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12話 二章 風紀委員会からの呼び出し

 先週めでたく活動開始となった『読書兼相談部』については、相変わらず相談を持ちこんでくるような訪問者はなかった。

 使用する部室が決まって正式に部活動が開始してからというもの、昼休みも両隣りを備品室に挟まれた、こじんまりとしたこの部室で過ごすようになっていた。部長の拓斗が菓子を食べながら漫画を読む光景は、もうすっかり馴染んでしまっている。


 冷房機で温度調整のされた静かな部屋を自由に出来るというのも、なかなか悪くない。なにせ一学年の小動物系美少女に告白され続けている人、という視線が全くないだけで、理樹にはかなり落ち着ける場所だった。


 高校入学当初、拓斗が「好きに過ごせるような部活」と言っていた時は、活動内容もないのに作るなよ思っていた。けれどそれが実現してみると、確かに悪くなかった。

 理樹は一人暮らしを始めてから、マンションで一人過ごすということに、最近はかなり暇を感じていたせいでもある。


 読書兼相談部の、読書したり相談を受けるというのはあくまで建前であり、毎日の参加義務も時間設定も設けていなかった。つまり好きな時間に帰れるし、学校が定めている部の活動終了時刻の午後七時までは、まったり話しをしながら好きに過ごすことが出来るのだ。


 拓斗が漫画を読んでいる間、理樹も前世の頃から趣味の一つであった読書をし、眠気を覚えたら仮眠を取った。最近は夢見も悪く眠りも浅くなっていたから、煩わしい視線もない部室で、好きに時間を使ってくつろげる時間は有り難かった。



 部活動中は沙羅が突撃してくることもなく、彼女が好きすぎる友人のレイが飛び込んでくることもない。

 放課後くらいは平穏な高校生活が送れそうだ、と思っていたのだが。



 いつも通り部室でくつろいでいた放課後、風紀委員会から呼び出しを受けた。


 一瞬脳裏を過ぎったのは、あの男装の一年生風紀部員、青崎レイの存在である。

 もしや彼女関連じゃないよなと思いながら、理樹は呼び出すために部室にやってきた二学年生の、風紀委員会の生徒専用の黒い制服で身を包んだ風紀部員についていった。


 風紀委員会室は、三学年の教室がある校舎三階部分の西側にあった。扉を開くと開けた空間が広がっていて、右手に応接間のソファーとテーブルのセット、そして大窓が設けられた正面奥に『風紀委員長』というプレートが付けられた立派な書斎机が一つ置かれていた。


 書斎机には、ゆったりと椅子に腰かける一人の少年がいた。案内した風紀部員が言葉もないまま早々に退出していき、彼と二人きりにさせられた理樹は、風紀委員会のボスであるらしいその男子生徒を見つめた。


 荒事を取り締まることも多いというので、いかにも喧嘩が出来そうないかつい男を想像していたのだが、目の前にいる少年は、運動など全く出来そうにないくらい線が細かった。

 恐らく、立ったら今の自分よりも少し身長が低いのではないだろうか。肩幅は小さくて首周りは細く、書斎机の上で組まれた白い手も、女のようにしなやかだ。


 何よりも目を引いたのは、風紀委員長のその容姿だった。こんなに綺麗な男が実在しているのか、と思わせるほど、かなり端正な顔立ちをしていたのだ。


 癖のない髪は女性のような艶があり、整った目鼻立ちは、少し西洋人の血が混じっているように掘りも深くハッキリとしている。愛嬌があるパッチリとした二重の瞳は、甘い微笑みを浮かべていてもどこか神秘的にも映った。その容姿も影響して、黒い制服が漆黒の髪ととても合う。


 理樹は愛想良く微笑んでいるその少年に対して、心開かずといった様子で顔を顰めていた。しばらくこちらの様子を見ていた彼が、唐突に、儚げな微笑を無邪気な子供のような笑みに変える。


「あははは、こんなにも警戒を解かない子は初めてだなぁ。はじめまして、僕が風紀委員長の西園寺(さいおんじ)瑛士(えいじ)だよ」

「………………」


 黙っていれば神秘的な美少年だが、その口調はかなり親しげで軽い。


 理樹は爽やかな笑顔を向けられた瞬間、すみやかに回れ右をして帰りたくなった。経験上、腹の底が見えない素敵な笑顔を浮かべるような奴が一番危ないのだ。


 西園寺だと名乗った風紀委員長の少年が「ちなみに僕は三年生だよ」と続けて、まずはこちらの警戒でも解こうとでもいうように親しげに手を広げた。


「見ての通り、僕は荒事には向いていない人間だよ。そもそも、君を呼び出したのも風紀に関わる用件ではないから、安心してね?」

「じゃあなんで風紀委員長やってるんだ?」


 理樹は疑問を覚えて、同じ年くらいにしか見えない彼に、ついタメ口で尋ねてしまった。

 すぐに気付いて「すみません、どうしてですか?」と言い直すと、西園寺がまたしても楽しげに笑った。


「別に敬語じゃなくてもいいよ。同学年でもあまり敬語を外してくれる子がいなくて、僕としては新鮮で親しみがあって嬉しいし」


 そう告げてから、西園寺は「ああ、そうそう。どうして風紀委員長をやってるか、という質問だったね」と思い出すように口にしたところで、器用に笑んだまま、柔らかな印象をふっと眼差しから消した。



「――金と権力。そして這い蹲らせるのを見るのは大変愉快」



 やっぱり危ねぇ奴じゃねぇか。


 ドS寄りの気配を濃厚に察知し、理樹の中で、要注意人物として彼の名前がトップに刻まれた。なぜ自分を呼んだのかと警戒して眉を潜めると、西園寺が視線の強さを抑えて、無害だと主張するような先程の柔和な表情に戻してこう言った。


