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18話 三章 勝負開始直前、運動場に集まったのは

 放課後になってしばらくもしないうちに、校舎に面した運動場側に勝負の場として用意が整えられた。敵無しと知られる最強生徒会長と、一人の男子生徒にアプローチを続けていることでも有名な、一学年の小動物系美少女の対決勝負である。


 種目は五十メートル競走だ。そのトラック競技のレーンがある場所には、沙羅のクラスである一組と、理樹がいる五組の、部活動で来られなかったメンバーを除いたクラスメイトたちが集まっていた。

 その見物人の中には、話を聞きつけた彼女を知っている他クラスの一学年生と、数人の三学年生も混じっている。


 急きょ五十メートル競走の場所を貸すことになった陸上部たちが、そこから少し離れた場所で準備運動をしながら、チラチラとこちらを見ていた。校舎の窓から顔を覗かせて、始まるのを待って見守っている生徒たちの姿も多くあった。


 五十メートル競走の二つのレーンには、運動着に身を包んだ二人の少女が立っていた。

 第一レーンには、長い髪を後頭部の高い位置で一つにまとめた沙羅。そして、競技開始前の彼女と向かい合うようにして第二レーン上に立っているのは、華奢な彼女よりも背丈が高い三年生の女子生徒だった。


 その三年生の少女は、全体的に痩せ形で、少し癖の入ったふんわりとしたショートカットの髪型をしていた。体育着のズボンから覗くふくらはぎは、筋肉がなくて細い。互いに自己紹介した際、彼女は簡単に美術部部長の森田だと名乗った。


「走るのは苦手なんだけれど……。静ちゃんに全力で走れって言われているから、よろしくね」


 森田はぎこちなく笑って、そう挨拶した。


 五十メートル競走用の各レーンからほんの少しの距離には、校舎を背景に、審判を務める男子生徒が一人立っていた。

 三年生にしては小柄で細く、女性のように艶があるさらりとした癖のない髪に、運動場にいようともその存在感を際立たせる黒い制服と、美し過ぎる美貌を持った――風紀委員長の西園寺(さいおんじ)瑛士(えいじ)だ。


 西園寺は渡されたホイッスルを首にさげたまま、競技開始の合図を前に、沙羅が真面目な表情で森田と向かい合う様子をしばし眺めていた。彼女たちの挨拶が済んだところで、思わずといった様子で溜息をこぼす。


「やれやれ、まさか君がそういう動きに出るとは思わなかったよ」


 話しを振られ、隣にいた生徒会長の宮應静が、秀麗な眉をきゅっと寄せた。


 彼とは対照的に、柔和さの全くない氷のような美貌を持った彼女は、自分と同じ身長の西園寺を冷やかに睨みつけた。


「面倒ならやらなければいいじゃない。私は、あなたにスターターを頼んだ覚えはないわよ。いつも思うのだけれど、どうして毎回あなたが来るのかしら?」

「あのね、君が動くと嫌でも僕のところに情報が上がってくるんだよ。学校の秩序と共に、生徒の安全を守るのも僕らの仕事なの」

「だからって、あなたが来る必要なんてないじゃないの」


 彼女が続けてそう言い、西園寺が「はぁ」と溜息をこぼした。


 この勝負については、昼休みの際に一気に全校生徒に広まったようで、沙羅を心配する声が圧倒的に多く、それはたった一時間の間に風紀委員会を動かすほどに発展した。

 この場所に教師や、煩く騒ぎ立てるような他学年の生徒などがいないのは、風紀委員長が腕っ節のある二人の風紀部員と、最強の新人である一年生の青崎レイを連れて、直々にやってきたせいでもある。


 青崎レイと、黒い制服姿の二人の風紀部員は、見届けるために集まった生徒たちの前に、ここから前に出ないようにと線を引くように、後ろに手を組んだ状態で並んで立っていた。

 普段は番犬みたいであるレイも、今はいっぱいの不安をこらえた表情をしていた。本当は止めたくて、そばに行きたくてたまらないのだという目を沙羅に向けている。


 五十メートル競走場の隣には、急きょ野球部から借りてきた休憩用テントも置かれていた。そこに用意された見学席へ宮應が腰かけたタイミングで、西園寺は見物人がいる場所よりも手前の、自分の斜め後ろという位置に立っていた理樹を振り返った。


「レイ君から話は聞いたけど、君も災難だったね。というか、宮應君がその手に弱かったというのも意外だったよ」

「俺も助けた時は、まさか武道派の生徒会長だとは思わなかった」


 ここへ来てから、理樹はようやくそう口を開いた。


 集まった見物人の脇に立つ拓斗と離れてから、理樹は今までずっと、無言のままこの場の状況をじっと見つめていた。彼とは二回目の顔合わせとなった西園寺は、「タメ口のままで安心したよ」と微笑み、それから思案気に胸の前にさがったホイッスルに指先で触れた。


「一年生だった僕と彼女が、それぞれ生徒会長と風紀委員長に就任してから、入学式の挨拶といったのは取っ払ったからね。来月の生徒報告会の時に、正式に舞台で挨拶する予定なんだ」


