表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お月様にお願い

作者: 城弾

 オレ、片山朔良かたやまさくよしは高校二年の16歳男子なんだけど、身長160センチか悩みの種だった。

 肌も白くなんかまつげまで長い。

 おまけに体が大きくならなかったせいか、声変わりすらなかったらしく甲高い声も嫌だった。

「この悩み、全部消してぇなーっ」

 2016年11月14日の夜。

 部屋の窓から見事な満月を見上げて、オレは嘆いていた。

 オレの名。朔良はなんでも生まれた時が新月。朔の日でそこにちなんてつけたとか。

 そんな由来故に月にはちょっとした思い入れがある。


 丁度一か月後の12月14日が誕生日なので、その時も満月か。

 なんか奇縁を感じる。

 思わずオレは祈りを天空に捧げていた。

「おねがいお月様。誕生日には生まれ変わった俺をくださいっ」


 うかつなことは言うもんじゃないと、この先の約一か月。痛感することになる。



 翌朝。目覚めにかすかな違和感を覚える。

 何かが違う。何かが。

 それはトイレに行ったときにわかった。テント張ってなかったんだ。

 特に疲れてはいなかったはずだが、そんな日もあるかなとしか思わなかった。


 その日は特に何もなく終わった。


 11月16日。

 やはりテントは張ってない。

 それより違和感がはっきりしたのが着替え。

 心なし衣類がだぶついて感じる。

 おかしいな。ちゃんとオレの服だし、何だろ?


 11月17日。

 またサイズに違和感を覚える。

 が、それよりも変だったのは体育の授業。

 自慢じゃないがスポーツは得意なのに、この日はまるでついてけなかった。

 筋力がいきなり落ちた気がする。

 気のせいか触った感触も柔らかいし。


 11月18日。

 登校してやたらとこちらを見られる。

 正確には「嗅がれる」だな。

(え? オレくさいのか?)

 自分の腕の匂いを嗅いでみる。


「片山ぁ。朝帰りか。やるなぁ」

 親友の陽介がにやにやしながら言ってきた。

「はぁ? そんなわけあるかよ」

「恍けるなよ。女のにおいがするぜぇ。移り香ってやつだろ」

 オレから女のにおいだと?

 それ、もしかしてオレ自身のにおいとか?


 11月19日。

 入浴中に気が付いた。

「なんか、体毛薄くなってないか?」

 もともと薄めだったが、さらに無くなって。

 しかも残っているものも産毛のようにか細い。


 11月20日。

 日曜だがサッカー部の練習で学校にきたが、やはりついて行けない。

 オレは荒い呼吸をしていた。

「片山! なんて声出してんだよぉ」

 陽介に言われた。

「……あ゛?」

 返す余力もない。

 だからなのかあちこちからさらに責め立てられる。

「色っぽすぎるぜ。その喘ぎ声」

「本当に男か? お前」

 このやろ。この声はコンプレックスなのに。

「ふざけんな。オレのどこが女……だ?」

 その場の男子がみんなオレを見た。

 ウソ……だろ。なんだよ今の声。

 もともと高いから気が付かなかったが、いつの間にか済んだソプラノに。


 11月21日。

 ますます縮んでいる気がするオレの体。

 それでもワイシャツを着こんで、ネクタイしたときに違和感があった。

 外してのど元を触る。

 しばらくはわからなかったけど気が付いた。

 のどぼとけがない!?


 11月22日。

 目覚めたら今度ははっきり分かった。

 髪が肩口まで伸びている。

 切っている暇もないからそのまま登校したけど、クラス中から注目された。

 中にはかつらと思っていたずらと判断。

 外そうと髪を引っ張るやつもいた。

 けど外れない。

 地毛が伸びている。


 ここまでくるとオレもクラスメイトも同じ結論に達する。

 オレ、女になってきている!?


 11月23日。

 パジャマを脱いだ時に胸に痛みが。

 乳首というか胸元全体が敏感に。

 これはもしや……


 11月24日。

 洗顔の時に鏡を見て仰天した。

 肌が白くなっている!?

