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第二話「赤い髪は不良の証?」

 次の日、風子は朝一番に学校に着き、ソワソワしながら読子を待った。

 今日は群衆を投げ飛ばしてでも読子と話をしようと思っていた風子だったが、意外にも読子は一人で教室に現れ、小柄な身体でチョコンと自分の席に座った。

 有名になって読子の人間性が開花したというのに、周りの人間は一日経っただけでもう飽きてしまうのか、と風子は変に思った。

 気を取り直して読子に話しかける風子。

 

「月原さん、どう?思想文芸部のメンバー集まった?」

「うん、5人集まったから今日から活動できるんよ」

「いいなぁ、私も作りたい部あるんだけど、メンバーが居ないんだよ」


 読子は手をギュっと握って、風子を励ました。


「一人でも諦めたらあかんで。志一つ持っとったら仲間はきっと集まってくるよ」

「そうかなぁ」

「とある武術の師範代が自伝で書いとったけどな。まだ看板もない新築の道場の畳の上で正座しとったら、門下生となる人達が独りでに集まってきたんやって」

「へぇ、面白い!」


 読子の引き出しの多さに風子は感心した。

 

「おら、座れ―、出席取るぞ」


 担任の藤田沢がやってきた。読子の声とは対照的な藤田沢のダミ声に飽き飽きしながら、風子は名残惜しそうに自分の席に戻った。

 

「今日は転校生を紹介する」


 そう言ってドアの後ろ側にいる人間を呼んだ。

 そっぽを向きながら入ってきたのは赤毛の、一目で不良と分かる女の子だった。


「この子は親の仕事の関係でロシアにいたそうだが、仕事も一段落ついて日本に戻ってきたそうだ」

木下野薔薇きのしたのばらだ。よろしく」


 教室は野薔薇の圧倒的な威圧感に静まり返っていたが、そんな中数人の男子生徒は小さな声でヒソヒソと話していた。

 

「あのパーマと色……地毛か?すげぇボリューム」

「細身だけど、結構ガッチリしてね?」

 

 風子はジッと彼女を観察した。体中が傷だらけ、泥や砂でくすんだ赤髪、そして何を隠そうあのしなやかな筋肉。

 風子は少し思う所があり、鞄から漫画「グラップラー三平」を取り出した。

 そして読むのかと思いきや、おもむろに転校生に向かって「ふん!」と言いながら投げつけた。

 すると、野薔薇はそれを片手でガッシリと掴み、握力だけで漫画を握りつぶした。


 途端、風子の顔がパっと明るくなった。

 

「やっぱり!君もグラップラーだね!」

「お前はただのバカだな」

  

 そう言うと、野薔薇はゆっくりと周りを威嚇するように歩きながら、空いている席に座った。

 

 休み時間になると、風子はダッシュで野薔薇の元に駆け寄った。

 野薔薇は肘を付いてダルそうに教室の中を眺めていた。

 

「ねぇねぇ、木下さんってグラップラーでしょ?」

「馴れ馴れしく話しかけるな」

「ねぇ、何の競技やってたのか教えてよ」

「うるせぇな、サンボだよ。戦闘用の実戦格闘技。お前らの部活動みたいなお遊びとは違う」


 野薔薇の煽りにも乗らず、風子は感心した。

 

「サンボ……へぇ……ブラジルって情熱的だよね」

「それはサンバ!サンボはロシアだ!」

「ふむふむ、ツッコミは及第点、と……」

「メモるな!」


 野薔薇の怒声に、てへっと頭に手を当てる風子。

 

「紹介したい人がいるからさ、こっち来てよ」


 風子は野薔薇の腕を握ろうとした。が、その時である。

 

「触るな!」


 野薔薇は教室中に響くような声で叫んだ。

 

「ご、ごめん!」


 風子はとっさに謝ったが、野薔薇は居心地が悪そうに教室から出ていってしまった。

 風子は助けを求めるように、読子の元に走った。

 

