5話〜クランに入ろう〜
「俺たちのクランに入りたいだぁ!? 寝言は寝て言いな!」
侮蔑と共に言い捨てられる、今日で何十度目の拒絶の言葉。俺にもう興味も話すこともないと男はさっさとどこかへ行ってしまった。
「んぅ……やっぱりそう簡単に『仲間』は見つからないな」
冒険者登録を済ませ晴れて冒険者となれた俺は『仲間』を見つけるため、片っ端からクランの人たちに加入をお願いしてみたのだが、結果は散々。誰もまともに取り合ってすらもらえなかった。
『うちはガキのお守りをするところじゃねぇんだ!』
『ヒョロヒョロな子供が入れる場所じゃねぇんだよ!』
『荷物持ちとしてなら入れてやってもいいぜ?』
『お前みたいな新米が入るには上納金が必要だぜ』
『君みたいな新人を世話できるほど余裕はないんだよ』
などなど、全てが門前払い同様な対応だった。
やっぱりこの姿では頼りなく映ってしまうのも仕方ないか。せめて実力を発揮させてもらえる機会さえ与えてくれたら皆も話を聞いてくれると思うんだが。
「まあそんな簡単に上手くはいかないよな。『仲間』ってのは思った以上に見つけるのが難しそうだ」
これなら財宝や国を一つ取った方がよっぽど簡単だ。いざ自分が探す側となると、こんなにも見つけるが大変だとは思わなかった。よく他の人は簡単に『仲間』を見つけられるな。少し自信がなくなってきたぞ。
「落ち込んでても仕方ない。まだ声をかけてないクランもあるだろうし……次はここにしてみよう」
ドュラーガの中心から少し離れた、建っている建物も少ない閑静な場所。そこに一つ建っている、豪勢な庭や噴水が置いてある巨大な館。鉄格子で閉ざされた門の上には《英雄の船団》というクラン名が彫られた船の紋章が輝いている。
ある程度の規模を持ったクランはメンバーたちと一緒に過ごすホームを持っているが、このクランは俺が見てきた中でも最も立派なホームを持っている。きっとかなりの大所帯なんだろう、物は試しで話をしてみるか。
「おい止まれ、我等がクラン《英雄の船団》に何用だ?」
「許可のない者はホームに入れる事はできん」
門に近付いた瞬間、両脇にいた若い二人の男たちがハルバードを交差して俺を止めた。
むぅ、見るからに話が通じなさそうな感じだな。これは旗色が悪そうだ。
「クランに入りたくて来たんだが、ここはメンバーの募集はしていないのか?」
「クランに加入したいだと? 誰かから推薦状は貰っていないのか?」
「推薦状? そんなものは貰ってないな」
「ならば帰れ。誇り高い我等《英雄の船団》は、貴様のような野良冒険者などお断りだ」
「しかもお前、最下級のアイアンクラスじゃないか。そんなザコを加えてはクランの名に傷がつく」
「今日冒険者になったばかりなんだが、アイアンでは駄目なのか?」
「当たり前だ! ははーん、さてはお前どこか辺境の村から来た田舎ものだな。世間知らずのお前に教えてやる! 迷宮都市ドュラーガの頂点に君臨する三大クラン、その中でも最強のクランと謳われているのが、我等《英雄の船団》だ!」
「一級冒険者と言われているゴールドクラスの俺たちですら門番役をしなくちゃいけない程の実力者揃い。更に主力メンバーにはミスリルクラスやオリハルコンクラスと言った英雄と称えられるお方が数多くいるんだ。お前のような最下級の野良冒険者などが居ていい場所ではない。身の程を弁えろ!」
「……そうか、ではランクを上げたらこのクランに入ってもいいんだな?」
「上がれるものならな。ゴールドランクにでも上がれば、お声をかけてもらえるかもしれないぞ」
「わかった。じゃあランクでも上げてみる」
薄々わかってはいたが、やはり断られてしまったか。あまり気にしていなかったが、他の人には冒険者ランクというものが重要なんだな。
なるほど、道理で行く先々のクランで侮られたり軽く見られてしまうわけだ。人を表面上の格付けだけで判断するのはあまり良くないが、しかし『仲間』を得るのにランクを上げねばならないのなら上げるしかないか。
そうと決まれば早速ランクを上げに行かなければ。リーナにどうやったらランクが上がるのか訊いてみよ。
少しガッカリしたが、でも『仲間』を見つける方法が分かってよかった。もう陽が沈んできてるから、本格的に動くのは明日からにしよう。
