しかしなかった。


 教師である鈴木の話を全く聞かない様子の、『青崎』と呼ばれた少年を眺めていた拓斗が「なるほど、風紀委員会の新人ねぇ」と言った。


「これは面白い展開になってきたな」

「チッ、他人事に傍観しやがって」

「事情はよく分からんが、ちっこいのに凶暴そうなやつだよな。安心しろ、骨は拾ってやるぜ!」


 任せろ親友、と拓斗がいい笑顔で親指を立てた。


 これ以上教室内で騒がれても迷惑だと思い、理樹は仕方なく渋々腰を上げた。こちらを見たその男子生徒が、途端に「お前が『九条理樹』? その辺に埋もれそうなやつじゃん」という台詞と共に露骨に顔を顰めた。


 次の授業の準備もあって時間が作れない鈴木が、教室を出る理樹と少年を物言いだけに見送った。これまで美少女からの告白を面白がって騒ぎ立てていたクラスメイトたちも、もしや荒事になるのでは、とようやく危機感を覚えた顔を見合わせる。


「頼むから、何事もなく話し合いだけで帰ってきてくれよ……」


 一学年担当教師の中で、一番気の弱い鈴木は、日々一組だけでもキリキリと痛んでいる胃の辺りを押さえて、そう呟いた。

            

             ※※※


 次の授業が始まるまで、残り十五分。


 真剣な話なので二人だけでしたいというその男子生徒の要望から、すぐに戻ってくるし構わないかと考えて、理樹は彼に続いて上履きのまま廊下の窓を乗り越え、夏日対策にとまばらに植えられている中庭の木々を抜けた。


 伸びる校舎の角を曲がった先は、窓もない校舎の壁が日差しを遮り、非常用出口が一つだけある芝生が広がっていた。

 そこに到着するなり、少年にしてはやや華奢な体格をしたその男子生徒が、癖のない髪を揺らせて、くるりとこちらを振り返った。


「僕の名前は青崎(あおざき)レイ、沙羅ちゃんとは同じ中学出身だ」


 仁王立ちで、風紀委部員の男子生徒――青崎レイが開口一番にそう告げた。


 理樹は、やはり恋路問題あたりだろうかと推測した。本気で行動を起こしているらしい彼には悪いが、こちらとしては、ありきたりな嫉妬のパターン的展開に呆れて、まともに相手をしたいという気力が微塵にもわいてこないでいる。


 この喧嘩っ早そうな新人風紀部員よりも、面白そうだと言わんばかりについてきた拓斗が、ワクワクとした視線を校舎の角から向けてくるのを背中に感じて苛々した。


 というか、お前なんで付いてきた?


 追い返せば良かっただろうか、と途中で気付いた時にそうしなかった自分を思い返すと、ますます苛立ちが増した。思わずそれが表情に滲んで眉が寄ると、レイがむっとした表情を作った。


「お前より、僕の方が三年も彼女のことを知っているだけで嫉妬するとか、器が小さい男だな」


 完全な誤解である。こちらは全然嫉妬などしていない。

 むしろ、なんだか最近暴走しつつある彼女をとっとと掴まえて、勝手に彼氏彼女としてゴールインしてくれと言いたい。


 勝手に誤解されたうえ、一方的に悪い方へ評価を押し付けられるのは好きではない。理樹はすぐに反論したくなったものの、どうしてか、普段親友の拓斗やクラスメイトの男子に向けてやっているように、思い切り顔を顰めて容赦なく言葉を返すという態度に出られなかった。


 相手が自分よりも小さいせいだろうか。どこか幼さもある男にしては可愛らしく見えるその顔を見ていると、どうも強く攻める気にもなれない。


 ひとまずここは、早々に話しを終わらせるべく冷静になろう。


 らしくないなと思いながらも理樹はそう決めて、一呼吸分置いてから、言葉を選んで口を開いた。


「お前が彼女のことをよく知っている、というのは理解した。俺は――」

「なぜそこで詳しい話を訊いてこない!? 中学時代の彼女を知りたいとは思わないのかッ」


 信じられないとばかりに目を剥いて、レイが唐突にこちらの台詞を遮るように叫んだ。

 理樹は呆気に取られて、思わず「は?」と声を上げてしまった。


「もしや、もう既に彼女から聞き出したのかこの変態め!」

「待て。なんでここにきて、俺の評価が変態にまで急降下した?」

「今更モテない男の強がりをするつもりか!?」


 すると、後方の校舎の角から、「ぶはっ」と吹き出す声が聞こえた。


 レイが疑問を覚えたように言葉を切り、自分越しにそちらを確認するように頭を動かせた。理樹はその視線を遮るように、校舎の角に潜んで見物している拓斗の存在を隠すように一歩横に移動した。


