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9話〜小競り合い〜

 覇王迷宮第1階層、そこはまさに蜘蛛の巣のごとく張り巡らされていた迷路だった。

 陽の光もなく閉ざされた空間は薄暗く、壁に露出した魔石だけが唯一の照明となって頼りなく迷路内を照らす。

 目の前には何本もの洞穴が続いており、通る者を惑わせ、更に後ろに振り返ってみればそちらにも無数の道が続いている。

 来る者を迷わせ、戻る者を帰らせぬ大迷宮。きっとこの階層を割ってみたら、穴あきチーズのようになっているだろう。


「凄い入り組んでいるな。特に目印があるわけでもないし、ちゃんと戻れるのか?」

「心配無用! 私たちにはメトがいてくれるからね。どんなに入り組んでいてもメトなら迷わないから」

「そうなのか? メト何か秘訣でもあるのか?」

「えへへ、ちょっとね。〈狐耳索音(コンコンイヤー)〉」


 メトは目を閉じて耳に手をあてると、黄金色の耳がピクピクと左右に動く。眉間に皺を寄せて、必死に音を拾おうとしているが、それよりも俺は忙しなく動いている耳に目がいってしまう。


「…………えい」

「んひゃ!? もうヴェルくん! いきなり耳触っちゃダメ!」

「悪い悪い、どうしても気になって。それで、さっきから何してたんだ?」

「むぅ、さっきのは僕の聴力を強化するスキルで、風の流れる音や反響音でこの階層の構造を調べる事ができるんだ」

「そりゃ凄い。で、そのスキルってのはなんだ? 聞き覚えのない言葉だが」

「知らないのヴェルくん? スキルっていうのは、その人だけが持つ固有の技能。英雄となるために生まれ持った素質、苦難を踏破した者が与えられる恩恵、成し得た偉業や逸話が顕現したもの、過去に語られた英雄の全てが当然に持っていた、それら全ての超常の力を総称してスキルって呼ぶんだよ」


 なるほど、俺がいた時代にはなかった概念だ。

 俺をはじめとしてメルティアたちにもそれぞれ常識では計れない逸脱した能力を持ち合わせていたが、それを気にする者はいなかった。

 アイナは英雄が持ち得た能力だと言ったが、過去に英雄たちと死闘を繰り広げた魔王と呼ばれる者たちもスキルを持っていただろうし、その異能を理解されずに迫害された者もいただろう。

 もし俺がこの時代に生まれていたなら、俺の特異性も理解され両親からも捨てられる事はなかったのに……いや、そんな事を思っても意味ないか。


「どしたのヴェルくん? なんか難しそうな顔してるけど」

「いや別に、どうでもいい事を考えていただけだ。それよりもメト、そのスキルとやらで何か判ったのか?」

「うん。風の流れる音から出口はちゃんと把握してるし、あとは前方から……」


「──ギャ! ギャァ!」


「ゴブリンが四匹」


 薄暗い洞穴から這い出てきたのは、薄汚れた緑色の皮膚に覆われた異形。背丈は人間の子供と変わらないが、力は大人の男と同等、知能は獣と等しき浅ましさで、血に飢えた狼のような獰猛さで目の前にいる俺たちに耳障りな声で威嚇している。


 名称、ゴブリン。

 魔物の中で最も下級に位置し、最も下劣な生物。凡そ知能と呼べるものなど持ち合わせておらず、人の血肉を貪るしか能のないケダモノ。そいつらが四匹、粗末な石の棒切れを持って俺たちと対峙していた。


「ゴブリンたちか。少し物足りない相手だがここは一つ、新入りの俺が先陣を切ろう」

「ヴェルくんなら大丈夫だろうけど、気を付けてね。ゴブリンでも攻撃は痛いから」

「頑張ってね〜」

「おう任せろ。ここは張り切ってカッコいいところ見せてやる」


 はは、こんな気持ちで戦うなんて生まれて初めてだ。アイナからは心配されて、メトからは応援されて、なんだか俺、とても気分がいい。ちょっと頑張ってみるか。


「吹き抜けろ──〈疾槍・風切〉」


 風の魔槍に魔力を込め、形作るは薄く研がれた刃。

 水平に薙いだ魔槍の穂先からスッと空間が波打ち、風すらも両断する真空の刃が洞穴内を疾駆する。

 音もなく周囲の壁を切り裂く刃の軌跡をゴブリンが視認できるはずもなく、何が起こったのか理解する事もなくゴブリンたちの首は胴体から離れる事になった。おそらく、自分が切られた事も死んだ事も理解していないだろうな。


