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20話 三章 その直後から一週間のこと

 沙羅を保健室に預けた理樹は、後を同性のレイに任せて拓斗と共に保健室を出た。

 どうしてか、いつものようにこちらを指差して「一学年で一番の美少女にアタックされ続けている人だ」という者はなかった。


 廊下ですれ違う生徒たちも、気にしないように視線をそらしたり、露骨に「そういえば今日の夜に面白いテレビが――」と無理やり話題を口にして、友人グループとなんでもない風を装って通り過ぎて行く生徒もいた。


 運動場で行われて勝負については、既に全校生徒に知られたようだが、不思議と誰もが口を閉ざしているようだった。

 

 今日は部活動が出来る気分じゃない。それを拓斗に告げると「なら帰るか」とあっさり返答があった。

 教室に行くと、先に戻っていたクラスメイトたちが待っていて、何故か開口一番「お疲れ様」とだけ言われた。それ以上の言葉はなく、突っ込んだ質問をされることもなかった。



 変だなと思いながらも帰宅した翌日、沙羅は学校に来なかった。



 一組の担任であり歴史担当の教師である鈴木が、一時間目の授業開始前に気遣うような笑顔で「ご両親から、恐らく復帰は来週くらいになりそうだと聞いているよ」と告げた。

 けれど、あの木島でさえ、その件に関して詳細情報を求める態度は見せなかった。


 学校はやけに平穏だった。いつもの煩わしい視線はなく、同じ教室にいる拓斗やクラスメイトから、昨日の話題を蒸し返するような話題が出されることもない。彼女贔屓の女子生徒たちも「沙羅ちゃん、早く学校に来られるといいね」といった話しすらしなかった。


 静かな様子が返って気になった。一時間目の授業が終わった休み時間、トイレ休憩に立った際に、じっと視線を送ってくる見知らぬ生徒がいて「何か用か」と尋ねてみた。すると、労うような笑みと共に「お疲れ様」とクラスメイトと同じ言葉をかけられた。


 これは妙だと思って、教室に戻って拓斗に訊いてみた。

 すると、彼がこう教えてくれた。


「俺もさっき知ったんだけどさ。彼女の意思を出来るだけ尊重して、そっと見守ることにしたらしいぜ」


 そうなのかと眼差しで問うと、近くにいた田中や木島、そして他のクラスメイトたちがのんびりと笑った。近くを通っていった男子生徒の一人が、「茶化して悪かったよ」と小さな苦笑と共に詫びた。


 止めようと思えば出来た筈だと、誰かがそう非難してくれるだろうと思っていた。だからそれは、理樹が予想もしていなかった反応だった。

 


 悪党のようだと、どうして誰も俺を責めないんだ。


 他のどの生徒ではなく、騒ぎの元である当人の自分であったら止められる可能性はあっただろう。そう昨日を思い返して、理樹は皮肉に口角を引き上げた。けれどどうしてか、いつものような不敵な笑みが上手く作れなかった。



 告白は断っているだろう、誰とも付き合う気はない、だからどっちも出て行ってくれと……昨日の一件については、そう強く拒絶していれば終息するような子供じみた騒ぎだった。


 すると、こちらを見た拓斗が、クラスの生徒たちを代表するようにこう言った。


「お前はやれるだけやったよ。最後のお前、すげぇかった良かった」


 そんな訳がないだろう。

 俺は、ただ彼女を運んだだけなのだ。


 はじめに止めるべきだったろうと、どうしてお前もそう言わない?


             ※※※


 煩わしい視線がなくなったその翌週の水曜日、ようやく沙羅が登校してきた。

 理樹はそれを――


 正門に辿り着いてすぐ、今、自分の目で知ったところである。


「………………」

「なんだッ、その残念なものを見る目は!?」


 理樹の目の前には「絶好のチャンスだったのに、また失敗してしまうなんて……」と自身の運動能力の低さにショックを受けている桜羽沙羅と、(つまづ)きそうになった彼女を慌てて支えた男装の風紀部員、青崎レイの姿があった。