 おい、テメェは黙ってこっそり隠れてろ。


 親友がどんな顔で笑いをこらえているのか想像出来て、理樹は更に苛っとした。


 うっかり奴の存在が知られたとしたら、このよく吠える新人風紀委部員が、二人で話しをしようと言ったのにと説教じみた非難の声を上げるかもしれない。そうなったら本題に辿り着くまでに時間がかかり、話し合いが伸びてしまうだろう。


 理樹は、拓斗に対して苛立ちを募らせた。その険悪を雰囲気から察したレイが、自分に対してのものだと勘違いした様子で対抗するように睨み付けてきたのを見て、ますます「あいつ教室に戻ってくれねぇかな」と頭を抱えたくなった。


 もとより理樹は、自分があまり表情豊かではないと知っている。真顔でいると不機嫌だと勘違いされ、少し顔を顰めれば、怒っているか喧嘩を売っていると解釈されて、相手が委縮してしまうことも多々あった。

 

 どうしたものかと、理樹は頭をガリガリとかいた。かなり面倒である。


 不思議と目の前の少年に対しては、今のところ『面倒』という感想以上の攻撃的な感情は覚えていなかった。

 相手からはかなり睨まれているものの、中世的な可愛らしいイケメンは、どんな表情をしても対人に嫌悪感を与えないらしい、と場違いなことまで考えてしまう。


 その時、こちらよりも頭一個分も小さいレイが、怖くないぞと言わんばかりにこう吠えた。


「彼女はとても可愛いんだ!」


 そこで理樹は「ああ、つまり」と投げやりに口を挟んだ。


「お前は、彼女のことが好きなわけなんだろ」

「勿論だ! なのに高校に入学した途端毎日お前の話ばかりだし、休み時間とか急にいなくなって、僕が一緒に過ごせる時間がごっそり減った!」


 そういや、風紀委員会は、生徒会同様に忙しい組織とか言ってたな。


 必要であれば授業も免除されるらしい、という中途半端に頭に入れた説明内容を思い返したところで、理樹はなんだかこの現状が馬鹿らしく思えてしまった。

 ボリボリと頭をかきながら、とっとと誤解を解くべく「あのな?」と口を開く。


「そんなに好きなら、お前が頑張ればいいじゃねぇか。俺はあいつの告白は断っ――」


 すると、またしてもこちらの話しも聞かずにレイがこう叫んだ。


「僕は超可愛い沙羅ちゃんを、ひらひらのふわふわレースで飾りたいんだ! 愛でて愛でまくりたいし、写真とか何百枚だって撮って記念本まで作って大事に保管して、毎夜舐めるように見ているんだぞ!」

「ただの変態じゃねぇか」


 あぶねぇよ、なんでこんなやつが風紀委部員なんてやってんだ。


 理樹は、真顔でそう指摘した。毎日自宅でその写真集とやらを眺める少年が想像され、それを妄想しながら男子として興奮する様まで思い浮かびそうになって、危うくその途中で思考を止めた。


 すぐに現実的な推測をしてしまうのは、自分が前世で結婚して子供も数人いて、最後は孫までいた経験が記憶として残っているせいだろう。けれどどうしてか、目の前の彼がそういった行為に及んでいるのを想像するのは、どこか少し難しい気もした。


 すると、途端にレイが「僕は変態じゃないッ」と、そこだけはキレイに聞き届けた様子で怒鳴った。ますます面倒臭ぇな、と理樹は思った。


「こうなったらタイマンでの決闘を挑む! お前が沙羅ちゃんを見て、むっつりスケベぇに興奮していると思うと我慢ならないし、実に羨ましい!」

「おい。いけない本音が口から飛び出してるぞ」

「問答無用!」


 直後、レイが瞬時に無駄のない攻撃の構えを取った。


 それを目にした理樹は、どうしてこんな華奢な少年が荒事もあるとい風紀委員会への所属が決定したのか理解し、「マジかよッ」と口角を引き攣らせた。前世の記憶から、それは体術を習った人間特有の見事な型だと分かったからだ。


