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第87話「ニセモノ」

「そうだな。本題に入るとするか」


 俺の言葉にレジェルは居住まいを正した。俺、ハスマル氏を交互に見る。


「ここのハスマル氏はティゼッタでも結構顔が利くんだ。できればオマエのことで手を借りようと思っている」

「いや、そこまでしてもらうわけにもいかないだろ?」

「オマエさん、ティゼッタまで行ってどうするつもりだ? まさか暗殺ギルドはどこですかって聞いて回るつもりか?」

「誰が依頼したかは分かってる」


 ハスマル氏は俺とレジェルのやりとりを興味深そうに眺めている。口出しをしてこないところを見るに、レジェルからだいたいの話を聞いているのかもしれない。


「その誰かがどこにいるのか、調べる伝手は? 滞在のあては? 変装にも限界があるぞ」

「……」


 レジェルはどこまでも冷静に言う。

 俺は黙り込んだ。そこまで綿密に計画を立てていなかったからだ。とりあえず行けばなんとかなるだろう、そう考えていた。


「そこで、ハスマル氏に助力を請う。そのための席だ」


 レジェルが真剣な口調で言う。本気で俺を心配してくれてるからこそ、自分の使える手を使おうとしてくれている。その心遣いはうれしいのだが、何もなくただ享受するだけというのは心苦しい。

 その様子を見かねたのか、ハスマル氏がゆったりと落ち着いた口調で俺に言う。


「ならばこうしましょう。アキンドさんにはちょっと私の商売を手伝っていただくということで、どうですかな? 少し手に入りづらい素材がありましてな」

「……わかりました。その条件でお願いします」


 実際よく考えてみればこれはチャンスだ。お礼は必ずすることにして、今は頼らせていただこう。


「では、アキンドさんは私の商店の傘下ということで。細かいところは私が手配しておきましょう」

「お世話になります」


 俺は深々と頭を下げた。ハスマル氏は鷹揚にうなずく。


「――――レジェル」


 シーナさんの警告するような声。顔を上げると何やらすごく派手な服装をした人物を中心とした集団がこちらのテーブルに近づいてくるところだった。

 レジェルはテーブルの下でいつでも剣が抜けるように引き寄せ、シーナさんも太ももの短剣の柄に手を添えた。ミトナは新しい蜂蜜麦酒(ソリエミード)のジョッキをリスのように抱えて飲んでいる。ミトナは駄目だ。


「おやぁ? そこにいるのはハスマル殿ではございませんかぁ」

「おや、ティネドットさん。奇遇ですな」


 派手な服装の男がハスマル氏に話しかけてきた。

 人を見下すという見本として飾っておけそうな顔だな。

 年齢は四十くらいだろうか。クラバットと呼ばれるものすごくフリフリなネクタイを首に巻いており、赤地に金糸の上着、真っ白な乗馬ズボンを履いている姿は一見すると貴族のようだ。

 背後に控える男たちの雰囲気もあまりよろしくない。屈強な男たちがそろっているが、どうも力の強さを誇示したいタイプに見える。戦う必要もないのに、これ見よがしに武器をちらつかせている。ミトナやシーナさんを見る下卑た視線も気に入らない。


「ハスマル殿もティゼッタですかなぁ? そろそろ“冬竜祭(フォルペン・テコス)”が開催されますからねぇ」

「ええ。もちろんです。逃せませんからな」


 初めて聞く単語に俺は疑問符を浮かべた。ミトナの方をちらりと見たが、くすくす笑ってるだけで使い物になりそうにない。これ、完全に酔っ払いだろ。

 困っているとシーナさんがテーブルに乗り出すようにして小さな声で俺に説明してくれた。


 冬竜祭(フォルペン・テコス)

 寒さや雪が厳しくなる頃に毎年行われるティゼッタのお祭りのことで、期間中は様々な催し物が行われる。特に商業エリアの使用料や課税率が下がるので、多くの商人が集まるそうだ。中にはオークションなども開かれ、そこで一番高額がついた品物を出品した商人には特別な恩恵が与えられるらしい。

 雪で閉鎖された環境になる前に、たくさん商人を呼び寄せて街の経済を活発化させようってことかね。儲けの一部は税として吸い上げられるだろうし、下げた税率以上の儲けがあればいいんだから。


