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1話〜覇王、敗れる〜

 かつて、この世に覇王と呼ばれる男がいた。

 その身に強大な力を宿し、それに並ぶ者は存在しない。

 単騎で国をも攻め落とす事ができた覇王は、枯れ枝を折るかのように次々と周辺の国々を屈服させ、やがては世界の七割を手中に収めた。

 このまま世界の全てを手に入れられるかと思われた覇王だったが、しかしそれを阻む者が現れた。

 覇王の侵略から免れた国々から集められた最高峰の実力者、後の世に六英雄と謳われし六人と覇王は、熾烈な闘いを繰り広げるのだった。


「……ふむ、まさかここまで俺に迫るとはな」


 枯れ果てた平野に立つのは、黒髪の美丈夫であった。

 その髪は闇夜よりもなお漆黒。完成された造形の肉体に宿るの力は無類無敵、感情の幅がない顔は人形のように冷たい。

 黒を基調として鮮やかな金の刺繍を施した衣服を着込み、左肩には滑らかな光沢を輝かせる真紅の天鵞絨(ビロード)のマントを付けている。

 彼こそが、覇王ヴェルナス・ライディンハート。この世を支配せんとする覇道の主である。


「幾千幾万の軍勢を打ち破った俺を、まさかたったの六人でこれほどまで追い込むとは、素直に驚く他ない」

「はぁ、はぁ、はぁ……ま、まだ私たちは、負けてない!」


 それに相対するのは、満身創痍ながらも不屈の心を宿す偉大な六人。その先頭に立つのは、白銀の髪を土で汚し、砕けた鎧に盾と剣を地面に突き刺して立っている女性、勇者メルティア・ラングフォード。

 その青い瞳には消えぬ闘志の炎が揺らめき、後ろの五人も限界を超えた体で尚も立ち上がる。

 しかし、彼我の状況を見ただけでも勝敗の行方は一目瞭然。覇王ヴェルナスには多少の土埃と頭から僅かな血を流しているだけでそれ以外には目立った外傷はなく、対する六人は全て重症。

 中でも勇者メルティアの傷が最も深く、最高峰の金属たる純オリハルコンの鎧や神秘を内包した純ミスリルの盾は砕け、止まらず流れる頭部からの出血で右目が見えていな状態で、伝説の金属である純アダマンタイトを鍛えた剣も僅かな刃こぼれが見られる。他の五人はメルティア程でないにせよ、通常ならば動けなくてもおかしくない状態だ。


「いいや、主力であるお前が動けなくなった今、お前たちの敗北は決定した。それにしても理解できないな。何故そこの五人を囮にして俺に挑まなかった? 俺に最も追随した力を持つお前ならば俺に一太刀浴びせられたものを、わざわざ足手まといを守るために余計な傷を負って自ら勝機を逃すとは」

「……あなたは、何もわかっていないのねヴェルナス。仲間を見捨てるなんてできるわけないじゃない」

「仲間、か。仲間とは群れねば動く事ができない弱者の集まりだろう? 貴様は俺と同じく強者であり、そのような群れに属する必要はないはずだが?」


 仲間。メルティアの放ったその言葉に、心底理解できないといった様子で首を傾げる。仲間とは一人では何もできぬ者たちが集まる群れであり、全ての物事を一人で解決できぬ者には必要ないのではと。自身には劣るが強者の域に達しているメルティアが何故そのような集団に属しているかヴェルナスは理解できなかったが、メルティアはまるで子供に間違いを正してあげるような穏やかな笑みを浮かべた。


「ううん、違うんだよヴェルナス。弱いから群れるとか、強いから一人だとか、そんなんじゃないんだよ。人はみんな、誰かが隣にいてくれないと駄目なの。なんでもできるからって一人ぼっちになって独りになって、そうすると心が乾いちゃうから、仲間が必要なの。それに、みんなといれば楽しい事がたくさんあるでしょ? たくさん笑いあえるでしょ?」