ダンジョン探索が終わったのか、冒険者ギルドに向かう途中で何組かの冒険者たちとすれ違う。
今日の成果に喜んだり上手くいかずに落ち込んでいたりと様々だが、俺の目にはどれもが羨ましく映る。
そんな光景を眺めながら歩いていると、いつしか冒険者たちは海が割れたかのように両端に寄って歩いていた。
彼等の表情に浮かんでいるのは、畏怖と尊敬の感情。
これから王族でも通るかのように広く開けられた道、その先に他の冒険者たちとはまさに格の違う一団が現れた。
「フェンリ! 54階層での動きはなんだ! あれほど突出するなと注意していたのに……」
「別にいいじゃんかよ! そのおかげで計画よりもあっさり倒せたんだから」
「そういう問題じゃないわい! お主が無茶する度に武具が傷むんじゃ! 少しは治す儂の負担も考えんか!」
「でも……結果おーらい」
十数人ほどの大きなパーティ、その全員が決して低くない力を持っているが、先頭の五人はその中でも別格だ。
まだ年若い灰色の髪の狼人族の少年。森の深い緑色の長髪を揺らすエルフの女性。膨大な筋力を許せる限り凝縮したような岩のようなドワーフ。褐色の肌で最も小柄なダークエルフの少女。その四人の首元に輝くのはアダマンタイトのプレート、最上位冒険者の証だ。
二人までなら同時になんとかできるが、それ以上となるとかなり厳しいな。なるほど、これが最上位冒険者の力か、たしかに侮りがたいものがある。
「……………………」
だが俺が最も意識を向けたのはその四人ではなく、集団の最先頭を歩く白銀の髪を持つ女性。
首元には当然ながらアダマンタイトのプレートが輝いており、それ自体が強力な護りの魔法が施されている青を基調としたドレスの上に、限りなく純粋に近いアダマンタイト鋼の鎧が銀の光を放っている姿は、まるで神話に出てくるような戦女神のようだ。
装備の質も俺が持っている武具の中で最高位に分類されるものと同等の高さだが、何より注目すべきは彼女自身の強さ。
──断言しよう。彼女は今の俺よりも強い。
幼くなり弱体化しているとはいえ、それでも一対一ならば負ける相手はいないと思っていた。だがまさか、たった一人で今の俺よりも強い奴がいるなんてな。もしかしたら、全盛の俺と張り合っていたメルティアと同等かもしれない。
「……………………」
「……………………」
互いに何も言わず、目も合わせずにすれ違う。
予想外の実力者の出現に余計な緊張と警戒をしてしまったが、特にお互いに何かを仕掛ける訳でもなく離れていった。
やれやれ、覇王とバレてはいけない理由がもう一つ増えたな。もし彼女と戦う事になれば、今のままだったら十回戦おうが十回負ける自信がある。いつも以上に派手な行動は慎もうと決め、俺は冒険者ギルドへ急ぐのだった。
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「……………………」
ヴェルとすれ違った後も、女性はもう見えないヴェルの背を見ていた。彼女の実力を知っている者の一部は誤解して、あの少年が何か無礼をしたのだろう、あの少年はきっと死んでしまうだろうと思っていた。
そして彼女の性格を知る者から見たら、他者に興味を示した彼女の姿が珍しかった。
「イレイナ、あの少年がどうかしたのか?」
彼女とは最も付き合いの長いエルフ族の絶世の美女、フレールが話しかける。それでようやく我に帰ったのか、イレイナと呼ばれた女性は固定していた視線を元に戻した。
「あ、いや、なんでもない。ちょっとあの少年が気になってな」
「へえ、珍しい。イレイナが他人に、しかも男に興味を示すなんて。もしかして、イレイナはあんないたいけな少年がタイプなわけ? ちょっとアブナイわよ?」
「馬鹿を言うな。別にそんなんじゃない」
親友の軽口に適当に答えながら、イレイナは再び後ろを振り返る。
ただの直感だったが、それでも確信に近いものを感じ取った。
歩く際の足の運び方、息の仕方、手の動き、気配……それらからイレイナは、すれ違った少年の実力を僅かながらに読み取った。
──この子、私よりも強い。
もう随分と感じる事のなかった、自身を上回る実力者の気配。それに僅かながら高揚を感じたが、同時に大きな違和感もあった。
