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3話〜仲間とはなにか〜

 ガタゴト、ガタゴトと、車輪が僅かな軋みをあげながら馬車は揺れる。小石を踏む度に馬車は大きく揺れ、長時間も座っていれば尻が痛くなってしまいそうだ。まあ厚意で乗せてくれたのだから、文句は言わないさ。


「さっきは助けてくれてありがとう。君のおかげで馬車を捨てずに済んだよ」


 向かい合って俺に礼を言うのは、先ほどハンティングウルフの群れと戦っていた剣士の男であるフェルネス。この四人の集まりの《旅風の団》というクランのリーダーである。


「気にするな。たまたま通りがかったからお節介で助けただけだ」

「いやいや、坊主が助けてくれなかったら、馬車もやられて折角の食糧が駄目になるところだった。危うく飢え死にするかと思ったぜ」


 そして先頭で馬の手綱を操るのは、重厚な鎧を着てクランの盾役を任されているデューゼ。口調は粗暴だが決して荒くれ者や無法者というわけではなく、後ろにいる俺にリンゴを一つ投げ渡してきた。


「それにしてもビックリだよね。馬車を守りながらじゃなかったら私たちも倒せてたけど、あの群れをたった一人で全滅させるなんて、キミって強いんだね」

「たしかに、中々やるんじゃない?」


 そして同じく馬車の中で座っているのは、弓術が得意で親しみやすさを覚えるティーナと、魔法が得意で少し勝気な性格をしているレーミャの女性二人。


「でもまさか、こんな有望な子もいるなんて、手強いライバルができてしまったな」

「ライバル? なにがだ?」

「おや? てっきりキミも迷宮都市ドュラーガを目指していたのかと思っていたけど違うのかい?」

「迷宮都市ドュラーガ……知らないな」


 やっぱり300年の年月は大きいな。俺がいなくなった後にできた都市なのか、全くわからない。少なくとも有名らしく、話から察するに栄えている都市なのだろう。


「驚いた。まさかドュラーガを知らないなんて」

「……かなり端の方から旅をしてきて、あまりここの情報とか詳しく知らないんだ」


 マズイな。どうやらドュラーガという都市はかなり有名らしく、全く知らない俺に少し疑問の視線が向けられる。苦しい言い訳だが、大陸の端から来た事にでもしておこう。

 知っている情報が少なすぎて、このままではこれからの行動に支障が出てしまうな。まずは俺がいなくなった後の大まかな歴史や地理を把握しておかないと。ドュラーガという都市に図書館や多くの書物を読める場所があればいいんだが。


「大陸の端か。大陸の中央に近いここまでよく来れたと感心するし、それならドュラーガを知らなくても無理はないかな」


 よかった。ひとまずは誤魔化せたみたいだ。


「迷宮都市ドュラーガはその名の通り、迷宮(ダンジョン)を取り囲むようにして建てられ、発展していった大都市なんだ」

「だが、ダンジョンならそこら中にあるじゃないか。ドュラーガにあるダンジョンは違うのか?」


 ダンジョンというのは、局所的に魔力が溜まる事によってできた魔物が巣食う場所だ。自然の偶然によって魔力が一箇所に溜まる事によってできたり、大きな戦争の跡地に死者の残留した魔力によって形成されたりする。ダンジョンの中は高密度な魔力が渦巻き、そこからは魔物と呼ばれる生物が生み出され、誰にも気付かれない小さなダンジョンから魔物が這い出て周囲の動物を襲ったりしている。俺が先ほど戦ったハンティングウルフも、おそらくどこかに小さなダンジョンがあったのだろう。

 ダンジョンの多くは魔物が出て来ないようにその土地の領主などが管理して中に巣食っている魔物を定期的に駆除しているが、時間が経てばダンジョン内にある魔力も消えてダンジョンも消えてしまう。少なくとも俺が知っている歴史の中で、ダンジョンによって発展した都市というのは聞いた事がない。


「ドュラーガにあるダンジョンはね、他のダンジョンとは全然違うんだよ。君もさすがに、覇王と呼ばれた男の事は知っているよね?」

「当たり前だ」


 なにせ俺が覇王本人だからな。


「この地は覇王と、勇者メルティアたち六英雄が死闘を繰り広げた地でね。七日間により激闘の果て、遂に六英雄は覇王を倒したんだよ」


 いや、あいつらとの戦いは一日も経っていないぞ。七日間戦ったって、その間メシやトイレはどうするんだよ? さすがに俺も飲まず食わずトイレなしで七日間も戦えないぞ。


「そして倒された覇王は残された力を使って、この地にダンジョンを残したとされているんだ。いつか復活して、再びこの世界を支配するためにね」


 大丈夫、覇王は復活したりしないぞ。あ、もう復活しているか。けどもう世界征服はしないから安心していいぞ。あんな無駄なこともうしないから。


「そしてそのダンジョンの中には、覇王が世界を支配した際に収奪した財宝の全てが死蔵されていると伝わっているんだ」

「それだけじゃないぞ。そのダンジョンはどのダンジョンよりもデカく深く、強力な魔物が棲息しているんだ。そいつらを倒せば英雄と称えられるのも夢じゃねぇ。今まで地方を拠点に活動していたが、実績も実力もあげてきたから拠点をドュラーガに移そうと決めたんだ」