 とはいえ、と西園寺は一度言葉を着ると、ホイッスルを意味もなく細い指先で転がしながら理樹へと視線を戻した。


「君は、噂話とかもあまり好きじゃなさそうだしね。僕が呼び出した時も『もっと屈強な奴かと思った』って顔に出ていたよ」

「失礼な後輩ですみません」

「あははは、挨拶が堅苦しいな。度胸が据わってるんだねって、褒めたんだよ」


 西園寺は困ったようにちょっと笑って、それから、第一レーンと第二レーンのスタート地点にいる二人の少女を見やった。


「――ねぇ、九条理樹君。君は何も言わないでいいの? 彼女たち、そろそろ本当に勝負を始めてしまうよ?」


 質問を振られた理樹は、何も答えなかった。腹の読めない風紀委員長は「君ってなかなか、何を考えているのか分からない生徒だよね」と独り言のように話しを続けた。


「もし宮應君が勝ったとしたら、少しの間、君は彼女から自由になるわけだ。告白を断り続けているというくらいだから、一見すると君にとっては、とても都合がいい結果と思える。その考えを踏まえて言ってしまえば、桜羽沙羅が勝つという結果は、君にとって望ましくないということになるだろう」


 でも、本当のところはどうなんだろうねぇ。


 西園寺が、こちらにチラリと顔を向けて、考えの読めない美麗な笑みを深めた。


「僕は『九条理樹』という生徒をよくは知らない。前回に初対面を果たして、今回がようやくの二回目だ。けれどね、どうも君の本当の望みが分からないんだよ」

「………………」

「君を知っている生徒に話を聞くと、『九条理樹』はどこにでもいる平凡な男の子だ。でも僕が見る限りでは、たぶん三年生の中でも、君ほど大人びた芯というか、しっかりとした考えを持った生徒も少ないと思うんだよねぇ」


 まぁ、これは僕の勘なんだけどね、と彼は肩を竦めて見せた。


「目はその人自身を語るというけれど、君と実際に会って、短い会話をした時にそれを感じた。だから、僕としては今の状況に違和感を覚えるわけだ」

「………………」

「君は人を見る目があって、別離を決意するほどの強くハッキリとした根拠といった物がなければ、拒まないタイプの人間だと思うんだ。僕が想像しているそんな人物であれば、既にこの関係には終止符が打たれているはずなんだよね。その方が、彼女自身を迷わせないで済むから。けれど、君はそうしていない」


 第一レーンにいる沙羅と、第一レーンにいる森田が、生徒会長である宮應に合図を送ってスタートライン上での待機に入った。


 こちらから後方にいる見物者の生徒たちが、始まる様子を心配そうに待っていた。彼らに背中を向けるように西園寺の近くに立っていた理樹は、そこにいる拓斗から「何か風紀委員長と話しているのか?」と問い掛けてくる視線に気付かない振りをした。


「面白いよね、話を聞いてみたら、君はいつでも同じ台詞で彼女の告白を断っていることに僕は気が付いた。心に踏み込んで強制的に拒絶するような、そういったある種の言葉たちを、君は一度だって口にしたことがないんだ。それはどうしてかな?」


 西園寺がそう言って、ホイッスルをいじる手を止めた。


 形ばかり作った綺麗な微笑みのまま、西園寺が横目にピタリと視線を向けてくる。彼は眉一つ動かさない理樹を見て、手間のかかる後輩だとでも言うように小さく息をこぼした。


「予想以上に手強いなぁ、まぁ君たちの問題にとやかく言うつもりはないから安心してよ。相談くらいはいつでも乗ってあげる。――そもそも宮應君も、ああいったベタな感じのが好きだと言ってくれれば、早いうちから僕がいくらでもやってあげたのにねぇ」


 西園寺が、言いながら含むような眼差しを宮應の方へ向けた。それからこちらへと視線を戻し、にっこりと笑うと、秘密だよ、とでも伝えるように唇の前で人差し指を立てた。


 理樹は先程の、生徒会長と風紀委員長の短いやりとりを思い返した。どうやら生徒会長が動くたび、風紀委員長が動いているらしい理由は、この高校特有のしきたりや決まりといったものではないらしい。


 それに気付いていないのは当の生徒会長だけで、もしかしたら二学年、三学年では有名な話なのかもしれない。だからこそ、校舎内から見学している他学年生の見学人も多いというのも理由にはあるのだろうか。


 それにしても、この風紀委員長も厄介である。


 指摘されずとも、そんなことくらい、理樹は自分で一番よく分かっていた。

 先程から必要以上に握り締められた彼の拳は、とうに白くなっていた。


 スタートライン上に立った沙羅と森田が、どちらも自由に崩したスタンディングスタートを構えた。その様子を確認した西園寺が、利き手ではない方の手を腰にあて、右手に持ったホイッスルを口許まで上げた。



「位置について――」



 そう風紀委員長の西園寺が口にして、準備を促すように一度言葉を切って、ホイッスルを口にくわえる。

 五十メートル競走のスタート地点にいる二人の少女が、多くの視線の注目を受けた状態で、それぞれ拳を握りしめて両足に力を入れた。


 そして、勝負開始のホイッスルが鳴らされた。

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