恐怖の恋愛マジック♡
オレは聡美ちゃんに尋ねる。
「え? 失敗したら、オレの腕切られるの?」
「そうだな、中途半端な奴は即、切り捨てる男だからな。
自分の娘には、激甘だけど、他人は平気で切り捨てることによって、政治の世界を歩いて来た男だ。
さっき、もしもお前がびびって、美香の手品を手伝わないと言ったら、今頃は首が飛んでいたかも。
奴の右にいた人は、暗器(隠し武器)の使い手だからな。
それが見られなくて、ちょっと惜しかったな……」
オレはそれを聞き、腰を抜かした。
「やるなら、とことんまでやれ! それが、お父様の無念を表す言葉です。
若い時に自分の夢をあきらめてしまった自分への戒めの言葉でもあります」
「奴は他人には、さらに容赦ないぜ! これで、後に引けなくなったな」
「成功して栄光を受けるか、死ぬか!」
美香と聡美ちゃんは、オレを尻目に決意をする。
「まあ、美香としては良かったよな。
手品のパートナーも出来たし、失敗しても被害は無いし……。
念願の彼氏も出来たからな!」
美香は、オレに向かって笑いかける。
「はい! これからよろしくお願いしますね、大輝さん♡」
オレは、この手品もろくにできないアホ女に填められたような気がした。
やる気をなくし落ち込むオレを、美香と聡美ちゃんが励ます。
「ほら、大輝さん、酸素カプセルを手配してもらいましたよ。無料でいいそうです。
これで早めに治りそうですね」
「そうだ、お前にもメリットはあるだろ。
大会のバックアップとか、店の宣伝を助けてくれたりとか、いろいろあるんだぞ……。
おっさんの機嫌が良い時とかなら……」
「そうですよ。それに、成功すれば二人で世界に挑戦なんてことも、できるかもしれませんし、大輝さんの師匠の敵も打てるかもしれませんよ。
何より、私と一緒に二人で愛を育めるなんて、最高じゃないですか。
きっと、十年連続世界チャンピオンより幸せですよ!」
「そうそう、それに誰も挑戦したことのない未知の領域なんだから、きっと歴史に残るケーキ職人になれるだろう……。
うまく行けばな……」
「そう。そして、二人で成功し、いずれこう呼ばれるの。
新ジャンルを築いた天才ケーキ職人水土大輝と、その妻にして、魅惑のケーキマジシャン水土美香と……」
美香は、そう言って自分に酔っていた。
「ま、今日はもう遅いし、ご飯を食べて、風呂に入って、寝ようよ!
今日は、豪勢に寿司でいいよね?」
「いいですね。大輝さんのおごりで……」
聡美ちゃんと美香は、手際良く出前を注文した。
オレは、美香にやったお金を思い出し、美香に一万円を要求する。
「オレのやった金があるだろ。あれで払えよ」
「大輝さん、それはできない相談です!」
「何で?」
美香は、オレのやった一万円を見せて言う。
「ほら、ここの番号。私の生年月日と一緒なんです。
これを見て、私、大輝さんにハートを奪われたんです。
ああ、私のことが好きなんだなと……」
「偶然だ! 深い意味は無い。返せ!」
「女の子って、運命とかに弱い生き物なんです。
たとえ偶然だとしても、愛を感じずにはいられないものなのです!」
「確かに、それは愛と運命を感じてしまうかも……」と、聡美ちゃんも同意し、うなずく。
「この一万円で、私の愛に火が付いたの。もう一生放さないわ!」
「燃え尽きて灰になってしまえ!」
「ふふふ、たとえ、この一万円が燃え尽きて灰になっても、私の大輝さんに対する愛が燃え尽きることはないわ!
お互いを温め合い、決して消えることはない愛に、これから成長していくのよ!」
「ふー、オレの心はもう冷え切って、シベリアのようだぜ……」
「そんな所でも生物は生きていける。そう、二人ならどこでもやっていけるわ!」
「オレは冷え性だから、そんな所での生活も、あなたと付き合うのも無理です。
ごめんなさい!」
「そう、最初はみんなそう言うの。でも、生活をしてみて思うのよ。
ああ、美香と一緒ならどこでも行ける。ああ、幸せだな、と思うことでしょう」
「おい、そろそろ寿司が来るぞ! 緑茶を入れてくれよ、美香!」
聡美ちゃんにそう言われ、オレ達の話は中断した。
「ふふふ、お楽しみはこれからですよ。じっくりとね……」
美香は、オレを見て、怪しく笑った。
出前の寿司が届き、オレ達は寿司を食べ始めた。
「美香の父親も一緒に食べていけば良かったのに……。
そうすれば、特上を奴のお金で食べれたのに……。
はい、大輝、卵ちゃんだぞ」
オレは出された寿司をそのまま食べる。
彼女達はオレに気を使いながら、箸を使い寿司を口のところまで持って来てくれる。
「済んだことを言っては駄目よ。大輝さんが、折角奢ってくれるんだから。
はい、いなり寿司ですよ。召し上がれ!」
「そうだな、大輝ありがとう。さあ、ガリを食え!」
「はい、かっぱ巻きですよ。あーん!」
「おい、さっきから安いネタばかり食わせるのはどうしてだ?
イクラやマグロやトロも食べたいんだが……」
オレは、美香達の親切に水を差した。
「ふふふ、私達の収入が少ないから、寿司なんてもう一年以上も食べてないんですよ!」
「これを機会に、存分に堪能させてもらうぜ!」
美香と聡美ちゃんは、オレの分の寿司まで食い尽くしていく。
オレは、いなりと卵とかっぱ巻きを堪能した。
「ふー、やっぱり日本人は、お茶が好きですね……」
「そうだな。さっきまでの貪欲さが嘘のようになくなっている。
人間は、分かち合って生きていくことが重要なんだ。
人と分かち合ってこそ、喜びを保てるんだ。
イエス・キリストや仏陀が言いたいことが、今なら分かる……」
「その悟りをもっと早く知っておくべきだった。
そうしたら、オレの寿司は……」
「アタシの腹には、お前の寿司は入らなかったな。
残念ながら、多くの教訓は終わった後で気付く。というわけで快く許してくれ」
「もう、聡美ちゃんたら……。大輝さん、私はとても感謝してますよ。
今日は、私がお背中を流し致しますね」
美香は、オレを連れて浴室へ向かった。
聡美ちゃんは、オレと美香の後に付いて来る。
浴室を躊躇なく開けて、入って来る。
「思わせ振りな事言って、結局は体をタオルで拭くだけじゃないか」
「ふふふ、大輝さんもがっかりしましたか?
骨折してるから仕方ないですよ。続きは、夫婦になった、あ・と・で……」
美香は、オレの体を拭きながらそう言う。
「これが、恋愛マジックの焦らし戦術ってやつか……。
手品は糞のくせして、恋愛マジックは上級者だからな。たちが悪い……」
「ふふふ、これで大輝さんもイチコロに……」
「ならねえよぉ!」
オレは、美香にそう言った。
「な、私の恋愛マジックが効かない? そんなバカな……」
「ほーう、さすがは、たった一万円で美香をメロメロにしただけのことはあるな。
こいつ、強い!」
「くっ、次はもっとすごい恋愛マジックで、メロメロにしてやるんだから!」
一通りオレの体を拭き終わると、美香は泣きながら浴室を出て行った。
「じゃあ、次はアタシの番だから、お前も浴室から出ていけ!」
オレはパンツ一丁で、浴室から追い出された。