 いや。腕もだ。

 パジャマをはだけてみると、ますます膨らんだ胸が白い輝きを。


 ここまでくるともう男子の制服が違和感になるレベル。

 甘い体臭をまきちらし、女声を発し、白い肌。


 11月25日。

 また朝に見た鏡で驚いた。

 顔立ちが丸く、完全に女のそれになっていた。

 声も合わせると女の印象しかない。

 だいぶ男物が違和感に。

 サイズも一回り大きく感じる。


 11月26日。

 風呂場ですっぽんぽんになってみると、胸はさらに膨らみ、ウエストのくびれもはっきりと。

 肌も白く柔らかい。髪も背中に達している。

 股間のものがなかったら、もうすっかり女じゃねーか。


 11月27日。

 とうとう最後のとりで。男のシンボルが消えていた。

 恐る恐る鏡で股を確認すると、男にありえないクレパスも。


 なんてことだ。

 まさか月に願ったから新しい自分。

 女の自分になったのか?

 確かにこれなら高い声も、白い肌も、低めの背丈もまるで問題ない。

 女なんだからな。


 その日は日曜だが病院に連れていかれた。

 徹底検査をするか、完全に女性と証明されただけだった。

 ちなみに身長154センチ。体重49キロ。

 バスト84.ウエスト60.ヒップ87と測定も。


 ちゃんと子宮もあり、活動も開始していたらしい。

 細胞も採取したが、のちに染色体が女性のものと。


「ああっ。完全に女になってしまったっ」

 オレは叫ぶが、まだ「完全」ではなかった。


「あんたその胸じゃもうブラしないと無理よ」

 母さんの言葉にオレはやけになってうなづいた。

 抵抗を続けていたが、大きくなるにつれこすれて痛みを感じていたのも事実で。

 それに合わせてでもないが、下も女物に変えることに。


 病院からの帰りにまとめて買いこんだ。


 次の満月。誕生日まであと16日。


 11月28日。

 月曜だがこんな有様なので休んで家にいた。

 けとヒマなだけ。

 今は母さんとお茶を飲んでいた。

「なんでこんなことになったのかしらね」

 母さんがいうがオレが知りたい。

「あんたを産んだときはお医者さんに『可愛い女の子ですよ』と言われて喜んだのに」

「……母さん。今はこんな姿だけどオレはもともと男なんだぜ」

「あら。そうだったわ。何で女の子として生まれてきたなんて思ったのかしら?」


 そう。まだ「完全」じゃなかった。

 肉体の変化も「成長」という形で続いているが、別のものも進行していた。


 11月29日。

 とうとう学校から女子制服になるよう言われた。

「オレは男だ」と食い下がるのに却下された。


 11月30日。

 アルバムを見ていた母さんがオレを呼び寄せる。

「ほら。さくら。やっぱりあんた女の子よ」

 言っちゃいけない一言が混じっていた。

 瞬間的に頭に血が上る。

「……母さん。いいかげん切れるよ。オレの名前は『さくよし』だろ。『さくら』って読めるから散々からかわれたのに」

 女の子みたいな見た目と、名前でからかわれて、それでコンプレックスだったのに。


「だってこれ見てよ。さくら」

 無視して母さんはオレにアルバムを突きつける。

 そこには七五三で幼顔に化粧をして、着物姿でお澄まししている女の子がいた。

 オレは一人っ子。姉も妹もいない。

 どういうことだ?


 しかもよく比べると、今のオレの顔の「面影」がある。

 よく見ると写真の下に『朔良。七五三にて』と書き込みが。

 女装した記憶なんてないぞ?


 まさか、過去が変わってきている?


