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8話〜いざ迷宮へ〜

「いやぁ! やっぱり“英雄姫”は凄い迫力だったね!」


 朝にイレイナが突然やってくるという出来事のあと、朝食を済ませた俺たちは冒険者ギルドに向かって街を歩いていた。クランに加入したら、冒険者ギルドに必ずその事を伝えなければならない義務があるらしい。

 そのためにギルドへ向かっているのだが、アイナとメトの二人はいまだ今朝の出来事に興奮が冷めきっていない様子だった。


「オーラっていうのかな? 話すだけで緊張でガチガチだったよ!」

「でも、すごく優しい人だったね。僕なんてサイン貰っちゃった!」

「まだやっているのか。飽きないな二人とも」

「だってあの“英雄姫”と話ができたんだよ! 普通、こんな弱小クランじゃ一生関わる事なんてないのに、雲の上の人と話せるなんて!」

「リーダーは“英雄姫”の大ファンだからね。リーダーだけじゃなく、この街にいるほとんどの人は“英雄姫”に憧れて、冒険者になった人も大勢いるんだよ」

「そうなのか。人気者なんだなイレイナは」


 まあ、あれ程の力があれば、時代が時代ならば英雄譚に語り継がれるような大英雄や大国を栄えさせた賢王になっていただろう。それだけの力と人を惹きつけるものが彼女にはある。

 それからもアイナたちはイレイナについて興奮した状態で話をしていると、やがて冒険者ギルドへと到着した。


『……………………』


 中へ入ると、既にいた冒険者たちが一斉に俺に視線を向けてくる。道中でもすれ違った冒険者たちから見られてはいたが、大勢から一斉に注視されると視線の迫力もます。

 俺を見る冒険者たちにはどれも、疑念や好奇心、嫉妬や観察といった感情が宿っているのがわかる。


「なんか、皆がヴェルくんのこと見てるね。なにかあったのかな?」

「さあ? でも、なんだか居心地が悪いな」


 何度もチラチラと見たり、ヒソヒソと小声で話したり、あまり心地の良い空気ではないが特に害があるわけでもないので、無視してクラン加入の申請をするために受付に行く。

 あ、リーナがいたからそっちに行こう。


「あ、ヴェルくんこっちです!」


 リーナも気付いたのか、俺を見るや血相を変えて奥の人があまりいない壁際の受付に案内された。はて、俺なにかしただろうか?