 こちらが身構える時間も与えず、レイが殴りかってきた。理樹は舌打ちしつつ、間一髪のギリギリのところで身をかわした。


 自分はプロではないので、手を抜いたら確実に痛い目を見るだろう。こうなったら、仕方ないが出来る限り必要最低限で相手の動きを抑える方法を取るしかない。

 理樹はコンマ二秒でそう判断すると、攻撃をかわした姿勢から一気に踏み込んで前進し、レイとの距離を詰めて、拳を振り切ったその細い腕を掴んだ。


 躊躇なく間合いをゼロにされ、一瞬で腕をとられたレイが目を見開くのを間近に捉えながら、その足を払って地面へと引っ張り込む。


 咄嗟に残った手を彼の後頭部に回し、どうにか打撲といった怪我もさせないよう威力を少し殺すべく、掴んだ腕の肘をぐっと押し込むような形で地面に叩きつけた。相手が再び暴れ出す前に素早く態勢を変えて馬乗りになり、自身の体重でしっかり押さえつける。


 こんな時、前世の記憶があると便利だなと思ってしまうのは、あの世界の貴族男子が、一定レベルの護身術を教え込まされるのが常識だったことだ。暴漢を送ってくる敵も多かったので荒事にも慣れていたし、前世では荒っぽい連中との付き合いもあって喧嘩体術も身に付いていた。


「――ったく、いきなり暴れてくれるなよな」


 理樹は吐息交じりにそう呟いた。どうにか頭に衝撃がいかないようにしたものの、打った背中の痛みに呻くレイを見下ろして、叩きつけてごめん、と声を掛けようとした時――


 ふと、彼の胸部を押さえている腕に違和感を覚えた。


 それは慣れた男の固いものではないと気付き、理樹は加えていた力を緩めた。痛みが治まったらしいレイが、組み敷くこちらを茫然と見上げてくる。前髪が乱れて露わになったその顔をまじまじと見れば、どう頑張っても同性の少年には見えなかった。


 男と女の違いくらい、前世の人生経験でよく分かっている。


 この少年は――いや、この子は女性だ、と察して理樹は硬直した。


 しばし、どうしていいのか分からなくなった。近くから見下ろしたまま、ゆっくりと腕を解くと、彼女が声なく口をパクパクとさせてみるみるその顔を赤面させた。


「おい、どうした?」


 なぜそこで顔が赤くなるのか、すぐに察せなかった。

 もしや頭の方にも衝撃を受けさせてしまったのだろうかと心配になり、地面に当たらないよう支えていた手を動かせて探ってみた。しかし痛がる様子がないまま、彼女の顔が更に熱を帯びて真っ赤に染まった。


 理樹は「大丈夫か?」と声をかけながら、彼女の頬にかかった横髪を後ろへとよけて状態を確認した。倒した際の衝撃で小石でもはねたかと心配になったものの、白い肌のどこにも傷は見られなかった。


 女の顔に怪我はないと目で確認し、安堵の息をこぼしたところで、遅れて一つの疑問が込み上げた。


「というか、なんで女なのに男の制服を着てんだ……?」

「~~~~~~ッ」


 そのままの姿勢で尋ねると、彼女が怒ったようにぷるぷると震え始めた。そして、真っ赤な顔で眉をつり上げたかと思ったらと、凶暴な風音と共に勢いをつけてこちらに拳を振ってきた。



「趣味だ!」


 

 性別を隠してるとう事情があるわけでもなく、ただ趣味で男装してるってだけの言い分で殴られるとか、ひでぇな。


 胸の件で怒ったのだろうかと、遅れてそんな推測が脳裏を過ぎった。しかし、あれは故意ではなく、ただの事故である。

 そうは思ったものの、女を殴り返すくらいなら殴られて耐える、という生前から身に沁みついた意識で身体は動かず、その一瞬後に頭の横にきた強烈な衝撃で、理樹の意識はプツリと途切れた。

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