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第88話「中央都市ティゼッタ」

 翌朝、ソリエント村の宿屋の一室。俺とミトナは一対一で向かい合っていた。俺の熱い視線がミトナを捉えている。そう、まさに焦がすような勢いで。

 ミトナは床の上で正座をしてうつむいていた。俺は腕組みをして般若の形相でにらみつけている。

 擬音で言うなれば、ゴゴゴゴゴゴという音が辺りを飛んでいた。


「何か言うことは?」

「ベルランテにはあんなお酒無くて」

「成人を主張するなら、お酒を飲むペースは自分でコントロール!」

「うぐぅ……」


 俺はといえば、昨日飲みすぎたミトナに説教をしていた。飲むのはいいが、節度を持って飲まなければならない。からみ酒や吐いたりなどのすごい酔い方はしなかったものの、外の店であそこまでふらふらになるのは頂けない。


「これからは気をつけて飲むこと。そこまで飲んでも大丈夫な状況かどうかを確かめる。いいな!」

「ん、わかった。あれだけ飲むのはこれからはマコト君といるときだけにしとく」


 んー?

 微妙に違う気もするが、まあ、よしとしよう。この世界の常識的には成人かもしれないが、俺にしてはやはりそうは見えない。ウルススさんがいない今、俺がかわりに叱っておかねばならぬ。

 ちらりと見ると、ミトナの熊耳がぐんにょりとしている。反省しているようだ。この辺にしておこうか。

 暖かい室内、クーちゃんが興味なさそうにくあーっとあくびをした。


 昨日はティネドットと俺の偽者の登場のせいで、気分が悪くなった。そのせいで、女の子をおんぶして帰ったのにぜんぜん覚えていないという。かなり残念。


 しかし、ミトナにとって俺ってどう思われてるんだろう。ふわふわの髪の毛といい、整った顔といい可愛いと思う。熊耳なのも可愛いし。

 なんとなく嫌われていないのはわかる。だが、これだけ年下に手を出すってのもなあ。

 ……俺の勘違いだったら悲惨だしな。


「あー……。ハスマルさんも待ってると思うし、行こうか」

「ん、わかった」


 俺は頭を振ると考えるのをやめた。今日ソリエント村を出発すれば、夕方までにはティゼッタにたどり着くだろう。

 俺たちは荷物をまとめると、出発準備を始めた。



 すでにハスマル氏たち商隊は準備をほぼ終えているようだった。積荷を失った商人さんは相変わらず落ち込んでいるようだったが、護衛の冒険者さんが何事か言って慰めている。

 なんだか悪い気がするな。この異国服だってあの人の商品だしな。

 俺は準備をしているハスマル氏に近づいていく。


「おや、おはようございます、アキンド殿」

「おはようございます、ハスマルさん」

「もうしばらくで出発ですな。ティゼッタまでそう距離はありませんぞ」

「それはうれしいですね。……ちょっと別件でご相談したくて」


 俺はちらりと例の商人さんのほうを見る。それだけで何となくハスマル氏はわかったようだった。顧客のニーズを察する商人力というものだろうか。

 例の商人さんに聞こえても困るので、俺は声のトーンをぐっと落とす。


「この服も実は散乱した荷物からお借りしたもので。できれば俺だとわからない形であの方にお金を渡したいのですが」

「……何もしなくても、彼は気づかないのでは?」

「そうかもしれませんが、それじゃ俺の気がすまないので」


 ハスマル氏が何だか嬉しそうな顔をする。うんうんと幾度か頷いてから、俺をしっかりと見た。さっきより親密な視線のように感じる。


「あなたのこと、もっと気に入りましたよ。いいでしょう。私が何とかしましょう」

「助かります」


 ハスマル氏に頼めば大丈夫そうだな。何から何まで世話になって申し訳ない。

 俺はハスマル氏に小金の入った小袋を手渡す。ハスマル氏に限って着服するなんてことはないだろう。


「マコト君、準備できたよ?」

「任せっぱなしにして悪いな」

「大丈夫」


 ミトナが笑顔で準備ができたことを知らせてくる。アルドラの調子もよさそうだ。

 俺は昨日のティネドット商隊がいないかあたりを見渡した。どうやら俺達と出発はかぶっていないらしい。

 思い出したらムカついてきた。できれば会いたくないな。次あったら魔術をぶち込んでしまいそうだ。

 そもそもティゼッタにはあのボッツをぶちのめしに行くのが目的なんだから手間を増やしてほしくない。


「ようし、出発するぞ!」


 レジェルの号令が響き、俺たちの商隊はティゼッタに向けて出発した。途中で雪も止み、晴天が顔をのぞかせたことで、進むスピードが上がったのだろう。太陽が頂点から少し傾いたあたりでティゼッタにかなり近いところまでたどり着くことができた。

 ティゼッタが近づくごとに風景が変わっていく。ティゼッタ周辺の畑作地帯では、大きな農場で冬野菜ができているのが見えた。畑作地帯を越えるころになると、石畳が現れる。整備された道路がティゼッタに向けて続いていた。

