第80話「刺客」
安定した毎日なのだが、焦燥感が付きまとう。
なんだかもやもやする。
この集中力を欠いた状態で魔物と相対すれば、あっけなく死んでしまうこともありえる。しょうがないので今日はどこにもいかず、なんとなく街をぶらぶらとしていた。
見るともなく露店をひやかし、街の中を通る川に石を投げ込んだり。しかしそんなことをしても俺のもやもやは晴れない。
そんな状態だったのだが、急に水をぶっかけられたように意識がハッキリした。
――だれかが尾行してる。
俺の後をつける怪しい気配を感じた。
もちろん俺自身に気配を感じるとかいう技術はない。クーちゃんの様子がおかしいことと、アルドラが俺に向ける敵意を感じたから気付いたのだ。
とはいえどこから俺を見ているのか、誰が尾行しているのか、さっぱりわからない。何かの魔術で位置情報を隠蔽しているのか。
俺はベルランテの街並みをのんびり見るふりをしながら歩く。アルドラを左に置いて、その身にぴったりと寄り添うように歩いた。精神はいつでも魔術を撃てるように準備している。
(さて、何のつもりで俺を追いかけてるか、だな)
(……主、敵か?)
敵かどうか、まだわからない。俺をどうするつもりで追いかけているのか、何が目的なのか、それが知りたい。素行調査が目的なのか、俺をカモとみた強盗なのか。あまり考えたくないが、殺し屋という線も考えられるだろう。とにかく、誰が尾行しているかを炙り出さないとな。
俺はベルランテ南の大通りに入ると、露店を眺めるふりをして立ち止まる。
「……<空間把握>」
ぼそり、と小さく呟くように魔術を起動した。魔法陣が割れて粒子が宙に散る。一瞬にして知覚範囲が拡張され、何がどこにあるのか把握できるようになる。
俺は顔をしかめた。こうも人通りが多いと、情報量が多くなりすぎる。気をつけないと情報を浴びるだけで、大切な情報を感じ取れずじまいになってしまう。
アルドラを大通りで待機させる。準備は整った、俺はすぅっと人通りの少なそうな路地を選んで入っていく。これで、後をつけるやつがいれば<空間把握>で感知できるはずだ。
「……」
俺は、ウキウキしている自分に気付いた。
なんだかな。トラブルや命の危険が好きなわけじゃない、と思いたい。
今はそれよりこの事態に対処するのが先だ。
――居た。
いくつか路地をランダムに曲がってみたから間違いない。一人俺を尾行しているやつがいる。<空間把握>の感覚から言うと、小さい人影だ。子供……?
ベルランテにももちろんスリや置き引きの類の犯罪はある。その多くが食い詰めたスラムの子供たちということが多い。これもそういう話か? まあ、直接聞いてみるか。
俺は歩く速度を上げると路地を急に曲がる。即座に壁に張りついて相手を待った。
「うわぁっ!」
男の子がドンっと俺の身体にぶつかってきた。この子が俺をつけていたのか?