「よ、読子ちゃん~」

「あの人、色んな意味で手強いみたいやね」

「仲良くなりたいんだけど無理かな……」

「無理って事は無いと思う。ちょっとだけ寂しそうな雰囲気しとったから」

「それならまた話しかけてみよう!」


 そう言って風子は両手を握りしめ決心した。

 ふと見ると読子が何か熱心にペンを走らせている。

 

「あれ?読子ちゃん何書いてるの?」

「風子ちゃんの根底にある信念を考察しとるねん。他人に対してどういう定義を持っているのか。さっきの場合やと怒鳴られた事が自己否定や他者否定に結びついて特定の反応を生み出すのが一般的やけど風子ちゃんの場合はなぜそういう風にならへんのか嫌われても仲良くなりたいと思う風子ちゃんの頭にはどういうポジティブ回路が備わってるんかとことんまで調べつくして……」


 読子は目を見開き、興奮しながらメモ帳に何か書き連ねていた。


「読子ちゃん早口すぎてわからないよ!」

「独り言やから気にせんといて」

 

 

 

――昼休み、読子に首ったけの風子は自分の机ごと読子の所に向かって突進していった。本当は野薔薇も昼食に誘いたかったが、彼女は転校初日でもうサボってどこかに行ってしまっていた。

 

「読子ちゃん、私日記書き始めたんだけど」

「ええやん!見せて、と言いたいとこやけどプライベートな事やからな……どんな感じ?」

「なんか、小学生の日記みたいにしかならなくて」


 読子は箸を止めて顔を上げた。


「それでええんよ。小学生の日記というのは理想的やで。特に絵日記にするのはええな。絵も文も上手くなるし、最初は小説にするより正直に書けるし、一石三鳥や」

「そっか!よし、今日からは絵も入れてみるよ!」

「その意気やで風子ちゃん!……それにしてもああ、自分の苦手なジャンルには謙虚になって素直に得意な人に聞きまくる一途な風子ちゃんの根底に流れる美しい思想。猪突猛進とも言えるその信念がもし学問に向かったらどうなってしまうんやろうああでもそれやと風子ちゃんの良さが失われてしまうかもしれへん」


 読子は頭を抱えて悩みだした。


「読子ちゃんまた独り言!」

「ああごめん風子ちゃん。何か舞い上がってしもて……」

「読子ちゃん、ずっと何か考えてるの?」

「そうかもしれんなあ。おかげで頭がパンクしてるんかもしれん」


 そう言ってまた冷静な読子に戻った。そのギャップの激しさが風子には面白かった。

 




――放課後。風子が野薔薇を探そうと校内をぶらついていると、レスリング部2年の熊田ハグくまだはぐみを見つけた。

 ハグ実は風子お気に入りの子でもある。

 身長が1m80cm(体重は秘密)という、女子とは思えない体躯を持つハグ実。ハグ実はどこから手に入れたのか、板チョコをバリバリ食べていた。

 

「ハグ実ちゃーん」

「あ、如月先輩!どもッス!」

「ハグ実ちゃん、この辺で赤い髪をしたパーマの女の子見なかった?」

「見たッス!レスリング部の近くに居たから『一緒にやろう』って、板チョコで誘ったんスよ。そうしたら私の板チョコ握りつぶした上に地面に叩きつけて踏みつぶしたんスよぉ!」


 板チョコの事を思い出して泣きそうな顔になるハグ実。


「え、じゃあその板チョコは?」

「二枚目ッス。あ、もう一枚あるッスよ。いるッスか?」


 そう言ってハグ実はブルマの中から板チョコを出した。


「ハグ実ちゃん、ブルマの中に入れるのはやめた方が……」

「ここにあるのが一番安心なんスよねぇ。保冷剤も入れてるから板チョコ入れても溶けないッス!」


 ブルマの中は四次元なのか、と風子は思った。

 

