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第90話「発見」

 ノックの音が聞こえる。


「おはようございます。起きてますでしょうか」


 扉の向こうからの声で、俺の意識は覚醒した。

 薄く目を開けて見えたのは、自分の知らない天井だった。すでに外は明るい。

 扉の向こうから呼ぶ声はルマルさんだ。そうだった。ティゼッタのルマルさんの店だったな。そう思い出しながら俺は身を起こした。

 ミトナはどうしたんだろう。俺はとりあえず身支度を整えると部屋を出た。


「おはようございます。ゆっくりお休みのところすみません」

「ああ、おはようございます。どうかしましたか?」

「いえ、そろそろ開店時間なものですのでお知らせしておこうかと思いまして。それより……」


 ルマルさんはにこにことしながら俺の顔を見つめる。ん? なんかついてるのか?


「確かに南の地方の顔立ちの特徴はありますけど」

「どういう意味だよ……」

「いちおう、覆面はされたほうがよろしいかと」


 俺はハッと顔を手で押さえると、あわてて部屋に覆面を取りに戻った。覆面をつけて戻ってくると、ルマルはまだにこにこと楽しそうに笑っている。


「あー……。ミトナは?」

「ミトナ様なら、すでに自由市のほうに向かわれましたよ。明日の開催に向けて参加登録をしに行かれました。持ってきた武器の販売と仕入れをされるとか」


 ルマルの言葉に、俺は苦い顔をした。寝ていた俺を起こすのを悪いと思ったのだろうか。言ってくれればついていったのに。


「まあまあ。調査がひととおり終わるまであまり外を出歩くのもいまいちでしょう。ぜひうちのお店をお手伝いください」


 ルマルがそう言うと俺の背中を押すようにして階下に下りる。俺がすでに用意されていたご飯を食べている間に、ルマルは開店準備を終えたようだった。札を閉店(クローズ)から開店へ(オープン)と入れ換える。


 ずっと二階に引っ込んでいるのも退屈なので、お客さんの様子を見ながら過ごしていた。クーちゃんはカウンターの上で猫よろしく丸まっているだけだった。ルマルはよく働く。

 ルマルの店は意外とお客さんの入りが良いようだった。客層は近所であろうおじいちゃんおばあちゃんなどを除けば、服装の違う旅行客と思しき人物が多い。


「こういった地元の品ってお土産に喜ばれるみたいなんですよね」


 お客さんが途切れた時間に、ルマルがそんなことを言う。笑顔で労働にいそしむ姿を見れば、ちょっと太めの好青年なんだけどなあ。


 眺めているだけというのもなんなので、商品陳列や案内を手伝う。案内といっても欲しいものを聞いてルマルに聞くだけぐらいしかできないが。異国の服装が珍しいのか、そのうちお客さんが俺にばっか商品のことを聞いてきて困ったくらいか。あとは忙しくて暖炉が消えかけていたので、魔術で長時間燃える炎を生み出して代用した。


 再びお客さんの波が途切れたあたりで、俺とルマルは一息ついた。ルマルが淹れてくれた温かいお茶を受け取ると。ちびちびと飲む。そんな俺を見ながら、ルマルが話しかけてきた。


「アキンドさん、どこかで商人をされていたのですか?」

「いや……、ずっと冒険者だったけど」


 お茶を一口すすると俺は答える。ここまであからさまな話をしているのに名前を偽名のままというのは、わざとだなルマルめ。


「それにしては接客態度や陳列について経験がある感じだったので」

「あー……。そうか。そうだよなあ」


 学生時代にコンビニでバイトしたことがある。バイトという立場だったが接客や陳列といっただいたいのことをしなくてはならない。それほどセンスある店員だとは思ったことなかったが、言われたことは黙々とこなすタイプだった。

 なんとなくそれを思い出してやってだけなんだけどな。


「それに、異国の言葉にも堪能です」

「俺、異国の言葉とかしゃべってた?」

「ええ、とても流暢に」


 ルマルの感心した声がなんだかくすぐったい。俺自身は意識してなかったんだけどな。

 スキルではないが、俺自身の持つ翻訳の影響だろう。なるほど、こういったときは便利なんだな。

 効果時間が切れたのか暖炉の炎が消えたので、俺はマナを集中させると<「火」中級>を起動する。魔法陣が割れ、暖炉に炎が補充された。


「……本当にうちで働きませんか?」


 薪代の節約のために雇おうとしてない?

 ルマルのかなり真剣味のこもった声に俺は冷や汗を流すしかなかった。

 店の扉が開き、扉に付けられた来客を示すベルの音が聞こえた。そちらの方を見ると、マントに身を包んだ男女のペアが入ってくるところだった。禿頭の男と、くせっけのベリーショートの女。

 立ち上がろうとする俺をルマルが手で制した。女の方が店内をすばやく確認すると、男のほうが店の札を閉店(クローズ)に入れ換える。

 何事かと思ったが、ルマルが慌てていないところを見るに、これはたぶん連絡役の人か何かだ。動きがなんだかキビキビしているところを見ると、普通の人じゃないんだろうな。


「ルマル様」

「うん……。うん」


 女の方がルマルに耳打ちする。ルマルはしばらくそれを聞いていたが、やがて、微妙な顔つきになっていく。


「例の人、居場所わかりましたよ。でも、ちょっと困ったことになっているようです」


 その言葉に、俺はピクリと反応した。

 ボッツの場所がとうとうわかった。思わず顔がにやけてしまう。

 だが、ルマルの言葉には聞き捨てならない部分があった。


「困ったこと、というのは?」

「どうやらミトナさん、一人で乗り込もうとしているようです」


「ハァ!?」


 俺の口から思わず変な声が出た。一体何やってんだ!?

 焦るあまり背中からいやな汗が出る。ぐるぐると考えが頭の中を回る。


 俺の中で、ぷつんと音を立てて何かが切れた。


「ルマル。場所、わかる?」

「わかりますが。行く……つもりですね」


 何を当たり前のことを。

 今は返事する時間も惜しい。<身体能力上昇(フィジカライズ)>、<まぼろしのたて>、<やみのかいな><空間把握(エリアロケーション)>を連続で起動する。俺の周辺を割れた魔法陣の残滓が散っていく。<やみのかいな>の尻尾は服の下に隠して見えないようにしている。


「コクヨウ、マコトさんを案内してあげて」


 ルマルの指示にハクエイと呼ばれた女とコクヨウと呼ばれた男が頷く。クーちゃんがすばやく起き上がると、俺の肩に乗った。

 店の外に出ると、冷たい空気が肌を打つ。

 俺は気持ちを切り替えるように肺いっぱいに吸い込んだ。


「コクヨウさん。全速力でお願いします」


 禿頭を揺らしてコクヨウが頷く。その走り出した背中を追って、俺はティゼッタの街を駆け出した。

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