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第84話「逃走」

 影大猿(シャドウエイプ)が動く。

 前方へ弾丸のような跳躍と同時にレジェルに向かって手を伸ばす。殴るというより掴むアクション。

 腕のリーチは見た目以上に伸びる。腕の影が噴き出すように勢いを増した。


「――――ッシ!!」


 レジェルの呼気が細く口から発せられる。レジェルの剣の技量は半端なかった。伸ばされた豪腕を剣でいなす。分厚い掌は斬れることはなかったが、攻撃は逸らされてレジェルの傍を行き過ぎる。

 シーナさんがすでに矢を放っていた。攻撃をそらすタイミングにあわせて、眼球狙いの一矢。

 だが、影大猿の腕が矢を防ぐ。


 俺は時計回りに回り込みながら観察する。魔術を放つ射線を邪魔する商隊はもういない。撃てる位置に自分から移動しよう。

 しかし、あの影の腕、何でも物理的にすり抜けるってわけじゃないみたいだな。いや、すり抜けることも可能か。どうやら肩から手に向かって、一定の“影の流れ”があるようだ。影大猿はその流れの強弱を調節している。流れが強ければ圧が生まれ、先ほどのように矢すら防ぐ。

 技術じゃないな。野生の勘だ。影大猿にとって影の腕は『そういうもの』なんだろう。


 矢を撃たれたことによって、影大猿が一瞬シーナさんに意識を移す。その瞬間、レジェルが剣を跳ね上げた。下から顔面狙いの一撃。影大猿の首周りの影が膨張し、刃をはじき返す。そこにシーナさんの第二矢が飛来、その隙にレジェルが距離を取る。


 すげえ。これが等級の高い冒険者の戦いか。二人の技量も連携も高度だ。


「<氷刃(アイシクルエッジ)>!」


 俺はレジェルが退いたタイミングで<氷刃>を放つ。射出タイミングをずらした二本の氷の短剣が影大猿を狙う。しかし、影大猿は俺の方をちらりと見ると、身軽な動きで短剣を回避した。あのスピードだと、起動に時間のかかる中級魔術を当てるのは難儀だな。 

 ミトナとシーナさんが牽制している間に、レジェルが俺に近寄ってくる。


「ヤツを一撃で倒せる術はあるか?」


 一撃で倒すとなると、<「火」中級>の魔術か、<氷刃フリージングジャベリン>あたりだろう。

 威力は高いがどちらもやはり起動まで時間がかかる。


「術はあるが、当てるには動きを止めないと駄目だ」

「まずは機動力を削ぐか。準備頼む」


 レジェルは両手剣をしっかりと持ち直すと、影大猿の死角に回りこむように移動する。ミトナとシーナさんが気をひいている内に脚を攻撃するつもりだろう。

 俺は体内のマナを練る。範囲の威力は<「火」中級>の方が優れるが、張り付いて攻撃してくれてるミトナたちを巻き込む可能性がある。


「――<氷刃フリージングジャベリンっ>!」


 <いてつくかけら>+<「氷」初級>の合わせ技(コンパウンドスペル)。魔法陣が割れ、空中に氷の刃が出現する。俺のマナを叩き込みながら、ばきばきと巨大化を始める。

 ミトナとやりあっていたはずの影大猿が、いきなりぐるりを俺を見る。一声短く咆哮すると、俺に向かって急激に方今転換、突っ込んでくる。


「い――っ!?」


 まさか、マナか何かを感じとるのか!? まずい! 氷の刃を保持した状態だと動けない!

 俺まであと少しというところで、突進する影大猿の鼻面でボールみたいなものが破裂した。薄く煙のようなものを広げる。

 効果はすぐに現れた。


「ッッギャアアオオオオアアアアッ!?」


 影大猿が自分の鼻を掴むようにして転げる。涙すら流して悶え苦しむ。隙を逃さずレジェルが即座に駆け寄ると足の甲を貫いて地面に縫いとめる。

 痛みに咆哮を上げながら振り回した影の腕がレジェルを打ち据え吹き飛ばす。


「催涙玉よ! 今ッ!」

「さすがシーナさんっ! ――――オオオッ!」


 相変わらず抜群のサポート!

 俺は最大に達した氷の刃を射出する。徐々にスピードを上げながら宙を滑る氷刃。

 射出した直後に、俺は異変を感じた。蛇のごとく胴体に何かが巻きついている。

 大人の腕ぐらいの太さの影。炎のように揺らめいているが、熱くはない。


体得(ラーニング)! 魔法「やみのかいな」をラーニングしました!>


「何――――?」


 影がつながっている先を視線でさぐる。影大猿の尻あたりから影が伸びているのが見えた。

 ――尻尾か!


「ぐゥ――っ!?」


 俺の体が振り回される。投げられるというより、暴れる動きに振り回されているだけだ。今は振り回されているだけだが、どうにかしないと地面や木の幹に叩き付けられて染みになってしまうのは時間の問題だろう。


 だが、すでに魔術は射出ずみだ! 氷の刃が影大猿(シャドウエイプ)に向かって突き進んでいるのがちらりと見える。

 影大猿が影の腕で氷の刃を防御した。逆立つ毛のように膨張した影の腕に突き刺さるものの、圧と拮抗してそれ以上刺さらない。

 俺は全力で氷の刃をねじ込んでいく。あと少し! どうにかならないか!

