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14話 三章 美少女がかかわると面倒な予感しかしない

 今日は面白いテレビ番組もやるし早めに帰るか、というあっさりとした理由で、一時間ほど部室で過ごした後に理樹は拓斗と帰路を共にした。

 次第に夕暮れまでの時間が伸びてきており、午後六時前でも空は明るかった。


「もう五月かぁ。早いな。理樹、中間テストの範囲が出たらノート見せてもらってもいいか?」

「前々から思っていたが、もっとちょっと真面目にノートを取った方がいいぞ」

「書くところは書いてんだけど、お前みたいにキレイにまとめらんねぇんだもん」


 テスト前になると、毎度ノートを見せるついでに、一緒に勉強するのが恒例だった。

 要所ごとに行を空けたり、線を引けばだいぶ変わるのではないかと思うものの、それが加わったとしても読みにくいのが拓斗のノートだった。集中力もないので、所々妙な落書きがされていたりする。


 理樹は、朝にいつも合流している通学路の中腹にある分かれ道で拓斗と別れ、少なくなってきている冷蔵庫の食材を補うため、マンションがある住宅街の道を真っ直ぐ進まず一旦街中へと抜けた。


 食品店や飲食店、電化製品店やアパレルショップやカラオケ店といった店が並ぶ街中は、帰宅ラッシュの学生と社会人で溢れていた。いつもの大型スーパーを目指していた理樹は、往来のある通りの脇に固まる学生の集団に気付いた。


 たびたび見掛ける他校の学ランの少年たちが、流れのある道で八人も集まってじっとしている姿は目立つ。一体何をしているんだろうなと目を向けてみると、そこには一人の女子生徒の姿があった。


 なんだ、うちの高校の女子制服じゃねぇか?


 その女子生徒は自身を抱き締めるように、小振りな胸の下で腕を組んだまま仁王立ちしていた。ウェーブをあてているのか、天然ものなのか、大きく波打つ髪は尻をすっぽりと隠すほどに長い。


 同じ高校の女子生徒一人に対して、相手は他校の学ランの男子生徒八人だ。なんの因縁を吹っ掛けられているのかは知らないが、一対複数名というのは目に留まるだけで鬱陶しい。

 その男子生徒の一人が彼女に向かって腕を振り上げるのを見た瞬間、理樹は鞄を持ったまま素早く走り出していた。そのまま助走をつけて飛び上がると、両足で男子生徒の横面を踏んだ。

 

 恐らく自分よりも年上だろう容貌をした少年たちが、呆気に取られた目を向けてくる視線も留めないまま、理樹は女子生徒の手を取って走った。


 ハッとした様子で振り返った女子生徒が、黒い瞳を大きく見開いた。


 同じ学校の生徒であると見て動揺したのか、それとも予想外だったとでも言いたいのか、その瞳孔が揺れて、瞬きもせずピタリと向けられる。走りながら横目にチラリと見ると、かなりの美少女である。


 沙羅が幼さもある華奢な小動物系だとすると、女性にしては背丈があるこの女子生徒は、対照的にぐっと大人びた美貌を持った少女だった。


 キリっとした秀麗な眉の下には、近づき難い知的さを覚える切れ長の瞳があり、彫りの深い目鼻立ちをしている。風になびく少し長めの前髪から覗く額は形が良く、控えめにリップグロスが塗られた薄い唇は、きゅっと引き結ばれていた。

 一学年生とはリボンに入っているラインの色が違っており、大人びた容貌からしても恐らくは上の学年だろうと思われた。


 しばし走った後、理樹は足を止めて彼女に向き直り、突然走らせてしまったことを口頭で形上詫びてから言葉を続けた。


「正面切って意見するのも悪くはないが、相手が引く気のない複数名の男だったら、周りに助けを求めるか、とっとと逃げた方がいい」


 じゃあな、と、理樹は興味もなく女子生徒に別れを告げると、これから買う食材へと思考を切り替えて、近くなった大型スーパーへと足を進めた。


             ※※※


 翌朝、一時間目の授業が終わった休憩時間に、理樹は椅子に腰かけたまま気だるげに腕を伸ばした。前の席にいた拓斗が、「どうしたよ?」と尋ねてくる。


「理樹にしては、珍しく一時間目から眠そうにしてたな」

「おい。なんで前の席のお前がそれを分かるんだ」


 理樹は指摘した後、次の授業である歴史の教科書を引っ張り出しながら、昨日に遭遇した小さな騒動の後の行動について思い返した。


「実は昨日、予定外に食材を買いこみすぎて、仕分けと仕込みに時間をくった」

「うわぁ……お前っていいとこの坊ちゃんのくせに、主婦っぽいところあるよな」

「あれは親の金であって、俺の金じゃないからな」


 五歳の頃に前世の記憶を思い出してから、理樹は将来にも結び付かないような無駄はしないと決めて、小遣いのほとんどを銀行に預金し続けていた。稼ぐ苦労も金の有り難さも、前世で経験して分かっているからだ。