「え、え? ヴェルくんなにしたの? 槍を振ったと思ったら壁が切れてゴブリンたちの首が飛んで……え?」

「多分だけど、風の刃を飛ばしたんじゃないかな? 微妙に僕の耳から風の不自然な音が聞こえているし、今もまだ聞こえているよ。もし通路の先に他の冒険者がいたら、大変な事になっていたね」

「おっと、その事を忘れてた。少し張り切りすぎたかな」


 危ない危ない。少し浮かれていて周りの事なんて考えていなかった。メトの言う通り、もし先に他の冒険者がいたら、危うく胴体を真っ二つにしてしまうところだった。

 いつも一人で魔物も人間も問わず大軍を相手に戦っていたから、周りの被害なんて考えた事もなかった。これからは周りの事もちゃんと考えてあげないとな。


「ヴェルくんなら、ゴブリンがいくら襲ってきても大丈夫そうだね」

「逆に僕たちが気を付けないとね。まだまだやってくるよリーダー」


 ダンジョンの壁が崩れ、そこから出てきたのはまたもやゴブリン。

 魔物とは、俺たちとは理を異にした異形のこと。魔物はこうして、ダンジョンの壁から生み出される。

 なぜこのような岩肌の中から魔物が生まれ落ちるのか未だに解明されていないが、わかっている事はただ一つ。

 魔物は、あらゆる生命に害を及ぼす存在であること。喰らうといった生命活動のためでなく、ただ他の生命を殺すためだけに存在していること。


「よぉし! ヴェルくんから貸してもらった武器を使う時だよ! メトいくよ!」

「あいあいさー!」


 どうやら今回は俺の出番は無いみたいだ。前に出ようとした俺を制止して、アイナとメトが前に出てきた。

 まあ俺よりランクが高い二人だし、ゴブリン相手に遅れを取る事もないだろう。一応すぐに動けるように構えてはおくか。


「それじゃまずは私から。この弓って矢がいらないんだよね? 魔力で矢を……おっ、できた。久々に矢を射るけど……えい!」

「ギャ!」


 大気中の魔力から編まれた矢は青白い光を放ち、番えた矢をゴブリンの急所へと向けて放った。

 張り詰めた弦から放たれた矢は静かに空気を裂き、狙いを寸分違う事もなくゴブリンの頭を貫通し、眉間に拳大の風穴をあけて脳漿を飛び散らせた。


「す、すごい! 引き絞るに殆んど力を込めてないのに、こんなに威力があるなんて! 壁にも穴があいちゃってるよ!」

「ホントだね。よしじゃあ僕も! 燃えろ〈狐火〉!」


 そして次はメトの番。取り出した札を投げつけると、札は巨大な狐をかたどった火となって洞穴内を埋め尽くし、ゴブリンを残らず灰塵に帰した。

 俺たちにもその熱波が襲ってきたが、渡しておいた飛竜(ワイバーン)の皮のローブの耐熱性によってみんな無事だった。


「熱っ! あちち! ちょっとメト、やり過ぎだよ!」

「ゴメンなさいリーダー、いつも通りにやった筈なんだけど、なんか大きくなりすぎちゃった。このお札、凄いね」

「本当だよ。おかげで魔石もいくつか燃えて消えちゃったよ」


 まだ熱が残り煙が燻っている地面に転がっている、紫色の水晶体。魔物の体内にのみ存在する魔物の心臓とも言うべき物体。それ自体が魔力を秘めており、夜間を照らす照明や生活で使う水など日々の生活に使われている魔石。冒険者は魔物を狩って魔石を集め、それを換金する事で収入としている。

 ゴブリンから取れた魔石は小石ほどの小ささで色も薄く、魔力量も多くない。魔石の質としては最低品質だが、これでも金になるからちゃんと回収しておこう。


「ヴェルくんの実力や新装備の凄さもわかった事だし、改めてダンジョン探索といこうか! ヴェルくんは覇王迷宮は初めてだし、今日はかるーくこの第1階層で慣らしていこう」