「くだらないな。それで命を落としてはなんにもならいだろ」

「くだらなくないよ。あなたはずっと独りぼっちで、寂しくないの?」

「……………………」


 その言葉に、表情のなかったヴェルナスの顔から僅かに怒りの感情が込み上げてきた。

 ──お前になにがわかるんだ、と。

 ──知ったような口を聞くな、と。

 ヴェルナスが肩にかけていたマントに手を入れると、そこから出てきたのは禍々しい瘴気を発する大鎌。彼が身につけているマントは異空間へと繋がっており、そこには覇王として収集したあらゆる武具や財宝が収納されている。

 彼が取り出したのは大禁忌と指定され忌み嫌われた武具の一つである“死鎌デスサイズ”。その刃から漏れ出る瘴気で周囲の土地を不毛へと変える。

 使用者には影響を及ぼさない武器の能力か、それともヴェルナスの抵抗力の高さなのか、一切の影響もなくヴェルナスは歩き、その大鎌の刃でメルティアの首を刈ろうと振るう。


「──そうはさせぬぞ覇王!!」


 振るわれる大鎌とメルティアの間に出るのは、巨大な鉄の塊。重さだけで人間を圧死できそうな巨大な盾でヴェルナスの大鎌を防ぐ。

 重厚なミスリル銀で全身を防御しているのは、清廉な顔をした青年。妖精種と人間の混血児にして、最高の騎士と誉れ高き聖騎士クレナス・シュレーデル。強力な瘴気で溶解していく盾にも怯えず、仲間を守護する騎士として後ろにいるメルティアを守る。


「アイラッド! ベルン! ミヒャル! 援護を!!」

「おうよ任せなぁ! 〈大山割断〉(タイザンカツダン)!!」

「むっ」


 魔や不浄を遮断するといわれているミスリル銀の大盾を溶かしながら刃は進み、クレナスの首元が瘴気で僅かに爛れた時、獅子の顔をした大男がその手に持った巨大な両刃斧を振り上げる。

 大陸最強の戦士と名高い獅子族の長、獅子王アイラッド・ガナッシュの岩をも砕く斬撃。最強の種族である龍種にも競り勝つアイラッドの怪力を前に防御では分が悪いと判断してヴェルナスは大きく跳躍して飛び退いた。

 まるで羽毛が舞うかのように空中で姿勢を立て直し地面に着地した瞬間、ヴェルナスの足元から巨大な魔法陣が展開された。


「踏めば発動する設置型の魔法……してやられたな」

「これで灰になりなさい覇王! 〈バーンブラスト〉!!」


 ヴェルナスを中心に圧縮された灼熱の業火を展開する殲滅式大魔法。それを操るのは黒のとんがり帽子と同じく黒のローブを纏った小柄な女の子。魔法に秀でた種族であるダークエルフの少女、小さき大魔女ベルン・ベット。

 たった一つでも街を滅ぼす程の灼熱の嵐を巻き起こす火球が、全部で七十二。それらが一斉にヴェルナスを灰塵にしようと暴れ出すが。


「〈アイスエイジ〉」


 ヴェルナスの口から紡ぎ出される言の葉。その瞬間彼の足元から氷が広がり、今まさに爆発しようとしていた七十二の火球が一斉に凍ってしまった。

 武技だけでなく、魔法の技術も随一。全てにおいて完璧で無欠であるからこその覇王なのだ。


「〈テンペストランス〉」


 そして立て続けに発動される大魔法。大嵐を無理矢理に押し固めて形成される四本の暴風の槍を、お返しとばかりにベルンに向かって射出する。

 防御は無意味。あらゆる守りを貫通する防御不可の魔槍はベルンを貫こうとするが。


「──〈ミーティア〉!!」


 後方から放たれた四本の銀の彗星が暴風の魔槍とぶつかり、周囲に嵐を巻き起こす。

 華麗な銀の弓を携えて後方に控えるは、まるで神が創り賜うた顔の造形をした美しきエルフの青年。全てのエルフを束ねしエルフ族の王にして、その弓は世界の果てすら射抜く、天眼のミヒャル・ヘールセイン。