「なあリーナ、さっきから俺のこと見てくる冒険者が多いんだが、何かあったのか?」

「実はですね、昨日“英雄姫”が急いだ様子でやってきて、ヴェルくんを探しに色々聞いて回っていたんですよ。ヴェルくん、“英雄姫”と何かあったんですか?」

「いや、特にこれといって何かあったわけじゃなくて、昨日イレイナのクランに入ろうとしたら門前払いされて、それでイレイナが無礼な対応にわざわざ謝罪しに来ただけだ」

「そうだったんですか。どうやらそれに尾ひれが付いてしまったみたいで、ヴェルくんは()()“英雄姫”が声をかける程の冒険者なのだと少し噂になっているんですよ」

「そうなのか、どうりですれ違う冒険者たちも俺を見てくるわけだ」


 これで疑問が解明できた。どうやら俺は、“英雄姫”イレイナが目をかける程の凄腕新人冒険者という評判になっているらしい。

 周りを見てみると、昨日俺を断ったクランの者たちも何人かいて、俺を迎え入れなかった事を後悔している様子だった。

 その他の冒険者たちは、俺の実力が本当なのか値踏みをしているといった感じだ。


「まあ、俺には関係のない事だ。今日はクランに加入した事を知らせにきた」

「クラン名は《アイリス・ガーデン》で、リーダーは私、アイナ・ビュレンヒッド」

「あ、無事にクランへ加入できたんですね。おめでとうございます。それではヴェル・デインハートを、クラン《アイリス・ガーデン》に所属との情報を加えます」


 どうやらそれだけで終わりのようで、リーナは何やら紙にペンを走らせてそのまま受付からいなくなってしまった。

 そして俺たちは、今後の行動を決めるために待合所の一つに座って話し合いをする事にした。場所は、できるだけ他の冒険者たちがいない壁際にした。


「さて、これで正式にヴェルくんの加入が決まったわけだけど、改めてこのクランのこれからの方針を決めようと思います」

「方針はやっぱり、他の冒険者たちと同じで、この覇王迷宮の攻略になるんだろ?」

「そうだけど、そのためにはお金が必要になってくるよね。僕もリーダーもお金がなくて装備も売っちゃったし、それを買い戻すとなると……」

「いくらになるんだ?」

「最低価格でも、一人50000ゴレットは必要になるかな? 私とメトがバイトしても1日2000ゴレットが限界だし、それに毎日の食費を合わせたら……」

「それならこれを使うといい」


 テーブルの上に“外界の外套”を被せて、取り払うとそこには数本の武器。短剣や杖、弓といった武器を出現させた。

 アイナたちはそれを物珍しそうに持って観察していた。


「ヴェルくん、これは……」

「俺がこれまで集めた物だ。性能は申し分ないはずだぞ」

「申し分ないって……なんかどれも凄そうなものばかりなんだけど? これなんてほら、もしかして純金製の細工じゃない?」

「それは“灼陽杖アグニ”だな。火属性の魔法に特化した杖で、太陽を生み出したという逸話をもっている」


 かつて太陽の国と讃えられ、太陽王と呼ばれた男と争い、そして手に入れた杖だ。これを使えば最下級の火属性魔法でも、龍よりも劣るが竜種くらいならダメージは与える事はできる。


「ねえメト、これ買うとしたらいくらすると思う? たしか武器屋でバイトしてた事あるよね?」

「ん〜、作りはドュラーガ最高のイヴァルディ工房と変わらないみたい。それに性能も同じだとすると……えーっと、億はいくんじゃないかな?」


 メトの話を聞いて、アイナは口をあんぐりとポカンとしていた。

 そして手に持っていた杖を、両手でそっと、壊れないようにテーブルの上に戻した。


「だ、だめだめ、そんな貴重なもの使えないよ! もし壊しちゃったら一生かかっても弁償できないし」

「弁償なんてしなくていいぞ。これくらいの武器ならまだいくつも持っているし、壊れても惜しくない」

「いくつもって……ヴェルくんて貴族や大商人の跡取りなの?」

「いや、どこにでもある農村の生まれだ。少し色々なものを貯め込んでいるけど」


 再び“外界の外套”の翻し、テーブルの上に別の物を取り出す。それは宝石であったり金や銀であったりマジックアイテムであったりと様々。これらを売り払えば、それだけで一財産を築ける。


「もし俺の武器が使えないなら、それを売って装備を買う金にすればいい。どれくらいの金額になるかはわからないが、二人の装備を買えるくらいにはなるだろう」

「そ、それもダメだよ! それはヴェルくんのもので、私たちの武器を買うためにそれを売るなんて」

「俺だけじゃ使い道なんてないんだ、なら誰かのために使った方がいい。それに良い装備を買えば、それだけダンジョンでも安全だろ?」


 ダンジョンに挑むのであれば、できる限りの備えをしておくべきだ。それは武器であったり防具であったり、いくら備えをしても不足という事はない。ダンジョンでは何が起こるかわからないから、考えられる全てに備えをしておかなければならない。

