(対タバコ)
そのお客が入ってきた時から、イヤな予感はしていた。
いや、予感というより予想。あきらかに纏う空気が違ったのだ。安易に、この展開を予想させる二人だった。
服装からすぐわかる、工事関係の人。日焼けしていて汚れた服で……そして席に着いて、早々にポケットからタバコを取り出した。
そう。彼らの纏う空気は、タバコ臭かった。
「いらっしゃいませ。こちら、メニューです」
メニュー表は、各テーブルにある。壁にも張ってある。
それでも詩乃がわざわざ提示したのは、『店内禁煙にご協力ください』という注意書きをメニューの一番上に乗っけて渡すためで。
それで、若い方の人はためらってくれた。火を点けず、口から外す。
「あぁ」
本当にメニューを渡しに来ただけだとでも思ったのか。もう一人は気にせず火を点けようと……──
「すみません。店内は禁煙でして…」
やわやわと、下手から注意してみる。
「あ…?誰もいないじゃねぇか」
夕方、詩乃も来たばかり。店内に他にお客はいない。
だが、ここで引く詩乃ではない。引く詩乃ではなくなってしまった。
「そうですか。では貸切ということで料金を頂きますが、よろしいですか?」
あくまで笑顔で、さらに続ける。
「さらにおタバコをお吸いになられるのでしたら利用後の店内清掃、従業員の受動喫煙によるリスク対策など……──
「あぁ、もういいよ」
結局、火を点けずにタバコをしまう。
「ご協力、ありがとうございます」
ただでさえ税金のために値上がりし続けるタバコ。追加料金を払ってまで吸えないところで吸いたいなどという人が、果たしてどれだけいるだろうか?だいたい、そこまでしなくても……。
「ちょっと外で吸ってくる」
注文を済ませ、外へと出ようとする男に、
「出入り口付近も禁煙となっております」
あくまで笑顔で続ける詩乃。そうくる事くらい、予測済みである。注文を聞いてすぐに戻らなかったのも、そのためだし。
「……………」
にらまれた。
けれど実際、タバコ嫌いのお客さんもいて。通り道で吸われるのは迷惑だとも言われてる。“禁煙”として名を馳せた『夕星』としては、営業妨害でもあるわけで。
結局、渋々といった様子で座席についた男性を確認してから厨房へ戻る。
「注文でーす」
どうやらやりとりを見てたらしい東が、親指を立てて迎えてくれた。
「詩乃ちゃん、ナイス」
褒められてる……らしいので、悪い気はしないのだが。
「でも、タバコになんかヤな思い出でもあるの?」
東にだけは、言われたくなかった。