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第91話「異類異形」

 前を走るコクヨウの背を追う。やはりコクヨウも何か特殊な訓練を受けている人物なのだろう。人の間や街に置いてある様々なものを避けながら、進む。その速さは普通ではない。

 だが、マコトはその速さに十分付いていくことができていた。むしろコクヨウにぶつかる勢いで迫っている。

 人ごみの中をするりと通り抜け、ときには路地に置かれた木箱を跳び越え、矢の如く前へ進む。

 一体どうやっているのかは謎だが、クーちゃんも俺の肩にしがみついたまま安定している。危なくなったら自分で降りるだろう。

 どうやらこのあたりは大きな屋敷が多い。広い屋敷前の庭に、部屋数の多そうな洋館。なるほど、お金持ちが持ちそうな邸宅だ。走るうちに、ひときわ大きな屋敷が見えてくる。俺は走る速度を上げるとコクヨウさんに並んだ。コクヨウさんが驚いて目を見開くのが見えたが、気にしている場合ではない。


「コクヨウさん、ボッツの屋敷はあの紫の屋根の大きな屋敷ですか?」

「そうです」


 別に知っていたわけではない。このあたりで特に大きな邸宅だったから聞いただけだ。

 そして、それだけ聞けばもうあとのことは必要なかった。


「――<浮遊(フローティング)>」


 魔法陣が砕け散る。マナの粒子をたなびかせ、俺は三次元機動を開始した。

 <浮遊>を利用すれば屋台の屋根や住居の壁すらも足場となる。三角跳びの要領で蹴りの反動を推進力にして飛ぶ。

 

「お待ちください!!」


 離れようとする俺に、コクヨウが焦った声をかける。ルマルの命令でついていくように言われているからだろう。だが、ボッツのところに乗り込んで何もおきないわけがない。巻き込みたくない、というのもあるが、誰かが見ていると全力で戦うことができない。

 俺は出窓の縁を掴んだ姿勢のままで、コクヨウに叫ぶ。


「これは俺の問題だ! 悪いが行かせてほしい!」

「いえ、そうではなくて――――!」


 返事は聞かず、壁を思いっきり蹴ると空中に身体を打ち出していく。前に進むためにぶつかってくる風が、ごうごうと音を立てて俺を飲み込んだ。勢いに負けてターバンが吹き飛ぶ。もう意味はないな。俺は空中で覆面をむしりとった。

 もうコクヨウは振り返らない。俺の<空間把握(エリアロケーション)>には、ボッツの屋敷の前庭に多くの人間がいることを捉えている。

 どんな気持ちの動きか、俺の口端が持ち上がり、ニヤァとした笑いになっていく。


 ボッツの屋敷は高い石塀に囲まれていた。三メートルもあろうかという高い石塀は、その堅牢さのため泥棒や暴漢を防ぐ盾となってくれるのだろう。だが、俺にはその程度の高さは問題ない。そして、逆にこの石塀自体がボッツを閉じ込める囲いとして機能する。


 俺は最後の大跳躍を行うと、ボッツの屋敷の敷地内へと乗り込んだ。

 空中から見えた内容は、捉えていた情報と同じ。二十人ほどの冒険者と思わしき男たちが寝転がったり座ったりと、だらけた姿勢で待機している。護衛としてはお粗末だろう。

 だが、その中の数人は急に飛び込んできた俺にすぐ反応をしていた。こいつらはけっこうやるかもしれない。心の中でチェックしておく。

 すでに俺はマナを練り終えている。

 心がふつふつとわきあがる。脳みそがチリチリと灼けつくこの感覚。

 俺は高らかに宣戦布告を叩き込んだ。


「<大氷刃フリージングジャベリン>ッ!!」


 魔法陣が割れると同時、大氷刃が屋敷の両開き扉を直撃する。激震と轟音。同時に両開き扉が氷結して氷に閉ざされる。タメなしの一撃のためそれほど被害はない。

 俺は着地した。慣性のため少しだけ両足が滑る。


「ミトナを返してもらおう!」

「……は?」


 ぽかん、とした男たちの顔が、少しずついろいろな表情に変わっていく。怒り、焦り、呆れ。

 俺と男たちの状況がかみ合ってない。<空間把握>でもミトナを見つけることができない。まさか、ミトナはまだ乗り込んでいない?

