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第83話「影猿の罠」

影猿はニホンザルのイメージです。

 森の中から大量の影猿(シャドウモンキー)が手当たり次第に商隊を襲い始めた。

 しげみや枝の上から飛び掛り、荷物や護衛の冒険者に取り付いている。

 冒険者達はいきなりの混乱から脱しきれていない。あわてて武器を抜こうとしているものもいるが、大半は取り付いてきた猿を引き剥がそうともがいている。


「くそっ! なんでこんなところで!!」

「あんたたちプロじゃないのかよ!」

「うるせえ! ここで襲われることなんてこれまで一度たりとて無かったんだ!」


 護衛の冒険者が影猿を引き剥がすと地面に叩きつける。骨が折れたと思うほどの威力だが、よろめきながらも影猿は再び突撃を繰り返す。冒険者が構えたロングソードを影猿の脳天に叩きつけてようやく動きが止まった。


「くそう! なんでこいつら、こんなに突っかかってくるんだ!」


 叫びながら冒険者は襲い掛かる影猿を叩く。

 隊列はもう動かない。ここで影猿を迎撃する必要がある。ミトナはすでに荷物を地面に降ろし、バトルハンマーを構えていた。

 魔術を撃つべきか? 

 一瞬迷う。だが、これだけ影猿が密着した状態だと、影猿だけ狙って命中させることはできない。攻撃魔術の使用は駄目だ。

 俺は頭を切り替えると霊樹の棒を構えた。マナを集中させると魔術を起動。

 <身体能力上昇(フィジカライズ)>と<まぼろしのたて>。


「マコト君っ!」


 ミトナが焦った声を出すのが聞こえた。俺に向かって飛びかかってきた影猿にカウンターでバトルハンマーを叩き込んだ。

 バトルハンマーは影で出来た腕をすりぬけた。俺はぎょっとした。腕に当たることはなかったがそのまま影猿の胴体部分にハンマーの先端がめりこむ。くの字になって吹っ飛ぶ影猿。

 あの影の腕、物理的な当たり判定ないのか!?


「すまんミトナ!」


 くっそ。やっぱ接近戦だと魔術起動のタイムラグが厳しい。

 影猿が腕を引きずりながら突撃してくる。よだれを撒き散らしながら飛び掛る猿の顔面に突打。勢いがとまったところに逆打ちで半回転させながら下から打ち上げた。


「ミトナ頼む!」

「――ん!」


 ステップひとつでミトナの近くまで寄る。ミトナが俺をガードしてくれているうちに、マナを集中。


「――<空間把握(エリアロケーション)>!」


 魔法陣が割れた。広がっていく認識力。何がどこにあるのか手に取るように分かる。

 隊列の前の方では、こっちよりもっと多くの影猿が出てきてる。冒険者が手際よく打ち倒しているのがわかった。動きが特に良い二人、これはレジェルとシーナさんだろう。おお、ハスマル氏も戦闘に参加してるのか。すごいな。ハスマル氏の家族は馬車の中に篭城か。

 俺たちのいる後ろ側は、商人二人が馬車の横で縮こまっている。護衛の冒険者がそれを守るために位置取りをしているために、いまいち状況が好転しない。

 地面を走って迫る影猿を捉えた。カウンターで払い打ち。そのまま体の向きだけ変えると、後ろから飛び掛ってきた一体に突打を叩き込む。<空間把握>はすごい。彼我の距離も三次元的な位置も手に取るようにわかる。つまりは身体が動けば叩き込み放題だ。そして、<身体能力上昇>のために身体は思い通りに動く。


 この影猿(シャドウモンキー)、たいして脅威ではない。図体も小さいし、腕を使った殴り攻撃と噛み付き、ひっかきくらいが関の山で、冒険者の革鎧程度の防具があれば重傷を負うことはない。影の腕は当たったり当たらなかったりを切り替えることができるようだ。影猿の攻撃時には腕で巻きついて攻撃している個体もいるが、それとて即死するほどではない。

 急に飛び掛られて不意を突かれたことと、つかみ合いになるくらいの密着戦闘、そして鬼気迫るまでに興奮して襲ってくるその様子のせいで長引いているだけだ。冷静になれば勝てる。


 ここまで接近してきた今、俺にも微かに甘い香りが届いてきた。

 猿たちのおかしい様子。これ、まさか興奮させて理性をなくさせるクスリとかじゃないだろうな。


 気が付くとほとんどの影猿が倒されていた。残る数体もそのうち倒されるだろう。

 冒険者たちの荒い息が聞こえる。俺の<空間把握>でも、さしたる損害がない状態であることが掴めた。焦っていたこともあったが、またラーニングしそこねた。


「しかし……なんで影猿(シャドウモンキー)がこんなところに」

「そうだな。もっと慎重に行動するタイプの魔物だと思ってたんだが。変だったな」


 漏れ聞こえる冒険者達の話を聞くに、どうやらこれだけの影猿が襲ってくるのはおかしい事態らしい。影猿はかなり慎重に行動するタイプの魔物らしく、偵察や連絡などいくつかにわけた行動なども取るらしい。この前秘密拠点で出会ったのも、そんな偵察の一匹だったんだろう。

 なるほどな、季節が変わって移動してきた影猿を使って、俺を狙う襲撃な気がする。どこに下手人がいるかわからないが、この前の暗殺ギルドの一員の気がするなあ。まあ、切り抜けた。これくらいの戦力ではやられない。