 戦いにおいて特に問題もなく、俺たちはダンジョンの中を進んでいく。

 薄暗い光景は変わることなく、途中で何度もゴブリンたちに出くわした。


「よいしょっと」


 俺が槍を振ればゴブリンは真っ二つに裂け。


「そーれっ!」


 アイナの矢はゴブリンの体を容易に貫き。


「燃えちゃえ!」


 メトの火でゴブリンの体は灰になる。


 苦戦なんて文字すらなく、それどころか戦いですらない。部屋の塵や埃を掃くような、例えるならそんな感じだ。

 危なげなくゴブリンたちを倒していると、魔石を回収した袋がイッパイになってしまった。


「うんうん、こんなところでいいかな? 魔石も回収できたし、これ以上は晩ご飯が遅れちゃうから戻ろっか?」

「もう終わりか。随分と手応えのない探索だったな」


 と言いつつも、俺も中々に楽しめた。時間の経過が分からない程に。

 こうやって誰かと一緒に冒険するなんて事なかったから、例え相手がゴブリンばっかでもそれなりに楽しめた。

 アイナの言葉に俺の腹も空腹を認識したのか、少し腹が減ってきたしメシを食いたくなってきた。

 帰りも入り組んだ迷路のような道を歩いていくが、メトのおかげで迷う事もなく、あっさりとギルドまで戻ってこれた。


「さて、それじゃ魔石を換金しないと。どれくらい貰えるのかな〜」


 そしてアイナは、やけに嬉しそうな顔を浮かべながら早足で換金所まで向かった。

 ガラス越しに座っているギルド職員に魔石を渡すと、職員は俺たちが集めた魔石を天秤に乗せる。

 もう片方には重い鉛の寸胴が乗せられており、魔石でどれだけ天秤が傾くか確認している。

 魔石は内包してある魔力が多いほど同じ大きさでも重さが増し、重い魔石はそれだけ上質である証である。

 俺たちの魔石は天秤を大きく傾けさせる事はなく、やはり質としては低いものだった。


「鑑定終わったよ。全部で9400ゴレットだ」

「ありがとうございます!」


 しかしアイナとメトは大変に満足した様子で職員から渡されたお金を受け取った。


「えへへ、見て見てヴェルくん、こんなに貰えたよ」

「凄いねリーダー、僕たちがバイトで貰える額の倍以上だよ。これならちょっと贅沢して、今日は久し振りにお肉とか買っちゃおうかな?」


 二人にとってはよほどの額だったのだろう。久しく見ぬ大金に興奮した様子で、今日の食卓の彩りを考えている。肉を買うのは俺も大賛成だ。

 予想以上の成果に喜んで帰ろうとすると、出口で冒険者の集団と出くわしたが、さっきまでの喜びから一転してアイナたちの顔が曇りだした。


「おいおいおい、なぁんで足手まといのお荷物冒険者がこんなところにいるんだぁ?」


 俺たちを遮るように立っているのは、赤銅色の短髪を逆立たせた屈強な男を先頭にした冒険者たち。先頭の男の首元にはゴールドのプレートが輝いており、他の数十名の冒険者たちもゴールドやシルバーのプレートを首に掛けている。みんな、そこその冒険者のようだ。

 男たちはアイナやメトを見て、嘲りと侮蔑を込めた表情を浮かべた。


「冒険者なのにダンジョンにも挑まない出来損ない連中が、目障りだからさっさとボロ教会にでも戻りな」

「アッハッハ、そういうわけにもいかないよゴードラ。ようやくウチにも有望な新人さんが来てくれたんだし、リーダーとして私も頑張らないと」


 曇った顔は一瞬、アイナはすぐさま笑顔を浮かべてゴードラと呼んだ男と相対するが、それが無理した作った笑顔だという事はすぐに分かった。

 メトは変わらず険しい表情を浮かべたままで俺の後ろに隠れてしまい、ゴードラは一歩踏み出て話題に出た俺を値踏みするように睨みつけた。


「おめぇは……あの“英雄姫”が目を付けたって噂のガキか。なんでこんなマトモに戦えない連中のクランに入っていやがるんだ? やっぱり噂は噂って事か」

「そこはお前たちが勝手に想像していろ。俺はこのクランの居心地が気に入っている、だからここにいるんだ」

「ケッ! ザコはザコ同士で群れていな。他の連中が騒いでいたからどんな奴か気になっていたが、とんだ興醒め……ん?」


 こんな連中と会話する気なんてないから適当に流そうとしたが、会話が終わるとゴードラは目敏くアイナたちの武器に気付いた。

 アイナたちもそれに気付いて武器を後ろに隠したが、もう遅い。


「……おいオメェら、いつそんな上等な装備を手に入れた? 武器だけならイヴァルディ工房に置いていても不思議じゃねぇ品だし、そのローブも一級品だ。オメェらのような貧乏人が到底買える品物じゃねぇな」

