かなりピンチに陥る!
オレは部屋に戻り、ベッドに横になる。
すると、何かのボタンを見付けた。
「ん? これは何だ?」
オレがボタンを押すと、扉が開いて、美香が入って来た。
「どうしましたか? 何かの問題でも……」
美香は、おばけのコスプレでオレの部屋に来た。
手に、血の付いた包丁を携えて……。
「ギャー、何だ、それは?」
美香はオレの指の先を見て、答える。
「ああ、これですか? ラズベリーですよ。
明日、お化け屋敷の代打を頼まれたので、準備してたところです。
ドッキリしましたか?」
「ああ、そうか、バイトか……。手品よりもレベルが高いな。
代打を頼まれるのもうなずける」
美香は、オレの言葉を聞き、落ち込む。
「はー、分かってますよ。どうせ私に、手品の才能なんてありませんよ……」
美香は、明らかに分かるように落ち込む。
オレは気になって、美香本人に聞いてみた。
「どうして手品にこだわるんだ?
コスプレやお化け屋敷、メイドカフェとかの仕事に集中したら、それなりの人気で稼ぐことができるんじゃないのか?
それなら、父親もお店を建築してくれたり、協力してくれるんじゃないのか?」
オレの問いに、美香はゆっくりと答え出した。
「昔にお父さんが手品のパフォーマンスをした時、私も客席から見ていたの。
お客さんは、とても驚いたり、感動して喜んだりしていたわ。私も子供心に、いつかあんな驚きや感動を見せたいと思ったの。
コスプレやお化け屋敷、メイドカフェも面白いけど、あの感動は忘れられないんです。
それで、どうしても手品があきらめきれないの……」
「ふーん、それで、オレと一緒に感動を与えようとしているのか……」
「す、すいません。私のわがままで、大輝さんに迷惑をかけてしまって……。
酸素カプセルが手に入ったなら、もう半年後の予選には、参加できるでしょう。
苦しいかもしれませんけど、大輝さんなら決勝に進めます。
私のわがままに付き合ってもらわなくても結構ですよ……」
「駄目だね! うまいケーキを食べて感動してもらう、見事なケーキを見せて感動してもらう。
この二つは、観客に味わってもらった。
けど、ケーキを使って驚かせ、美味しいケーキを食べて感動してもらうのは、まだお客に味わってもらってない。
お前の話を聞いて、その感動をオレのお客に味わって欲しいと思ったぜ。
これは、オレのわがままだ!」
「じゃあ、私のわがままと、大輝さんのわがままを同時に満たさないといけませんね。
これから、よろしくお願いします!」
美香は、さりげなくオレの手を強く握って来た。
「おい、風呂あがったぞ! 次は、お前の番だぜ、美香」
聡美ちゃんに突然、そう声をかけられ、オレ達はびくっとなった。
「おお! 美香の恋愛マジックが、効果を出して来たのか?
そんなに二人で手を握り合って……」
「はい。これは、認知的不協和という原理を利用しています。
親しい関係だからプライベートな話をするのが一般常識ですが、敢えてこの逆のプライベートな話をするから親しい関係になるが成り立つのです。
人間の脳には、自分の取った行動と心の内面の辻褄を合せようとする性質があるのです。親しくない間柄であっても、何か手違いでプライベートな話をしているということは、この人と私は親しい間柄に違いないと考え、自分が取った行動に合わせて心の方を変更し、辻褄を合わせようとするのです。
これを利用して、ビジネスや恋愛に活用している人もいるので、機会があったら試してみてね」
「なるほど! 美香が、コンビニで買った本などで学んだ恋愛マジックか。
でも、そんなネタばらしみたいなことを、大輝の前で言って良かったのか?」
美香の話を聞き、オレは美香達を部屋から追い出した。
「ふーん、恋愛マジックか……。これからは、オレも気を付けるよ。
さあ、さっさと自分の巣に戻れ!」
「ああーん、インターネットで恋愛相談を受けているので、それが偶然に自分も使える機会になっただけです。お願い、私を嫌いにならないで……」
オレは、美香の抵抗を押し切って、美香をオレの部屋から追い出した。
「あーん、大輝さん、私、さみしい……」
そう言う美香を扉越しに、オレは焦っていた。
「危なかった! もう少しで、本気に……。
い、いや、そんなわけはない!」
オレは一人で、平常に戻るのを待った。扉の向こうから声が聞こえて来た。
「すまないな。なんか邪魔をしたみたいで……」と言って、聡美ちゃんは謝った。
「大丈夫ですよ。私が遊びだと思われたから、大輝さんは怒ったんです。
私の本気が通じれば、大輝さんと相思相愛になれます。
ああ、大輝さんと一緒に着る手品の衣装、今までのどの服よりも楽しく作れそう!