 そうこうしているとレジェルとシーナが隊列の前のほうからこちらにやってくるのが見えた。ハスマル氏も一緒だ。レジェルのがっしりした体格にいかつく四角い髭面は変わらない。シーナさんの勝気そうな整った顔立ちと、赤みがかったストレートヘアも相変わらずだ。


「マコト。こっち側も無事だったか」

「なんとか」


 レジェルは力強く頷くと、周りにいた護衛の冒険者達を集めた。シーナはまだ短弓を提げたまま、辺りを警戒している。

 

「よし。じゃあできるだけ早く馬車を動かすぞ。予定とは変わるが近くの村まで行く。そこまでたどり着いて進行計画を見直したい」


 レジェルの言葉に冒険者達が了解と応える。少し腰が抜けていた商人達に手を貸すと立ち上がらせ、出発の準備に入る。


「レジェル。やけに急ぐんだな」

「いやな予感がするのよね。それに、でっかいのが見えないのが気になって」


 俺の疑問に、レジェルの代わりにシーナさんが答えた。その顔は眉間にしわが寄っており、なんだか腑に落ちない顔をしている。


「でっかいの?」

「そうよ。影猿(シャドウモンキー)は、影大猿(シャドウエイプ)を中心としたコミュニティを作ってる。大猿のほうは大きさも力の強さも小猿と比べものにならないわよ」

「というよりは、影猿が大きく成長すると大猿になるんだ」


 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

 クーちゃんの耳がピンと尖り、ミトナが警戒した様子であたりを見渡す。この悪寒の正体も、俺自身の感覚というよりはアルドラの感覚だろう。


 ――何かが、見ている?


 俺はごくりとつばを飲んだ。横を通りすぎるようにして隊列が歩みを再開する。護衛の冒険者たちは小走りに、スピードを上げて進みだす。

 嫌な予感が現実になる。風を切る音がしたかと思うと、高速で飛来する岩が商人の荷車を直撃した。荷車の側面が粉砕され、半ば斜めになった状態でしばらく静止していたが、やがてゆっくりと横倒しに倒れていく。幸いなことに運転していた商人は投げ出される程度で済んだようだ。

 森との境界あたりに、大きな存在があることを俺の<空間把握>が捉えた。これが件の影大猿(シャドウエイプ)というやつだろう。

 しかし、いつの間に接近されたんだ。感覚を阻害する魔法か何かを持ってるのか? にしても白妖犬であるアルドラの感覚すら欺けるものなのか?


「速度を上げろ! オマエたちは行けッ!!」


 レジェルが叫んだ。すでに両手持ちの剣を抜き放っている。シーナさんは辺りを警戒しながら、短弓に矢をつがえていた。ミトナもバトルハンマーを構え、どの方向からでも対応できるよう、浅く腰を落としている。

 商人と護衛の冒険者達は速度を上げた。荷車を引く馬やマルフに鞭を入れ、ギリギリの速度を出していく。さっき地面に転がった商人は護衛の一人に回収され引きずられるようにして走っていく。横倒しになった荷車はそのままだ。


(アルドラ、商隊についていけ! あとで合流する)

(……主、了解した)


 俺は思念でアルドラに指示を出した。

 アルドラのラックには荷物が多く積まれている。つまり、いつもより機動力が落ちている。このままここに残すよりも、商隊と行かせたほうがいいだろうと俺は考えた。先に行かせた商隊の位置を掴むためにも、同行しておいてくれたほうが助かる。

 この影大猿、どうにかしないといけないしな。


「レジェル、シーナさん! 森の中からだ!」


 俺が叫んだ瞬間だった。<空間把握>は影大猿の動くのを捉えていた。でかい両手で太い枝にぶら下がる。枝を揺さぶるように何度か上下に勢いをつけたかと思うと、いきなりカタパルトで射出されたかのように上方に飛び出した。

 ありえないような動きの正体は、伸び縮みする“影の腕”を使った伸縮ゴムの反動だ。だが、これでいきなり知覚範囲内に現れた理由がわかった。この移動方法で遠距離から飛んできたのだ。

 影大猿は俺達の頭上を軽く越え、横倒しになった荷車の上に重い音を立てて着地した。ゴリラのような巨体。腕は太く、掌は大きい。軽く俺の頭は握りつぶせそうだ。毛のない白い顔からは、鋭い牙が覗いている。影猿より影となってる部分が増えている。肩から手首までは影、さらには首まわりにマフラーのように影が揺らいでいる。

 影大猿(シャドウエイプ)。その瞳は、辺りで死骸となっている影猿達に向けられていた。


「――――ッ、ゴアアアアアアアアアアア!!」


 大影猿の、血を吐くような咆哮が空間を満たす。

 これは、怒りの声だ。

 俺は内心歯噛みした。殺す気のないかのようなやり口。影大猿にとって俺たちは、仲間を殺した仇だろう。

 これか。影猿を興奮状態にさせて突っ込ませたのはこれが目的か。

 レジェルが俺たちをかばうように前に出た。両手剣を構えた後姿からは、緊張が感じられる。


「……巻き込んで悪いな、オマエさん達」

「いや、どっちかというと巻き込んだのは俺だと思う」


 レジェルが影大猿から目を離さずに俺に小さな声で謝る。俺は申し訳ない気持ちで応えた。

 俺がいなければ巻き込まれることもなかったはずだ。


「なんにせよ、コイツをここで食い止める! ここで逃せば……」


 影猿を倒したのは俺たちだけではない。俺たちが倒れれば、次は商隊が狙われることになるだろう。

 レジェルが喋れたのはそこまでだった。影大猿が動く。まずは俺達を狙うことを決めたらしい。俺は大きな獣と相対した時のプレッシャーを身に浴びていた。

 

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