「これは、その……拾ったんだよ」

「見え透いた嘘ついてんじゃねぇ。これは、オメェの持ちモンだなガキ。こりゃちょっと面白そうだ」


 やれやれ、俺が持っている財宝に気付いたか。ゴードラの目は俺が今まで見慣れたものであり、宝や財宝に目が眩んだ欲の色に塗れていた。


「噂もアテになるみたいだな。おいガキ、お前こっちのクランに来ねぇか? そんなザコしかいない弱小クランよりも、俺たちの所に来たほうがよっぽどマシだろ?」

「断る」


 こんなのと会話する必要なんてない。逡巡する素振りすら見せず、ゴードラの提案を断る。

 それになんだか、アイナたちを侮辱するゴードラを見てると、胸がモヤモヤしてくる。


「……おい冗談か? 普通に考えりゃこっちに来る方が得だと馬鹿でも分かるだろ。俺たち《剣の森(セイバー・フォレスト)》はゴールドクラスの冒険者を多く抱える一流クラン。弱い奴等より強い奴等がいるクランにいた方がいいだろ?」

「お前はただ、俺が持っている武器が欲しいだけだろ? それにお前の言葉に従うなら、お前たちが俺の下につくべきだ。ゴールドクラス程度で強がるなよ」


 ダメだ、なんか俺もケンカ腰になってしまう。この胸のモヤモヤのせいか?

 ゴードラや他の冒険者も剣呑に睨みつけてきて、これは荒事になりそうだな。


「俺たちが、オメェより弱いだと? あまり調子に乗ってると痛い目みるぞガキ」

「事実を言っただけだ。俺に強さ云々で語りたいなら、まずアダマンタイトクラスになって出直してこい。お前らみたいに半端な強さで粋がっている輩なんて、掃いて捨てるほど転がっているんだから」

「そうかよ! じゃあその言葉が本当か試してやるよ!」

「ヴェルくん!」


 激昂した様子のゴードラは目を血走らせて、太い腕で握り締めた拳を振り下ろしてきた。流石に殴られるのは嫌だな。痛いのは御免だ。


「──っ!? がっ……」


 肉と骨が軋む音、肺から空気が漏れ出す声を出しながら、ゴードラは後ろにいた取り巻き連中と一緒に吹き飛んだ。

 怒りのせいか、俺を子供だと軽く見ていたせいか、あまりにも胴がガラ空きだったのでそこに俺の拳を叩き込んでみたら、見事盛大に吹き飛んでくれた。

 死なない程度に手加減したけど、きっと死ぬほど痛いだろうな。あの様子じゃ俺に殴られた事すら知覚していないだろう。

 でも、まだ俺の胸のモヤモヤは治ってくれない。どうやら俺は根に持つタイプのようだ。


「すまない、あまりに動きが緩慢なものだったから、反撃してほしいのかと勘違いした。蟻を潰さないように優しくちゃんと手加減したんだが、随分と痛そうだな? 俺が思っていた以上に脆いな」

「こ、のっ……クソ、ガキがぁ、殺してやる!」


 おっと、まだ元気のようだ。

 いよいよ怒りが臨界点に達したのか、ゴードラは凡そ人とは思えない憤怒の表情を浮かべて、背負っていた両刃の斧を抜いた。

 大衆の面前で煽っていた子供に盛大に大恥をかかされて大層ご立腹の様子。ゴードラの血走った様相に周囲から短い悲鳴のようなものまで上がるが、さてどうしようか?

