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(包丁)
「あの……」
エプロンの紐の端をいじりながら、詩乃は東を前にしてもぢもぢしていた。
いざとなると、やはり躊躇してしまう。今日!と決めてきたものの、なかなか言い出せず………
手の空いた時、時間のある時と様子をうかがっているうちに、もう九時……帰る時間である。
これを逃せば、心理的ハードルがあがるばかり。思い切って一言、たった一言告げればいい。断られたら、それでも構わない。ここまで来たら、言うか言わないか、だ。
「ん?」
今日はお客さんは少なかった。ご飯が余りそうだからいる?とか聞かれて、それには『はい』と即答したのだけれど。
渡されたご飯を鞄に入れる代わりに取り出してきたソレを、思い切って差し出す。
「あの!お願いします!」
「………」
東の前に差し出されたのは、新聞紙で包まれたモノ。三十センチほどで平べったく、アゴのある特徴的な形………
時折、横居からも似た物を渡されるため、すぐにわかった。
「あぁ。明日までに研いでおくよ」
戻ってきた包丁は別物のようで。ニンジンの断面のなめらかさに、詩乃はびっくりした。