 彼は再び矢をつがえると、あろうことか天に向かって矢を放った。


「〈シューティングレイン〉!」


 天に煌めく、銀の瞬き。しかもそれは一つではない。

 十……三十……五十……百……。数えるのが億劫なほどの銀の流星がヴェルナスに向かって降り注いできた。

 ヴェルナスは手に持っていた大鎌をマントの中にしまうと、次に取り出したのは自身の身長を超える長柄の槍。天を遮る邪龍の骨から削り出された“大龍槍ヴリトラ”。それを手に持ち、降り注ぐ流星を迎撃する。

 突き、斬り、薙ぎ払い、その身に僅かながらの傷を負いながらもヴェルナスは流星の襲撃を見事凌いでみせた。


「くっ、流石は覇王。我等の攻撃を以ってしても依然と涼しい顔か」

「いや、今のは割と驚かされた。お前たちなどただの足手まといにしか考えていなかったが、中々どうして、やるじゃないか。そして、次はどういった手でくる?」

「──真正面から正々堂々と」


 声がしたほうに振り返れば、そこにはメルティアがいた。しかも先ほどまで負っていた傷も回復している。

 メルティアの隣に立つのは、純白の修道服に身を包んだ修道女。あらゆる傷を癒し魔を退ける聖女マリア。どうやら今までの攻撃はメルティアが傷を癒すまでの時間稼ぎだったようだ。

 過去の戦いにおいて、これまで己に迫る相手はいただろうか。ヴェルナスは彼ら六人を見て、凍りついて動きを止めた心が僅かに震えているのを感じた。


「いいぞ、面白くなってきたじゃないか。ここまで興奮した戦闘は生まれて初めてだ。お前なら、お前たちなら、この俺を満たしてくれるかもしれない」

「ううん、それは違うよ」


 この戦いにおいて初めてこぼしたヴェルアナスの笑み。口角をほんの少し上げただけの微笑にもならないほどの小さな笑み。彼の心に渦巻くナニかが埋まるかもしれない期待感を抱くが、それをメルティアは否定した。まるで道を見失った迷子に道を示してあげるように穏やかな表情をして。


「ヴェルナス、あなたが私たちを倒しても、あなたの空っぽが満たされる事はない。世界の全てを手に入れても、たくさんのお宝を集め尽くしても、あなたが癒される事は絶対にないよ」

「何を知ったよう口を……」

「わかるよそれくらい。私たちじゃあなたの心を満たしてあげる事はできない。だから、その方法を見せる事しかできない私たちを許して」


 理解のできない謝罪をして、メルティアと他の五人は一斉にヴェルナスへ攻撃を仕掛ける。

 聖騎士クレナスが大盾で身を守りながら距離を詰めて聖なる十字剣を振るい、獅子王アイラッドはクレナスと挟むようにして地を割る斬撃の嵐で暴れ、天眼ミヒャルはその隙間を縫うようにして天を射抜くが如き射撃でヴェルナスの反撃を封じ、大魔女ベルンは前衛に守られながら殲滅式を超えた絶滅式の禁断魔法で灰すら残らぬ地獄の業火を呼び起こし、聖女マリアは仲間が巻き添えにならないよう聖域結界で守り、勇者メルティアは光り輝く斬撃で山すらも両断してみせた。


 しかし、覇王と呼ばれた男はそれでも倒れぬ。聖騎士の盾を砕き、獅子王の刃を押し返し、天眼を射抜き、大魔女の魔法を押し潰し、聖女の浄化を跳ね除け、勇者の斬撃を受け止める。