「呼び出した理由というのがね、うちの新人のレイ君が迷惑を掛けているというから、顔見がてら挨拶しておこうと思って」


 なんだか意外な呼び出し理由だ。理樹がそう思って見つめていると、彼が続けて「ごめんね?」と少し困ったように微笑した。


「実を言うと、レイ君のお兄さんとは同じ中学だったんだよ。なかなか人と仲良く関わろうとしないって、彼はすごく心配していてね。ちょっと不器用な子なんだ。嫌わないでいてくれると嬉しいよ」


 恐らく出会い頭の騒ぎの一件から、今日まで続いていることについて言っているのだろうと察して、理樹は罰が悪そうに視線をそらして頭をかいた。



「――別に嫌ってはいねぇよ。結構うちの教室に飛び込んでくるけど、クラスメイトも出て行けとも言わねぇし、俺の中学からの親友も、面白い奴だってよく言ってる」



 誰かのために一生懸命になれるような人間を、嫌いになれるわけがない。

 そもそも、自分こそろくでもない悪党みたいな人間だったのだ。だから相手が悪い奴ではないことくらいは容易に分かることだった。


 沈黙からこれで話は終わりだと察し、理樹は「じゃあな」と言って踵を返した。背中の向こうで美麗な風紀委員長が「君はいい男だね」と告げる声を聞いて、この短いやりとりで、そう思わせるように要素は何もないだろうにと訝った。


 たった一目見て、この少年に何が分かるというのだろうか。理樹は向こうから顔が見えないのをいいことに、眉間の皺をぐっと深めた。


             ※※※


 風紀委員会室を出た先で、理樹は見知った顔を見付けて眉を顰めた。


 廊下の壁にもたれかかっていた拓斗が、こちらと目が合うなり「お、無事生還か?」と呑気に片手を振ってきた。つい先程、部室で別れた時には待機を宣言していたのに、やはりあれは嘘だったらしい。


「なんだ、拓斗。待ち伏せか?」

「お前がボコボコにされたら、骨を拾ってやろうかと思ってな」

「嬉しくねぇ気遣いだな」


 風紀委員会は不良集団みたいな組織じゃないだろうに、と理樹は顔を顰めた。隣に並んで歩き出した拓斗が、「んで?」と話しを振ってくる。


「結局のところ、校則違反もない生徒を呼び出した風紀委員長様の用件はなんだったわけ?」

「新人が迷惑をかけて済まない、だと」

「へぇ。後輩想いっつうか、新人想いのところがあるんだな」


 風紀委員会室のある校舎西側の廊下を抜け、三学年生の教室と、音楽室や視聴覚室へと続く通路分岐点から二階へと下る階段に進んだ。何人かの上級生がそばを擦れ違い、その中には運動部のユニフォームに身を包んだ少年少女の姿もあった。


 図書室などがある生徒の往復が多く騒がしい二階フロアを、雑談の話し声や、上履きが床で立てる足音を聞きながら歩いた。目指すは校舎東側にある部室だ。


 理樹はそこで何気なく、隣をのんびりと歩く拓斗へ横目を向けた。



「――なぁ、お前は青崎レイを鬱陶しいとか思うか?」



 尋ねてみると、不思議そうにこちら見つめ返してきた。


 拓斗はしばし間を置いてから「お前の通常モードの無表情って、やっぱ読めないわ」と感想をこぼしたのち、「というか、また唐突な質問だな」と首を捻った。


「理樹だって、超迷惑してるってわけじゃないだろ?」

「事実上の迷惑は掛けられてるが?」

「ははは、そういう意味じゃなくてさ。だってさお前、人を毛嫌いするなんてしないじゃん」


 言われた意味が分からず、理樹は顔を顰めた。すると拓斗が歩きながら、近い距離から人差し指を差し向けてきてこう言った。


「俺はお前のそういうところが好きなんだぜ、親友」

「意味分かんねぇ」


 向けられた指をやんわり手でそらしたら、拓斗が「ははっ」と笑って、顔を正面に戻した。


「俺だって『鬱陶しい』なんて思っちゃいねぇよ。青崎レイちゃん、ちょっと変わってるけど面白いし、可愛い子じゃん」


 理樹は「そうか」と相槌を打って言葉を紡いだ。


「実はな、風紀委員長は彼女の兄と交友があるらしい。兄の方が、彼女の友人関係が上手くいくか心配しているんだと」

「孤立してるってのは聞いたことないけどな。この前だって、一組のやつらは理樹があの子を本気で殴り返さなかったのを、めっちゃ安堵してた感じだぜ?」

「彼女は、どうも『不器用』であるらしい」


 追ってそう告げてやると、拓斗がようやく察したと言わんばかりの顔をして「ああ、なるほど、そういうことか」と掌に拳を落とした。


「風紀委員長様って、もしかして、かなりいい人?」

「喧嘩は出来ないが頭はそうとう切れそうなタイプ」

「わぉ。お前の横顔に、要注意人物に対する警戒心を見た」


 拓斗は一瞬茶化したが、すぐに話を戻すようこう続けた。


「ま、悪いやつではなさそうな風紀委員長様はさておき。確かに感情表現とか見てると、ちょっと不器用っぽい感じはあるかもな。心配するほどでもないとは思うけどさ、風紀委員長様がお前に言うくらいだし、なら俺も今日から気軽に『レイちゃん』って呼ぶわ」


 それはそれで嫌がられそうだけどな。


 理樹はそう思ったものの、基本的に拓斗は女子については名字呼びや名前呼びに関わらず、全て『ちゃん付け』するのを知っていたので何も言わなかった。

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