「それで張り合ってるのよ。一方的にアイツのほうが突っかかってきてるだけなんだけどね」

「なるほどな」


 俺とシーナさんはこそこそと小さな声で話す。どうやら、その態度が気に入らなかったようだ。ティネドットさんとやらが不快な物を見る目で俺たちを眺めてくる。


「怪しげな護衛と怪しげな部下、それに半獣人(ハーフ)も連れてるなど。優しいワタシだからこそ言いますが、一流の商人というものは傍に置く人間にもこだわるというものでしょうねぇ」


 危ない。あやうく最大出力の<氷刃(アイシクルエッジ)>を叩き込むところだった。せっかく南の商人に扮装しているのに化けの皮がはがれるところだった。

 そういうオマエこそ、連れているやつらのがらが悪すぎだろうがよ。俺は口の中でその言葉を噛み潰した。


「ほっほっほ。お気になさらず。彼らは最高の人材です。私はそう思っていますよ」


 ハスマル氏はぶれなかった。自分の豊満なお腹をぽんぽんと叩くと、落ち着いた声で言う。これで俺が暴れたらホンモノの馬鹿だ。心を落ち着かせる。

 ティネドットはハスマル氏がもっとくやしがると思ったのだろう。あてが外れて逆に自分が悔しそうな顔をしていた。


「フン……。何を言うかと思えば。最高の人材というのは、こういう人を言うのですよぉ」


 ティネドットがさっと合図すると、後ろに控えていた男たちがざっと分かれる。その後ろから、ローブ姿の男が進み出る。ティネドットのドヤ顔を見るに、高名な冒険者か何かだろう。


「キネソンの町でたまたま出会えたのはワタシの天運が成せる業でしょうねぇ」


 ローブ姿の男は、顔がよく見えないので年齢まではよくわからない。中肉中背で手にはねじくれた大きな杖を持っていた。特徴的なのはゴブリンのような鉤鼻に三白眼のインパクトのある顔だ。イッヒッヒッヒとか言って笑うとすごく似合いそう。

 ティネドットがローブ姿の男性を掌で示しながら続ける。



「彼こそが港街ベルランテで高名な冒険者、“大魔術師(ソーサラー)”マコト殿であるぞぉ!」



「ぶふォッ!? ――――げほォ! ぐフっ!?」


 俺は思いっきり噴き出した。その瞬間に気管になにか入ったのか盛大にむせる。

 いや、ない。これはない。ないないない。

 いつから俺はこんなステレオタイプな魔法使いになったんだ。


 ティネドットがいきなり咳き込みはじめた俺をかわいそうな人を見る目で見ていた。

 レジェルもシーナさんも呆気に取られて何も言えないようだ。その沈黙を、驚きと羨望の気持ちだと勘違いしたのか、ティネドットはこれ以上ない高慢な顔になっていく。

 いや、びっくりしたのはびっくりした。本当。心臓が止まるかと思った。


「……! …………」


 ティネドットが自慢げに何かを言っているが、俺の耳には入っていなかった。

 さて、どうしてくれようか。

 むしょうにコイツらを氷漬けにしたい気持ちが湧き上がってくる。名前を使われてるってのはなんだかムカつくな。


「お前らな……」

「……ちょっと待て」


 俺が立ち上がろうとするのを、なぜかレジェルがおさえた。レジェルの目には何も言うなという無言の圧力がこめられている。

 何か理由があるのだろうか。俺はしぶしぶと再び腰を下ろす。レジェルが視線は向けずにミトナの方を指し示す。そっちを見ると、だいぶできあがって眠そうになっているミトナがいた。

 今ここで突っかかると、この状態のミトナを巻き込むことになる。

 俺がテーブルの下で握る拳に力が入った。顔が覆面で隠れていてよかった。表情までは繕えそうにない。


「行きますよ、皆さん。あなた方もよい旅をしてくださいねぇ」


 ティネドットは一通り嫌味を言って満足したのか、手下たちを引き連れて去っていった。

 ムカつく胸のうちを抱えながら、俺たちの食事会はお開きとなったのだった。

 ミトナは完全に寝てしまっていた。飲みすぎだ。明日頭が痛くなってもしらないぞ。

 しょうがないので俺が背中に背負う。俺より背が高いからちょっと大変だが、<身体能力上昇(フィジカライズ)>を使っておけば問題ない。

 酒場の外で、レジェルが俺に釘を刺した。


「今は我慢だ。何のために変装したり、ハスマルさんに力を借りているかを忘れるなよ」

「……終わったら絶対ブッ飛ばしてやるからな、アイツら」


 完全に寝入ってしまったミトナを背中に抱え、俺は宿までの道を歩いていったのだった。

 


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