神様になりたい朝田
勝負の夏、グランドから多少離れていてもこの時期になると、運動部の連中の熱気は最高潮へ上り詰めるらしく、クーラーが効いた職員室にまで、練習の掛け声が聞こえてくる。
暑いのに元気なのか、暑いからこそ元気なのかそこらへんの線引きはできないけれど、とにもかくにも風物詩となっている。
受験の事など忘れて、熱中する。
いわゆる青春を謳歌する。
部活じゃなくても恋だのなんだのと浮かれてもそれはそれとして構わないし、むしろそうであったほうが、こっちとしても気は楽である。
目の前の女子生徒、朝田くるみを見ながらそう感じた。
普段は目立たず、真面目でとりわけ職員室へなどは先生への用事か、先生からの頼み事でしか来ないはずの彼女が、指導という目的で職員室にいる事は稀有な事だ。
稀有な事だけどもあり得ない事ではない、担任の先生という立場から指導をしなくてはならない。
進路に悩んでいるとは考えにくいほどに、朝田くるみらしく、しっかりとカッチリ年経公務員のような字体で書かれた文字。
進路希望用紙再提出を含め三枚に渡って、彼女のその文字にきちんと第一志望の欄しか書かれてない彼女の進路希望が彼女にしては、稀有な状況を作りだしていた。
「なぁ朝田、受験が辛いならそう言っても構わない、白紙で出したって構わないが、神になるはないだろう」
「進路希望ですよね? はい神になります」
「神学系の学校にするのか?」
「いえ、神を学びたいのではなく神になりたいのです」
「誰かにイジメられているとか、悩みがあるとか」
「いえ、全く」
「じゃあからかっているだけとか」
「いえ、第一志望です」
「なれると思っているの?真剣に考えてみたか?」
「先生日本にはよろずの神様がいるんです、よろずの神、数えることすら放棄せざるを得ない程に、森羅万象ありあらゆる、あり得ない程に多いんですから、有名大学などより間口が広いと思いますし、世間に恥じることもない職だときちんと考えてます」
一縷の望みすら残さず名刀さながらに断ち切ってくれた。
人目がなければ、その辺の辞書に頭を自らぶつけてやりたいとさえ思う。
だけど、そうもいかない。
まずは、真っ当に彼女の進路を正さねばならない。
「朝田、あんまり生徒に言いたくはないが、特別な力があるかもだの才能があるなんて言うのは、一時的なそれこそ短い期間の思い込みにすぎない、朝田も現実からほんのちょっと背伸びしたり背けたりしているだけだよ、そうじゃなきゃ真っ当な人間ならこんな事書かない」
少し厳しく否定しすぎたかもしれないとこちらが、フォローをどうするか思案しようとしたが、朝田は笑った。
先生冗談に本気にならないでくださいとか言い出してくれたほうが、まだ良かった。
「人間じゃないという事は、私やっぱり神様になれる片鱗があるのかもしれません、先生ご指導ありがとうございました」
そう言って、軽やかに笑った。
「ならせめて第二志望はでマトモに書いてくれ」
対して、疲れてた笑いしか浮かべられないこちらは、進路希望の用紙の空欄を埋めるように言い、朝田は少し迷いそれでも空欄を埋めて職員室から出て行った。
朝田の進路希望の用紙にはキッチリと
即身仏と書かれていた。