 ティゼッタに向けて進む馬車や、歩きの商人がちらほらと増えてきた。混雑してくるのと同時に、道路の幅も大きいものになっていく。街が近い証拠だろう。商人たちはみな一様に明るい顔をしている。商売のチャンスがあるからだろうか。大きな鞄を背負うお父さんと子ども。派手な服装に楽器を背負った集団はサーカスなどをする一座だろう。

 俺たちは門をくぐりながらさらに進む。


「それにしても、この門はなんだ?」

「……?」


 俺が誰にともなく呟いた声に、ミトナが俺の方を向いた。俺の視線の方向に合わせて上を向く。

 ティゼッタの街を囲むように、長い石塀が囲っている。ベルランテも石壁に守られているが、ティゼッタのそれはかなり厳重だ。今通った門を皮切りに、見えるだけでもあと二つの門と石塀がここから見える。ティゼッタの街は三重の壁に囲まれた街ということになる。

 さらに進むと、ティゼッタの街を囲む巨大な塀と、入り口となる巨大な門が見えてきた。ぐるりと囲む石壁に穴を開けるその門から、多くの人が出入りしている。街の周りは、塀だけでなく広い堀でぐるりと取り囲まれていた。泳いで渡れないことはないが、塀が高すぎてティゼッタには侵入することはできないだろう。跳ね上げ式の橋になっており、門扉が橋の役割を果たしている。これを閉じれば門が閉まると同時に、誰も出入りすることができなくなる。どこまで厳重なんだか。どこかと戦争でもやってるのか?

 跳ね橋を進み、俺はティゼッタの街へと入っていった。


「おお……!」

「ん……。すごい!」


 ティゼッタの街に入ったとたん、パレードの熱気のような風が俺たちに吹き付けてきた。浮き足だった感覚というか、誰もが楽しそうなあの雰囲気。お祭りだ。

 ガヤガヤ、ワイワイと騒ぐ声や、出店が客を呼ぶ声などはベルランテでも見られる。だが、祭りの喧騒は一味違う。遠くから聞こえてくる楽器の演奏や、人が盛り上がる歓声。楽しそうに出店を冷やかすカップルがいれば、大きな飴を母親に買ってもらう子どもがいる。風景は違えど、お祭りの雰囲気は変わらない。そのことに俺は覆面の下で思わず笑顔になった。

 

「お祭りかぁ」

冬竜祭(フォルペン・テコス)

「ミトナは来たことあるのか?」

「ううん。初めて」


 ミトナはあたりを珍しそうに眺めている。視線を追って見上げてみると、祭りの名前を書いた横断幕も張られていた。冬竜祭(フォルペン・テコス)と書かれた後に、付け加えられている。お祭りまであと二日。

 まだお祭り始まってなかったのか。まあ、お祭りが始まる前に出ているフライング出店もよくある話か。

 様々なところに立っているお祭り宣伝用の看板には、いろいろな催し物が開催される旨が書かれていた。


「いろいろイベントあるんだな。『冬竜自由市」、『闘技大会』、『オークション』はわかるけど、『冬竜ランニングレース』ってのは何だ?」

「持久走?」

 

 看板を見る俺たちのそばを、数人の子どもたちが赤や黄色、緑などの色とりどりのリボンがついた棒を持って走り過ぎる。たなびくリボンが綺麗だ。結構持っている人がいるところを見ると、祭りのアイテムらしい。うちわ配ったりするようなものか。

 俺は看板を熱心に見つめるミトナに言った。


「俺の件が解決したら、一緒に見て回るか?」

「……! うん!」


 おお! 意外に食いつきいいぞ。うれしそうに目を輝かせるとか、お祭り好きなんだなミトナは。

 まあ、ウルススさんがお祭りにつれていくイメージとかあんまないしな。

 そのためには、まずボッツの奴を見つけないとな。ボコボコにしないとなあ。いやあ、わくわくしてきたなあ。



 かなり大きな商店の前に商隊が停まった。どうやら目的地はここのようだ。すぐに店の中から屈強な男店員がたくさん出てきて荷物を運んでいく。うすうすわかっていたけど、ハスマル氏ってかなりの大商人だ。なんでそんな人が自ら買い付けに行ってるんだよ。

 ハスマル氏はレジェルに何やら書簡を渡しながら話していた。


「レジェルさん、今回は助かりました」

「いえ、危ない目に遭わせてしまいましたからね。あのルートもちょっと考えないといけない」


 苦い顔で書簡を受け取るレジェル。どうやらあれが契約完了の証のようだ。他の商人たちもレジェルに同じ物を渡している。


「では、例の件よろしくお願いします」

「ほっほ。任せておきなさい」


 ハスマル氏はお腹をさすると、頼もしくそう言った。

 レジェルたちは護衛の冒険者たちを引き連れて冒険者ギルドへ向かうようだった。身振りと口パクで「あとでな」と言い残して去っていく。

 残された俺たちにハスマル氏が歩み寄ってくる。にこにこと人のいい笑顔で俺たちに話しかける。


「さて、アキンド殿。宿はお決まりですかな?」


 変装のためとはいえ、この名前やっぱり違和感があるな。


「いや、これから探すところですね」

「よろしければ、ぜひ使っていただきたいところがあるのですが」


 ハスマル氏はにこにこ笑いながら俺たちに提案を持ちかけたのだった。

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