第78話「刀使いのマコト」
日本刀装備って心をくすぐりますよね。
俺とミトナは、いつものごとくベルランテ東の森、秘密拠点にて過ごしていた。
俺は寒くなってきた森の中の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。<瞑想>の練習中だ。
どうも最近中級魔術を連発していることが多い気がしてならない。マナを周囲から得ることができるのなら、もっと選択の幅が広がると思うのだ。
あぐらをかき、両手を軽く広げてひざの上に乗せる。背筋はすっと伸ばし、頭をからっぽにしていく。
そもそも、マナとは何なのだろうか。魔術という元の世界ではありえない現象を行使できている時点でマナという存在はあると言える。だが、目に見えないこのマナとやらを実際感覚として掴むことはとても難しい。そもそもゲームとかと違って、最大MPとか消費MPとかいう項目もないのだ。根性や気合によって変動しているようにも思える。実質魔術を――。
(……主。うるさい)
ぼそりとアルドラから思念が届く。
どうやら<瞑想>は失敗だ。こう、無理にやろうとすると逆に雑念が浮かびあがってくるんだよな。不思議だ。
ミトナのほうを見やると、なにやら来るまでに採ってきた魔物を解体して革をなめしているところだった。来る途中で出会ったのは、鹿のような体躯をした一角の魔物だ。寒くなってきたら最近増えてきた。
肉は先ほど調理して食べたが、なんだか硬めですこし独特の味だった。
寒くなると、森の中も様変わりしてくる。
当然のことだろう。気温が下がれば生える植物や出てくる動物なども変わり、生態系が少しずつ変化してくる。ベルランテの森もそれは変わらないらしい。
栗鼠やタヌキなどの小動物は、冬ごもりのためか木の実などを集めている姿を見かける。
それはもちろん、魔物にも当てはまることだった。
「……マコト君」
「わかってる」
ミトナの感覚が何かを捉えていた。俺もアルドラからの警告で察知している。
俺の掌の上で魔法陣が割れる。<空間把握>。あたりの情報が一斉に飛び込んでくる。その中で、普段はみかけない魔物の姿を捉えた。
形としては猿に似ている。小柄で、人間の赤ん坊くらいのサイズしかないのがわかる。たどり着くまであと少し。それまでに俺は<身体能力上昇>と<まぼろしのたて>を起動する。魔法陣が砕け、身体に力が満ちる。
「見えた……シャドウモンキー!」
ミトナの声。俺は目の前の景色に意識を切り替えた。
木々の枝を器用に飛び回り、この開けた広場に着地したのは、一匹の猿だった。ウキウキいいながらあたりをきょろきょろ見渡し、頭を掻く様子はまさに猿そのもの。
ただし、普通の猿と違うのは、その両腕が影のように揺らめいていることだった。いや、見えたことが事実なら、黒い炎のような影というのが正しいか。身体の部分は黒い体毛に覆われているのに、腕だけが異常だ。あれは、一体何なんだ?
未知なものに出会い、俺の背筋がチリチリとした感覚を伝えてくる。
「気をつけて。あの腕、けっこう伸びるの」
ミトナはすでにバトルハンマーを構えている。俺も氷の棍を生み出すか迷うが、あの影のような腕に一度触っておきたい。何かラーニングできるかもしれない。
ミトナにさがるように声をかける前に、影の猿が動いた。ゆっくりとした動きから、急に速度を上げて跳びあがる。腕を振り上げ、ミトナに向かって振り下ろそうとする。
俺はすぐにミトナの前、猿からかばうような位置に移動する。このままほうっておくとミトナが空中でカウンターを撃ってしまい、そのまま試合終了になりかねない。俺は両腕をしっかりと組み合わせると、ガード体勢に入った。
だが、その瞬間横から大きなあぎとが猿の胴体を捕らえた。アルドラだ。疾走から跳びかかり。地面に引き倒すと爪で思いっきり引き裂く。少しの間だけ痙攣していたが、やがて猿はその命を手放した。
(主。食べてよいか?)