 一瞬、やってしまったかもしれないという思いが浮かび上がってくる。

 このまま逃げ去ればなかったことにできるかもしれ――――。


「なっ、何事だ!?」

「ボッツ様! 顔を出すと危険です!」


 バルコニーのようになっている二階部分。その手すりにつかまるようにして立つボッツと目が合った。

 一瞬でボッツの顔が引きつる。

 なんだ、自分がまずいことをしたという意識はあったのか。


「お、お前たち、金は払っているんだから働け!」


 俺は笑顔になった。

 そうか、この男たちは護衛か。邪魔をするなら、排除しないといけないな。

 沸騰した頭で俺は判断した。


「<ブロック>!」


 <「火」中級>。魔法陣が割れ、炎の直方体が俺と男たちの間に出現する。相手の方が数が多い。できるかぎり接近される前に数を減らしたい。まずは接近を阻みつつ、遠距離から魔術で数を減らす。

 俺の魔術セオリーになりつつあるが、敵の接近を阻める炎塊はかなり役に立つ。フェイの特訓に感謝というところだろう。

 俺は炎の直方体のこちら側から、<「雷」初級>+<しびとのて>の魔術を放つ。向こうは急に炎の壁の中から出てくる雷に打たれるわけだ。反応する前に命中し、痺れる不意打ち。


「うぐぉ!?」

「ぎょァッ!?」


 <しびとのて>を織り込んであるため、命中した冒険者自身のマナを吸って威力が上がる。マナは死なない程度の威力に抑えてあるが、火傷と痺れで命中すればしばらく起き上がることはできないだろう。矢継ぎ早に何人か痺れさせる。

 だが、俺の顔は曇る。誰かが叱咤したのか、炎の壁を回りこむようにして走る冒険者を捉えている。


「思い通りにはいかないか……!」


 冒険者護衛の中でも、反応のよかった奴を狙って放ったのだが、そいつには当たらなかったのだ。味方を盾にしたらしい。

 炎の壁の向こうから、何かの魔術の光が見える。だが、炎の壁を貫通するほどではないらしい。

 こちら側からさらに魔術を放とうとした俺に向かって、頭上からいきなり軌道を曲げて炎の槍が飛来する。


「ちょッ!?」


 あわてて跳びのくと同時、

 ボッツが雇った護衛の中には魔術師もいるのか。そりゃあ当たり前か。軌道を捻じ曲げるやり方は見たことがある。<(マーカー)>か。


 手が足りない。俺は革防具の腰のベルトにくくりつけられた魔術ゴーレムの核を握った。肌身から離さないように、アクセサリーのようにベルトから提げていたのだ。

 魔術ゴーレムの核を左手に掴むと、念じる。すぐに応えはあった。


 <臨時マナ基点を増設します>


 耳の上の熱い感覚と同時に、角が生えたのが分かった。これで手数が増やせる。


「<探知(ディテクト)>、<氷盾(アイスシールド)>、――<雷撃(ライトニング)>!」


 魔法陣が立て続けに割れる。炎の壁を越えるように、山なりに放たれた矢を氷の盾で防ぎ、お返しに飛んできただろう方角に雷撃を叩き込む。

 <探知>によって視覚に浮かび上がってきたのは、屋敷前庭にところどころ設置された<(マーカー)>だ。姿さえ見えていれば予想外の軌道で対象を狙うことができたのだろう。見えてしまえば気を付けられる。

 轟音と同時に火柱が吹き上がる。炎の壁が真ん中から折れるように砕けた。あの火柱の上がり具合、<輝点爆轟(フレアバースト)>だ。接近を阻む壁が崩れる。

 俺に視線が集中するのがわかる。剣や弓、杖などを構える冒険者達が見える。

 俺はちらりと反応のよかった冒険者の位置を確かめた。

 男の短剣二刀流使い。レザー系の防具。普通の服のように見えるが、要所には補強がなされている。

 男の魔術師。ねじくれた木の杖をこちらに掲げている。灰色のローブ。さっきの<輝点爆轟(フレアバースト)>はこいつか。

 あとは、濃い緑色のフードマントの人物。こいつ、さっきまで居たか?

