新たな春、馴染みな友
―――4月―――。
新しい生活を迎える人が多いこの季節。
進級する人、進学する人、新社会人になる人、新年度を機に転校・転入する人、転勤・転職する人、ホントに色んな人がいる。
かくいう俺、日向 南は、この中だったら進学する人、つまり今日から高校生だ。
白いワイシャツに赤いネクタイ、青のブレザーにグレーのスラックス、つまり、今日から通う星桜高校の制服を身に纏った俺は、玄関の扉を開けて「いってきまーす」とリビングにいる母ちゃんと妹に聞こえるように言って家を出た。
外に出ると、春らしい陽気が差し込みぽかぽかとしている……何てことはなく、冬の冷気がまだ残っていて少し小寒いくらいだ。
「……あー、だる……」
ぼそっと小さく呟くと、白い息が口から漏れる。
今日から始まる高校での生活。
中学校の時とは大きく環境が変わり、しばらくは慣れない生活が続くだろう。
しかし、それがだるいわけではない。
むしろ、新しい環境に身を投じれば、新しい出会い、新しい人間関係なんかがあるわけで、俺にしてはどちらかというとわくわくしている方である。
じゃあ、何がだるいかと言うと、それは―――。
「はあ……」
俺は、駅のホームに着くなり、小さくため息をついた。
視線の先には、人、人、人である。
朝の通学・通勤の時間帯、混むのは当たり前のことだが、それにしても、これから毎日この人混みに紛れて電車通学するというのは、少し気が滅入る。
電車の時間までまだ少しあるので、俺は暇潰しにスマホをポケットから取り出してSNSのページを開く。
画面をスクロールしながら流し見をしていると、フォローしている地元のニュースアカウントの『空間の歪みを観測、新たなダンジョン出現か?』という記事に目に止まった。
結構近い場所だな……。
この記事が少し気になったので、つぶやきに貼ってあるURLをタップしようとすると、後ろから突然肩を叩かれて声を掛けられた。
「よっ! みーなみ!」
それは、爽やかなよく聞き慣れた声。
振り向かなくても誰だかすぐわかった。
「おう」
振り向くと、そこにはくそ爽やかな黒髪の短髪、日曜のスーパーヒーロータイムに出てきそうな若手イケメン俳優みたいな顔をしたやつが、くそ爽やかな笑顔で立っていた。
結城 晃太。
俺の小学校の頃からの友達でちょっとした幼馴染みである。
身長が高く、170cmくらいの俺を見下ろすくらいはある。
要するに、爽やか、イケメン、高身長と男のモテる要素の大部分を占めてるようなやつである。
「相変わらず朝はテンション低いのな」
「お前こそ相変わらず朝からテンション高いのな」
「だって今日から高校生だぜ! なんかこう、『オラ、わくわくすっぞ!』見たいな感じするじゃん!」
その言い方だと、これからつえーやつと闘うみたいなニュアンスに聞こえるんだが。
「まあ、楽しみではあるな」
テロリロリン♪ 『電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください』
ホームに軽快なメロディが響き渡り、アナウンスが放送されると俺たちの乗る電車が来ると、俺と晃太は人の流れに乗るように電車に乗り込んだ。
「やべ……既に心が折れそう……」
電車に揺られてしばらく、電車を降りて駅を抜け、俺と晃太は学校に向かって歩いていた。
予想以上に混雑した電車内はぎゅうぎゅう詰めでかなりしんどかった。
周りがスーツを着たおっさんだらけだったから余計に。
「ああいう人口密度高いとこ苦手だもんな南は。おまけに朝弱いし。電車じゃなくてチャリ通学の方がよかったんじゃね?」
「ぎゅうぎゅう詰めの電車通、朝っぱらから30分以上かけてのチャリ通、精神的地獄と肉体的地獄なら俺は精神を犠牲にする……」
「いや、地獄ってのは言い過ぎだろ」
晃太が笑いながらツッコんでくる。
しかし、俺にとっては笑い事じゃない。
チャリ通だと、暑い季節になればだらだら汗はかくし、冬になればどっちにしろ電車かバス通学になるし、かと言って、バスだと道路状況によって遅れることも度々ある。
なら、最初から遅延も少なく季節をあまり気にする必要のない電車で通うのが一番だ。
最も、電車もぎゅうぎゅう詰めになるからしんどいっていうのは正直そこまで変わらないけどな。
その後、しばらく晃太とだらだらと話しながら歩くと星桜高校の門が見えてきた。
……いつ見てもくそ広い敷地だな。
そこら辺の大学より大きい面積を誇るらしい、校内に入り歩いていくと、俺たちと同じ新しい制服を着た新入生が生徒用玄関にぞろぞろと集まっていた。
「そういえば、クラス分けは玄関に貼り出されるって入学説明の紙に書いてたな。俺たちも行こうぜ南」
晃太はそう言って、人だかりの後ろの方に進んでいったので俺も続いて進んでいった。
この星桜高校には、学科が普通科とアビリティ科の2つある。
普通科は説明するまでもないが、アビリティ科は高校の授業範囲の基礎に加え、アビリティの知識や実践使用などの基礎から応用までを学ぶ科である。
このご時世、公務員や大企業に就職で安定した生活を求める人たちが増えてる一方で、夢やロマンを追い求めてダンジョンを冒険し、各地に散りばめられた伝説を追い求める人も多い。
俺と晃太はアビリティ科、つまり、後者の夢やロマンを追い求める側を目指している。まあ、アビリティ科に入るのはそういうのばかりってわけじゃないんだが……。
「南」
「んあ?」
「一緒のクラスだといいな」
「え、やだ」
「即答で拒否るってお前……結構ひどいぞ」
「俺はイエスとノーははっきり言える人間だからな」
ただでさえ、小中と一緒なのに高校も一緒で、さらに同じクラスってなればさすがに鬱陶しい。
このくそ爽やかスマイルを教室でも見ると思うと余計に。そもそも、俺と晃太は何の因果か知らんが、小学校では計4年間、中学に至っては3年間同じクラスだった。
仲の良いやつとはいえ、ここまで来ると別のクラスになって一旦距離を置きたいところだ。
どうせ登下校はほぼ一緒になるだろうし。
「お前俺に対しては異様に冷たいよなー……っと、前進んだ」
「ここからなら見えそうだな」
玄関に近づいていくと、クラスの振り分けられた紙が玄関のガラスに貼られていた。
普通科のA~Eクラスの振り分け、アビリティ科のⅠ組とⅡ組の振り分けである。
アビリティ科の方をずらーっと見て自分の名前を探す。
日向は……と、あった。
「俺Ⅰ組だわ。晃太は?」
「……俺は……Ⅱ組か」
自分の名前を見つけた晃太はがっかりした声でそう答えた。
「南……俺がいなくてもちゃんと友達作れるか?」
「……それ、どういう意味だよ」
「いやほら、南って目つき鋭いし茶髪だしアホ毛あるしおまけに冷たいし、怖がられて近づかれないんじゃないかと思って」
「おい、アホ毛は関係ないだろ。それに、冷たいのは晃太にだけだから安心しろ」
「いや、それ安心できないやつ」
そんなくだらない会話をしながら校舎内を歩いていると、Ⅰ組の教室の前まで着いた。
「んじゃあ南、自己紹介、しくじんなよ」
「うるせーよ」
俺はそう言って、晃太と別れて自分の教室へと入った。