(ちょっと待て)
アルドラが猿の死骸を残して少しさがった。俺は急いで近寄るが、すでに猿の腕から影は消滅していた。腕のない猿の死骸だけが転がっている。死んだら消えるのか、あの腕。
俺は食べていいとアルドラに思念で指示しつつ、ミトナに振り返った。ミトナはなんというか微妙な表情をしていた。喜んでいるのか怒っているのか、いまいち掴みづらい。
「かばわなくても大丈夫だったよ」
「いや、まあ、思わず」
「……」
まさかラーニングするためでした、とも言えない。適当な答えでお茶を濁しておくことにした。
あの後シャドウモンキーを待ったが、どうやらあの一体しかいなかったらしい。はぐれ猿だろうか。
陽も暮れてしまうので俺とミトナはベルランテの街に戻ることにした。
それは街に戻る途中だった。東の森を出てすぐ、マカゲが鍛錬しているのが見えた。ゆっくりとした動作で、刀を振っている。ゆっくりとした動作のはずなのに、とても速く見えるのは無駄がない動きだからだろうか。
俺とミトナはアルドラから降りると、マカゲのそばへと寄っていく。
「マカゲさん、鍛錬ですか?」
「おお、マコト殿、ミトナ殿。最近はずっと大熊屋で刀を打っておったからな。腕がなまらぬように鍛錬しているのだ」」
マカゲは動きを止めると、刀を鞘に納める。
マカゲとウルススさんは同じ鍛冶屋同士気が合ったらしく、出会ったあの日から二人で鍛冶談義に花が咲いているらしい。ずっと入り浸りのような生活を最近ではしていると思ったら、刀を打っていたのか。
「拙者、もともと北の鍛冶を見たいと思ってここまで来たのだ。いい人にめぐり合えたのはマコト殿のおかげだな」
「じゅうぶん恩に着てくれ。命の恩人だしな」
改まって頭を下げたマカゲに、俺はなんだか気恥ずかしくなって思わずそんなことを言った。
「そうだ。じゃあ俺に刀の使い方教えてくれよ」
理由はもちろんかっこいいからだ。やはり使うなら日本刀がいい!
マカゲは俺の全身をじっくり見て、何事かを考えていたようだった。マカゲは俺達についてくるように言うと、森の方へと歩いていく。
ちょうど森が切れているところ、そのあたりの木の枝に、一角の鹿が吊るされていた。一発で切断されたのか、きれいに頚部から切り落とされている。マカゲが斬ったんだろう。
「マコト殿。あの一角鹿を斬ってみてくれ」
マカゲは腰から刀をはずすと、鞘ごと俺に渡した。いいのか、と思ったが、やらせてくれるならさっそく試してみよう。
俺は鞘から刀を抜く。美しい刀身が現れ、ミトナが見つめてくるのがわかった。
「よし……」
俺は鞘を地面に置くと、刀の柄を両手でしっかりと握った。これでも小さいころは剣道を見学に行ったこともある。持ち方って確かこうだったはずだ。
俺は刀を正眼に構え、一角鹿の肉に集中した。
「――――ふっ!」
振り上げて、振り下ろす。うまく肉に当たらず、切っ先だけがかするようにして行過ぎてしまう。
「も、もう一回……」
今度は距離を調節して、上段に構えて思いっきり振り下ろした。
肉を半ばまで裂き、刀身が食い込んだものの、それ以上進まなくなってしまった。振り下ろした勢いだけが手の中で暴れ、痛みとともに刀から振り払われるように手が離れた。
手が痛い……。
「マコト殿。剣を使ったことは?」
「そういや、ないな」
「刀というのは、ただ当てれば切れるというものではないのだ。切れる筋を通して、初めて斬ることが出来る」
マカゲが肉から刀を抜く。正眼の構えから、一瞬で一角鹿の肉を両断した。さして力が入っているように見えなかった。まるで流れる水か通り過ぎる光のような柔らかで滑らかな刃の軌跡。
「マコト殿が刀で戦えるようになるには、二年ほどかかると思うが、それでもよければ教えよう」
「……遠慮しとく」
マカゲがにっと口元を綻ばせた。
「代わりにマコト殿には棒術をお教えしよう。確かツヴォルフガーデンでは得物に棒を使っておられたと記憶しているが、いかがか?」
「マカゲさんは棒術も使えるのか」
「棒術、刀術は南方ではよくある武術なのでな」
マカゲと鍛錬の約束をして、俺とミトナはベルランテに戻ることにした。
アルドラの鞍の上で、俺は悔しい気持ちをかみ殺していた。異世界に転生したら、なぜか刀や剣をバリバリ使えるようになるわけでもない。当たり前だ。
ああ、できれば使いたかったなあ、刀。