「まだ居ると思うッスよ。行くなら今のうちッス」

「ありがとうハグ実ちゃん!」


 風子は、レスリング部の活動している体育館入り口の手すりに野薔薇がもたれかかっているを発見した。野薔薇は腕を組みながら中の様子を見ていた。

 

「見つけた!木下さん、レスリングに興味あるんだ!?」

「またお前か。興味なんかねーよ。部活動がどれだけ低レベルか見に来ただけだ」

「そんな事ないよ。うちのレスリング部は結構盛んなんだから」

「ってぇ事はお前もレスリング部なのか」


 野薔薇が嫌悪の反応を見せる。


「私は無所属だよ。一年の時は入ってたんだけど、私には堅苦しくて辞めちゃった」

「ふん、それならまだマシな方だな。こんなお遊びで満足できる奴の気がしれねぇ」


 その時、遠くから声がした。


「随分な事言ってくれるわね」


 休憩で体育館の外に出てきたエリリカが、汗をタオルで拭きながらやってきた。

 

「誰だお前は」

「女子レスリング部のキャプテンの三條エリリカよ。あなたは?」

「この子は木下野薔薇さんだよ。今日うちに転校してきたんだ」


 風子が紹介するも、野薔薇は相変わらず横を向いていた。

 

「聞いてよエリリカ、木下さんサンバやってたんだって」

「サンボな」


 エリリカはサンボを知っていたようで、驚きの表情を見せた。


「サンボってロシアの格闘技ね。実戦格闘技やってるなんてスゴイわね……同じグラップラーとしてこれからもよろしくね」


 エリリカが手を差し出すも、それに応じない野薔薇。

 

「私は触られるのが嫌いなんだ。だから握手なんてしない」

「そうなの?握手くらいいいじゃない?」

「……」


 そっぽを向いたまま無言になる野薔薇。

 風子はこの重苦しい空気を打破しようと明るく振る舞った。


「そうだ!そういえばエリリカも触られるの嫌いなんだよね!」

「え?別にそんな事ないけど……」

「嘘!私が触るといつも怒るじゃーん、ほら!こうやってさ!」


 風子がエリリカの後ろに回り込み、エリリカのお腹を摘むと、エリリカは真っ赤になって怒りだした。

 

「お腹の肉を摘まれたら誰だって怒るわ!」


 そう言ってエリリカは風子にヘッドロックをかました。

 いたたまれず、その場から立ち去ろうとする野薔薇。

 

「待って、木下さん!」

「お前らの馬鹿に付き合ってられねぇ」


 そう言い残して歩き去っていった。

 

「ああ、また駄目だった……」

「もしかして友達になるつもりだったの?あの人と」

「そうだよ。グラップラーはみんな仲間じゃん!」

「そう思っているのはあなただけよ……」


 

 

――風子はほぼ毎日、トレパンと二人でトレーニングをしている。レスリングだけでなく、実戦を想定したトレーニングを積み、がむしゃらに強さを求めていた。

 風子はスパーリングをしながら野薔薇の事を考えていた。

 その異変に気付くトレパン。

 

「どうした風子。今日の蹴りはイマイチじゃないか。俺の顔がそんなに腫れてないぞ」

「うん、ちょっと面白い子が入ってきたんだけど……」

 

 風子は野薔薇の事をトレパンに話した。

 

「ほう、サンボ経験者とは面白そうな奴が入ってきたな。しかも実戦と言ったのなら、恐らくコンバットサンボだな。もしそうだとするとかなり手強いぞ」

「うん、正直やっても勝てるかどうか分からない」

「ドキドキしてきたか?」

「ちょっと、ね」

「よし、それを忘れるな!そういうライバルがいなくては強くなりがいがない!」

「ライバルはエリリカがいるよ」

「投げに関してはな。だが打撃もあるのが実戦だ」


 トレパンは顎に手を当てて、何か考えていた。


(このタイミングでベストな奴が現れてくれるとは、本格的に面白くなってきたな。そろそろ風子にもあれを教えるか)


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