 こいつはフードを深くかぶっている上に、しっかりとマントを閉じているので、どんな人物なのかまったくわからない。さっきからなぜかまったく動いていないので優先度は低いが、注意するにこしたことはない。


 回りこんできた冒険者が、こちらを攻撃範囲に収める。剣を振るう動作。俺は力任せに振り下ろされる両手剣をひらりと避けた。蹴りを叩き込んで後続にぶつける。

 こいつら、質が悪い。


「そんなへっぴり腰だと、ダイコンくらいしか切ったことがないんじゃないのか? アァ?」


 俺はにやにやとした顔で、護衛冒険者を挑発する。怒りに顔が真っ赤に染まるのが見えた。頭から湯気が出そうな勢いで、さらに両手剣を振りかぶる。


「ぶっ殺してやるぞガキがッ!!」


 怒りまかせで振るわれる剣など、さらに分かりやすい。

 レジェルの剣技を見たあとだと、どれだけ稚拙な動きかよくわかる。両手剣の重さを使って振り回し、あたれば斬れずとも折るつもりの使い方だ。動きの鈍い魔物相手や、一般人なら十分通用するだろうが、<身体能力上昇(フィジカライズ)>で速度を上げた俺を捉えるほどではない。


「<氷刃(アイシクルエッジ)>!!」


 両手剣使いを盾にする位置取りをしながら、<「氷」初級>+<いてつくかけら>で生み出した氷の短剣を放つ。割れた三つの魔法陣は、どれも氷の短剣を吐き出した。

 後ろから迫ろうとしていた片手剣の冒険者の足に命中。

 遠距離から弓で狙おうとしていた冒険者の武器持つ手に命中。

 灰色ローブの魔術師は、生み出した<氷盾(アイスシールド)>で受けたようだった。

 軌道を読んで避けようとしていたようだが『魔法<いてつくかけら>』は多少の軌道修正を受け付ける。既存の魔術と思っていれば、避けきれるものではない。


 ああ、この<集中(コンセントレイション)>が心地よい。

 戦いの中でしか、魔術・魔法を自在に使いこなす万能感は得られない。

 チリチリするような、肌があわ立つような満足感は得られない!


 両手剣の冒険者が大きく振りかぶった瞬間に、<やみのかいな>の尻尾を使っていきなり姿勢を崩させる。驚愕の表情が、足に絡みついた尻尾と俺の顔を交互に見る。バランスを崩してやれば、拘束状態で敵の邪魔になるだろう。魔術や矢など、巻き込むことを恐れて遠距離攻撃はためらうだろう。


「ひひ……ひひひっ!」


 俺の口から出ているのは、笑い声だろうか。

 白熱した思考の中で、さらに弓手を二名無力化する。短槍、片手剣、バトルアックスを持つ冒険者が、横並びで突っ込んで来ようとするのを、<麻痺咆哮>で無力化する。

 視界の端で魔法陣が砕けるのが見えた。ボッと空気を焦がしながら、超高速の<火弾(ファイアショット)>が飛んでくる。

 盾も間に合わない。

 慌てて右手をかざして防ぐ。衝撃はかなりのものだが、袖が燃えちぎれたくらいで、俺自身にダメージはない。いける。

 しかし、こいつら仲間意識とかはないのか。今の<火弾>は両手剣の冒険者も巻き込むつもりの一撃だぞ。まあ、そのつもりならこいつをこのまま拘束していてもあまり意味がない。