 それに、二人にもし何かあったらと思うと……その光景を想像すると、なんだか胸の中がぐるぐるした感じになってしまう。


「うーん……わかった。ヴェルくんのお言葉に甘えさせてもらおうかな。けどその宝石たちを売るのはナシ、ヴェルくんが持っている武器を貸してもらってもいいかな?」

「構わないぞ。それで二人は何を使うんだ?」

「私は弓と、あと非常用の短剣かな」

「僕は符呪が得意だから、お札があればいいかな?」

「弓と短剣、それと符呪の札か。たしか東方の島国が発祥のものだよな。少し珍しい品だが、いくつかあったはずだ」


 テーブルの上に出した物をしまい、二人の望む武器を取り出す。

 一つは、エルフ族の細工によって美しい意匠が施された、樹木と蔦の彫金がされているミスリル銀の弓。矢を必要とせず、大気中の魔力を矢として射る不矢の弓“アルムルア”。

 一つは、刀身に守護の効果を持つ呪文が彫られ、持ち主の危機に応じて鞘から抜け、敵を切り裂く守護の刃“守護刃ガラック”。

 一つは、東方の島国によって作られ、数々の(まじな)いの言葉が書かれた符呪札。人を呪いもすれば癒すもする“陰陽天地乃呪札”インヨウテンチノジュサツ


「それと防具に、飛竜(ワイバーン)の皮を使ったローブだ。これを着ていれば並大抵の魔物の攻撃なら耐えられる」

「うっひゃー、次々とトンデモな物が出てくるね。もしこれ全部買うとしたら、目が飛び出る額になりそうだね」

「まあ、これ全部と街一つくらいなら交換できるんじゃないか?」

「あっはっはー……やっぱりヴェルくんは凄いねー」

「色々と規格外だよね」


 なんか、少し呆れられた視線を向けられたけど、なんでだ?

 なんだか釈然としない気分ながらも、アイナとメトは各々自分の装備を確かめる。


「えーっと、どうかなヴェルくん?」

「似合っているぞメト。凄く強そうだ」

「えへへ〜」

「こんなに良い武器を使えるなんて、ヴェルくんこっちはどう?」

「よく似合っているぞ」


 おそらくこの先も縁のないような装備を身につける事ができて、二人は興奮しているようだった。

 しかしこれだけの装備なら、オークやトロールの群れが襲ってこようが対象できるだろう。


「よーし! ヴェルくんからのおかげで装備も整った事だし、久し振りにダンジョンに潜ってみようか!」

「ようやくか、楽しみだな」


 実はというと、このドュラーガにあるダンジョンには興味があった。死んでいない筈の俺が死の間際に生み出したとされ、いつか俺が復活すると言われている覇王迷宮。その最奥に眠る真実を解き明かしてみたかった。


「ヴェルくんは、ダンジョン初めてだよね。先輩であるお姉さんたちが色々と教えてあげましょう!」

「そうか、それは楽しみだ」


 それに、誰かと一緒にダンジョンに挑むなんて初めての経験だ。これは、ワクワクと言えばいいのだろうか。なんだか俺も楽しくなってきたぞ。


「それじゃあ早速行ってみよう。奥にあるのがダンジョンの入り口だけど、いつも冒険者たちで混んでいるからはぐれちゃダメだよ」


 アイナたちの後ろに付いていき、ギルドの奥にある大きな部屋に入ると、部屋を埋めんばかりの冒険者たちで溢れていた。

 部屋の壁には厚いアダマンタイト鉄が埋め込まれており、もしダンジョンの魔物が溢れたら即座に地下の階段を閉ざせるようになっている。

 他の冒険者たちに続いて、地下へと続く螺旋状の階段を降りていく。

 魔石の灯りが照らしつつも薄暗い地下に降りると、そこは岩肌が剥き出しになった大きな広間。周囲には何本もの洞穴が広がっていた。


「ここが覇王迷宮の第1階層、通称“始まりの広間”。全部で18箇所の入り口が広がっていて、そこから無数の道が続いている迷路。途中に出てくる魔物よりも訪れた者を惑わせる迷路こそが最大の敵だから注意してね」

「本当に、ここがダンジョンか。驚きだ」


 なんて濃密な魔力だろうか。ダンジョンは局所的な魔力溜まりによって形成されるが、これは過去に見てきたどのダンジョンよりも破格だ。まるで巨大な魔物の体内にでもいるかのように強大な魔力が脈動している。下に気配を向けるほどにその魔力は巨大になっていくが、下にはいったいナニがあるんだ?


「……ヴェルくん、ぼーっとしてどうしたの? 具合悪くなっちゃった?」

「あ、いいや、なんでもないぞメト、先に進んでみよう」

「うん」


 いけない、少し呆けていたようだ。最奥に何があるのか気になるが、二人に余計な心配をさせる必要もないし、この階層はまだ魔力が薄いから危険な事にはならないだろう。

 このダンジョンの事を調べるのなら俺が独自に調べればいいし、イレイナにも訊けばいいだろう。

 背負っていた槍を抜き、警戒を張り巡らせながら二人に付いていく。一人ならば警戒なんてする必要もないのだが、今はアイナとメトの二人に危険が及ばないようにしないと。

 これが、誰かと一緒に戦うという事か。うん、悪くない感覚だな。今回のダンジョン探索、きっと楽しい事になりそうだな。

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