 今は影大猿も防ぐことでいっぱいだが、地面にたたきつけられたりでもすればかなりまずい状況になる。

 俺は<空間把握>で状況を探る。レジェルは飛ばされた位置が遠い。シーナさんの矢だと決定打にならない。ミトナは……。


「ミトナ、頼んだッ!」

「――――ん!」


 <獣化>したミトナが地を蹴る。空中斜めからのバトルハンマー打ち下ろしが狙いたがわず氷刃の柄尻を打った。


「ギャアアオオオ――――アアアアアッ!!」


 押し込んだ氷の刃は完全に影大猿の左腕を千切っていた。血のごとくぼたぼたと液体のような影が地面に漏れている。

 だが、痛手を与えられたのはそこまでだった。影大猿は俺を投げ飛ばすように放すと、脚を無理矢理引っこ抜く。足の甲に剣が刺さり、左腕を失ってなお、その咆哮には怒りがあった。牙を剥き、俺達をにらみつけていたが、急に大きく跳ねると森の中へと姿を消した。


「げっほ……、いってぇ……」


 地面に放りだされた際にぶつけたあちこちが痛む。思わずうめき声が漏れた。

 だが、何とかなった。あの影大猿(シャドウエイプ)を撃退できた。

 運良く<やみのかいな>をラーニングすることができたが、もしかするとあの豪腕を受けて覚えてた可能性もあったことを考えると冷や汗が流れる。

 ラーニングできるなら、小猿相手にさっさと覚えておくのもよかったかもしれない。急に遭遇して混乱していたのもあって、ラーニングまで頭が回らなかったなぁ。これからはラーニングできそうか見て、いけそうな時は狙っていくことにしよう。


 俺はミトナに手を貸してもらって立ち上がる。


「しかし……ひどい状況だよな」

 

 辺りはひどい状態だ。岩の直撃を受けてひっくり返り、荷物が散乱した街道。影猿の死骸がそこかしこに転がっている。さらに、影大猿が暴れまわったことにより、さらに荒れた状態になっていた。荷物を少しでも拾おうかとも思ったが、何を拾っていいか見当もつかない。

 戦闘の間はどこかに隠れていたクーちゃんが、散乱した商人の荷物に鼻を突っ込んで匂いを嗅いでいる。緊張していない様子を見るに、影大猿は遠くに去ったということだろう。


「おぅ、いててて。オマエら無事か?」


 レジェルが顔をしかめながら歩いてくる。腕をぐるんぐるんまわして、どれくらいのダメージかを確かめているようだ。俺達のところに無事な様子のシーナさんも短弓を肩にひっかけてやってくる。


「何とか無事、かな。でも、一体何だったのよ」

「そうだな、影猿(シャドウモンキー)の様子もおかしかったしなあ」


 言いながら首をかしげるレジェルとシーナさん。ミトナは置きっぱなしだった自分の荷物を回収して持ってくると、一息ついた。

 俺はぽつりと口に出す。


「たぶん、あの影猿(シャドウモンキー)達はクスリか何かで見境がない状態だった」

「クスリ……? しかし、そんなことをして何になるんだ?」

 

 俺はレジェルとシーナさんに暗殺ギルドに狙われている現状を説明した。おそらく、この襲撃もその一環だろう。ベルランテの街から出れば狙われにくくなると思ったんだけどな。

 レジェルとシーナさんは俺の話を聞くと、しばらく考えこんだ。


「あまり上等な暗殺ギルドじゃないな。雇い主の情報が隠せなかったあたりと、こんな行き当たりばったりなやり口」

「そうなのか?」

「ああ、オレたちが影猿を無視して逃げたら影大猿もこないだろうさ。それに、クスリを撒いた本人も危険に身をさらすことになる。近くにいるわけだからな」


 とはいえ、このままではレジェルたち商隊にも迷惑がかかる。俺のせいで誰かが死ぬ、なんてのは背筋が凍る。街道はある。ティゼッタ領くらい辿りつけるはずだ。ここで行動を別にしたほうがいいだろう。

 ミトナは、言えばついてきてくれると思うのは甘えだろうか。

 俺の表情を見てか、何も言わせないようにレジェルが先に口を開いた。


「オマエさん、一人で行こうなんて考えるなよ? それに、狙われてる後輩を見捨てることができるわけないだろ」

「『冒険者は人助けをするのが正しい道だ』――でしょ?」

「シーナ、オマエなあ」


 シーナがにやにや顔で横から口を挟む。レジェルはキメ台詞を取られ、苦い顔で呻いた。

 レジェルはため息ひとつで気持ちを切り替えると、あごに手をあてて考えだした。俺の姿を端から端まで見る。


「にしても、このままじゃ駄目だろうな……何かいい手は」


 レジェルのつぶやきに、ミトナが反応した。俺の肩をつかむと軽く揺さぶる。


「あれ、使えないかな?」


 ミトナが指差した先には、横転した荷車と、散乱した荷物が見えた。食料品の樽のほか、日用品や衣類が木箱からあふれていた。

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