一針、一針、私の愛を込めて作っていきます。
おそろいの手品師衣装、二人で並んで着る日が待ち遠しい……」
一人で興奮する美香を、じっと見ている聡美ちゃんだったが、美香の髪を見て注意をし出した。
「おい! 美香、お前の髪が、プリンになっているぞ!」
「え? ああ、最近は忙しくって、髪を染める時間がありませんでした。
うっかりしてました」
「金髪にするなら、その辺は注意してもらわないと……。
プリンの髪型を見ると、むしりたくなる……」
聡美ちゃんは、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。美香はびびって言う。
「はい、今後は注意します。今回は見逃してください!」
「というか、大輝と一緒に手品するなら、その髪型を止めろよ。
大輝、絶対に黒髪のほうが好きだぞ。
仮にも、ケーキ職人になるんだから、黒髪にした方がいいって。
金髪だと、衛生面で注意されるだろうな……」
「そうですね。考えの古い腐った脳細胞の老人共が審査する場合もありますから、私の手品スタイルを変える必要がありますね」
「後、一応、料理を作るわけだから、エプロン姿とか、コックの衣装も作らないといけないな」
「なるほど、大輝さんを悩殺する新妻みたいなエプロン姿ですね。
裸エプロンとかが、やはり流行りのようですかど……」
「流行は追わなくていい。
キュートで、ケーキが食べたくなるような衣装を作るんだ。分かったな!」
聡美ちゃんはちょっと焦っていた。
「うーん、じゃあ、アニメに出てくるような可愛い感じをイメージして作ったほうがいいですね」
「そう! その路線だ!
小さい子供は憧れ、中高生は家で着たいと思い、さらには、専門の料理人も欲しがるような機能美、これが理想だろうな」
「分かりました。料理人の衣装は作るの初めてだけど、大輝さんのためにがんばります!」
「ああ、大輝の怪我が治るまでまだ時間がある。じっくりと設計を練るんだ!」
こうして、美香は空いた時間を使い、新しい衣装を作り始めた。
三週間ほど過ぎ、オレの怪我はかなり回復し、美香の手品衣装も完成した。
「じゃーん、どうですか? これが私の新しいマジシャンスタイルです。
白とピンクをコートの生地にし、中のワイシャツは黒とピンクをバランスよく組み合わせてみました。
大輝さんの衣装は色を変えて、黒と水色のコートに、白と青のワイシャツにしてみました。
私は、白とピンクのバージョン、大輝さんは黒と青をコンセプトにして作りました。
どうでしょうか?」
美香は作った衣装を着て、オレの前で回って見せて来る。
「ほーう、美香は、髪の色を黒にしたのか。
衣装のカラーとなかなか合っているな。大輝も惚れ直しただろう」
オレの代わりに、聡美ちゃんがそう言った。
「はい、大輝さんのことを思って、一針、一針、縫ったんです。どうぞ、着てください!」
美香は、オレに服を渡す。
「お前を殺すと、一針、一針な……」
聡美ちゃんは、美香の後ろに隠れて、美香の声色でそう言う。
「ちょっと、私は大輝さんに愛を込めて作ったんですよ。
聡美ちゃん、変な事言わないでください!」
「いや、私の正直な気持ちだよ。
美香は、ミシンは使えても、針と糸での細かい作業はできないだろ。
代わりに、アタシがボタン付けや細かい作業をしたんだ。
その時の思いを込めたんだよ……。まあ、受け取ってくれ!」
「まあ……。聡美ちゃんも、大輝さんを思って作業をしたんですね……。
想いの種類は違っても、大輝のことを思っているのは同じです。
大輝さん、どうぞ受け取ってください。
二人の想いを!」
「ふっ、美香一人の想いで十分だ! 聡美ちゃんの想いは、他の誰かにあげるよ!」
オレはそう言って、美香から衣装を受け取った。
「ああ……、聡美ちゃんの想いは受け取られなかった。
ごめんね、聡美ちゃん……。私、聡美ちゃんの分まで幸せになります!」
「ふっ、何、残ったケーキ(うまい限定)を、アタシにくれれば十分なんだ」
聡美ちゃんは、泣く美香をそう言って諭した。
「ふっ、これでケーキ食い放題だぜ!」
オレは、聡美ちゃんの怪しくほくそ笑む姿を見て、恐怖を感じていた。
オレは腕を動かしてみた。骨はくっついており、ケーキを作るだけなら問題なかった。
「さすがは、酸素カプセルだな。回復は想像以上だ」
「そうですね。ホント、もう一度くらい折ってもいいくらい早いですね……」
美香は名残惜しむように、オレの腕を見ていた。
オレは、美香の肩を叩きこう言う。
「バカ、これからが本番だろうが……。頼むぜ、美香!」
オレは笑顔でそう言ったが、内心は不安で心臓がドキドキしていた。
(こいつなら、オレの骨を再び折ることもやりかねん)