 また殴り飛ばして意識でも飛ばすか。こちらも武器を取って応戦するか。ゴードラの怒りが消え去るほどの圧倒的な実力差を見せつけてやれば大人しくなるだろうが、加減を間違えるとゴードラが死にかねない。

 まあ、いいか。


「──待ちなさいゴードラ、落ち着きがないのが貴方の欠点ですよ」


 こちらも応戦しようとした時、別の声が剣呑な空間に静寂をもたらす。

 現れたのは一人の男。ゴードラと比べて細身の体に、微笑みを絶やさない穏和な顔。しかしその首にかけられているのは、ミスリルのプレート。ゴードラよりも実力が上だと示している。


「ナズリックさん、これはその……」

「言い訳は見苦しいですよ。私の右腕ならば、少しは思慮を身につけなさい。勝手に動く右腕ならば切り落とすますよ?」


 怒りの表情から一変、まるで捕食者を前にした動物のようにゴードラは怯え出した。それは実力差からくる上下関係による恐怖ではなく、ナズリックという男の人格そのものが彼等に恐怖を形成している。

 それと同様にアイナとメトにも怯えの表情が走り、メトは俺の後ろで縮こまり服を力一杯に握って、アイナは形だけの笑顔を浮かべて耐えていた。


「ナズリック……」

「これはこれはアイナさん、お久し振りですね。新しいお仲間が増えたようで、私としても嬉しい限り。しかも噂の新人さんを獲得するとは、いやはや羨ましい限りですね」

「アッハッハ……お手柔らかに頼むよ。ナズリックは色々と欲しがりだから」


 ナズリックの穏和な笑顔、しかしそれは作り物のそれだ。本心を、奴の狂気を抑え込むための蓋。有り余る凶暴性を理知的に見せるための仮面。銀縁の眼鏡の奥に妖しく輝く深緑の瞳は、狂気を宿した者特有のものであった。

 これ以上ナズリックの狂気はアイナに毒だ。どうやらナズリックは俺に興味があるらしいので、俺が前に出てナズリックと対峙する。


「君が噂の新人ですか。私はナズリック・デスヴェラード。クラン《剣の森(セイバー・フォレスト)》のリーダーで、隣にいるのが副リーダーのゴードラ・フィラデック。腕は立つが見ての通り粗雑な者でしてね。彼に代わって無礼を謝ります」

「俺はヴェル、《アイリス・ガーデン》の新メンバーだが、俺のリーダーのアイナと知り合いなのか?」

「ええ少し、昔馴染みといったところでしょうか。しかし君は噂以上の人材ですね。私のクランのナンバー2であるゴードラが手も足も出ないなんて、愉快愉快」


 そう言って笑ってはいるが、ナズリックの目は欠けら程も笑っていなかった。

 自らのクランが恥をかかされた怒りか、自尊心を傷つけられたナズリックの目には怒りと嗜虐の色が渦巻いている。

 もしここが大衆の場でなく、俺がナズリックより劣っていたならば、すぐさま奴の凶暴性が解き放たれていた事だろう。


「ナズリックさん、俺はこんなガキなんかに……」

「黙りなさいゴードラ、これ以上恥の上塗りをしたいなら己の身だけに留めておきなさい。彼は、貴方がどう足掻こうが万が一にも勝てぬ相手。貴方の殺生与奪は彼に握られ、あの時私が止めに入っていなければ、死にはしなかったでしょうが四肢の一本は取られていたでしょう。ですよねヴェルくん?」

「俺はただゴードラを無力化しようとしただけだ。生死についてはあまり考えてはいなかったがな」

「なるほど、やはり私の見立て通りというわけですか。いやはや、本当に面白い子ですね君は。今日はダンジョンに潜るつもりでしたが、君というそれ以上の刺激があったのでやめておきましょう。ではまた、ヴェルくん。次に会った時は、こちらに心変わりしている事を期待していますよ。君ならばいつでも歓迎しています」


 心変わりなんて、有り得ない。しかし去り際に浮かべたナズリックの歪な笑みは、先ほどの仮面のようなものでなく心の内から滲み出てきた醜悪な笑みだった。おそらくその言葉も、冗談の類いとして言ったものではないだろう。

 奴がどのような思惑を巡らせているのか知る術はないが、それでも奴の考えが嫌悪すべきものであるという事だけはわかった。

 イレイナのような武力ではなく、その危険な思想と人格に警戒しながら、俺たちはナズリックの姿が消えるまでその場で立ち尽くしていたのだった。

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