 そうなるまでの一連の様子を見ていた拓斗が、掌に拳を落としてこう言った。


「うん、いつも通りで逆に安心したわ。それ、まだ続いてたんだな」


 いつも通り過ぎて残念だ。理樹はそう思いながら、ふぅっと息を吐いて視線をそらし、ぼそりとこう感想した。


「進歩がない」

「ぼそっと酷いことを言うなよ聞こえてるからな!? 彼女は僕と特訓したんだぞッ、ちゃんと上達してる!」

「下心満載の特訓風景が浮かぶようだ」


 理樹は、間髪入れずそう呟いた。

 それを聞いた拓斗が「確かに」と察したとばかりに相槌を打つと、沙羅から手を離したレイがすかさず言い返してきた。


「下心ってなんだ! あらゆる角度からビデオ撮影しただけだぞッ」


 そう怒ったように叫び返した台詞が、高校の正門から周囲へと響き渡った。

 登校中だった周りの男子生徒たちが「じゅうぶん変態だろ」と、通りがてらドン引きの目を向けた。


 その時、通学鞄を持ち直した沙羅が、くるりとこちらを振り返った。


 軽いスカートがふわりと舞い、一瞬形の良い太腿のふっくらとしたラインまで見えて、周りの男子生徒――ではなくレイが鼻を押さえ「くそッ、カメラを持ってこれば良かった!」と悔しそうに言った。


 理樹は、行動そのものが男にしか見えない、そして尚且つ危ない変態としか思えない、現在のところ一年生で唯一の風紀部員である彼女に、残念なものを見る目を向けた。

 そんな中、沙羅が元気に笑ってこう言った。


「九条君、おはようございます!」

「お前も自分ペースだよな」


 友人の変態性に気付かないとは、鈍すぎるにもほどがあるのではないだろうか。


 理樹はしばし、そんな沙羅を見下ろした。愛想のない真顔で見つめられた彼女が、ちっとも疑問を覚えていないような大きな瞳をパチリとさせて、小動物のように「ん?」と小首を傾げる。


「――おはよう。足は平気みたいだな」


 理樹は特に表情も変えず、遅れて挨拶を返した。口にして初めて、入学してから今日まで、こんな風にまともに『おはよう』なんて言ったことはなかったな、と気付かされた。


 すると数秒遅れて、沙羅が大きな瞳を輝かせた。素早く挙手したと思ったら、嬉しそうに笑ってこう言った。


「筋肉痛もすっかりなくなりましたッ」


 その表情を近くから見下ろしたまま、理樹はそっと、僅かに目を細めた。


 こちらから他にかける言葉は何も浮かばず「そうか」とだけ答えた。そばにいた拓斗が、元気だなぁと小さく笑って「沙羅ちゃん、良かったじゃん」と通学鞄を肩に背負う。



「九条君好きです! 私と付き合って下さい!」



 唐突に沙羅が、こちらに向かって頭を九十度に下げて、右手を差し出してきた。既視感を覚える姿勢と告白に、理樹は間髪入れず「断る」と言って、拓斗に顎で合図して歩き出した。


 下げていた頭を起こす沙羅の横で、レイが「待てコノヤローッ」と叫んだ。


「チクショー九条理樹! 沙羅ちゃんがあんなに頑張ったのに完全スルーとはッ」

「お前はそれでいいのか?」 


 歩きながらチラリと目を向けて冷静に問いかけると、レイがハッと気付かされたように頭を抱えた。


「どうしよう。そういえば僕が応援したら、僕の沙羅ちゃんが狼に食われることに!? けどッ僕は彼女の親友として邪魔することはできな……ぐぅうッ」

「ははは、お前って案外抜けてるところもあって可愛いなぁ」


 そう言って拓斗が、レイの頭をぐりぐりと撫でた。

 途端にレイがカッと頬を染めて「犬みたいに撫でるな!」と、ぺいっとその手を払いのける。


 理樹は、なんだか過剰反応だなと思って足を止めたものの、何も言わなかった。沙羅が不思議そうに同性の友人を見つめる中、拓斗も意外だとでもいうように目を丸くし、それからどこか思案気にレイを見つめた。


「おい佐々木拓斗! 僕をじっと見るの禁止!」

「レイちゃんは、スカートは履かねぇの?」

「お前は僕の話しを聞いてたか!? というかッ、僕が着たら女装になるだろ!」


 レイが、怒ったようにそう主張した。


 いやお前女だろ、と理樹は心の中で思った。

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