 俺は氷の棒を生み出すと、両手剣の冒険者の肩にめり込む一撃を叩き込んだ。強化が十分じゃなかったのか、その一撃で氷の棒が粉々になる。まあ、それでも肩の骨くらいは折れただろう。地面に倒れ伏すそいつはもう戦えない。ついでに<麻痺(パラライズ)>で完全に動けなくしておく。


「あいつ、何なんだ!」

「知るかよ! クソっ!」


 残る冒険者も少ない。泣き言が聞こえてくる。しょうがないだろう? お前らはそっち側についたんだから。


「<二連・大氷刃ツイン・フリージングジャベリン>っ!」


 今の俺なら、やれる。

 ごそっ、とマナをもっていかれる。魔法陣が二つ同時に割れ、俺の掲げた両手に支えられるようにして、空中には二本の巨大な氷の刃が突如として出現する。バキバキと音を立て、温度差ゆえに冷気の白煙をあげて、氷の刃が巨大化していく。

 灰色の魔術師が、チャージ完了までの隙を突くために、<火弾>を連射する。


「ッオオオオオオオオオオオオッ!!」


 <衝撃咆哮>。空間を震わせる咆哮は、離れている護衛冒険者まで届かない。だが、飛んでくる<火弾>を途中で迎撃するには十分だった。<火弾>は小爆発を起こして散っていく。灰色の魔術師の顔が引きつった。


 大氷刃が動きだす。一発は護衛冒険者達へ。護衛冒険者はバラバラになって逃れようとするが、何人かが砕けた際の冷気に巻き込まれるのが見える。

 もう一発は屋敷に向けて放った。これは屋敷から迎撃の<三鎖・火炎槍トライチェインファイアランス>で相殺されるのが見えた。バルコニーに立つボッツと取り巻きA・Bの仕業だ。どうせ上から不意打ちを狙える機会を待っていたのだろう。


「ハハ! ハハハハハッ!」


 楽しい。


 飛来する投げダガーや魔術を避け、迎撃の魔術を繰り出す。


 楽しい。


 二刀の冒険者の一閃を辛うじて回避、接近戦の技量は向こうが上だと判断。牽制の氷の短剣で距離を開けさせ、<麻痺咆哮>。駄目だ。短剣で十字ブロックしながら、何かの魔術で抵抗(レジスト)された。

 魔術か? 魔道具か? ラーニングできるか?

 触れるために手を伸ばす。おいおい、そんなに怖がるなよ。傷つくじゃないか。

 短剣が振るわれたので手を引っ込める。さらに氷の短剣を射出するも、的確に捌かれてしまった。一発だけ<雷撃>を混ぜてみるが、やはり短剣で抵抗(レジスト)されてしまう。抵抗(レジスト)の正体は短剣にしこまれた魔術刻印なのか。


 二刀の冒険者は俺から距離を取る。

 だが、これで道は開いた。俺は地を蹴ると、猛然と走り始める。狙いは二階バルコニーのボッツ。護衛の依頼主なんだから、こいつを捕らえれば決着だ。


「<氷盾(アイスシールド)>!」

 

 地を蹴って跳躍する。頂点に達する直前に、自分で生み出した氷の盾を足場に、さらに跳躍。一瞬でバルコニーの高さまでたどり着く。


「ファ、<火槍(ファイアパイク)>!!」


 取り巻きBが迎撃の魔術を放つが、俺は右腕で火の槍を粉砕した。ケイブドラゴン革のガントレットと、<まぼろしのたて>。魔術に対する防御力をあげているからこそできる荒業。


「ひっ、この、化け物……っ!」 


 俺の前には、両手を顔の前にかざして、防ごうとするボッツが居る。


「くぅぅらあああえええええええああああッ!!!」

 

 魔術などでは俺の気が済まない。

 俺はボッツに駆け寄ると、万感の思いを込めて、全力でその顔面に拳を叩き込んだ。

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