「そういう訳で、覇王が作ったダンジョン……覇王迷宮と呼ばれているんだけどね、そこに各地の実力者が富や名声を求めて集まって、次第に大都市として栄えていったんだ。ちなみに僕たちも、覇王が残した財宝を手に入れて名を上げるのが目的だったりする」

「……そうだったのか」


 なるほど、なんだか俺の最期は色んな曲解がされているみたいだな。

 でも申し訳ないが、多分そのダンジョンに俺の財宝は一つもないと思うぞ。俺が過去に手に入れたものは全てこの“外界の外套”の中にあるからな。

 というか、ダンジョンを作ったり復活するとか、メルティアたちは俺の最期をどんな感じで伝えたんだ?


「訊きたいんだが、覇王を倒したというメルティアたちは、ダンジョンや覇王とかについて詳しく残したりしているのか?」

「当然、残しているわよ。六英雄と覇王の戦いの記録は今でも大人気で、子供や大人たちも知っているくらいなんだから。はいこれ」


 そう言ってレーミャは馬車の中から荷物を漁り、一冊の本を俺に手渡してきた。

 本の題名は『六英雄の戦いと覇王の姿』という、この類の本では最もポピュラーなものらしい。

 今では色んな脚色や手を加えられて面白おかしく書かれている本が出回っているようだが、この本の原本はメルティアたち本人が書いたもので、大衆にも読みやすいように文法などに手を加えただけで内容は変えず、歴史的資料としては最も信頼できる書物らしい。

 さっそく俺の事について書かれた部分を読み進めると……。


「──…………なんだこれ?」


『覇王には定まった名前がなく千にも及ぶ名を持ち、およそ千年の時を生きてきた大怪物であった。いつもは人の形をしているが、私たちの力を見抜き本気を出した覇王は真の姿を私たちの前に現した。その体はエベレース山脈を跨ぐ程に大きく、顔は三つであったり四つあったりして、腕は九本に脚は五本、背中には虫みたいな羽をこれでもかとたくさん付けて、変顔をしながら口を尖らせてヒョロロホッホー! と奇声をあげながら──』


 これ、本当にあいつらが書いたのか? だとしたら出鱈目だらけじゃないか。何一つ本当のこと書いてないし、あいつら絶対に落書きみたいな感覚で面白おかしく俺のこと書きやがったな。なんだよヒョロロホッホー!って、そんな奇声あげた事もないぞ。

 あいつらが冗談でふざけていただけなのか、それとも後世に俺の姿をボカして伝えるのが目的だったのか……おそらく半々だろうな。俺の姿をボカしている内に面白半分で書いたのだろうが、しかしおかげで俺が覇王だとバレる事は限りなく少なくなっただろう。


「……なー、るほどな。随分とその、奇妙な奴だったんだな覇王は」

「奇妙? 覇王をそんなふうに言うなんて珍しいわね。子供に読み聞かせたら怖がって大泣きするのに」

「それでレーミャは子供の頃あまりに怖くてお漏らししちゃったからねぇ」

「ちょ!? 子供の頃の秘密を言うんじゃないわよティーナ!」

「おいバカ! 馬が暴れっから馬車の中で騒ぐのやめろよ!」


 子供の時の痴態を暴露されて、ティーナへと飛びかかるレーミャに、それを注意するデューゼ。二人が取っ組み合っているせいで馬車が激しく揺れるが、そんな事など気にせず俺はその光景を見ていた。


