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夕星  作者: 矢玉
12/57

炒飯


 ざぁー…という一定の音。

 リズムを刻む雨だれ。

 水たまりを裂く車の音が、時折混じる。

 まだ陽のある時間なのに、外は暗い。

 梅雨の真っただ中。そして第一次夕食時の真っただ中。

 「……だれも来ませんね…」

 床を拭き終わったモップにもたれて、詩乃は思わずつぶやいた。

 いつもなら二、三人程度はいる時間帯で。こうまでお客が少ない………いないというのは珍しい。

 「この雨だからねぇ…」

 厨房にいるものの、東もヒマそうで。

 一応、いつお客が来てもいいようにしておかなければならないので、あまり大したことはできない。だからってグラスを磨くなんて、食堂然としたこの店では不似合いだ。

 ……いや、グラスを磨くこと自体はいいんだけど。そーゆうのは洒落たバーなどでベストとシャツでするもので、頭にタオルを巻いてやるのではカッコが付かない。

 「詩乃ちゃん、どうする?」

 「?なにがですか?」

 「あがってもらってもかまわなそうなんだけど……」

 時計を見る。まだ七時前。今日やったことといえば、テーブルの掃除、学生の接客、床掃除………

 まぁ早く帰れるのは、それはそれでかまわないのだが。それこそこの雨の中やって来たにしては、働いた感がない。せめて何か……と思うものの、時給で雇われている身としては、無駄に居座っても損をさせるだけだし。

 「…そうですね。帰って夕食の支度でもします」

 弟はほっといても自炊するが、父はそうはいかない。今日も『夕星』からのお土産を待っているだろうし。

 「おぉ!それだ!」

 「……はい?」

 ぽんっと手を叩き、東が提案したのは、

 「ウチで夕食、作っていきなよ」

 「………はい?」

 ふたたび首をかしげる。

 「だから。ウチのメニューを詩乃ちゃんが作ってテイクアウトして、夕食にしちゃいなよ。作り方、教えるから」

 詩乃は作り方を教えてもらえ、東は詩乃が作り方を覚えてくれればいずれ……という一石二鳥。しかも自分用となれば、多少失敗したところで問題ない。

 「ね?バイト時間ってことでいいから」

 ということは、研修業務である。お仕事、かつ夕食の支度がここで済む。さらに言うなら、お客に対するリスクがないので気楽だし。

 「お願いします」

 断る理由はなかった。


 なににつけても、料理というのは時間がかかる。

 そんな中で、ご飯なぞ残っていれば比較的簡単に出来るのがチャーハンである。具とご飯を炒めるだけ。

 シンプルなれどパラッと作るにはコツのいるチャーハン。

 『夕星』のチャーハンはドーム状に盛ったりはしていないが、その分ご飯の分離具合はよくわかる。刻んだチャーシューに長ネギにんにく、そして卵だけ。調味料は塩と胡椒、酒と醤油……それだけなのに、胃袋に詰め込みたくなるような味で。

 教えてもらえるというのならば、家でも応用しやすそうなチャーハンを、ゼヒ。

 過去、いくどとなく作ってきた味付けご飯の塊と、詩乃は今日、決別する………予定。

 「材料は先に切って、ご飯は少し温めておくといいよ」

 ニンニクを刻み、長ネギを輪切りに……

 「四つに切ってからね。歯ごたえも火の通りも違うから」

 「はい」

 言われてみれば、この店で目にするチャーハンの長ネギは輪ではない。

 縦に半分。そしてもう半分。そして二~三ミリの幅で切る。

 続いてチャーシューを……

 「長ネギの大きさくらいのつもりでね」

 具の大きさを、ご飯粒の大きさを基準に考えるのだそうだ。そんなこと、思いもしなかった。

 「それじゃ、フライパンを……こっちでやってみようか」

 中華鍋ではなく、加工のされたフライパン。それを、業務用ではなく家庭用コンロに乗せる。

 「こっちで出来るんですか?」

 チャーハンと言えば火力。強火で、中華鍋で、さっさと作らねばならないというイメージがある。

 「問題ないよ。ご飯の量に気をつければ」

 「………私、アレも出来ませんよ?」

 鍋を振るジェスチャー。

 いわゆる“あおる”という動作。空中に放り投げて水分を飛ばすとか言われているが………

 「まぁ、なんとかなるよ。火加減に気を付ければ」

 「………」

 若干の不安は残るけど……なにもお店と同じじゃなくてもかまわないのだ。近付いたもの、マシなものを家庭で作れるのであれば。

 気合を入れて、火を点ける。

 「ウチのチャーハンの特徴は、これかな」

 そういって東が出したのは、ガラスの瓶。中には油………ネギ油である。

 長ネギの青い部分を低温で煮た、その油。それをフライパンに……──

 「あまり多くなくていいよ。摂り過ぎはよくないからね」

 そんな理由で減らして、ちゃんと出来るのだろうか?