十歳くらいだろうか。服装はみすぼらしいもので、汚れが目立つ。
「さて、どうしてお兄さんの後をつけていたのか教えてほしいな」
「ぼ、ぼくは追いかけてなんかないよ!」
ぶんぶんとあわてた様子で男の子が手を振って否定する。すごい焦り顔だ。
「俺は魔術師だ。尾行していれば魔術でわかる。俺の財布でも狙ってたのか?」
「……ゆ、ゆるしてください! お兄さんお金もってそうだったから!」
「いや、まあ、お前なあ」
男の子は頭を地につけんばかりに謝りはじめた。土下座だ。俺は苦い顔になる。緊張感が抜けていく。まあ、掏られる前だったから何とも言えないな。
さて、どうしたものかと困っていた俺に、声をかけてくる人物がいた。
「――おや? マコト殿ではござらんか。珍しいところで出会うでござるな」
路地を向こうから来るのは、情報屋のハーヴェだった。騎士団の隊長格バルグムの隠密だ。
「おう。珍しいとこで会うな」
「情報集めの途中でござってな。それにしても――」
ハーヴェがちらりと土下座している男の子に目をやる。瞬間、その目が険しくなった。
「マコト殿は何ゆえ暗殺者と密会を?」
瞬間の出来事が連続で起きた。
男の子が顔を上げる。無表情。感情の抜け落ちた顔。手にはいつ抜いたのかナイフが握りこまれている。下から跳ね上げるようにナイフの一撃。
ハーヴェが動いていた。すっと身体を俺の前に滑りこませると、男の子がナイフを持つ手をいなす。
男の子は攻撃が失敗したと見るや、一瞬で離脱。路地を曲がって姿を消した。鮮やかな手並みだった。
「逃げられてしまったでござるか……。マコト殿、危ないところでござったな」
「なんだったんだ、今の」
心臓が今頃になって早鐘のように打ち始める。狙われたのは俺だろう。暗殺者を差し向けられるほどの恨みを買った覚えなんてないぞ。
「マコト殿が狙われたのなら、関係があるのでござろう。バルグム殿に報告に行くが、一緒に来るのがよいでござろうな」
「そう……だな。いや、助かった。ありがとうハーヴェ」
「いや、礼には及ばんでござるよ」
にこにこと笑顔のハーヴェの顔を見る。あんまり強いイメージなかったが、あれに対応できるってことはハーヴェも暗殺技術とかを持ってたりするのか?
俺がじっと見るので疑問符を浮かべたハーヴェに、なんでもないと返しておく。
バルグムの執務室はいつもどおり変わりなかった。そこで書類仕事をするバルグムも。
「久しぶりだな。よく顔を出せたものだと思ったが」
「いやぁ、事故だったんだからもう気にするなよ」
俺は冷や汗を掻きながらバルグムと相対した。
バルグムの持つ魔術をラーニングしようと、バルグムに魔術を見せてもらう約束を取り付けたはいいものの、色々あった結果執務室が爆発するという結末になってしまった上に何一つラーニングできなかったのはちょっと前の出来事だ。本気の魔術を撃たせるために挑発した俺も悪かったんだけどね。
バルグムは一緒に入室したハーヴェに視線を向けた。
「ハーヴェも一緒か。何か分かったのか?」
「はっ。やはり奴でござる。どうやら狙いはマコト殿のようで」
「……話が分からない。もうちょっと情報をくれよ」
ハーヴェは俺にソファーに座るよう勧めると、自分も席に着いた。
「少し前にある情報筋から、暗殺者がベルランテに入ったという情報を得たのでござる」
「わかるもんなのかよ」
「暗殺ギルドが請け負ったものであれば。伝をたどればわかるものでござるよ」
あるのか、暗殺ギルド。
「それで、誰を狙っているのか、誰が依頼主なのかを確認していたのでござるが……」
ハーヴェがそこで言葉を切ると、バルグムのほうをちらりと見る。バルグムは、かまわんとばかりにひとつ頷いた。
「狙われているのはマコト殿。依頼したのはとある有力貴族の三男坊だということがわかったのでござる」
まあ、暗殺ギルドが簡単に依頼主を言うわけはないし、ここまで絞りこめたのならハーヴェの手腕はかなりのものなんだろう。さすが騎士団お抱えの隠密。
だが、誰なんだ。有力貴族の三男なんていっぱいいるんじゃないか?
「それで、マコト殿に恨みがあって刺客を差し向けそうな貴族の三男は一人しかいないのでござる……」
ハーヴェはそこで言いよどんだ。
「俺の知ってる奴なのか?」
しばし沈黙が執務室に満ちる。ハーヴェはそこで黙り込んでしまったので、バルグムが代わりに口を開いた。
「――――ボッツだ」
確かに、知ってる。
俺の顔に笑みが浮かぶ。よし、あいつ殺そうっていうときの笑顔が。
やってくれる。こちらの目の前から消えただけでよしとしたのが甘かったのか。
色んな思いを胸に渦巻かせながら、俺はバルグムの目を正面からにらみ付けた。
「知ってるんだろ? あの野郎がどこにいるか。教えてもらおうか」