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第三話「放課後には喧嘩の花が咲く」

 次の日。風子は仲良くなった読子に思想文学についてレクチャーを受けている所だった。

 

「例えば風子ちゃんの苗字は『如月』やろ?この『にょ』という漢字の成り立ちを考えてみるんよ」

「苗字の意味なんて考えた事なかったよ」

「『如』からどんな感じを受ける?」

「うーん……女偏だから女性に関する事かなぁ」

「そうやって言葉の意味を辿って行くと『若い』とか『しなやか』とかそういう意味に辿り着くねん。実際に中国の老子でもこの漢字がよう使われてるし、『心身一如』って言うと、心と体が一つになるという事やから、『全てにおいて等しい』という壮大な意味もあるねん」

「おお、何となく私の目指している理想に近い!でも『如月』だとただのニ月っていう意味なんだよねぇ……私、九月生まれなんだけど」

「それはしゃーない!ニ月生まれの如月さんなんて日本に何人おるか……」


 すると、風子は思い出したように読子に質問をぶつけた。


「じゃあさ、木下野薔薇さんの『薔薇』は?」

「……風子ちゃん、あの人の事が気になるん?」

「うん、名前の意味が分かれば近づくキッカケになるかもしれないしさ」


 読子は一瞬、少しだけ悲しい顔をしたが、風子に悟られまいとしてすぐに笑顔を作った。


「薔薇はイバラからイを取っただけで、字源としては薔薇と茨は同じなんよ。そやからまあ刺々しいという感じやな。あくまで字源としてのイメージやけど」

「おー!またしてもイメージにピッタリ!でも刺々しくても仲良くなれるよね?薔薇と言っても綺麗な花だから!ね!」


 風子の無理矢理な解釈に考えこむ読子。


「うーん、そんな無理に仲良うなろうとはせんほうがええんちゃうかな……」

「どういう意味?」

「喧嘩して認め合うというか、拳で語るというか、そういう人やと思うから……」

「おー!それなら分かりやすい!というか大歓迎だよ!」

「そうなん?」

「うん!さすがは読子ちゃんだね!」

「それほどでも……」


 風子は顎に手を当てて、読子をジッと見た。


「前から気になってたんだけど、もしかして、読子ちゃんって人の心が分かるから『読子』って言うの?」

「え?ちゃうよ。そんなんできひん」


 読子は大袈裟に手を振って否定した。


「そうなの?」

「うん。私の能力は思想を見るだけ。周りのもんが見えなくなる代わりに、その人の持ってる思想が分かるモードになれるねん」

「それで見違えるように堂々としてたのかー」


 感心する風子。


「でもそれって人の心が分かるって事じゃ?」

「結果的にそうなる事もあるけど、人の心はやっぱり伝わって来ん限りは分からんよ。誰かの表現が直接的に見えるだけでそれが何かは分からへん」

「ふーん、どっちにしろスゴイなぁ」

「そうやって書き起こしたのが文学になればええなと思って活動してるねん。なになに?風子ちゃんももしかして思想文学に目覚めたん?」


 読子がいつもの興奮モードに入ろうと、ペンを構える。

 

「違う違う!ありがと!お昼また一緒に食べようね!」


 そう言って野薔薇を待つ風子だったが、野薔薇は授業中は一切現れなかった。

 

 

 

――そして放課後。


 風子は野薔薇を、昨日と同じように体育館の入り口で発見した。

 野薔薇は手すりに軽く座りながら、腕を組んでレスリング部を見学していた。

 

「木下さーん。今日もここにいるんだ」


 風子が野薔薇の肩に手をおいて話しかけた。

 すると野薔薇は風子の手を振りほどいた。

 

「触るなって言っただろ!」

「うわっ!」


 流石に野薔薇の横柄な態度に怒る風子。


「触られるのが嫌なら、何でサンボなんてやってるのさ!」

「分からないか?だからこそ本気になれるんだ。こっちは命がけだ。あいつらみたいなお遊びでやってるんじゃない」


 野薔薇は顎で女子レスリング部を差した。


「じゃあ何でレスリング部見てたの?」

「三條の動きを見ていただけだ。マシなのはあいつだけだからな」

「君の目の前にもマシなのがいるよ」


 そう言って風子はファイティングポーズを取って野薔薇を煽った。

 