 ……眩しくて、思わず嫉妬してしまいそうだ。


 このようにふざけ合える事ができる相手など、俺にはいなかった。この仲睦まじい四人を見て、改めて俺は孤独だったのだと思い知らされる。

 俺も彼等のような気の許し合える『仲間』が欲しいと、まるで子供にでも戻ったかのような感覚に襲われた。


「……『仲間』か」

「なかま? 仲間がどうしたんだい?」


 つい口から漏れてしまった言葉を、フェルネスに聞かれてしまった。

 まあ聞かれたからといって別に問題があるわけではないが、富でも名声でもなく『仲間』が欲しいというのが少し恥ずかしかった。


「いや、俺が旅をしている理由ってのが、その……『仲間』っていうのが欲しくてな。それをずっと探しているのさ」

「仲間、か。それはまた大変な目的だね。それで大陸の端からここまで?」

「そうだな……生まれてからずっとだ。『仲間』っていうのがどんなものなのかもよく知らないままな。変な話だろ?」

「ん〜……別に変な話でもないと思うけどね」


 笑われると思っていたが、予想とは違ってフェルネスはいたって真面目な顔をしていた。俺たちの会話を聞いていたらしく、他の三人も取っ組み合いをやめて俺を見ていた。


「意外だな。笑われると思っていた」

「笑わないさ。仲間を見つけるなんて、充分に立派な目標じゃないか。それにすごく難しい。仲間っていうのは人それぞれの形があるからね、決まった形というものはないんだよ」

「じゃあ、あんたたちはどうやって『仲間』を見つけんだ?」

「見つけた、か。僕はねヴェル君、仲間とは見つけるものではなくて、築いて、気付くものだと思っているんだ」

「築いて、気付く……」

「そう。僕たち四人は同じ村の出身で、まあ腐れ縁の幼馴染みたいなものさ。同じ村で過ごしていく時間の中で築いていって、一緒にご飯を食べていたり魔物を倒した後の、ほんの些細な時に彼等が大事な仲間だと気付くんだ。見つけて、手に入れて終わるお宝とは違うんだ」

「じゃあ俺も、時間をかけていけばあんたたちの『仲間』になれるのか?」

「それは難しいね、もしかしたら無理かもしれない」


 そんな、俺が覇王だと知らず普通に接してくれた彼等なら俺の『仲間』になってくれると思っていたのに。

 俺の落胆に気付いたのか、フェルネスは申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「ごめんねヴェル君、君は僕たち四人よりも圧倒的に強い。君を仲間に加えたら、力もなくて心も弱い僕たちはいつかきっと君に負担を強いらせてしまう、君の足手まといになってしまう」

「そんなの俺は……」

「仲間とは押し付けるものじゃないし、背負わせるものでもない。支え合って、互いに足りないところを補うものだ。一時的な仲間にはなれるかもしれないけど、それだと君の目的は達せられないだろう」


 そうか、別に彼等は俺を除け者にしたいわけじゃないのか。俺を思ってのは拒絶なら、仕方ない受け入れよう。こんな程度で心が騒めいてしまうなんて、肉体に引っ張られて精神も幼くなってしまったんだろうか?


「仲間を求めて当てもなく旅をしているなら、君もドュラーガに来るといい。幸いな事にドュラーガは大陸で最も賑やかな都市だ。覇王迷宮に挑む者やそれを商売相手とする商人もいるし、多くの人種が数多くいる。ドュラーガなら、もしかしたら君が求める仲間が見つかるんじゃないかい?」

「そう、だな。そこでなら俺が求める『仲間』ができるかもしれない」


 人が多いに越した事はない。きっとどこかに、必ずどこかに俺を『仲間』として受け入れてくれる人がいるはずだ。今度こそ、失敗するわけにはいかない。必ず成し遂げないと。


「……なにか難しく思い詰めているみたいだけど、もっと気楽に構えた方がいいよ?」

「む、そう見えたか?」

「雰囲気でね。それと君は、もっと笑ったほうがいいよ。ちゃんと感情があるのなら、もっとそれを表に出さないと」

「笑う、か。感情を表に出すのは苦手なんだ。特に笑顔や喜びといった感情はな」


 そういえばいつからだろうか、感情を表に出さなくなってしまったのは。おかげで今では感情を表に出せなくなって、どうやって笑えばいいのかもわからなくなってしまった。

 試しに指で口の両端を上げてみるけど、頬の筋肉が硬くて痛い。無理に押し上げたら頬に穴が空いてしまいそうだ。


「別に無理に笑う必要はないよ。仲間ができたら、君も自然に笑う事ができるようになるさ」

「そうか? そうだといいな」


 笑い合う、か。それはどんなに楽しい事なんだろう。他にもどんな事ができるのだろうか。

 俺に『仲間』ができたら、くだらない悪ふざけをしてみたい。一緒にメシを食って酒を飲んで、笑いながら過ごしてみたい。そして強大な魔物に挑んで、共に勝利を祝ってみたい。

 まだ見ぬ『仲間』との光景を想いながら、恋に焦がれた少女のように柄にもなく少しドキドキして俺は馬車に揺らされるのだった。

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