 12月1日。

 男子制服での登校も限界になった。

 すっかり女になったオレには違和感しかない。

「男装」状態で歩くと目立って注目されてうざいことこの上ない。

 観念して女子制服にすることを承諾した。


 帰宅後、母さんと買いに出た。


 12月2日。

 制服も女子のそれに。

 ううッ。ストッキングしてても冬の寒さがスカート姿にはつらい。

 しかし逆に視線が気にならなくはなったのだけは良かったが。


 12月3日。

 アルバムを見るとやはり六歳までは女だったことに改変というか改ざんされている。

 スカート姿しかない。

 ただその次のからは男のままだ。


 12月4日。

 アルバムを見て愕然とする。

 小学校入学式の写真が、女の子のものになっている。


 間違いない。

 一日ずつ過去が『女として生まれたもの』になってきている。

 それでいくと丁度14日の誕生日に、すべて書き換えられることに。

 男・片山朔良かたやまさくよしが女・片山朔良かたやまさくらになってしまう。

 男として生まれ育ったオレがどこかに消えてしまう。

 そんなの死ぬのも同じじゃないか。

 何とかしなければ。


 12月5日。

 この日は八歳までの過去が変わっているはず。

 その影響なのか、クラスメイトも微妙に変化がある。

 男子がやや距離を取り、女子が逆に友達として接してきた。

 近寄る男子もいたけど、明らかに女子相手の態度でオレに接してきていた。


 12月6日。

 母さんとケンカした。

「あんたはもう、女の子はもっとおしとやかにしないといないって、子供のころからしつけてきたのにこんなおてんばになって」

 今日で九歳までの過去が変わっているはず。

 そのせいかオレ自身もだいぶ『女の子としてしつけられた記憶』が。


 そして女としてしつけられていたということは――


 12月7日。

「あたし」は……そう。

 言葉遣いまで女の子になってきた。

 十歳まで女として生きていた形では、その影響もないはずがないわ。


 このころになるとあたしが男だったことを覚えている人間がだいぶ少なく。

 高校で知り合った友人たちはまだだが、小学校や中学で一緒だった面々は改変の影響を受け、あたしが昔から女で、11歳以降の男として過ごしたのは『男っぽい女』の一部としてとらえられていた。


 12月8日。

 すっかり習慣化したブラジャーをつけた際に

「はぁ。11歳からすっとつけているけど、これだけで女は手間の分だけ損だと思うわ……」などとつぶやいてしまった。

 はっとなり「ちょっと待って? あたしがブラつけるようになったのは十日くらい前からよ。なのになんでジュニアブラの記憶が?」と続けた。


 次々に書き換えられていく。

 男だった記憶が、過去が無くなり、女として生きてきた記憶と過去に。


 12月9日。

 すっかり女子扱いされるようになり、生理の話など男がいたら絶対にしないような話題を教室でしていた。

「さくらはいつからだった?」

 そんなもんあるわけないだろ……と、答えるつもりが

「12歳から。学校で教わってなかったら、きっと慌てていたわ」などと「初潮の記憶」まで。


 12月10日。

 久しぶりにアルバムを確認したら、やはり中学の入学式がセーラー服姿だ。

 いわゆるツインテールでまだ「あどけない顔」をした女の子だ。

 中二から先はまだ男として写っていたけど。


 このくらいになるとあたし自身も自分が最初から女だった気になってきた。

 ダメ。忘れたら「さくよし」が死んじゃう。


 12月11日。

 ああ。中二の写真も女子のものになっているわ。

 もうあたしが完全に女なるのをだれも止められないのかしら?


 12月12日。

 どうも日付が変わると改変も進むらしい。

 そして記憶も女として生きていた記憶に。

 この日で15歳になる分まで書き換えられていた。

 目覚めていきなり頬が熱くなった。

 夢の中で再生されていた記憶。

 それは好奇心から陽介相手に初体験していたものだった。

 そこまで「女」に……


 12月13日。

 とうとう男としての最後の一日。

 ここで16歳までの分が変わった。


 あたしが完全に元から女だったとみんな思っている。

 男だったと覚えているのは自分自身だけになった。


 アルバムはほとんどが女子としてのものになっていた。

 偽りの人生。偽りの記憶。

 でも、これからはこの「過去」から生きていく。


 その夜、あたしは泣いていた。

「消えたくないよぉ。忘れたくないよぉ。完全に女になったら、男だったあたしはどこに行っちゃうのよぉ」

 寝たらおしまい。無理を承知で寝まいとしていたが、いつの間にか引き寄せられるようにパジャマに着替え、ベッドの中に。


 夢の中、あたしは「生まれたままの姿」だった……違う。生まれた時は男だった。

 こんな女の体、あたしのじゃない。


「よう」

「あなたは……」


 声をかけてきたのは本当のあたし。

 片山朔良さくよしだ。


「オレもとうとうここまでらしい。もう誰もオレという男がいたことを覚えていない」

 寂しげに笑う「彼」

 本当にこの男の子が、私の本来の姿だったのかしら?