「私とやるってのか?ちょうどいい。お前は目障りだったんだ。ここらで一発ヤキ入れてやるよ」


 野薔薇はもたれていた手すりから身体を起こし、グラウンドの空いているスペースに顎を向けた。

 風子はそれに応じ、無言でグラウンドに向かって歩き出した。

 二人は一瞬にして一触即発のムードになった。

 



――お互いに構えて対峙する二人。風は風子に味方するように大きく吹いていた。


「やめるなら今のうちだぞ。私の前で膝を付いたらもう命は無い。私の蹴りで顔面が吹き飛んで終わりだ」

「何で忠告してくれるの?実戦格闘技なんでしょ?いつでもかかってきていいよ」


 風子の言葉が終わるか終わらないか、次の一瞬で野薔薇は風子に殴りかかっていた。

 対する風子は野薔薇の拳をかわし、腕を掴んで一本背負いのような姿勢で野薔薇を空中に投げ飛ばした。


 風子の風の力で、野薔薇は3メートルの高さまで上昇し、地面に痛々しく落下した。


「な、なんだ今の……?」


 野薔薇は風子の力に驚愕した。それが腕力ではない事は明らかだった。


「何でもいい。ぶっ倒すまでだ!」


 野薔薇はスカートを履いている事も気にせずに風子に向かって飛び蹴りをお見舞いした。赤いチェックのスカートは野薔薇の行動を一切制限しなかった。

 

 野薔薇は飛び蹴りで怯んだ風子の腕を掴み、縦に一回転して、風子を地面に叩きつけた。

 それは風子が倒れた所でちょうどマウントポジションになるように投げるサンボ特有の高速投げで、その間わずか二秒で野薔薇は風子を制した。


 マウントポジションから野薔薇のパンチが鈍い音を立てる。こうなればもう常人では抜け出す事はできない。

 だが風子は野薔薇の殴打に合わせて、風の力で横にスピンし、四つん這いになってマウントを崩した。そしてすぐさま野薔薇の顔面を蹴って距離を取った。

 

 まだ戦いが始まって一分も経っていない。その間にお互いがお互いの拮抗した力量を認め合った。

 

「やるじゃん、お前」

「はぁ…はぁ……そっちこそ」


 野薔薇はダッシュしながら左手に力を込め、右から左に思い切り振りぬいた。

 そのバックナックルは風子の風のガードを思い切り弾き飛ばした。


 そしてがら空きになった風子の顔に、右ストレートを叩き込んだ。

 

 風子の顔のど真ん中に当たった野薔薇の拳は、時間が止まったかのような静寂を生み出した。不思議と風もピタリと止んでいた。

 

 風子は言った。


「優しいんだね」

「な、何がだよ!」


 風子は野薔薇の震えた腕を掴み、その拳を開いた。


「汗もこんなにかいてる」

「これは……違う!」


 風子の言葉を必死に否定する野薔薇。

 

「くそっ!向こうじゃ相手が死んだって何とも思わなかったのに!」

「だから仲良くなるのが怖かったんだね。手加減してしまうから……」

「……」 

「ここじゃ誰も殺しあう為にレスリングしてるんじゃないよ。どっちが強いかって事でもない。自分の成長の為にやってるだけなんだ」

「私は……馴れ合うくらいなら誰ともつるみたくないだけだ。今回もどうせまた居場所を失って転校するだけだ」

「私との関係なら馴れ合いになんてならないよ」


 野薔薇が顔を上げると、風子は少し大げさに胸を張った。野薔薇は初めて少しだけ顔がほころんだ。


「そうかもな」

「私のライバルになってよ!」


 そう言って風子は笑って手を差し出した。

 

「握手くらいいいでしょ?」


 そう言うと野薔薇は顔を見せないように、そっぽを向きながらそれに応じた。

 

「じゃあ帰りにどっか寄って行こっか、野薔薇!」


 風子はさっきまで喧嘩していた事も忘れてはしゃいだ。


「そんな事よりお前、顔は大丈夫なのかよ」

「大丈夫、大丈夫。あ!そう言えば」


 風子はポンと手を叩いた。

 

「この辺に良いマッサージ屋見つけたんだ。一緒に行かない?」

「お前……」


 野薔薇はうつむいていた。

 

「…………触られるのが嫌いって何度も言っただろーが!」


 そう言って風子にヘッドロックをかます野薔薇。


「いたたたたた!マッサージぐらいいいじゃーん!」

「めちゃくちゃ触られるじゃねーか!」

「触るのはいいの!?」

「いいんだよ!」


 沈みかけの夕日は祝福するように、二人を真っ赤に照らした。


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