 拓斗が「そのへんもシビアだよな」と、思い出すように言った。


「出会った当初は、てっきり理樹も一般家庭だと思って疑わなかったのが懐かしい……。つか、今のマンションの引っ越し祝いで行った時のさ、お前手製の夕飯メニューがプロ並みだったのが一番の衝撃だった」

「母親が料理に関してはマメな人でな、――まぁ、習っていたらそうなっていたようなもんだ」


 理樹は、料理歴についてはぐらかすように曖昧に告げると、親友をジロリと睨みつけた。


「というかお前、他のやつらは知らないんだから家のことは言うなよ」


 唯一家に呼んで遊んだのは拓斗くらいなもので、初めて実家を見た際に「これ、マジで家なの?」と言われた。あまり家庭事情について知られるのも面倒なので、理樹は他の同級生にそれを話したこともなかった。


 拓斗が「分かってるって、ごめん、つい」と軽い口調で謝った時、教室内が一部の生徒のざわめきで騒がしくなった。立ち上がった数人のクラスメイトの視線が、揃って窓の向こうを見ている。


 なんだ……?


 窓側の席だった理樹は、不思議に思ってそちらへ目を向けた。高校の正門に、昨日の帰りに見た長髪の女子生徒の後ろ姿と、学ランの男子生徒たちの姿があることに気付いた。


 同じようにそちらに目を留めた拓斗が、「やばくね?」と口にした。


「女の子一人に対して複数ってダメだろ。つか、風紀の奴らも先生たちも、まだ気付いてない感じ?」

「昨日も同じように絡まれてたな」

「あれ? 何、面識ある人?」

「荒事に勃発しそうだったから、手っ取り早く連れ出したってだけだ」


 こちらを振り返り尋ねてきた拓斗に、理樹は横顔を向けたままそう答えた。


 昨日あまり見てもいなかった彼らを改めて観察してみると、学ランの生徒たちは大柄で、いかにも喧嘩っ早そうなグループといった風貌をしていた。


「こんな時に限って風紀委員会は何してんだ?」


 理樹が顰め面をして呟くと、拓斗が「そうだなぁ、こういう時に頼りになって欲しいところだよな」と同意の声を上げた。すると、野次馬のように窓越しに正門側を覗きこんでいた木島が、目を丸くしてこちらを見た。


「お前ら知らないのか? 大丈夫だって、なんて言ったってあの先輩は――」


 その時、正門にいた女子生徒が大きく動いた。先頭にいた学ランの少年の胸倉をつかんだと思ったら、そのまま足払いを掛けて勢いよく背負い投げたのを合図に、残り七名の大柄な少年たちに向かって一気に突っ込んでいった。


 それはさながら、止まらない嵐のようだった。スカートがひるがえるのも構わず、飛び上がった彼女の長い足が別の男子生徒を蹴り飛ばし、靴底を滑らせながら瞬時に体勢を整える。続いて別の少年の腹部へ見事に右ストレートの拳を打ち込み、複数方向からの攻撃を避けながら無駄なく攻撃を返した。


 物の数分もかからず、八人の学ランの男子生徒たちが地面の上で伸びた。女子生徒は長い髪を鬱陶しそうに手で払うと、その細腕一つで男たちの襟首や足をぞんざいに掴んで引きずり、ゴミだと言わんばかりに一ヶ所に積み上げる。


「………………」

「あの人、うちの学校でも有名な武道派生徒会長なんだってさ。学ランの人たちは以前の中学校で一緒だったらしくて、一年の頃からああやって決闘挑んでるって、バンド部の先輩が話してた」


 木島の話を聞きながら、理樹は無言で席に座り直していた。


 拓斗も窓へ伸ばしていた首を引っ込めて、二学年、三学年にとっては恒例になっているらしい『生徒会長の名物の返り討ち』に瞳を輝かせているクラスメイトたちたをよそに、親友にこっそり言った。


「……あのさ、理樹? 俺、高校に入ってからのお前の女運を考えると、ちょっと気になるんだけど」

「……ははっ、まさか」


 理樹はそう答えながら、昨日は彼女にとって要らぬ世話を焼いたらしいことを考えた。邪魔をしたようなものだろう。


 今は沙羅のことだけで手いっぱいである。

 頼むから何事も起こってくれるなよ、と理樹は思った。

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