 忘れちゃダメ。これが本当のあたしじゃない。

 それを刻むべくあたしは叫ぶ。

「あたしは忘れないっ。絶対に忘れない。あたしまで忘れたら、男だった自分はどこに行くのよ」

「消えるのさ。これはお前が望んだことだ。新しい自分になりたいと。古いオレは邪魔なだけ。ごみ箱に叩き込まれるだけだ」

「そんな」

 あたしの目から涙が落ちる。

「これからはお前がオレの分も生きてくれ。じゃあな」

 すべてを諦めた「彼」が手を振り、背中を見せて歩き出す。

 どこか暗い所へと。いわゆる「奈落の底」へと。

 誰の記憶からも消える。本当の死。

「待って! いかないで。忘れたくないっ。ここまでの自分を消したくないのよっ」

 彼の背中が涙で見えない。

 そして遠くに消えた。











 12月14日。

 あたしは泣きながら目を覚ました。

「……あたし、なんで泣いてたんだろ?」

 怖い夢。むしろ悲しい夢でも見たのかしら?

 そういえばひどく寂しい夢を見た気が……あーっ。始まってるっ。

 パンツが血まみれ。

 一気に現実に。


 シャワーを浴びてあたしは体を洗っていた。

 ついでに汚れたパンツも。

「もー。女に生まれたからってなんで毎月こんな思いしなくちゃなんないわけ?」

 生理のこない男はずるい。いいなぁ。

 あたしも男に生まれたかったな。


 あ、生まれるといえばそうだ。今日あたしの誕生日だ。

 女に生まれて17年。

 お嫁に行くより先に「大人になっちゃった」けどね。


 シャワーでの全裸を鏡に映す。ため息が出る。

「うーん。もうちょっとウエストのお肉減らしたいなぁ。その分を胸に回してさ」

 あたしの悩みはこのスタイル。

 そりゃそうよね。スタイルを気にしない女の子はいないわ。

「あんまデブると陽介に捨てられちゃうかもだし……やだやだ。そんなのヤダ。恋人無くしたくないわ」

 陽介には処女を捧げて以来、たまにあって体を重ねていた。

 とても大切な人。将来は彼のお嫁さんかな?


 あれ? 誰か大事な人と別れた記憶が。


「さくらー。いつまで入ってんの。遅刻するわよー」

 母さんの声。

「はーい。今出まーす」

 考えてもわからないのでとりあえず出ることに。


 髪を乾かしセットして、着替えを済ませる。

 朝ご飯を食べながら見たテレビの中で今夜は満月と。

 あたしが生まれた日が新月で、そこから『朔』の字を使った朔良という名前になったと聞く。

 だからお月様にはちょっとした思い入れがあるんだ。


 そうだ。お誕生日だし、お月様に何かお願いしてみようか。

 例えば生理のこない「男の子にしてください」とか……それはいいわ。

 生まれてから今まで女で生きてきたんですもの。

 今更男の子になんてなれないわ。


 ご飯を食べ終わってあたしは鏡の前。

 よっし。お化粧決まった。

 陽介は『可愛い』って言ってくれるかしら。


「いってきまーす」

 あたしは17歳の女の子としての一日目を踏み出した。

 もっとも、ここまでと同じだけどね。

 きっといつか本格的に陽介と恋人になり、お嫁に行き、赤ちゃんを産むんだな。

 そうやって女として生きていくんだな。

 何故かそんな「覚悟」をしてしまう朝だった。

 変なの? そんなの結構前にわかっていたのに。

 何で今更になって思うんだろ?

 まるで今朝になって女になったみたいじゃない。

 あたしは生まれてからずっと女なのに。


 スカートを翻して、あたしは学校への道を急いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 徐々に変わってしまう様子がわかりやすい。そしてその変化に戸惑う心のうちもよく表されていると思いました。 [一言] ホラーというよりは切ない最後でしたね。『君の名は。』を思い出しました。 こ…
[良い点] 徐々に自他の認識が変わっていく所は確かにホラーテイストで城弾さんの作品でこういうベクトルの認識改変系は珍しいなぁ、という新鮮な気持ちで読ませていただきました。 [一言] 後半から終わりにか…
[一言] 女性化もの大好きなんですよね、できたら続きを読みたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