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11話 二章 小動物系美少女の『ぎゅっとします』宣言について

 朝の登校時間、いつも通り途中の道で拓斗と合流した理樹は、こらえきれず頭を抱えた。


「くッ、何か方法はないのか!? このままじゃ本格的にやばい気がする」


 先週『ぎゅっとします』と言ってそれを『頑張ります』と宣言してから、沙羅が隙あれば飛びかかろうとしてくるようになっていた。


 彼女は、すこぶる運動神経が悪い。持ち前の運動能力のなさのおかげで、走ろうとしてつまずいたり、隠れていた場所から飛び出してきた際には、方角が違って空振りするということが続いているが、だんだんと気配を消すことに慣れてきている気がする。


 先週最後の金曜日、体育の授業終わりに着替えているところに突入された時は、拓斗が「わぉ」と悠長に面白がるそばで、クラスメイトの全男子生徒が女のような悲鳴を上げていた。


 あの時、恥ずかしそうに頬を褒めながらも覚悟を決めた顔をしていた沙羅も、さすがに男子の反応を見て、自分がどんなことをしでかしているのか実感したらしい。扉を全開にした状態で動かなくなってしまい、理樹はひとまずシャツを着て、彼女の襟首をつまんで廊下に出したのだ。


 その際、拓斗に「ここで冷静に対応するとは、童貞とは思えないヒーローっぷりだ」と褒められた。木島にも「男を見た」と息を呑まれたうえ、他の男たちにも無言のまま称賛されたが、全然嬉しくない。



 というか体育会系というわけでもないのに、ここぞとばかりに思考に直結した行動を出そうとするなよ……



 彼女の『ぎゅっとします!』の行動が加わった日々を思い返して、理樹は複雑な心境でそう思った。


 今のところ転倒といったことにはなっていないが、いずれ彼女が転んでしまうのではないかという想像が脳裏を掠めてもいた。それに巻き込まれて、先日彼女が保健室で言っていた「私も九条君を押し倒したいです!」がうっかり叶ったりしても、大変困る。


 すると、隣を歩いきながらこちらをきょとんとした様子で見ていた拓斗が、途端にウィンクと共に親指を立てた。


「ラッキースケベなイベントでも想像したのか? ははは、男冥利に尽きるってやつだな」

「てめっ、拓斗、ざけんな!」


 そんなことは一切期待した覚えはない。

 むしろ、ラッキースケベなぞさせてたまるか。


 お前は彼女がどれほど運動出来ない女か知らないから、そう悠長に言えるんだ――という前世関係については口に出来るはずもなく、理樹は八つ当たりで彼の胸倉を掴み上げた。



 その時、もう目と鼻の先になっていた高校の正門の影から、飛び出してきた女子生徒の姿があった。

 理樹は、見慣れた柔らかな柔かな栗色の長髪が視界の端に入った瞬間、そこに目を走らせていた。彼女の大きな動きに合わせて、癖のないその長髪が背中で揺れるのが見えて、小さく目を見開き、そして諦めたように目元から力を抜いた。



 ああ、しまった。そんな想いが脳裏を掠めた。


 飛び出してきたのは桜羽沙羅だった。拓斗の胸倉を掴み上げている今、この距離だと回避は間に合わないと察して、その一瞬がひどく遅くなったように感じた。ただぼんやりと、風に舞う彼女の髪先を見つめてしまう。


 不意に、こちらに向かってきた沙羅が、肩にさげていた通学鞄の重さにバランスを取られて小さくつまずいた。丈の短いスカートが大きく揺れて、形の良い太腿の先にあるレースの入った下着がチラリと覗く。


 登校中だった周りの男子生徒たちが、小さな尻を頼りなく包んで形を浮かび上がらせる下着を見て、「えぇぇぇええええええ!?」と頬を赤らめて目を剥いた。女子生徒が「転んじゃうッ」と小さな悲鳴を上げる。


 スカートの中に気を取られる前に、近くにいる奴ッ、助けろよ!


 理樹は舌打ちすると、拓斗の胸倉を突き離して「このバカッ」と彼女に向かって手を伸ばした。その手が触れる直前、沙羅が危うい足取りながらも踏み止まったのを見て、ピタリと動きを止め、触れるまいとするように指先を握り込んで小さく安堵の息を口からこぼす。


 その様子を惚けて見ていた拓斗が、真剣な顔で顎に手をあてて、こう言った。


「なるほど、白か」

「………………」


 恐らく、それは見ていた全男子生徒の心の声だろうと思われた。


 理樹は遅れて「そういえば見えていたな」と、頼りない面積の白い下着が見えていた光景を思い返し、深い溜息をついて目頭を押さえた。もうお前、長いスカートを履け、と思った。

 こんな時に限って、あの男装の風紀部員はどこにいるのか。こういう時にこそ、面倒なボディーガードとして一役買ってもらいたいところである。


 そう考えたところで、理樹は正門へと入っていく生徒たちが、チラチラと正門の脇を見ていることに気付いた。なんとなく目を向けてみると、そこには目鼻と口を押さえてうずくまっているレイの姿があった。


「……………………」

「あの子、鼻血出てない?」


 沈黙する理樹の隣で、拓斗がもう一度「ねぇ、あれってマジで鼻血じゃね?」と言った。

 転ぶかもしれないという驚きでしばしバランスを取ったポーズでいた沙羅が、ようやくといった様子で身体から緊張を解いて「鞄を置くのを忘れてた……」としょんぼりした様子で反省点を口にした。


 悶えるのではなく、下着を見せないよう止めるくらいのことはやって欲しい。


 それは鞄だけの問題ではないので、物理的に奇襲をしかけるのをやめて頂きたい。


 それぞれの女子に言いたいことが脳裏を過ぎったが、理樹はそれを口に出来るほどの精神力が残されていないと感じて、疲労感のままに目頭を押さえて深い溜息をこぼした。

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