20.『凪』と『薙』
これは、ロックドッグの討伐から翌日の話。
「……で、お前に言われた通りここに来たわけだけど、何するんだ?」
俺の家の近くにはとある森があるのだが、その先に滝があってそこの滝壺がかなり広い場所がある。
俺はアビリティを習得してから、よくここで滝壺に向かってフォースの練習をしているのだが、今日は特訓ではなくハバネロに言われてこの場所へとやってきていた。
「ふむ、少し気になることがあってな」
「気になること?」
「ああ」
「……すぐ終わるか? お前も知ってるだろうけど、今日も皆でABFに向けてダンジョンに行って特訓なんだぞ?」
今は朝の9時。
今日は11時集合だからまだ余裕があるのだが、俺は朝に弱い。
出来れば夏休みだしもう少しゆっくり寝てたかった。
「そこまで時間は取らせんさ。……でだ。本題だが、昨日崖下に飛び込んだ時にお前、片手で強引に“朱凪”撃っただろ?」
「それがどうかしたか?」
「南、その時に自分で思ってたより威力が出て驚いたんじゃないか?」
「! 何でわかったんだ?」
「見ればわかるわ。何年の付き合いだと思ってる?」
「……約6年」
「そこは真面目に答えんでいいわ。……まあいい。結局私が言いたいのは、最近まともに“朱凪”を使ってないだろってことだ」
「……言われてみれば確かにそうだな」
何だかんだ色々とあった割には使ってなかったな……“朱凪”。
まあ、行ってたダンジョンの地形とかで出しにくかったってのもあるけど。
「ということで、今からこの滝壺に入って思いきり“朱凪”を撃ってみろ。久々の測定だ」
「だから水着着てこいって言ったのか……」
俺は現在白のTシャツ1枚に下は水陸両用の赤い海パンという格好である。
ハバネロに言われた通り、俺はTシャツと履いていたサンダルを脱ぎ、滝壺の中へと入っていく。
滝壺は面積はそれなりに広く、真ん中以外の深さは俺の腰辺りまでしかないので水遊びをするのにはちょうどいいのだが、真ん中付近は水深3メートル程あるので注意が必要である。
「測定するのも久々だな」
「うむ。最後にやったのは去年の秋頃だったか」
「あん時は寒くて凍え死ぬかと思ったわ……」
俺はハバネロを半目で睨みつつ、“朱凪”を放つ準備をする。
……っと、ここで測定について軽く説明しておくと、俺が滝や滝壺にフォースを放ち、その衝撃や水しぶきの度合いなどを見てハバネロがフォースの威力や完成度を測定するというものである。
「こっちはいいぞハバネロ」
「うむ。こっちも良いぞ」
ハバネロは自分に水しぶきがかからないように体に炎のバリアを球体状に展開させる。
「んじゃあ行くぜ……!」
俺はそれを確認した後、滝壺の真ん中まで泳いで行き、水に潜って両手に紅蓮のフォースを纏う。
潜った理由としては、普通に“朱凪”を撃ってしまえば周りの木々を焦げ炭にするか燃やしてしまうためである。
俺は水中で腕を思いきり外側へと振り払い、紅蓮のフォースをその勢いで周囲へと薙ぎ払うように放出させた。
―――業火の極意・“朱凪”!
「ぼ(お)?」
“朱凪”が放たれると、滝壺の水が一気に衝撃と熱気で吹き飛ばされ、周囲にシャワーのように降り注がれて行く。
「……まじか」
そして、滝壺に溜まっていた水は全て無くなり、俺は滝壺の底の場所でポツンと立っている状況となっていた。
正直むちゃくちゃ驚いている。
秋、まだ“朱凪”を習得出来ていなかった頃は周囲を水しぶきでびしゃびしゃにするぐらいだったのに、ここまで威力が出せるのか、俺。
……というか、体育祭時点でも、あの時放ったのは疲労抜きにしてもここまでの威力は出なかったぞ……!
「……やはりか」
ハバネロは疑問が確証に変わったかのように1人で納得したかのような顔をする。
「ハバネロ! これって……」
「今説明してやる。とりあえず上がってこい」
俺は言われた通り、〈紅蓮の翼〉を使って滝壺から飛んで上がった。
「―――まあ、単純に言えば南自身が大きく成長しているということだな」
「それはあるだろうけど……」
俺は、滝の水が滝壺に溜まっていく様子を見ながらハバネロの話を聞く。
「それにしたって、体育祭の時の“朱凪”と比べて威力が違いすぎるんだが……これってもしかして俺の本当の―――」
「いや、それは違うな。単に経験値が溜まってきてるのだろう。4月の“影”との戦闘から体育祭、古城でのモンスターハウスに音使いの男との戦闘、そして昇級試験。格上や強敵モンスターとの戦いや、この4ヶ月のダンジョンに潜っての活動が経験値となってこうして結果として出てきてるのだろう。南だけでなく、晃太、美穂、紗奈も。普段から使ってるフォースでは気づきにくいかもしれぬが、こうやって普段使わないフォースなんかを使ってればわかりやすいものだ」
ハバネロはそう言って、「かっかっかっ」と笑う。
「言ってしまえば、南がよくやってるゲームなどで序盤にレベルが上がりやすいのと同じだ。冒険者になってダンジョンに潜るというのは、最初はそれだけでも大きな経験になるからな」
「……その例えは分かりやすいが、ゲームと一緒にするなよ……」
「あくまで例えだからな。……それでだ南。1つ、私から訂正しなければならないことがある」
「訂正? 何を?」
「うむ。前に、南に“アカナギ”を教えた時に、字はこう書くと教えたな?」
ハバネロはそう言いながら器用に空中に炎を使って“朱凪”と書く。
「ああ」
「これ、嘘だ」
「…………は?」
「本当はこう書く」
ハバネロは俺の反応をスルーするかの如く、空中で『凪』を『薙』と書き換える。
「へえ……器用なもんだな…………じゃなくて! 嘘だと!?」
「うむ」
「『うむ』……じゃねえよ! 何で嘘ついてたんだよ!?」
「まあ落ち着け南。これには理由があるのだ」
「あ? 理由?」
「うむ。そもそもだ。南は凪という字の意味を知っているか?」
「ああ、風がないとかそういう感じだろ」
「……知ってたのか。何もツッコんでこないからてっきり知らないかと思ってたが……」
「別にそういうもんだと思ってただけだよ」
「そうか……。とにかくだ、本来の“朱薙”は字の如く熱風を周囲に薙ぎ払う技だ。しかし、南が3月時点で習得したのは形だけの威力は全然足りないものだった。それを“朱薙”と呼ぶのも何か嫌だったからとりあえず仮として“朱凪”ということにしたのだ」
「何か嫌だったってお前……」
ハバネロは空中で文字を書きながら説明をする。
威力不足だったっていうのはわかったが、何か嫌だったというのがどこか腑に落ちない。
「だが、さっきのでわかった。今のお前のは本物の“朱薙”と言ってもいいレベルのものとなった」
「お、おう……」
そう言われると少しあれだな……。
「でだ、今の南なら習得出来るであろう技を教えてやる」
「……え?」
「大丈夫。南ならすぐ覚えられる技だ。時間は取らせん」
「って今からかよ!」
こうして、人が時間がないと言ってる中、俺とハバネロの新たなフォースの取得するための特訓が始まった。