 互いに死力を尽くした全霊の戦い。拮抗した力に戦いは永遠に続くかに思われたが、終わりはあまりに呆気なかった。



「──…………ぐ、かは……」



 胸を貫く剣の感触、口内を満たす血の味。それが自身の体であると確認するのに、ヴェルナスは少し時間を要した。

 視線を胸元に向ければ、己を刺し貫いている剣に、口からは何度も見てきた血が流れている。

 手に握っていた剣を落とし、後退ると貫いていた剣が抜けて血が溢れ出ていき、服を赤に染めて体の力が急激に抜けてきた。


「まけ、た? そうか……俺は、負けた、のか」

「うん、私たちの勝ちだよ」


 敗北の二文字。己とは生涯無縁だろうと思われた敗北に、ヴェルナスはどこか他人事のように思っていた。

 生涯で初めての敗北でも彼の渇きは癒えない。彼の心を占めているのは敗北からくる悔しさなどではなく、どこか羨むような、憧憬といったような感情であった。

 何度倒れても立ち上がる、隣にいる仲間が立ち上がらせてくれる、支えてくれる。彼女たちとの戦いの最中に見たその光景が、ずっと彼の心に僅かな波紋を立てていた。


「まさか、俺が負けるとはな……これが、お前の言う『仲間』というやつか?」

「そうだよ。私が傷ついてら皆が守ってくれる。仲間が傷ついたら私が守る。倒れても支えあって、立ち上がらせてくれる。私の大切な人たち」

「そう、か。お前の言っていた『仲間』も、悪くなさそうだな」


 生まれてこのかた、『欲しい』という願いなど持った事はなかった。富も名誉も財宝も国も、全ては欲すれば簡単に手に入れる事ができるものばかり。足元に散らばっているオモチャを拾い集めるようなもの。そこに願いなどという感情が入る余地はなく、気まぐれにも等しいものでしかなかった。

 しかしメルティアを見て、彼女たちを見て、初めてヴェルナスは『仲間』というものが心の底から欲しいと願った。足元に散らばったオモチャなどではなく、もっと遠くにあって、それでいて眩しくキラキラ輝くもの。

 生まれて初めて欲というものが湧いて出た。


「ああ……少し遅かったな。ようやく欲しいものが見つかったのに、死ぬのが急に惜しくなってきた」

「ヴェルナスっ」


 膝から崩れ落ちるヴェルナスを、メルティアは優しく抱きかかえた。自らの服が血で汚れる事も気にせず。

 覇王と呼ばれ世界中から恐怖の対象として恐れられたヴェルナスを、しかしメルティアは怖いなどと思った事は一度もなかった。メルティアの目に映るのは、どうしようもなく独りぼっちで、道を見失って途方にくれている迷子の男の子。寂しそうで、今にも泣いてしまいそうなただの男の子にしか見えなかった。そのような幼子(おさなご)を、どうして恐れようか、どうやって憎めようか。彼を救えない自分の力不足を恨むしかなかった。


「なあメルティア、もしかしたら俺にも、『仲間』ってできたのかな?」

「うん……うんっ、ヴェルナスなら絶対にできるよ」

「そっかぁ……それは、いいな……俺にも、な、かま、が…………」


 ゆっくりと、蝋燭の火が燃え尽きるように、ヴェルナスの体から力が消え、呼吸が止まった。燃えるルビーのような赤い瞳は力なく曇り、濁った目には何も映していない。

 だというのに、ヴェルナスの顔はとても穏やかで、その死に顔はヴェルナスの生涯で最大の笑顔であった。


 その最期を見届けたメルティアはそっとヴェルナスの亡骸を地面に横たわらせ、懐から色鮮やかに七色光り輝く小さな宝石を取り出した。

 その瞳にはまだ悲しみが残りつつも、決意の炎もたしかに燃え上がっていた。


「……ごめんねヴェルナス。私たちじゃあなたを救ってあげる事はできなかった。だけど、救う機会をあげる事はできるから」











「──どうか、自分を救ってあげて」

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