 ともあれ、言われたとおりに………大さじ一杯ぐらい?

 油の温度が低いうちにニンニクを入れる。そのまま香りを出してから、強火にして煙が出るくらいに…──

 「卵、入れて」

 煙が出るくらいに熱してはいけないらしい。

 じゅっ、という音すらややおとなしいうちに溶いた卵を入れる。その上にご飯を放り込む。

 「混ぜて」

 固まったご飯をほぐすように。というか、固まったご飯がほぐれるまで。

 「かたまり、つぶしてね」

 と言っても、実際にご飯粒を潰してはべちゃべちゃになるので。

 カツカツと、ご飯の塊を叩いていく。途中、東によって火が弱められた。強めの中火だろうか。

 「熱けりゃいいってものじゃないからね」

 ご飯がつぶれてしまうそうな。

 ともあれ、中華専門店ならしっかりとチャーハンが出来上がるくらいの時間炒めてから……

 「じゃ、弱火にして、味付け」

 火が強いまま鍋から手を離す必要もないわけで。

 弱火にして、塩をひとつまみ…──

 「ご飯に直接かけるとかたよるから」

 ご飯を寄せて、なにもないところに塩をひとつまみ。それもヘラでばらばらにしてからご飯と混ぜる。

 胡椒はパラパラと振れるので問題なし。しっかりと混ぜてから、

 「で、味見。どう?」

 渡されたスプーンで少しすくって食べてみる。

 「……薄いです」

 結構塩を入れたつもりだったのに。

 「うん。適量、っていうのは結構な量だよ。その人の摂取量とか気にして作れればいいんだけどね。とりあえず、もうひとつまみくらい入れてごらん」

 強火のままだったら、こんなのんびりしていられなかっただろう。

 もうひとつまみ、塩を入れて、混ぜて、再びの味見。

 「あ、いい感じ」

 「お店用だともう少し入れるけどね。香りが変わるんだけど……わかった?」

 「………」

 首を横に振る。

 胡椒ならともかく、塩で香りが変わるんだろうか?

 「ま、慣れればわかるよ。あとは具を入れて……」

 チャーシュー、長ネギを入れて再びの強火。

 「長ネギの香りがしてきたら醤油」

 これはわかる。火が通り、透き通り始めた長ネギから香りが立つ。

 ご飯を寄せて、鍋に直接醤油をひとサジ。全体になじませたところで再びご飯を寄せて、今度は日本酒をひとサジ。今度はぐっと温度が下がるので、それが戻ったくらいで……

 「はい、出来あがり」

 ぱちん、と火を消す。

 放っておけばまだ熱い鍋からどんどん加熱されるので、さっさと皿に移してしまう。

 「熱いうちのがおいしいからね。食べて行きなよ」

 「はい」

 冷蔵庫から自前のペットボトルを出して、カウンター席へと回る。

 実は、さっさと食べてみたくてしょうがない。だって………

 ─ぽろっ…─

 スプーンですくったご飯粒が、ほぐれて落ちるのだ。ネギと、そしてほのかなニンニクの香りが胃を刺激するし、味見したときの甘みはいまだ口に残ってるし、薄く色づいたご飯は早く食えと急かしているようだし………

 「いただきます」

 一口。

 「………」

 二口。飲みこんでないけどかまわない。三口。

 甘い。香ばしい。そして少ししょっぱい。

 噛むというより飲み込むようにして頬張っていく。

 あぁ、お行儀悪いなぁと思うけど、おいしいのだから仕方ない。

 「……ごちそうさま。」

 正直物足りないくらいで。もう一杯くらいは食べられそう。

 「おそまつさま…って、僕が言うのもヘンか。ご飯……というか、一度に作る量をお店で売ってるのと同じ一人前くらいに。しっかりとご飯がほぐれるまで炒めることを気を付ければ、あとは火加減の経験で上手く出来るようになるよ。家にご飯、ある?」

 うなずく。

 毎朝多めに炊いてしまって、冷ましてから夜の分にと冷蔵庫へしまってある。

 「じゃあ、忘れないうちに挑戦してみて」

 今日のお土産はチャーシューと長ネギで。

 これが家で出来るようになるというのなら、それはもう挑戦せねば。そしていつか……

 「はい。がんばります」

 いつか、家族に自発的に『おいしい』と言わせてやる。


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