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第79話「棒術」

 棒術の鍛錬が始まった。

 いろいろと設備が整っているので、マカゲをベルランテの森の秘密拠点に招待した。充実具合にマカゲも驚いていたのがちょっと嬉しい。

 本当はマカゲが居たベルランテ森の外でもよかったのだが、この前出没したシャドウモンキーともう一度エンカウントできないかと考えたため、こちらに招待することにしたのだ。


 俺とマカゲは五メートルほどの間隔を空けて向き合っていた。俺とマカゲの様子を、ミトナとクーちゃんが椅子に座って眺めている。アルドラは周囲の警戒に出している。何かあれば思念で伝わるだろう。準備は万端だ。

 俺の手には大熊屋から買ってきたひのきの棒。磨き上げられた一品は、ただの木の棒なのにとても手に馴染む。マカゲも同じくひのきの棒を装備していた。


「では、始めよう」


 マカゲが軽く言うのにあわせて、俺はひのきの棒――棍――を構えた。半身になり、棒のまんなかあたりを右手、根元あたりを左手で保持している。マカゲも同じ構えを取った。


「まずは拙者に打ち込んでみるのだ。そこから鍛錬内容を考えよう」

「わかった」


 よし、だてにここまで棒を使ってきたわけではない。ちょっとはできるところを見せておきたい。


「お……りゃっ!」


 短く叫びながら、俺はマカゲに打ち込んだ。頭は危なそうだから、肩を狙って鋭く打ち込んだ。

 打ち込んだ――つもりだった。

 マカゲの棒がほんの少しだけ動いたように思った瞬間、俺の棒の先端が打ち払われていた。あわててもう一度上から打ち込むと、それも軽く払われてしまう。

 ならばと打ち込んだ突きも先端を払われ、水平の打ち込みをすると、それは縦に構えられた棒で受けられた。しかも、受けられた瞬間にマカゲの棒が一回転し、巻き込まれた俺の棒が容易く宙を飛ぶ。

 カラン、と音を立てて地面に落ちた。

 俺は唖然として動きを止めた。


「……も、もう一回!」


 マカゲが何も言わず、掌だけでどうぞと促してくる。


「……<身体能力上昇(フィジカライズ)>」


 俺が魔術を起動すると、魔法陣が砕けて燐光が身体にまとわりつく。同時に身体に力がみなぎり、魔術的に身体能力がブーストされた自分を感じる。

 ずるいとは言えないだろう。戦闘中はこの魔術が掛かっていることが多い。つまりこの状態で訓練するのが望ましいのだ。けして別な理由があるというわけではない。


「マコト君、ずるい」


 聞こえない。聞こえないなあ! 勝てばいいのだよ!


 俺は間合いを慎重に測ると、電光石火のごとく打ち込んだ。三連続の突き。空気を打つぼぼぼという音がするほど、鋭く突き出された。

 マカゲがいつのまにか下がっていた。マカゲが居た位置には棒の先端のみが残されていた。すり足でいつのまにか移動していたらしい。俺が上段で打ち込むために振り上げた。その瞬間、前に出たマカゲが下から弧を描く軌道で逆に打ち込んでくる。脇の下でぴたりと止められる。今度は俺があわててさがる番だった。

 その後は散々だった。どれだけ打ち込んでもマカゲは軽くかわし、いなし、捌いていく。逆にマカゲが攻めると、持つ手が逆になったり、先端が入れ替わったり、ときには手の中からすべるようにして打ち出される突きなど、変幻自在に棒が動いていた。

 

 しばらく経つと、べろべろのぼろぼろになった汗まみれの俺が地面に転がっていた。

 まさか<身体能力上昇>を使ってすらここまで差があるなんて。武人というのはすごいな!


「マカゲさん、強すぎる……!」

「まあ、鍛えているからだ。それに、マコト殿の動きはまだまだ素直すぎる。基本の型も覚えてないようだ。動きに無駄が多く、結果拙者にやられるわけだ」


 マカゲがにやりと笑うと、自分のひげを手で触る。


「拙者が見るに、棒には馴染んでいるようだ。まず、基本を身に付けよう」


 マカゲが俺を助け起こしながらそう言った。



 俺が『洗う蛙亭』に戻ってきたのは、陽も落ちた後だった。全身が悲鳴を上げている。なんとか革防具を脱ぐと、ベッドに倒れこんだ。


 あの後俺はマカゲから基本の技を習い、えんえん繰り返した。

 通常の打ち込み。大きく弧を描く強打。巻き込み。突き。

 そして、反対側の端を使った逆手打ち。

 棒は刃がついていない。故に、棒の両端、どちらからでも打ち込める。基本の動きさえできるようになれば、変幻自在の軌道で打ち込むことができるようになるのだ。

 マカゲが手本を見せてくれて、その上で身体に叩き込んでくれるのでなんとかわかってきた。あとはたゆまず鍛えていくだけだと言う。


 ベッドに倒れていると、すぐにまぶたが降りてきた。

 泥のように疲れた身体は、すぐに俺を眠りへと引き込んでいった。


 

