(もっと短く)
「ヘアド………なんですか?」
初めてのバイト代を手に訪れた美容院。
背中の中ほどまでに伸びた髪に未練はない。というか、『お金を払って髪を切る』という行為を避けてきたから伸びただけで、長くしようと思っていたわけではないし。
それに夕星は、広いとは言えない。そんな場所で動き回るのに、結んだ髪をぶんぶん振り回すわけにはいくまい。
というわけで。何年振りか、他人に髪を切ってもらうために、がちがちに緊張しながら駅前の『美容院』へと入り………案内された鏡の前、現れた美容師さんに、
「短くしてください」
「これくらい?」
「いえ」
「…これくらいかしら?」
「いえ、もっと」
……と、肩より短くして欲しいと伝えたところ、先ほどの言葉を言われた。
流行りの髪型だろうか?
「Hair donation」
発音が良くなったことで余計わからなくなった。
ヘアはわかる。どねーしょん?
「直訳すれば『髪の寄付』、ね」
まだ若いと思われるその女性の美容師さんは、丁寧に説明してくれた。
いくつか条件はあるらしいが、文字通り、切った髪を寄付しないか?ということらしい。
「ウィッグの材料にするのよ、事故や治療で髪が薄くなったりした人のための」
質感やらなんやら、やっぱり天然モノには敵わないらしい。しかも詩乃ほど長く伸ばしたのを……となると貴重らしく、
「私としてはゼヒって思うけど、無理に勧められるものじゃないからね。興味があるならもう少し詳しく説明するけど……」
髪など切って捨てるだけのものと思っていたけれど。もったいないと言われれば、それが自分の損得でなくても心が動いてしまう。
切った髪の行方など、呪術の類に使われなければいいかと思うくらいで。
説明を聞けば、配送だのの手間はかかってしまうが、それ以外はやってくれるとの事。
「こんな髪で役に立つのであれば……お願いします」
「こんな髪だなんて……綺麗な髪じゃない。そんな……──」
言いかけて。
なぜか彼女は一拍置き、鏡越しに目を合わせた。
「そんな、ヒゲしなくても。髪なんだから」
「……………」
ここは美容院だ。
カットだろう。