23話 四章 四人でランチを
理樹は、今、自分が置かれている状況に対して、無表情を張りつかせていた。
ここは校舎一階にある広い食堂である。
昼休みの時間は一学年から三学年、そして教師職員も利用する多くの人でごった返しており、大人数が長テーブルに腰かける中、理樹たちは正方形のテーブルに四つ用意された椅子に腰かけて昼食を取っていた。
理樹の隣には拓斗、向かい側には沙羅とレイが並んで座っている。
解せない、と理樹は、改めて集った面々を思い胸の中で再三の言葉を呟いた。ことの発案者は拓斗である。昼休みになった途端、腕を掴まれて引っ張られたと思ったら、奴はそのまま一組の教室に突撃し、沙羅を見つけ出すとこう言ったのだ。
「ちょっと食堂を使ってみようかって気分でさ。一緒に食べてもいい?」
拓斗が開口一番そう尋ねたら、沙羅は嬉しそうな顔で了承した。そして、四人揃って食堂を利用することになったのである。
初めて利用してみた学校の食堂は、小振りの定食が五つ、大きめの定食が三つ、日替わりで出されていた。理樹と拓斗は、エビフライが入った大きめメニューのB定食を選んだ。
沙羅は意外にもよく食べるようで、こちらと同じものを注文していた。小口ながらリズムよく口に運ぶその隣では、レイが同じ定食メニューの他、彼女にとっては定番だという単品の唐揚げを追加で付けたものを食べ進めている。
紙コップの水がなくなったと言って、沙羅が冷水器のもとへ向かったところで、これまで口角を引き攣らせながらも大人しくしていたレイが、もうダメだと言わんばかりに驚愕の表情を晒した。
「ああああああ嫌だッ、僕の沙羅ちゃんとの至福の時間が、むさっくるしい野郎共に穢されている!」
「ひどい言われようだな」
理樹は冷静にそう言った。誘ったのは拓斗であり、提案を受け入れたのは沙羅だ。彼女が「いいよね?」と向けた笑顔を見て、「勿論だよ沙羅ちゃん!」と言った変態少女にそこまで言われたくない。
「食事する沙羅ちゃんの様子を舐めるように見られる、向かいの席という最高のポジションが奪われているのが我慢ならないッ、そして羨ましい! 食べる彼女を見てスケベェに楽しんでいるんだろうこの変態共が!」
「変態はお前だよ」
んなこと考えて食事するなよ、と理樹はレイに呆れた眼差しを向けた。
それは男目線の意見だ。同じ女子で、しかも親友という立場であるのなら、むしろやってくれるなと思ってしまう。
苦悩するように頭を抱えていたレイが、ふと視線に気付いたように顔を向けた。頬杖をついて彼女を見ていた拓斗が、目が合うなり、意味深ににっこりとする。
「俺はどちらかというと、レイちゃんが食べてるのを見る方が面白いけどな?」
「ひぃぇ!? なんだか分からんが、お前は僕を見るな! そしてちゃん付けで呼ぶんじゃないッ」
レイが警戒を覚えた猫のように身を引いた。理樹は、やはり過剰反応だと小さな疑問を覚えて、つい隣にいる親友を横目に見やり「おい」と呼んで声を掛けた。
「お前らは喧嘩でもしてるのか?」
「いんや? 仲良くしてるだけだぜ」
「にしては、やけに警戒されてるみたいだが」
「ははは、多分あれだ、彼女は野生の勘が働くタイプ」
その時、席を外していた沙羅が戻ってきた。冷水の入った紙コップをテーブルに置くと、何か言いたそうな顔で、恥じらうようにもじもじしながら席につく。露骨に「可愛いなぁ」と表情を緩めていたレイも、遅れてそれに気付き首を捻った。
一同が疑問を覚えて見つめる中、沙羅は膝の上の置いた手に視線を向けていた。これから大切なことを打ち明けます、というような雰囲気である。
なんだ? と訝っていると、沙羅がこちらを上目に見つめ返してきた。
「私、九条君にエビフライを食べさせたいです」
「却下だ」
真顔で理樹は即答した。彼女がエビフライになかなか手をつけていないと思ったら、そういう理由だったのかと悟って阿呆らしくなった。
というか、俺がエビフライを好んで食べていると、どこから情報を――
あ、こいつか。
理樹はすぐに察して、隣にいる親友をジロリと睨み付けた。拓斗が知らぬ振りで、定食メニューに盛り込まれているミートボールを口に放り込んで「美味い」と言った。
「あら、四人揃っているなんて珍しいじゃない? 随分仲が良いのね」
不意に、久し振りに聞く気がする声が聞こえて、理樹たちは揃ってそちらへと顔を向けた。
そこには生徒会長の宮應と、黒い制服を着た風紀委員長である西園寺がいた。二人は同じ背丈ということもあって、並び立つと、全く対象の美貌を持った様子が一段と目を引く組み合わせだった。
にこりともしない完璧な美貌をした宮應が、毛先にいくほど大きくウェーブを描く長い髪を鬱陶しそうに背中に払うそばで、華奢な美少年である西園寺は、考えの読めない貴公子のような愛想たっぷりの微笑を浮かべている。
沙羅は宮應を目に留めるなり、笑顔で「こんにちは」と挨拶した。宮應も運動場の一件を引きずっている様子もなく「こんにちは、今日も元気ね」と、ちょっとだけ口角を引き上げるような笑みを浮かべる。
女同士で何かしらあったのだろうか。理樹が不思議に思っていると、レイもまたどこか愛想良く「生徒会長、こんにちは」と言って、それから西園寺へと視線を移した。
「委員長、何かあったんですか?」
「ん? 特にも何もないよ?」
どうして、と訊き返す西園寺に対して、レイは小首を傾げて言葉を続ける。
「だって生徒会長と並んで歩いているのって、大抵問題ごととか会議に向かう時だった気がして」
「あははは、なるほど。ちょっと一緒にご飯でもどうかなって、僕が彼女を誘ったんだよ」
そう答える西園寺の隣で、胸の下で自身を抱き寄せるように腕を組んだ宮應が、眉をつり上げたままほんのり頬を染めた。
一同が揃って注目すると、宮應が途端に「ちょ、なんで皆で揃ってこっちを見るのよッ」と切れた。
「べ、別にッ、手を取られて『おいで、食事をしよう。嫌なんて言わないよね?』なんて強気で言われたわけじゃないんだからね!」
「……………」
なるほど、その手で誘われてここに来たのか。
理樹は冷静にそう分析して、宮應と西園寺がここにくるまでの流れを、なんとなく想像してしまった。つまり最強の武道派生徒会長として知られている彼女は、見た目の気の強さに反して、やはりリードされるような攻めに弱いらしい。
沙羅が「いいなぁ」と呟いて、宮應に羨望の眼差しを向けてキラキラと瞳を輝かせた。レイがこちらを睨みつける中、拓斗が空気も読まず脇から腕でつついてきたので、理樹はテーブルの下にあった彼の足を思い切り踏んで黙らせた。
西園寺が沙羅ににっこりと笑いかけて、こう言った。
「君にもあるといいね」
理樹は、ちらりと向けられた西園寺の視線を無視した。