 はじめの何日かは地獄の日々だったが、それでも人間慣れてくるものだ。なんだか元の世界より身体自体が頑健になっているような気もする。ミトナに聞いてみると、冒険者にはよくあることだそうだ。

 何回も依頼をこなしたり、魔物を討伐している冒険者は、どうやら人間とは思えないほどの力を身に付けたり、頑丈さを発揮したりするそうだ。不思議。俺も冒険者を続ければ身体をもっと強化できるのか。基礎的な防御力が上がれば、魔術を食らっても生きてラーニングできる確率が上がる。ぜひとも強化していきたいところだ。


 鍛錬を続ける中で、ミトナとも模擬戦をする。

 結論。ミトナと戦うのはやめたほうがいい。

 まず半獣人なため膂力がすごい。重量のあるバトルハンマーが高速で振り回されるのは、かなりの脅威だ。棒で打ち合うと重量差から打ち負ける。

 しかもミトナはコンパクトな振りの小打から、大振りの強打。ハンマーを使わない蹴りや肘などの徒手空拳も使う。こうなってはと<身体能力上昇>で速度勝負を挑んだが、<獣化>状態のミトナはさらにその上を行く。正直、近接戦闘はしたくない。

 距離さえ取れば魔術で抑えることができる……。できるのか?

 嬉しそうに勝ったー、とはしゃぐミトナのゆるふわ髪が上下に揺れる。眠たそうな目、可愛らしい顔立ちに似合わぬ、戦闘能力だ。



 毎朝素振りを行う。基本の型から始めて、決められたセット数をこなすと終了。

 自在に棒を動かせるようになってくると気持ちがいい。

 ひのきの棒よりも、魔術で生み出した氷の棒を使った時の方が振り回しやすいことがわかった。

 鍛錬を終えてから冒険者ギルドへ行く。ここでミトナと合流する。午前で依頼をこなし、午後は魔術師ギルドへ、フェイを冷やかす。マカゲの時間が空いている時は稽古をつけてもらう。だいぶ安定してきた毎日になってきたな。安定しているのは良いことなんだが……。


 そんなある日のこと、『洗う蛙亭』に戻ってくると珍しい人物の姿を見かけた。

 盾使いの青年エル君だ。なんだかやたらでかい荷物入れを背負っている。つぶれかけているように見えるのは気のせいか?


「だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……です。外の馬車まで運ぶだけですから」

「それだけの荷物、引越し……ていうかエル君ってここに住んでたか?」

「いえ、この荷物は」


 エル君が最後まで言う前に、二階の客室から絵描きがあくびをしながら降りてきた。


「ふぁ~。あ、エル君おはよう」

「いやもう夕方です。荷物を人に運ばせておいて今まで寝ていたんですか!?」

「細かい男だねえ、君は。ほら、馬車が待ってるよ、行きたまえ」


 ひらひら手を振って絵描きがエル君を促す。不機嫌な顔でぶつくさ言いながらエル君が外へと荷物を運んでいく。

 この大荷物、何かあるのか?


「すごい荷物だけど、どうかした?」

「ん? ああ、この時期のここらの魔物は描ききったからね。街を出るよ。次の街で魔物を描くさ」


 んん~、と伸びをしながら絵描きがこともなげに言う。人の人生だし、生き方もそれぞれだ。深い付き合いがあったわけではないが、隣人が居なくなるというのは、なんだかちょっと。


「さみしくなっちゃうかい?」


 俺はハッと顔を上げた。いつのまにかうつむいていたのか?

 口元をにんまりと笑わせて、絵描きが言う。こちらの心中をすかしたような瞳が、長い前髪の間から垣間見えていた。


「きっと、また会うよ。そういうふうにできてるものさ」


 絵描きは俺の肩をポンポンと叩きながら、すれ違うようにして扉に向かう。

 ちょうどよく扉が開き、外からの光が逆光のように入り込んでくる。光にさらされながら、絵描きは言う。


「君には興味がある。次あったら、君の絵を描こう。――それまで死ぬんじゃないぞ」


 あっさりと。本当にあっさりと絵描きは旅立った。

 残された俺は、カウンターのスツールに腰掛ける。

 鹿頭の店主は何を声かけるわけでもない。いつもどおり静かにグラスを磨く。


 静かな空間の中で、俺の心は微妙に揺れていた。

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