あの少年から感じた気配はまさしく強者特有のもので自分すら上回っていたが、同時に感じる魔力は読み取った気配に比べてあきらかに弱い。他にも随所にチグハグな部分が見つかり、もし刃を交えたとしたら絶対に勝てる自信があった。
相手も自分に反応していた事から間違いなく実力はあるのだろうが、どうも釈然としない気持ちを抱いていた。
そんな不思議な少年の事を思っていると、いつの間にか豪勢な庭園と巨大な館があるホームに着いていた。
「お疲れ様ですイレイナ様! ダンジョン攻略お疲れ様です!」
「様はやめろ、私はそんなだいそれた者ではない」
「いいえ! イレイナ様は俺たちの誇りで、憧れであります! そんな無礼はできません!」
相も変わらないメンバーの仰々しい様子に思わずため息が溢れる。いつからこんな崇められるようになったのだろうか。他の冒険者は当然のごとく、メンバーからも普段通りに接してもらえない状況にイレイナは少し寂しさを覚えた。
「まあいいや。それで、私たちがいなかった間に変わった事はなかったか!」
「はい! 特に異常なく! 一人クランに入れてほしいと不届き者が来ましたが」
「加入希望者か、珍しいな。それで加入希望者はどこにいる?」
「え? あ、いや、アイアンクラスで世間知らずな子供だったので追い返しましたが……」
「追い返しただと? いったい誰が許可したんだ?」
「ひっ……!」
スッと目を細めたイレイナに射抜かれ、門番の二人は短い悲鳴を上げた。
たしかにイレイナは怒ってはいるが、それは常人とは変わらない比較的小さな怒りだ。しかしイレイナの実力や功績を知っている者からしたら、まるで龍に睨まれているかのような恐怖を幻視してしまう。
一級と呼ばれているゴールドランクの男二人は、腰が抜けて情けなく地面に座り込んだ。
「いいか? このクランは誰であろうと受け入れるのが絶対方針だ。加入希望者が来たのならまず私たちに通して、それから合否判定をくだす。門前で追い返すなど、なんて失礼な事を」
これもクランが大きくなってしまった弊害かと、イレイナはため息をこぼす。最強クランと呼ばれメンバーたちに誇りや自尊心が根付くのはいい事だが、高すぎる自尊心はやがて傲慢へと変わる。驕ったプライドはやがて他者を見下し、他者からも見下されるようになる。
それに門番の話を聞くに、来たのは子供だというではないか。きっと、右も左も分からない状態でこのクランを訪れたのだろう、それを門前払い同様に追い返されてしまって、さぞ傷付いてしまった事だろう。
「来た子供の特徴を教えろ。私自ら謝罪しに行く」
「そ、そんな! リーダーであるイレイナ様自ら頭を下げるなんて、他のクランになんて言われるか!」
「言わせたいのなら好きに言わせてやればいい。通すべき人の道を通さずに守る名誉など、いくらでも捨ててやる。はやく特徴を教えろ」
「は、はい! 歳は15くらいで髪は少しボサボサしていて黒髪の、背中には翡翠色の槍と背丈にあっていない赤いマントを付けていました。他にも、子供の割には上等な防具を付けていて……」
「翡翠色の槍に、赤いマントか」
門番の言葉を聞き、イレイナは心当たりがあった。というよりも先ほどすれ違ったばかりではないか。
黒髪に翡翠色の槍と赤いマント、それと上質な防具にアイアンクラスで15歳くらいの子供……どれもが先ほどすれ違った少年の特徴に合致している。
まさかこのクランを訪れていたとは、なんたる時の悪戯か。あと少し自分たちが早くホームに帰ってきてたら、少年がもっと遅くにクランを訪れていたら、新たな戦力が加わっていただろうに。
それだけを聞くと、イレイナは足早に少年が通った道を走り出すのだった。
「まさかそれほどあの男の子が気に入っていたなんてね……とうとうお姫さまにも春がきたのかな?」
珍しく親友が慌てている様子を見て、何やら勘違いをしているフレールの顔に笑みが浮かび、心の中で恋が実るようにとエールを送っていた。長命な彼女にとって色恋の話題は、それも親友の恋愛事情は最大の娯楽だったりするのだ。
そうと知らずに、イレイナは少年を追って街を駆ける。街の人々は、珍しく急いでいる彼女を見て、何か只事でないことが起きるのではと僅かな不安を抱いていた。
──彼女の名はイレイナ・ヴァーデミオン。最強のクラン《英雄の船団》を纏めるリーダーにして、アダマンタイトクラス序列第一位、“英雄姫”の二つ名を持つ世界最強の冒険者である。